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【生成AIは、あなたの直感を「理論」にしてしまう】AI時代に一番怖いのは、間違いより「もっともらしさ」かもしれない


生成AIは、あなたの直感を「理論」にしてしまう

AI時代に一番怖いのは、間違いより「もっともらしさ」かもしれない


こんにちは、ぜっとです。

先日、

「量子力学を、スピリチュアルの入り口にしない」

という記事を書きました。

そこで私が考えたかったのは、スピリチュアルを否定することではありません。

形而上の世界を考えることそのものは、かなり自由です。

宇宙はこうなっているのではないか。

意識とは、こういう構造ではないか。

時間の外側には、別の何かがあるのではないか。

考えるだけなら、どこまで行ってもいい。

そこには哲学の楽しさがあります。

ただし。

その世界像を、

「量子力学が証明している」

「物理学からこう言える」

と、観測可能な世界へ接続した瞬間に話が変わる。

私は、その接続点には境界線を引きたいと思っています。

そして、この記事を書いたあとで、もう一つ気づきました。

この問題を、以前よりずっと大きくしている存在があります。

生成AIです。



生成AI以前なら、直感は直感のまま終わることが多かった

人間には、ときどき変なことを思いつく瞬間があります。

「もしかすると、こうなのではないか」

という感覚です。

私にもあります。

区別力宇宙論も、最初はそうでした。

世界には差分が生まれる。

しかし、すべての差分が残るわけではない。

残った差分だけが履歴となり、

その積み重ねを私たちは世界として見ているのではないか。

そんな直感から始まりました。

以前なら、ここでかなり長い時間止まっていたと思います。

名前もない。

数式もない。

体系もない。

既存理論との関係もよく分からない。

ただ、

「なんとなく、こういう構造がある気がする」

という状態です。

ところが今は、その直感をChatGPTのような生成AIへ渡せます。

すると数秒後には、

名前がつく。

定義ができる。

章立てができる。

概念同士が整理される。

既存理論との類似点が挙げられる。

図式まで作れる。

場合によっては数式まで出てくる。

さらに、

「この理論への反論を考えて」

と頼めば、

反論と、その反論への返答まで作れてしまいます。

ここで、不思議なことが起こります。

最初は自分の頭の中にあった、

ぼんやりした直感だったものが、

数時間後には、

「理論のようなもの」

になっている。

でも、理論になったわけではない

ここを、かなり慎重に見なければいけないと思っています。

生成AIによって起きたことは、

直感が証明されたことではありません。

本当は、

直感

AIによる言語化

構造化

体系化

理論らしい見た目

です。

ところが人間側から見ると、

途中があまりに滑らかなので、

直感

理論

に見えてしまう。

この圧縮が怖い。

文章がきれいです。

用語もあります。

数式まであります。

既存の学問との接続まで示されています。

そうなると、

「ここまで説明できるなら、本当に何かあるのではないか」

と感じやすくなる。

でも。

説明できることと、正しいことは違います。



生成AIは「空白」を埋めるのが、とても上手い

生成AIを使っていると、ひとつ大きな特徴に気づきます。

人間が、

AとBは関係しているのではないか、

と問いかける。

するとAIは、

AとBの間にある言葉を探します。

似た概念。

関連する研究。

共通する構造。

使えそうな比喩。

そして、その間に橋を架けてくれる。

これは仕事では、とても便利です。

企画と売場をつなぐ。

経営課題と施策をつなぐ。

文章の前半と後半をつなぐ。

こういう用途なら、AIの接続能力はものすごく役立ちます。

でも、宇宙論や意識論では事情が違う。

本当は橋がないところにも、

言葉による橋は架けられてしまうからです。

例えば、

量子力学。

多世界解釈。

ニューロン。

電磁気。

意識。

集合意識。

SNS。

一つひとつは実在する言葉です。

しかし、

「実在する概念A」

と、

「実在する概念B」

を文章でつなげられることと、

現実世界でAとBが因果的に接続していることは別です。

この区別は、かなり重要です。



AI時代に怖いのは「完全な嘘」だけではない

生成AIについて、

「AIは間違ったことを言う」

という注意は、かなり広まりました。

いわゆるハルシネーションです。


ただ私は最近、

それより少し厄介なものがあると思っています。

それが、

もっともらしさです。


完全な嘘なら、まだ見つけやすい。

存在しない論文。

間違った数字。

存在しない人物。

調べれば分かります。


ところが、

70%くらい正しい言葉と、

20%くらい合理的に見える接続と、

10%くらい自分の願望が混ざると、かなり見抜きにくい。

しかもAIは、それを非常に滑らかな文章にします。


人間は、

文章が整っていると、

思考まで整っているように感じます。

図があると、

構造が実在するように感じます。

数式があると、

数学的に証明されているように感じる。

専門用語が増えると、

学問になったように感じる。

でも、

見た目の精密さと、認識の精度は同じではありません。

ここは、AI時代にかなり重要な境界だと思っています。



境界認知マップ

私はこの問題を、自分なりに次のように整理しています。

大事なのは、

上から下へ進むほど、

「自由に考えてよい範囲」が狭くなる

ということです。

直感なら自由です。

形而上学もかなり自由です。

しかし、

「物理学と接続します」

と言った瞬間から、

自由度は下がる。

さらに、

「これは物理現象として起きています」

と言えば、

観測可能性や検証可能性を問われる。

ここを私は、

境界認知

として持っておきたいと思っています。



危険なのは、AIがこの境界を一気に飛び越えてしまうこと

生成AIは、

直感から概念モデルまでを一気に進めることができます。

しかも、

既存科学との接続候補まで出してくる。

すると、

人間側には、こう見える。

直感

モデル

既存理論との接続

科学的説明

でも、実際には途中に大きな空白があります。

特に危ないのは、

「似ている」と「同じである」

の境界です。


例えば、私が独自に研究している

区別力宇宙論

「差分が残る」

という発想と、

ヒステリシスや相転移の構造に、

似て見える部分がある。

これは比較できます。

比喩として使うこともできる。

しかし、

だからといって、

区別力が相転移を物理的に起こしている

とは言えません。

この一歩。

たった一歩なのですが、

学問としては非常に大きな一歩です。



私自身の「区別力宇宙論」も、この危険の中にある

ここは、自分自身にも向けて書いておきたいと思います。

私は「区別力宇宙論」という、自分なりの仮説モデルを考えています。

差分。

保持。

履歴化。

保持閾値。

そうした言葉を使い、

宇宙や時間、観測について考えてきました。

そして生成AIとの対話によって、

その構造はかなり整理されました。

おそらく生成AIがなければ、

ここまで早く言語化できなかったと思います。

だからこそ。

自分にも同じ警戒が必要です。

区別力宇宙論が、

自分の世界観として面白い。

形而上学として考える。

ここまでは自由です。

概念モデルとして、

差分や保持という語彙を置く。

これもよいと思っています。

しかし、

それがそのまま、

「物理世界に実在する新しい力である」

ことにはならない。

私はここに境界を引いておきたい。

形而上には自由を。

物理への接続には境界を。

これは他人の理論だけに向けた言葉ではありません。

自分自身の理論にも向けています。



自分の理論だけは特別だと思い始めたときが危ない

人間には、自分が考えたものを守りたくなる性質があります。

時間を使った。

たくさん考えた。

AIとも何百回も対話した。

文章も書いた。

図も作った。

ここまで来ると、

理論を否定されることが、

自分自身を否定されたように感じることがあります。

さらに生成AIへ相談すると、

「非常に興味深い仮説です」

「独自性があります」

「既存理論との接続可能性があります」

と返ってくることがあります。

これは気持ちがいい。

でも、

ここでAIを、

自分の理論を褒めてくれる装置

にしてはいけないと思っています。

むしろ必要なのは逆です。

「どこが壊れるか」

を探させる。




AIには、理論を作らせるだけでなく壊させる

私は、生成AIを使って仮説を考えるなら、

二つの役割を分けたほうがよいと思っています。

一つは、

理論生成AI。

自分の直感を整理する。

定義する。

構造化する。

矛盾を見つける。

図式化する。

これはAIが得意です。


もう一つは、

理論破壊AI。

こちらには、

「私の理論を支持しないでください」

と最初に言う。

そして、

どこに飛躍があるか。

何を仮定しているか。

既存理論との接続に証拠があるか。

反証可能なのか。

単なる言い換えではないか。

循環論法になっていないか。

徹底的に壊してもらう。

生成と破壊。

両方を行う。

そうして初めて、

AIが「思想増幅器」から、

思考補助装置

へ近づくのだと思います。



境界認知マップの使い方

自分で何か大きな仮説を思いついたとき、

私は、まず次の問いに戻るとよいと思っています。

私は今、どの領域の話をしているのか。

直感なのか。

形而上学なのか。

仮説なのか。

概念モデルなのか。

科学との接続を主張しているのか。

そして、もう一つ。

一段下へ進むための橋は、本当にあるのか。

ここが大事です。

「面白い」

だけでは橋にならない。

「説明できる」

だけでも橋にはならない。

「AIが整合的と言った」

も橋ではない。

既存の専門用語が使われていることも、

橋そのものではありません。

この境界を自分で確認する。

AI時代には、

これが新しいリテラシーになる気がしています。



生成AIは罪深い。でも、だから使わないとは思わない

ここまで書くと、

生成AIは危険だから使わないほうがいい、

という話に見えるかもしれません。

私は、そうは思っていません。

むしろ生成AIがあるから、

以前なら頭の中で消えていた直感を、

言葉として残せるようになりました。

誰にも説明できなかった違和感を、

構造として眺められるようになった。

これは、とても大きな価値です。

私自身、

AIとの対話がなければ、

ここまで自分の問いを残せていなかったと思います。

だから、

生成AIは面白い。

ものすごく面白い。

ただし。

AIが自分の直感を美しく説明してくれたときほど、一度疑う。

ここは忘れたくありません。

「もっともらしい」は、真実ではない

生成AI時代、

私たちはこれまで以上に、

きれいな説明に囲まれるようになります。

どんな直感にも名前をつけられる。

どんな思想にも理論的な骨格を与えられる。

どんな世界観にも図を描ける。

おそらくこれから、

個人宇宙論。

個人哲学。

独自の意識理論。

独自の社会理論。

そうしたものは、ものすごい勢いで増えると思います。

それ自体は、

悪いことではないと思っています。

人間が考える世界が広がるのは、面白い。

ただ、

そのとき必要になるのは、

「正しい理論を持っている人」

だけではない。

自分が今、どこまでを知っていて、どこからを想像しているのかを分けられる人。

私は、そちらの能力のほうが重要になると思っています。



形而上には自由を。接続には境界を。

想像していい。

仮説を作っていい。

宇宙について考えていい。

意識について考えていい。

自分だけの世界モデルを持ってもいい。

でも、

そこから観測可能な現実へ橋を架けるときだけは、

少し慎重になる。

どこまでが事実なのか。

どこからが自分の仮説なのか。

どこをAIが補ったのか。

その橋には、本当に根拠があるのか。

一度、立ち止まる。

生成AIによって、

人間は以前よりずっと簡単に「理論」を作れるようになりました。

だからこそ、

これから必要になるのは、

理論を作る力だけではありません。

自分の理論と現実の間に、境界線を引く力。

私はそれを、

AI時代の

境界認知

と呼んでみたいと思います。

生成AIは、

あなたの直感を理論にしてしまう。

だから最後に必要なのは、

AIではありません。

その理論を見ながら、

「これは今、どこに立っている話なのだろう」

と問い直す、

人間自身の観測なのだと思います。



「境界認知マップ」

私たちは、どこまで事実を知っていて、どこから先を推測や物語で埋めているのでしょうか。 「境界認知マップ」は、自分がどこまで分かっているのか、どこから分からなくなっているのかを観測するために、私が考えてきた認識の地図です。


『量子力学の「観測」とは結局なにか

― 感情・意識・自我までつなげて考える』

量子力学を信じるためでも、

スピリチュアルを否定するためでもありません。

自分が何を事実として見て、どこから意味を加えているのか。

その境界線を一度、自分で観測してみる。

そこから始めてみたいと思います。




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