経費が“空気”のように消えていく組織で、僕が見たもの——お金の使い方には、その組織の「覚悟」が映る
副業先での出来事だった。
「経費が月にいくらくらい使われていますか?」
何気なくそう尋ねたとき、返ってきた数字に、僕は耳を疑った。
約10人分の給与と同じ金額。
もちろん、経営規模や事業内容によって、経費の大きさは変わる。研究開発費が膨らむこともあれば、広告宣伝費が一気に跳ね上がるタイミングもある。だから、金額そのものに驚いたわけではなかった。
僕が唖然としたのは、その金額が「当たり前のように」使われている、という空気そのものだった。
「これって、売上効果はどの程度出ているんですか?」
そう聞くと、返事はあまりにもあっけなかった。
「……いや、実質的には何も。効果は見えないです」
言葉を失った。
さらに驚いたのは、その経費が誰にも相談されず、誰にもチェックされず、誰にも問われないまま毎月使われているという事実だった。
「稟議は……あるんですよね?」
念のため確認すると、苦笑しながらこう返ってきた。
「ないんですよ。稟議文化。だから、誰も止められないんです」
なるほど。仕組みとしての「歯止め」が存在しない。だからこそ、良くも悪くも、各人の判断がそのまま“組織の意思”になってしまう。
もちろん、稟議が万能だというつもりはない。形式的な稟議が形骸化し、ただの押印マラソンになっている会社だって無数にある。
しかし——
「稟議がない」と「稟議が要らないほど優れた自律性がある」は、まったく別の話だ。
後者は、仕組みよりも強い倫理観と、数字に対する責任と、未来に対する覚悟がある組織だけが成立する。
今回のケースは、残念ながらそのどちらでもなかった。
この状況を見ていた別の社員が、あるとき勇気を出して、その人に言ったらしい。
「これはダメだよ。こういう使い方は、組織としておかしいよ」
すると、返ってきたのは呆れるほどシンプルな反論だった。
「なんでですか?」
「モチベーションが下がります」
……モチベーション?
その一言に、僕は背筋が冷えるような感覚を覚えた。
モチベーションという言葉は本来、美しい。気持ちが前を向いて働けることは、組織にとって何よりの資産だ。
しかし、それは——
『成果責任』と『未来への視点』の上に成り立つモチベーションであってほしい。
経費を自由に使えることがモチベーションの源泉になっているなら、それは組織としての危険信号でしかない。
僕は人事として、経営にも足を入れ、数字や制度と真正面から向き合い続けてきた。
だからこそ、こう思う。
「経費とは、いまのお金を、未来の成果に変えるための道具」
だから、未来とつながらない経費は、ただの“散財”になる。
・意味を考えずに使われるお金
・説明責任のない支出
・成果への接続を誰も問わない文化
・それを疑問に思う者が少数派になる空気
こうしたものが積み重なった先に待っているのは、財務ではなく “組織の自滅” だ。数字の赤字よりも怖いのは、「自分たちは正しいことをしている」と思い込んだまま、組織がゆっくり腐っていくプロセスだ。
経費を使うとき、僕は自分に問い続けている。
「これは、本当に未来につながるのか?」
「もし自分がこのお金の責任者だったら、それでも使うか?」
「この判断は、1ヶ月後の数字にどんな影響を与えるか?」
「自分が社長でも、この判断を許可するか?」
これは職業柄というより、“お金の使い方には、その人の覚悟が映る”と知っているからだ。
どれほど華やかに見える人でも、どれほど優秀に見える人でも、お金の使い方が軽ければ、最後に残るのは「空っぽの結果」だけだ。
逆に、必要なところに正しく投資し、無駄なものを削り、未来を見据えて判断できる人は、どんな環境でも成果を出し続ける。
これは企業にも、個人にも当てはまる。
今回の副業先で見た現実は、象徴的だった。
止める仕組みがない組織は、止まらない人によって崩れていく。
しかも、その崩れ方は静かだ。外側からは気づきにくく、内部の人間は慣れてしまい、気がついたときには手遅れになっている。
「モチベーションが下がる」
その理屈でお金を使う文化が続けば、その会社は“モチベーションさえあれば何をしてもいい”組織になる。
そんな組織の未来は、あまりにも脆い。
ここからが、人事としての僕の視点だ。
組織を健全に保つのは、制度でもルールでもない。
“共通の感覚”だ。
どれだけ厳密なルールを作っても、その感覚がなければ、ルールはすぐ形骸化する。
逆に、感覚が整っていれば、最低限の仕組みでも機能する。
だからまず大切なのは、次の3つだと思う。
① お金の「意味」を言語化する
経費は、
・課題解決の投資
・売上向上の投資
・効率化の投資
・未来の布石
このどれかであるべきだ。
「気持ちよく仕事できるから」といった理由を排除することではない。ただ、それだけでは“投資”にならない。
② 使ったあと、必ず振り返る
「効果が出なかった」は大いにOKだ。
問題は、“そもそも振り返りもしない文化” のほうだ。
③ 誰でも言える空気をつくる
今回のようなケースは、誰かが気づいていても、「言ってもムダ」という空気が蔓延している。しかし、言ってくれる人がいる組織は強い。沈黙が続く組織は弱い。
結局のところ、経費管理とは、数字よりも“関係性”の問題なのだ。
最後に、今回の一件で強く思ったことがある。
モチベーションを高める方法は、経費を自由に使わせることではない。人は、自由で満たされたときより、責任を持たされたときのほうが、はるかに強くなる。
数字を背負い、判断を背負い、未来を背負う。その覚悟を求められた瞬間、人は驚くほど成長する。
だから、「自由がモチベーション」という文化は甘い。それは“依存的なモチベーション”だ。
僕は、そういう組織をつくりたくない。
副業先でも、本業でも、どんな組織でも——
責任を果たすことで自分を誇れる人を増やしたい。そういう人が集まれば、組織は強くなる。
今回の体験を通じて、僕は一つのことを確信した。
——僕は、ここを変えるために呼ばれたのだ。
お金の使い方は、最も分かりやすい“組織の価値観”だ。だからこそ、そこに乱れがあるなら、まずは感覚を整えることから始めなくてはならない。
反発もあるだろう。「モチベーションが下がる」という声も出るだろう。でも、それで構わない。むしろ、その摩擦こそが“変わるための証拠”になる。
僕は、組織の未来に誇りを持てる人を増やしたい。無責任な自由ではなく、責任ある自由を手にしたとき、人は本当に強くなる。その姿を、この副業先でも見たいと思っている。
——お金の使い方は、組織の覚悟である。
その覚悟を、僕はこの手で取り戻しに行く。
#湯鶴の物語
#人事
#経費管理
#組織づくり
#人事の視点
#副業で見えた景色
#組織の空気
#責任と自由
#経営のリアル
#未来への投資
湯鶴の裏方より
スキを押してくださった方へ、湯鶴の言葉をひとつ、おみくじと共にお送りします。
たまたま出会ったようで、どこかで必要としていたかもしれないひとことを、そっと手渡せたらと思っています。
▼おみくじをつくった背景については、こちらにまとめました。
人と向き合う仕事のなかで感じた葛藤、気づき、あたたかさ——。そんな日々を綴った有料マガジン『人事としての湯鶴 —— 組織の中で、人を見つめる日々』があります。
採用、評価、育成、退職——組織のなかにある“決断の裏側”と、“目の前の一人”との対話を、物語として丁寧に描いています。
※1本ずつ(100円)でも読めますが、マガジン購読でまとまって読むのがおすすめです。
▼マガジンはこちら
▼前回の無料物語はこちら
