協議しなかった理由は、何だったのか——AI導入の現場で、僕たちが問い損ねてきたもの
新しい技術が入るとき、現場はざわつく。
けれど、そのざわつきは、意外とすぐに消える。
AI。
デジタル技術。
DX。
言葉だけを並べれば、もう珍しくもない。
少なくとも、会議室や経営会議の中では。
それでも僕は、ある調査報告書を読みながら、何度も同じところで立ち止まってしまった。「なるほど」と頷くためではない。「わかる」と同意するためでもない。
——本当に、それでよかったのだろうか。
そんな問いが、胸の奥に残り続けたからだ。
この調査は、労働政策研究・研修機構によるものだ。
AIを含む新しいデジタル技術を企業が導入するとき、労使でどのようなコミュニケーションが行われているのか。そして、それは職場や仕事に、どんな変化をもたらしているのか。
調査結果そのものは、決して衝撃的ではない。むしろ、「やっぱりな」と思う人の方が多いだろう。
新技術導入の目的は、主に業務効率化と生産性向上。
コロナ禍で広がったのは、オンライン会議などのツール。
AI導入の効果は、定型業務の効率化や時間削減。
人材育成への影響は、限定的。
そして何より印象的だったのは、新技術導入にあたって、労使で事前に協議をしていない企業が4割近くあるという事実だった。
理由は明快だ。
「経営判断だから」
「大きな決断ではなかったから」
この一文を読んだとき、僕は思わず、苦笑いをしてしまった。
——ああ、これは責められないな、と。
人事として、経営の近くにいればいるほど、この感覚はわかる。
AIツールを一つ入れる。
業務システムを更新する。
コミュニケーションツールを変える。
一つひとつは、小さな判断に見える。そのたびに労使協議をしていたら、スピードが落ちる。競争に負ける。そんな焦りも、現実としてある。
だから、説明会で済ませる。
メールで通知する。
「何かあれば聞いてください」と添える。
それで、大きな混乱は起きない。
むしろ、多くの場合、静かに導入は進む。
調査結果も、それを裏づけている。協議をしたかどうかで、導入目標の達成度に大きな差はない。協議をしなかったからといって、致命的な問題が起きているわけでもない。
——だったら、協議なんて、やらなくてもいいのでは?
一瞬、そんな考えが頭をよぎる。けれど、同時に、僕の中で、もう一つの問いが立ち上がった。
——「問題が起きなかった」ことと、「よかった」ことは、本当に同じなのだろうか。
調査を読み進めていくと、もう一つ、興味深い結果が出てくる。労使コミュニケーションを行っている事業所の方が、
・企業の競争力向上
・従業員の生活の質の向上
こうした点で、効果を上げている傾向がある、というのだ。
特に、品質向上を重視する戦略をとっている企業では、その差がはっきりしている。
一方で、コスト削減を最優先にする企業では、従業員側の効果は見られても、経営側の効果は確認されなかった。
この結果を見て、僕は、妙に納得してしまった。
協議をしないことは、短期的には合理的だ。
判断は早い。
コストも抑えられる。
余計な意見に振り回されることもない。
けれど、協議をすることで得られるものは、「同意」や「承認」ではない。
むしろ、
・ズレに気づくこと
・想定していなかった論点に出会うこと
・現場の解釈を知ること
そうした、少し面倒で、でも後から効いてくるものだ。
調査では、協議を重ねた企業ほど、問題点の洗い出しは進む一方で、当初の目的に対する効果が見えにくくなるという、逆説的な結果も示されている。
「あれもこれも」と詰め込みすぎて、結局、何をやりたかったのかわからなくなる。
この感覚も、痛いほどわかる。
人事制度の議論でも、DX推進でも、現場の声を拾いすぎて、目的がぼやけることは、よくある。
だからこそ、僕は思う。問題は、「協議をするか、しないか」ではない。何のために導入するのか。その目的を、どこまで言葉にできているか。
そして、その目的が、自分たちの仕事や人生と、どうつながっているのか。この問いを、誰が引き受えているのか、だ。
調査では、AI導入によって、人事評価や配置転換にまで踏み込んだ事例は少ないとされている。多くは、業務プロセスや作業環境の見直しにとどまっている。
これも、無理はない。
評価や配置に手を入れるのは、重い。
摩擦も大きい。
説明責任も伴う。
だから、触れない。
けれど、AIが仕事のやり方を変える以上、本来は、人の役割や期待のされ方も、変わるはずだ。
そこに手をつけないまま、
「生産性が上がった」
「効率化できた」
と言い切ってしまっていいのだろうか。
僕は、人事として、そして、子どもを育てる親として、同じ違和感を覚えることがある。
何も起きていない。
問題も表面化していない。
だから、大丈夫。
——本当に?
子どもが何も言わずに従っているときほど、大人は、立ち止まらなければいけない。
職場も、同じだ。
調査の最後では、「労使コミュニケーションとは何か」という定義自体を問い直す必要がある、と述べられている。
情報提供と協議の境界は曖昧になり、SNSやメールといった新しい手段も増えている。たしかに、時代は変わった。けれど、変わっていないものもある。
それは、人は、自分が関わったと感じられるものにしか、責任を持てないという事実だ。
協議とは、合意形成のためだけのものではない。
説明とは、理解させるためだけのものでもない。
——この変化に、あなたはどう関わるのか。
——あなたの仕事や人生に、どんな意味を持つのか。
その問いを、一緒に考える時間だ。
調査を読み終えて、僕は、静かに思った。
AIを入れるかどうかよりも、協議をするかどうかよりも、本当に問われているのは、
「この組織で、何を大切にして生きたいのか」
その覚悟なのだ、と。
ある朝、朝陽(あさひ)がいつもより早く支度を終えた。
ランドセルを背負い、水筒を持ち、靴を履いて、玄関で待っている。
「今日は早いね」
そう声をかけると、朝陽は、少し得意そうに言った。
「うん。今日から、やり方変えたから」
「やり方?」
「朝の準備」
そう言って、朝陽は、特別な説明をするわけでもなく、そのまま玄関のドアを見つめていた。
僕は、その言葉が少し引っかかった。
——やり方を変えた?
——いつの間に?
思い返してみても、「朝の準備をこうしよう」なんて話をした記憶はない。
注意もしていない。
説明もしていない。
話し合いもしていない。
ただ、最近、朝の時間が少し慌ただしかっただけだ。
僕が時計を見る回数が増え、「そろそろ出るよ」と言う回数が増え、朝陽が最後にバタバタする日が続いていただけ。
それだけだった。
「どうやって変えたの?」
そう聞くと、朝陽は、当たり前のことのように答えた。
「先に、ランドセルの中、全部入れる。あとでやろうとすると、忘れるから」
「誰かに言われたの?」
「ううん」
「学校で決めたの?」
「決めてない」
じゃあ、どうして?
と聞きたくなったけれど、僕は、その先を聞くのをやめた。
朝陽は、説明されなくても、協議されなくても、自分なりに“やり方を変えていた”。
しかも、それは、正解かどうかを誰かに確認した結果じゃない。
ただ、「このままだと困る」という小さな違和感を、自分で処理した結果だった。
その姿を見ながら、僕は、論文で繰り返し出てきた言葉を思い出していた。
——経営判断だったから。
——大きな決断ではなかったから。
——協議の必要はなかった。
たしかに、朝陽の行動を見れば、「説明しなくても、人は適応する」と言いたくなる。
実際、問題は起きていない。
むしろ、うまくいっている。
けれど、同時に、別の問いが、胸に浮かんだ。
——もし、これが、朝陽にとって、無理をして合わせた結果だったら?
——もし、「遅れたら怒られる」「迷惑をかけたらいけない」と感じた結果だったら?
僕は、その日、あえて、こう言った。
「早く準備できて、助かるよ。でもさ、もし疲れるやり方だったら、変えていいからね」
朝陽は、一瞬、きょとんとした顔をした。
「変えていいの?」
「うん。パパに言わなくてもいいし、自分で決めていい」
「ふーん」
それだけ言って、朝陽は、靴を履き替え、「いってきます」と言って出ていった。
その背中を見ながら、僕は思った。
AI導入も、DXも、制度変更も、同じ構造をしている。
説明しなくても、人は動く。
協議しなくても、表面的には回る。
けれど、その変化を、自分で選んだと思えているか。それとも、合わせただけだと思っているか。
その違いは、すぐには表に出ない。
でも、あとから、確実に効いてくる。
調査では、「協議をしなかったことによる大きな問題は見られなかった」と書かれていた。
それは、事実だ。
けれど、朝陽の背中を見送りながら、僕は、こうも思った。問題が起きていないことと、納得して進めていることは、同じじゃない。
人事の仕事も、親であることも、結局は、ここに行き着く。
——この変化は、あなたの人生にとって、どういう意味があるのか。
その問いを、投げるか、投げないか。
協議とは、制度でも、手続きでもない。
問いを、ちゃんと残すこと。
それだけなのかもしれない。
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湯鶴の裏方より
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たまたま出会ったようで、どこかで必要としていたかもしれないひとことを、そっと手渡せたらと思っています。
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採用、評価、育成、退職——組織のなかにある“決断の裏側”と、“目の前の一人”との対話を、物語として丁寧に描いています。
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