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【学び】予定通りに進まない家族旅行から学んだこと|計画・対話・子どもの成長を構造から考える

はじめに

家族旅行では、予定通りに進まないことがあります。

子どもが急に違うことをやりたいと言ったり、思っていた以上に一つの場所を気に入ったり、偶然の出会いから予定そのものが変わったり。

そんなとき、
予定を優先するのか、その場の楽しさを優先するのか。

前回の記事では、家族旅行で実際に予定を変更した体験から、この問いを残しました。

今回はそこから一歩進んで、なぜ今回の旅行では以前ほどストレスなく予定を変更できたのかを、構造から整理してみたいと思います。

学び①|「計画」と「柔軟さ」は対立するものではない

まず整理しておきたいのは、

計画することと、臨機応変に動くことは、どちらか一つを選ぶものではないということです。

計画には、

・限られた時間を有効に使える
・行きたい場所を逃さず楽しめる
・家族が次に何をするのか分かる
・安心して行動できる

という良さがあります。

一方で柔軟さには、

・その場で生まれた楽しさを拾える
・子どもの興味に付き合える
・予定外の出会いを楽しめる

という良さがあります。

今回感じたのは、
計画があるから”柔軟に変更できる場合もある”

ということでした。

もともとの予定が分かっているから、

「ここを削れば大丈夫」
「この時間まで遊んだら次へ行ける」

と再構成できます。
予定をなくすのではなく、予定を「固定された正解」にしない。

ここが、一つのポイントなのかもしれません。

学び②|予定変更がストレスになる背景には「期待」がある

予定が崩れたときにイライラするのは、単純に時間がなくなるからだけではないと思います。

その背景には、

「せっかく調べたのだから行きたい」
「この時間には出発できると思っていた」
「これだけ準備したのだから楽しんでほしい」

という期待があります。

つまり、
現実と予定がズレているのではなく、”現実と自分の期待がズレている”。

そう考えると、予定変更による摩擦の見え方が少し変わります。

予定を大切にする人が悪いわけでもなければ、自由に動きたい人が正しいわけでもありません。

そこには、

「限られた時間を大切にしたい」

という人と、

「今ここで生まれている楽しさを大切にしたい」

という、それぞれの正しさがあります。

学び③|子どもの成長によって「指示」から「相談」に変わる

今回、一番大きかったのはここだったように思います。

子どもが幼い頃なら、

「もう行くよ」
「次の予定があるから終わり」

と、親が決めなければいけない場面も多くあります。
先の予定を説明しても、目の前の楽しさのほうが勝ってしまうこともあります。

でも、小学5年生と小学3年生になった娘たちは、少し違いました。

「もっと遊びたい」

という気持ちだけではなく、

「このあとは何をするの?」
「何時までなら遊べる?」

という話もできる。

そこで親も、
指示するのではなく”相談できる”。

これによって、予定変更の意味そのものが変わったのではないかと思います。

「子どもに予定を壊された」

ではなく、

「家族みんなで予定を組み直した」

になる。

起きていることは同じ予定変更でも、関係性が変われば受け取り方も変わるんですよね。

学び④|自律性を認めることは、何でも子ども任せにすることではない

ここで参考になるのが、アリソン・ゴプニックの

思いどおりになんて育たない――反ペアレンティングの科学

という本です。

本書では、子育てを「木工職人」と「庭師」という比喩から考えています。

木工職人は、
あらかじめ完成形を思い描き、材料をその形へ加工していきます。

一方で庭師は、
植物を自分の思い通りの形につくるのではなく、さまざまなものが育っていける環境を整えます。

ゴプニックは、子どもを特定の完成形へ導くことよりも、予測できない学びや成長が起こる環境をつくることに目を向けています。

今回の旅行を振り返ると、この考え方と少し重なる部分があります。

最初から、

「今日はこの通りに過ごす」

と完成形を決めるのではなく、大人は大枠をつくりながら、
子どもの興味や偶然の出会いも入ってこられる余白を残しておく

ただし、これは子どもの言うことを、すべて聞くという意味ではありません。

時間や安全、家族全員の希望など、大人が考えなければいけないこともあります。

だからこそ必要になるのが、
任せることではなく、”対話すること”

なのかもしれません。

学び⑤|親の見方が変わると、同じ出来事の意味も変わる

以前なら、

「予定通り動いてくれない子ども」

と見えていた出来事が、

「自分のやりたいことを、言葉で伝えている子ども」

と見える。

以前なら、

「また予定が崩れた」

と思っていたことが、

「じゃあ、この先をどう組み直そうか」

と考えられる。

子ども自身が成長したことはもちろんですが、親もまた、子どもとの時間の中で少しずつ変わっているのだと思います。

子どもが話せるようになった。
先を考えられるようになった。
親の事情も少し理解できるようになった。

だから親も、

「管理しなければいけない存在」

ではなく、

「一緒に考えられる存在」

として見られるようになる。

今回の旅行で起きていたのは、単なる予定変更ではなく、

親子の関係が「決める・従う」から「話す・選ぶ」へ少しずつ変わっている瞬間だったのかもしれません。

構造を整理すると

今回の出来事を整理すると、

親が立てた予定

旅行先で偶然の出会いが起きる

子どもが「もっと遊びたい」と意思表示する

予定と現実にズレが生まれる

以前:親が決める・子どもを動かす

今回:親子で話す・予定を組み直す

予定変更が「摩擦」だけではなく「選択」になる

という変化があったように思います。
大切なのは、予定変更をなくすことではありません。

むしろ、
予定と違うことが起きたとき、家族の中でどんな関係性が生まれるのか。

そこを見ることなのかもしれません。

まとめ|旅行の余白は、親子関係の変化が見える場所なのかもしれない

家族旅行には計画が必要です。
そして同時に、旅行には予測できないことも起こります。

どちらかをなくす必要はないと思います。

計画がある。
でも、その計画を家族全員が絶対に守らなければならないわけではない。

子どもの希望がある。
でも、すべて子ども中心にする必要もない。

その間で、

「じゃあ、どうしようか?」

と話せること。

今回の旅行で私が一番感じたのは、もしかするとそこだったのかもしれません。

子どもの成長によって旅行の仕方が変わったのか。
それとも、親の子どもを見る目が変わったから旅行の仕方も変わったのか。

おそらく、どちらか一つではありません。

親と子どもがそれぞれ少しずつ変わりながら、家族としての旅行の形も変わっていく。

予定通りに進まなかった今回の旅行だからこそ、そんな変化に気づくことができました。

そして次の旅行でも、

「予定通りだったか」だけではなく、
予定から外れたとき、私たちは”どんな対話”ができたのか。

そんな視点で、家族の時間を見てみたいと思います。

▼この内容のきっかけになった問いはこちら


摩擦を、構造に。
問いを、資産に。
Yuta



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