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【問い】仕事を覚えた先で、なぜ人は働く意味を問い始めるのか

はじめに

今回は、荒木博行さんのVoicy「夜プレ☆人文系書籍を読む理由は?/久保さんの組織対話カフェ」を聴いて、気づいたことを問いとして残しておきます。

今回のお話では、最初から人文系の難しい問いを考えるのではなく、まずは書籍からHowを学び、それを現場に合わせて実践していくという話がありました。

そして、何度か実践を重ねた先で、

「私は、なぜここで働いているのか」
「自分にとって仕事とは何か」
「この仕事には、どんな価値があるのか」

といった、WhatやWhyに関わる問いへ向かっていく。
私は、この流れが人としての学び方なのではないかと解釈しました。

新しい現場では、まずHowが必要になる

どんな職場でも、最初は目の前の仕事を「How」として見ているように思います。

なぜなら、まだできることを増やしている段階だからです。

新しい職場には、その場所で積み重ねられてきた文化やルール、仕事の進め方があります。

どのタイミングで何をするのか。
何を優先するのか。
周りの人と、どのように連携するのか。

まずは現場の流れを理解し、必要な仕事を一人で任せてもらえる状態を目指します。

この段階では、

「どうすれば早くできるのか」
「どうすれば失敗を減らせるのか」
「どうすれば周りに迷惑をかけずに動けるのか」

といったHowが大切になります。

Howを身につけることが、自分の居場所につながる

仕事を覚えていくと、少しずつ周りから任せてもらえることが増えていきます。

自分にもできることがある。
自分も必要とされている。
自分にも責任がある。

そんな感覚が生まれると、仕事を覚えること自体が楽しくなることがあります。

それぞれの現場で必要とされるスキルや経験、評価につながる働き方を知ることで、組織の中での自分の立ち位置も見えてきます。

Howを覚えることは、単に作業ができるようになることではありません。

周りの人と一緒に働くための、共通言語を身につけることでもあるのだと思います。

ある時、Howだけでは足りなくなる

しかし、ある程度仕事を覚え、年齢や経験を重ねると、目の前の仕事だけでは納得できなくなる時があります。

身につけてきたスキルや経験を、人生という大きな枠で捉え直した時、

「自分は、このままでいいのだろうか」
「この仕事を続けることに、どんな意味があるのだろうか」
「周りと比べた時、自分はどのような立ち位置にいるのだろうか」

といった問いが浮かんできます。

仕事ができなくなったわけではありません。
やる気がなくなったとも限りません。

むしろ、目の前の仕事ができるようになったからこそ、その先にある意味を考え始めるのかもしれません。

人文知は、見えていなかった道を映すものなのか

そんな時に、哲学や歴史、文学、社会学などの人文系の学びが、一つのとっかかりになるのだと思います。

人文知は、目の前の問題に対して、すぐに使える答えを教えてくれるものではありません。

しかし、自分が当たり前だと思っていた価値観を相対化し、それまで見えていなかった別の視点を与えてくれます。

山口周さんの『ニュータイプの時代』では、HOWを示して人を動かす考え方に対して、WHATやWHYを共有することの重要性が整理されています。また、リベラルアーツには、常識を相対化し、より良い問いを生み出す役割があると書かれています。

目の前の仕事だけに集中していた時には、

続けるか、辞めるか。
頑張るか、諦めるか。
評価されるか、評価されないか。

そのような二者択一で考えていたことにも、第三の道があるのかもしれません。

未来を語っても、現場で浮いてしまう人

一方で、目の前の仕事を疎かにしたまま、未来や仕事の意味だけを語ってしまうと、現場のスタッフとの間に距離が生まれることがあります。

どれだけ理想的なことを発言しても、周りから反応されない。
言っていることは間違っていないはずなのに、なぜか納得してもらえない。

本人は未来を見据えて動いているつもりでも、周りからは「目の前の仕事をしていない人」に見えてしまう。

そんな状態の中で走り続け、疲弊し、最後にはバーンアウトして気力を失ってしまう人を、私は何人も見てきました。

これは、未来を考えることが悪いのでしょうか。

それとも、未来を語る前に必要な土台があるのでしょうか。

Howは、信頼関係をつくるためのものなのか

目の前の仕事を自分の役割として引き受ける。
困っている人がいたら手を貸す。
自分が苦しい時には、助けを求める。
一緒に悩み、考えてもらう。

そうした小さな関わりの積み重ねによって、周りとの信頼関係がつくられていくのだと思います。

信頼関係ができていれば、すべてを一人で極めなくても、壁に当たった時に助けてもらえます。

苦手なことがあっても、誰かの力を借りながら難題を乗り越えられます。

だとすれば、Howを身につけることは、自分の能力を高めるためだけではなく、周りとの信頼をつくるためにも必要なのでしょうか。

守破離と同じ流れなのだろうか

今回のお話を聴きながら、私は「守破離」という考え方を思い浮かべました。

まずは、その場所にある型や教えを守る。
何度も繰り返す中で、自分なりの工夫や考え方が生まれる。
そして、型を身につけたうえで、自分のあり方を見つけていく。

Howを学び、現場で何度も実践し、その先でWhatを問い始める流れは、この守破離の考え方とも重なるように感じます。

ただ、必ずしも全員が同じ順番で進むわけではないと思います。

最初から仕事の意味を考える人もいます。
Howを極めることに喜びを感じる人もいます。
一度Whatを考えた後に、もう一度Howへ戻る人もいます。

成長とは、一直線に進むものではなく、HowとWhatの間を何度も往復するものなのかもしれません。

仕事とは、簡単に答えを出せないもの

ラース・スヴェンセンの『働くことの哲学』では、仕事が人生の意味を与えてくれるのか、自己実現を求めすぎることが人を苦しめていないかなど、「仕事とは何か」をさまざまな側面から考えています。

この本も、仕事に対する一つの正解を提示するのではなく、仕事と幸福、意味、人生との関係を多面的に捉えています。

仕事の意味を考え始めた時、すぐに答えを出そうとすると苦しくなります。

今の仕事に明確な意味が見つからなければ、働いている価値がないように感じてしまうからです。

しかし、人文系の書籍を読むことは、答えを見つけるためではなく、問いを持ちながら働くためなのかもしれません。

まとめ|Howの先には、どんな問いがあるのか

まずは目の前の仕事を覚える。
周りとの信頼関係を築く。
苦しい時には助けを求める。

そうして土台が安定した時、私たちは初めて、自分にとっての仕事の意味を落ち着いて考えられるのかもしれません。

一方で、
Howを身につけなければ、Whatを考えてはいけないのでしょうか。

現場で信頼されていなければ、未来を語る資格はないのでしょうか。

目の前の仕事を覚えることと、仕事の意味を考えることは、本当に順番どおりでなければならないのでしょうか。

Howを積み重ねた先で生まれるWhatとは、どのようなものなのでしょうか。

そして、あなたの仕事には、今どのような問いが生まれているでしょうか。

▼この問いについて、
構造から整理した記事も書きました


摩擦を、構造に。
問いを、資産に。

Yuta



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