【学び】AI時代の「自分で学び続ける力」を構造から考える
はじめに
前回の記事では、
「学力とは、知っていることなのか。それとも、自分で学べることなのか?」
という問いを残しました。
きっかけになったのは、PISA2025で初めて取り入れられた「Learning in the Digital World(デジタル世界での学び)」です。
この領域では、デジタルツールを操作できるかだけではなく、デジタル環境の中で、自分の理解や行動を調整しながら、知識を構築し、問題を解決していく力が重視されています。
その中心にあるのが「自己調整学習」です。
今回は、この言葉から考えたことを、
「AI時代に、”自分で学び続ける”とはどういうことなのか」
という視点で整理してみたいと思います。
学び① 「知っている」と「学べる」は対立しない
最初に整理したいのは、
知識が大切なのか。
考える力が大切なのか。
という二者択一ではないということです。
以前の私は、
「知識をたくさん持っている人=頭のいい人」
というイメージを持っていました。
たしかに、大人になってから学び直してみると、知識がなければ考えることが難しい場面もあります。
一方で、知識を持っているだけでは、新しい問題に対応できないこともあります。
今井むつみさんの『学びとは何か』では、人はすでに持っている知識を土台に、新しい情報を取り込み、ときには自分の理解そのものを修正しながら学んでいくことが説明されています。
今井さんは別の論考でも、単に暗記した情報だけでは「使える知識」にはならず、持っている知識を使って新しい知識を生み出していく過程が重要だと述べています。
つまり、
知識か、学ぶ力か
ではなく、
持っている知識を使って、”次の学びへ進めるか”
という関係なのだと思います。
知識はゴールというより、次に考えるための「材料」なのかもしれません。
学び② 自己調整学習とは「一人で勉強できること」ではない
「自己調整学習」と聞くと、
自分一人で計画を立て、
自分一人で勉強し、
自分一人で解決する。
そんなイメージもあります。
でも、PISA2025が扱う自己調整学習は、もう少し広いものです。
自分が理解できているかを確認する。
分からなければ別の方法を試す。
必要な情報を探す。
途中で進み方を変える。
自分の意欲や感情も含めて、学習を調整する。
こうしたプロセスが含まれています。
そう考えると、
「助けを借りないこと」が自立ではない
とも言えそうです。
分からなければ本を見る。
人に聞く。
検索する。
AIに質問する。
そして、その情報を使ってもう一度考える。
それも、自分の学習を自分で調整している状態です。
だとすれば、AIを使った瞬間に「自分で考えていない」と判断することもできません。
重要なのは、
AIを使ったかどうかではなく、AIを”どの位置に置いたのか”。
なのだと思います。
学び③ AIは「答え」になると学びを止め、「補助線」になると学びを進める
私自身、AIにかなり助けられています。
分からなかった言葉を説明してもらう。
考えを整理してもらう。
文章を構成してもらう。
知らなかった視点を教えてもらう。
AIがなければ、途中で諦めていたこともたくさんあったと思います。
だから私は、
「AIを使うと考えなくなる」
と一括りにはできません。
少なくとも、私の場合は逆でした。
AIがあったから、
「もう少し知りたい」
と思えるようになりました。
ただし、ここには分かれ道がある気もします。
分からない
↓
AIに聞く
↓
答えが出る
↓
終わり
となれば、確かに思考する時間は短くなります。
一方で、
違和感を持つ
↓
自分なりに考える
↓
AIに聞く
↓
出てきた答えと自分の考えを比べる
↓
また疑問が生まれる
↓
さらに調べる
となれば、AIによって学びはむしろ続いていきます。
違いは、AIそのものよりも、
その前に”自分の問いがあるかどうか”
なのかもしれません。
私がnoteで続けていることも、まさにこれです。
AIに「何か書いて」とお願いするのではなく、日常で感じた違和感をまず自分で言葉にする。
そこから、AIと一緒に整理する。
完成したものを読み直して、もう一度自分に戻す。
私にとってAIは、思考の代行者というより、
自分の思考を”少し先まで伸ばしてくれる補助線”
に近い存在です。
学び④ 知的好奇心は「答え」より「問い」に宿る
ここで重要になるのが、”知的好奇心”だと思います。
知らないことそのものよりも、
「なんでだろう?」
と思えること。
いつもと違うことに気づくこと。
説明を聞いて、
「でも、本当にそうなのかな?」
と思えること。
この”小さな引っかかりが、学びの入口”になります。
そしてAI時代には、この入口が今まで以上に重要になる気がしています。
なぜなら、答えそのものは以前より簡単に手に入るからです。
答えを持っていることの希少性は、少しずつ下がっていく。
その一方で、
何に疑問を持つのか。
何を知りたいと思うのか。
出てきた答えをどう受け取るのか。
という部分は、自分自身に残ります。
今井むつみさんが『学びとは何か』で描く「探究人」という考え方も、ここにつながるように感じます。
学ぶ人とは、たくさんの正解を記憶している人というより、
問い
試し
間違え
修正
しながら、探究を続けていける人なのではないでしょうか。
学び⑤ 子どもに必要なのは「すぐ答えない大人」なのかもしれない
では、まだ自分で学び方を十分に持っていない子どもに対して、大人はどう関わればいいのでしょうか。
ここで私は、
「AIを使わせない」
という方向ではないと思っています。
むしろこれから先、AIやデジタルツールを使わずに生きていくほうが難しくなるはずです。
だから、使わせないことよりも、
答えにたどり着くまでの間に、”少しだけ考える余白をつくる”。
そんな関わりが大切なのではないかと思います。
子どもが、
「これ、なんで?」
と聞いたとき、すぐ検索する前に、
「なんでだと思う?」
と一度返してみる。
正解かどうかは置いておいて、
「もしかしたらこうじゃない?」
と親も一緒に考える。
そして、
「じゃあ調べてみようか」
とAIや本を使ってみる。
自分の予想と答えが違ったら、
「なんで違ったんだろう?」
と、もう一度考える。
そうすれば、AIは「答えを渡す機械」ではなく、
”仮説を確かめる道具”
になります。
親が正解を全部知っている必要もありません。
むしろ、
「分からないね。どうなんだろう?」
と言えること自体が、子どもにとって「分からないことは恥ずかしいことではない」と感じられる経験になるのかもしれません。
この構造は仕事でも変わらない
これは、仕事にもかなり近い構造があると思います。
AIに、
「この企画書を作って」
「この文章を整理して」
「会議資料を作って」
とお願いすれば、形はすぐできます。
効率化という意味では、大きな価値があります。
ただ、その前に、
何のためにやるのか。
誰のどんな問題を解決したいのか。
何を大切にしたいのか。
この土台が曖昧なままAIに任せると、きれいではあるけれど、自分たちのものではない成果物になることもあります。
だから私は、
本質を考えるところと、形にするところを分けてみる
という使い方が、一つのヒントになると思っています。
まず、
人同士で考える。
問いを出す。
前提を確認する。
必要であれば、その段階でもAIを使う。
ただし出てきた答えをそのまま採用せず、
「これは本当に自分たちに当てはまるのか?」
と考える。
そして方向性が決まったら、AIを使って一気に形にする。
AIを使うことと、自分たちで考えることは対立しているわけではありません。
行ったり来たりできればいい。
そんなふうに感じています。
「考える余白」を誰がつくるのか
今回整理してみて、私が一番大切だと感じたのは、
AI時代には、答えよりも「余白」の設計が重要になるのではないか
ということでした。
子どもなら、「親がすぐ答えずに、一緒に考える時間をつくる。」
大人なら、「AIから出てきた答えを一度疑ってみる。」
仕事なら、「成果物をつくる前に、本質や目的について対話する。」
その余白の中で、
「なぜ?」
が生まれる。
仮説が生まれる。
違和感が生まれる。
そして、それが次の学びにつながっていく。
PISA2025が示そうとしている「自分で学び続ける力」も、単にデジタルツールを使える力ではなく、
ツールを使いながら、自分の”学び方そのものを調整していける力”
として見ると、ずいぶん印象が変わります。
だから、
デジタルは学力を下げるのか。
AIは考える力を奪うのか。
という二択ではなく、
デジタルやAIがある環境の中で、”どうすれば問いを持ち続けられるのか”。
という方向から考えるほうが、これからの時代には合っている気がします。
私自身は、大人になってから学ぶことを楽しめるようになりました。
そのきっかけの一つは間違いなく「AI」です。
でも、AIだけで学びが生まれたわけではありません。
日常で感じる小さな違和感。
「なんでだろう?」という気持ち。
そこを掴みにいく部分だけは、今のところ自分自身に残っています。
だから、子どもたちにも、
「たくさん正解できること」
だけでなく、
「なんでだろう?」を面白がれること
を大切にしてほしい。
それが今の私なりの、「自分で学び続ける力」への一つの見方です。
ただ、これも正解ではありません。
AIがもっと進化したとき、学ぶという行為そのものも変わっていくはずです。
そのとき、
私たちは何を「自分で学んだ」と呼ぶのでしょうか。
この問いは、これからも考え続けていきたいと思います。
▶︎この内容のきっかけになった問いはこちら
摩擦を、構造に。
問いを、資産に。
Yuta

