著書『成り損ない』ドラフト|プロローグ
「成り損ない」
このタイトルを見て、ネガティヴなワードとして受け取る人もいるかもしれない。
あるいは、自分のことを「成り損ない」だなんて認めたくない人もいると思う。
でも、俺はあえてこの言葉を選んだ。
なぜなら、「成り損ない」は終わった人ではないから。
夢を諦めた人でもない。
夢を叶えられなかった人でもない。
何者かになろうともがき続けている人。
そして、今もなお、その途中にいる人。
俺自身も、その一人だ。
世の中には、成功した人の本がたくさんある。
成功法則。
経営論。
自己啓発。
もちろん、それらを否定するつもりはない。実際に、多くの人を勇気づけてきたのだと思う。
でも、俺が本当に知りたかったのは、そこではなかった。
成功した人ではなく、成功する前の人は、何を考え、どう悩み、どんな選択をしているのか。
夢を追いかける途中で、何度も転び、それでも立ち上がる人は、何を支えに生きているのか。
そんな話を聞いてみたかった。
だから、この連載を書くことにした。
このnoteは、俺自身の人生を振り返りながら、見果てぬ夢を追い続ける人たちへ贈る、ひとつの「ピカレスク」である。
最近、「親ガチャ」という言葉をよく耳にする。
生まれる家も、親も、環境も、自分では選べない。
それは事実だと思う。
世の中には、俺など想像もできないような環境で育った人もいる。
経済的な事情だけではない。
家庭の事情、親との関係、病気、虐待、孤独。
人生のスタート地点は、似ている人はいても、人それぞれだと思う。
そして俺は、「環境なんて関係ない。努力すれば何とかなる」なんて、簡単に言うつもりはない。
俺自身、決して裕福な家庭で育ったわけではない。
でも、六十歳を過ぎて振り返れば、恵まれていたこともたくさんあったと思う。
両親がいた。
父親は一生懸命に外で働き、母親は家庭を守り、二人で俺を育ててくれた。
学校にも通えた。
欲しいものが何でも手に入ったわけではないけれど、与えてもらったものもたくさんあった。
有難いと思う。
だから、この連載を読んで、色んな見解があって当然だと思う。
「そんな環境で育った奴に、俺の気持ちなんて分かるか。」
そう思う人がいても不思議ではない。
その通りだと思う。
俺には、その人の人生を完全に理解することなんてできない。
ただ、自分の人生についてだけは、こう思っている。
自分では選べなかったものがある。
でも、その後に自分で選んだことまで、すべて誰かのせいにはしたくない。
与えられたカードを嘆くこともあった。
投げ出したくなることもあった。
それでも、そのカードをどう使うのか。
少なくとも俺は、その答えを探しながら生きてきた。
この連載に書くのは、その記録でもある。
俺は、これまでの人生で、有難いことに、本当にいろいろな仕事を経験させてもらった。
十代で芸能の世界に飛び込み、キラキラした景色を目の当たりにした。
気がつけば、有名人と呼ばれる人たちと仕事をし、テレビや映画にも出演した。舞台にも立った。CDデビューもした。社長にもなった。人を育てる仕事もした。婚活や不動産など、人の人生の大きな節目に関わる仕事もしてきた。
振り返れば、ラッキーだったと思うことも多い。
世間から見れば、「夢を叶えた人」に見えるかもしれない。
でも、現実は違う。
三十代のある日、俺は自分が育ててきたはずの人間に、ある案件を丸ごと持っていかれたことがある。
信じていた分だけ、頭の中が空っぽになった。
あの日、電話を切った後の静けさを、今でも覚えている。
成功があった。失敗があった。人に裏切られたこともあった。信じてもらえなかったこともあった。大切な人との別れも経験した。
その中で、いつの日か、俺の頭の中に、ある問いかけが生まれた。
「好きで始めたことなのに、苦しいのはなぜ?」
「好きな人と一緒にいるのに、苦しいのはなぜ?」
その時は、その理由が分からなかった。
それでも、人生を嫌いになったことはない。むしろ、人というものに興味が湧いていった。
昔から、コンプレックスの塊だった。
誰かから良く思われていない時は、俺のアンテナが反応した。
疎外感に苛まれ、全身が何とも言えない痺れに包まれる感覚になることが何度もあった。
相手が笑顔でない時は、不安で仕方なかった。
だからなのか、人を観察する癖があった。
「なぜ、あの人は自信に満ちているんだろう。」
「なぜ、あの人は好かれるんだろう。」
「なぜ、あの人はお金に困らないんだろう。」
そんなことばかり考えていた。
そして、ある日気づいた。
人を観察しているつもりが、いつの間にか、自分自身も観察していたことに。
自分と自分以外のギャップを感じることで、アイデンティティーを築いていたのかもしれない。
振り返ってみると、俺はずっと同じことを繰り返していた。
人を繋ぎ、業界を繋ぎ、アイデアを繋ぎ、「どうすれば相手が笑顔になるか」ばかり考えて生きてきた。
「そんなのキレイごと。偽善だ!」と思う人もいるかもしれない。
それでも構わない。
少なくとも俺は、そうやって生きてきた。
当時は、それを説明する言葉を持っていなかった。
でも六十歳を過ぎた今なら、少しだけ言葉にできる。
「笑顔の法則」
「シナプス」
「誰得?」
「理由」
どれも結果としての言葉だ。先に言葉があったわけじゃない。
先にストーリーがあった。そしてキーワードとして残った。
つまり、このnoteは難しい理論書じゃない。
人生を振り返りながら、俺自身の無意識を言語化していく作業なのだ。
よく、人から、「どうして、そんな発想ができるんですか?」と聞かれることがある。
でも、俺自身にも分からなかった。
あえて例えるなら、天から降ってきた。
なぜ、そう考えるのか。
なぜ、その企画を思いつくのか。
なぜ、人を見ると、その人の強みや課題が気になるのか。
最近になって、少しずつロジックとして分かってきた。
俺は無意識に、自分なりの人生のロジックで物事を判断していたのだ。
このnoteは、そのロジックを一つひとつ解き明かしていく。
だから、このnoteは単純な時系列では進まない。
二十歳の頃の出来事の次に、昨日の出来事が出てくることもある。
四十年前の失敗が、今日出会った一人の言葉によって意味を持つこともある。
人生は年表ではなく、点と点が何十年も経ってから一本の線になるものだと、俺は何度も経験してきた。
昔、「男は青」「女は赤」という一般的な固定観念があった。
でも俺は、なぜか赤い色を好んだ。理由は、俺自身にも分からない。
新しい服を買ってもらう時は、赤系のものに手が伸びた。高校の時は毎日、赤い靴下だった。
ヤンチャな時期の黒い学生服の足下には、いつも「赤」があった。
当時は、それがごく自然なことだった。
でも家族から「なんで赤なの?」と聞かれることが多かった。
俺が何か新しいことを始めると、家族から「あんた、ほんと変わっとーねぇ。」と何度も言われてきた。
この連載を読み進める中で、「こいつ、変わった奴だな。」だけではなく、「自分にも、まだ気づいていない人生の法則があるのかもしれない。」そう思ってもらえたら、このnoteを書いた意味がある。
この連載は、成功した人間の自慢話ではない。夢の途中にいる、一人の「成り損ない」が、自分という人間を研究した記録である。
そして、この「ピカレスク」が、誰かの人生を少しだけ前向きにするきっかけになれば、これほど嬉しいことはない。
Are you happy?(あなたは幸せですか?)
これは、俺が挫けそうになった時、鏡の中の自分に向かって問いかけてきた言葉だ。
実は、この問いに、正解はない。
でも、自分なりの答えは、きっとある。
その答えを一緒に探す旅に、これから付き合ってほしい。
俺は、この問いに、笑顔で「Yep!」と答えられる自分でありたい。
予告
第一話「黎明」へ続く――。
