著書『成り損ない』ドラフト|第三話「心影」
多くの人は、何かしらのコンプレックスを抱えて生きているのではないだろうか。
容姿なのか、能力なのか、それとも生まれ育った環境なのか。
その対象は人それぞれであり、抱える重さも違う。
しかし、どのようなコンプレックスであっても、それは本人の心に影を落とす。
俺の場合、小学生から思春期にかけて、その「心影」は決して軽くはなかった。
世の中には、障害や病気、事故や病によって、俺などには想像もできないほどの心の苦しみや辛さを抱えて生きている人がいる。
だから、俺の方が重かったなどと言うつもりはない。
ただ、その苦しみというものは、誰かと比べて測れるものでもないと思う。
他人から見れば些細なことでも、本人にとっては世界のすべてを覆ってしまうことがある。
第一話「黎明」の最後に添えた挿画を見てもらうと分かるが、俺の鼻には直径2〜3センチほどの茶あざがある。
医学的には「扁平母斑(へんぺいぼはん)」と呼ばれるものだ。
大人になるにつれて成長とともに、俺の茶あざは少しずつ色が薄くなり、今では初対面の人にはほとんど気づかれない。
だが、自我が芽生え、他人の視線を意識し始める子供時代の俺にとって、それは顔の真ん中で強い存在感を放っていた。
友達には優しい人が多かった。
俺の気持ちを察してか、茶あざのことには触れないでいてくれる人も少なくなかった。
今思えば、子供なりに気を遣ってくれていたのだろう。
それでも、世の中の全員がそうではない。
他校の生徒や、新しいクラスメイトの中には、純粋な好奇心から俺の鼻を指差して尋ねてくる人がいた。
「それ、どげんしたと?」
その言葉を聞くたび、胸の奥がギュッと締めつけられた。
でも、そんな気持ちは顔に出さなかった。
俺は決まって笑いながら答える。
「ん? 生まれつき。」
まるで何でもないことのように。
気にしていない素振りをすることが、自分を守る唯一の方法だった。
でも本当は違う。
心の中では、毎回同じ言葉が浮かんでいた。
(はぁ……またか。)
平気を装っていた心に、小さな傷がまた一つ増えていく。
子供は無邪気だ。
だからこそ、ときに残酷でもある。
悪意がない言葉ほど、まっすぐ胸に刺さることがあるのだ。
中学一年生の頃、一部のクラスメイトから「鼻クロ」と呼ばれるようになった。
面と向かって言われることもあれば、廊下や教室の隅でコソコソと囁かれることもあった。
俺は何も反応しなかった。
怒ることも、言い返すこともしない。
反応した瞬間に、自分がその茶あざを気にしていることを認めてしまう気がしたからだ。
だから聞こえないフリをした。
平気な顔をした。
それが俺なりの精一杯の抵抗だった。
けれど、「鼻クロ」というワードが耳に入るたび、胸の奥から例えようのない感情が込み上げてきた。
怒りなのか。 悲しみなのか。 悔しさなのか。
自分でも分からない。
ただ、全身から血の気が引いていくような痺れる感覚だけは、今でも忘れられない。
学校からの帰り道、一人で歩きながら何度も思った。
「なんで俺だけなんだろう。」
その問いは、誰にぶつけるわけでもなく、答えてくれる人もいなかった。
だから、その問いに対する思いは、誰にも言えないまま心の奥へと重たく沈んでいった。
それが、俺の「心影」の始まりだった。
不特定多数から向けられる視線や言葉もつらかった。
だが、俺にとって本当に苦しかったのは、初対面の人と話す瞬間だった。
新しいクラス。 習い事。 親の知り合い。
誰かと初めて向き合うたびに、俺の意識は相手の話ではなく、「視線」に向いていた。
この人は、今、俺の目を見て話しているのだろうか。それとも、鼻の茶あざを見ているのだろうか。
会話の途中で、相手の視線がほんの少し下へ動く。
たったそれだけで、胸がザワついた。
(やっぱり見られてる。)
そう思った瞬間から、もう相手の話は頭に入ってこない。
何を話していたのか。自分が何を答えたのか。そんなことさえ分からなくなる。
早くこの時間が終わってほしい。 早くこの場から逃げたい。
そんなことばかり考えていた。
今になって振り返れば、本当に相手が鼻の茶あざを見ていたのかどうかは分からない。
ただ、一度気になり始めると、相手の何気ない視線まで、自分を否定しているように感じてしまう。
だから俺は、初対面の人と会うたびに、「この人は、俺の茶あざを見て何を思っただろう。」 そんなことばかり考えていた。
子供が背負うには、重すぎる心の影だったと思う。
そんな俺の気持ちを、母は気づいていたのだろう。
ある日、母が静かに言った。
「どうしても取りたいなら、お医者さんに相談してみようか?」
その言葉には、息子を思う母親としての優しさと、「何とかしてあげたい」という気持ちが滲んでいた。
俺は、すぐに答えた。
「別にいいよ。気にしてないし。」
できるだけ軽く。できるだけ普通に。
でも、本当は違った。当然、取りたかった。
できることなら、今すぐにでも消してしまいたかった。
それでも、「取りたい」と口にすることだけはできなかった。
その一言を認めた瞬間、自分が負けるような気がした。
ずっと隠してきた弱さを、自分自身で認めてしまうような気がしたのだ。
当時は、今のように美容レーザーが一般的な時代ではなかった。
扁平母斑を取り除くには、皮膚移植という大がかりな手術しか方法がないと聞いていた。
母は、「お尻の皮膚を鼻に移植するらしいよ。」と話してくれた。
その言葉を聞いた時の衝撃は、今でも覚えている。
中学生だった俺には、それは現実離れした、とても怖い話だった。
手術を受ける勇気もない。
だからといって、このまま受け入れることもできない。
そんな宙ぶらりんな気持ちを抱えたまま、俺は毎日を過ごしていた。
家で一人になると、俺は決まって洗面所の鏡の前に立った。
鏡の中の自分を、じっと見つめる。
そして、鼻の茶あざを指でそっと隠してみる。
すると、一瞬だけ「茶あざのない自分」が現れる。
「これがなかったら、俺はどんな顔だったんだろう。」
何度そう思ったか分からない。
ほんの数秒だけ現れる、その"もう一人の自分"を見つめながら、ぼんやりと想像していた。
もっと自信を持てていたのだろうか。
初対面の人とも、こんなに緊張せずに話せていたのだろうか。
好きになった女の子の前でも、もっと自然に笑えていたのだろうか。
もちろん、答えは誰にも分からない。
それでも、子供だった俺は、その答えのない「もしも」を何度も繰り返していた。
ある日、誰もいない家で、母のドレッサーを開けた。
そこに置いてあったファンデーションが目に入った。
「これで隠せるかもしれない。」
そんな淡い期待を抱きながら、少しだけ指先に取って鼻へ塗ってみる。
鏡を覗き込む。
少しだけ色は目立たなくなった気がした。
でも、それは気のせいだった。
慣れない手つきで塗ったファンデーションは、不自然に浮き上がり、かえって「ここに茶あざがあります」と言っているようだった。
俺は鏡を見つめたまま、小さくため息をついた。
そして、ティッシュでゆっくりと拭き取った。
その時、どんな気持ちだったのか。正直、今となっては思い出せない。
ただ、一つだけ。
「なんで俺だけなんだ。」
その思いだけは、何度も心の中で繰り返していた。
あの頃の俺は、自分の顔が嫌いだった。
いや、それ以上に、自分という存在そのものに自信を持てなかった。
この鼻の茶あざは、当時の俺にとっては、ただ苦しみでしかなかった。
でも、その苦しみがあったからこそ、人の視線に敏感になった。
もちろん、あの頃の俺に、「その経験は将来きっと役に立つよ。」 と言われても、絶対に信じなかっただろう。 むしろ、「そんな慰めはいらない。」そう思っていたに違いない。
それほど、あの頃の俺にとって、この心影は重かった。
しかし時は流れ、大人になるにつれて、鼻の茶あざは少しずつ薄くなっていった。
今では初対面の人に気づかれることもほとんどない。
鏡を見ても、あの頃のようにため息をつくことはない。
けれど、あの頃の苦しみが消えたわけではない。
この年齢まで生きてきた今でも、あの頃の気持ちは思い出そうとすれば、いつでも鮮明によみがえる。
だからこそ、誰かの何気ない一言で傷つく人がいることも分かる。
笑っているように見えても、本当は心の中で泣いている人がいることも分かる。
誰にも言えないコンプレックスを抱えながら、それでも懸命に生きている人がいることも分かる。
あの頃の俺は、自分のことで精一杯だった。
「なんで俺だけなんだ。」そのことしか考えられなかった。
ある日、一人の女の子から、こんなことを聞かれた。
「ねぇ、ゆうたんって、自分のこと優しいと思う?」
俺は少し考えてから答えた。
「うーん……優しくないとは思わないよ。」
自分で「優しい人間です」と言い切るのは、どこか違う気がした。
でも、人の痛みを想像しようとする人間ではありたい。そう思っていた。
その理由をたどっていくと、結局、あの頃の「心影」に行き着く。
今になって思えば、第二話「自我」で書いた、いじめられていたクラスメートをかばった出来事も、この「心影」と無関係ではなかったのかもしれない。
自分が人からどう見られているのか。 その視線をずっと気にしていたからこそ、誰かが人の視線にさらされ、傷つけられていることにも敏感だったのかもしれない。
あの頃の俺は、もちろんそんなことまで考えてはいなかった。
ただ、放っておけなかった。
コンプレックスなんて、ない方がいいと思っていた。
でも、あの「心影」があったからこそ、見えるものがあったのだとしたら。
「心影」は、俺から何かを奪っただけではなかったのかもしれない。
もちろん、すべての心影に意味があるなどと言うつもりはない。
あの頃の俺にとって、この茶あざは、ただ苦しいだけの存在だった。
できることなら、なくなってほしかった。
それでも今振り返ると、あの「心影」は、確かに暗い影だった。
心に落ちた影は、当時の俺を重く縛りつける鎖でもあった。
しかし、おこがましいと思われるかもしれないが、あの影を抱えながら歩き続けた時間は、今では誰かの痛みに寄り添うための礎になっていると思う。
もし今、コンプレックスに苦しんでいる人が、この本を読んでいるなら伝えたい。
今は、そんな言葉を受け入れられないかもしれない。
「そんなことを言われても、この苦しみは消えない。」 そう思うだろう。
あの頃の俺も、きっと同じことを思っていた。
だから無理に前を向かなくてもいい。
無理に笑わなくてもいい。
ただ、自分を嫌いにならないでいてほしい。
いつの日か、その「心影」が、誰かを照らす光へと変わる日が来るかもしれない。
少なくとも、俺はそうだった。
予告
第四話「覚醒」へ続く――。
