【AI時代の企業境界と差別化|第3回】会社に残す仕事、外へ出す仕事AI・外注・自動化・社員をどう使い分ける

【AI時代の企業境界と差別化|第3回】
会社に残す仕事、外へ出す仕事
AI・外注・自動化・社員をどう使い分けるか
こんにちは、ぜっとです。
前回の記事では、
AIを使って社員が仕事をしていることと、その仕事を成立させる能力まで会社が持っていることは、同じではない
という話を書きました。
社員が生成AIを使う。
文章を作る。
画像を作る。
資料を作る。
制作そのものは社内で完結している。
でも、その仕事を支えているAIモデルやサーバー、計算資源、保守、更新まで自社で持っているわけではない。
そこで、
「作業の内製」と「能力の内製」は違う
と考えてみました。
では、その先に何があるのでしょう。
ここまで考えると、次に気になるのは、
では、会社は何を自分たちの中へ残せばいいのか。
という問題です。
AIへ任せる仕事。
自動化する仕事。
人へ外注する仕事。
社員が続ける仕事。
専門家と一緒に考える仕事。
今は、選択肢そのものが増えています。
だからこそ、
「自社でできるか」
だけでは、仕事の置き場所を決めにくくなってきました。
むしろこれからは、
自社でできるけれど、やらない仕事。
反対に、
簡単だけれど、外へ出さない仕事。
が出てくるのだと思います。
今回は、
AI時代に、会社の中へ何を残し、何を外へ出すのか。
その境界線を考えてみます。
以前は「できないから外注」が分かりやすかった
少し前まで、外注の理由は比較的分かりやすいものでした。
デザインができない。
だからデザイナーへお願いする。
Illustratorを使えない。
だから制作会社へお願いする。
文章を書く人がいない。
だからライターへ頼む。
プログラムを組めない。
だからシステム会社へ頼む。
つまり、
自社ではできないから、できる人へ頼む。
という構造です。
もちろん、今でもこれはあります。
しかし生成AI、Canva、ノーコードツールなどが普及してきたことで、
以前なら「専門家しかできない」と思っていた仕事の一部が、社員でもかなりできるようになってきました。
文章。
画像。
プレゼン資料。
簡単なデザイン。
データ分析。
動画。
プログラム。
制作の入口にあった技術的な壁が、急速に低くなっています。
すると、外注を考える基準そのものも変わってきます。
以前は、
「できるか、できないか」
だった。
これからは、
「できるけれど、自分たちがやる意味があるのか」
を考える。
ここが大きな変化だと思っています。

「できるか」ではなく「どこでやる意味があるか」を考える
「簡単な仕事だから外へ出す」でもなくなった
仕事を、
簡単な仕事。
難しい仕事。
で分ける方法もあります。
簡単な仕事は外注する。
難しい仕事は社員が行う。
一見、合理的です。
しかしAI時代になると、これだけでは少し足りません。
例えば、
商品別の原価を一覧にする仕事を考えてみます。
数字を拾う。
表へ入れる。
合計する。
比較する。
作業そのものは、それほど難しくありません。
ところが、その仕事を行うためには、
仕入原価。
販売価格。
粗利。
仕入先。
取引条件。
販売数量。
などを見る必要があります。
作業は簡単です。
でも、
扱っている情報の価値は高い。
こういう仕事があります。
反対に、
かなり高度な専門知識が必要な仕事でも、
公開情報だけを使い、
会社名や取引条件などを伏せて相談できるなら、
外部専門家やAIの知識を積極的に借りることもできます。
つまり、
仕事の難しさと、外部へ出しやすいかどうかは別問題です。
ここを分けた方がいい。
仕事を「7つの軸」で見る
では、
会社に残すか。
AIへ任せるか。
外注するか。
何を基準に決めればよいのでしょう。
私は今のところ、少なくとも次の7つを見た方がいいと思っています。
1.情報価値
その仕事には、
顧客情報。
原価。
取引条件。
人事情報。
未公開の商品。
経営計画。
独自データ。
などが含まれているか。
作業自体が単純でも、情報価値が高ければ簡単には外へ出せません。
2.能力蓄積
その仕事を続けることで、
社員や会社の能力が高まるか。
例えば販促物を作る仕事なら、
売れる言葉。
写真の見せ方。
顧客反応。
季節感。
商品理解。
などが蓄積する可能性があります。
単なる「制作作業」に見えても、
実は会社を学習させている仕事があります。
3.自社固有性
他の会社でも同じようにできる仕事なのか。
それとも、
自社の顧客。
自社の商品。
自社の地域。
自社のブランド。
自社の経験。
がなければ成立しない仕事なのか。
固有性が高いほど、社内へ残す意味は強くなります。
4.専門性
反対に、
自社へ無理に持たない方がいい能力もあります。
法務。
高度なシステム開発。
専門的なデザイン監修。
特殊な分析。
ブランド戦略。
こうした領域は、
何年もかけて社内育成するより、
必要なときに専門家の能力を借りた方がよい場合があります。
5.外部依存度
その仕事を外へ出した結果、
特定の会社。
特定のAI。
特定のソフト。
特定の担当者。
がいなくなると、仕事そのものが止まらないか。
便利さだけでなく、
戻れるか、移れるか。
も見ます。
6.時間とコスト
社員が行える仕事だからといって、
社員がやるべき仕事とは限りません。
1時間かければ社員でもできる。
しかし、
10分で自動化できる。
数百円で処理できる。
なら、社員が続ける意味は薄いかもしれません。
社員の時間も経営資源です。
7.失ったときの影響
そして最後に、
その仕事を社内から完全に失ったらどうなるか。
自社らしさが薄れる。
顧客を理解できなくなる。
AIの出力を評価できなくなる。
取引先との関係が弱くなる。
非常時に対応できなくなる。
そうした能力なら、
完全に外へ出す前に一度考えた方がいい。

仕事の難しさだけでは決めない。
仕事には「5つの置き場所」がある
こう考えると、
仕事の置き場所は、
「社員か外注か」
の二択ではありません。
少なくとも5つあります。

置き場所 向いている仕事
社員に残す 判断、顧客理解、改善、自社固有の知識
AIへ任せる 探索、下書き、比較、要約、大量案
自動化する 転記、集計、照合、定型処理
人へ外注する 定型業務、繁閑対応、専門作業
専門家と共同する 高度判断、法務、ブランド、専門技術
AIが入ったことで、
社員の仕事がすべてAIへ移るわけではありません。
むしろ、
仕事をもっと細かく分けられるようになった
と考えた方が近いと思います。
例えばチラシ制作なら、
商品選定 → 社員。
商品情報整理 → AI。
画像案 → AI。
定型レイアウト → テンプレート。
登録作業 → 自動化や外注。
最終判断 → 社員。
ブランド監修 → 必要なら専門家。
という組み合わせもできます。
仕事単位ではなく、
工程単位で置き場所を変える。
これがAI時代の仕事設計なのだと思います。

仕事そのものではなく、工程ごとに置き場所を選ぶ。
「情報価値」と「能力蓄積」で見ると分かりやすい
さらに簡単に考えるなら、
私は二つの軸が使いやすいと思っています。
一つは、
情報を外へ出しやすいか。
もう一つは、
その仕事が自社能力の蓄積につながるか。
この二つを組み合わせると、4つに分けられます。

例えば、
公開済みの商品説明を別媒体へ変換する。
情報は外へ出しやすい。
しかも社員が毎回手作業しても、それほど能力蓄積にはならない。
なら、
AIや自動化を使いやすい。
反対に、
顧客データを分析し、
「うちのお客様は何を求めているのか」
を考える。
これは情報価値も高い。
しかも会社の顧客理解そのものにつながります。
ここは簡単に手放したくない。
同じ「分析」という仕事でも、
置き場所が変わります。

「簡単か難しいか」ではなく、
「何が会社に残るか」で考える。
自社で作ることで「学習資産」になる仕事がある
ここは、かなり重要だと思っています。
例えば、
一枚のチラシを外注する。
完成したものが届く。
掲載する。
終わり。
これでも目的は達成できます。
しかし社内でAIを使いながら作った場合、
何を一番大きく見せれば反応が良いのか。
どんな写真が売場とつながるのか。
お客様は価格に反応したのか。
旬に反応したのか。
用途提案に反応したのか。
どのコピーが効いたのか。
という情報が社員側へ蓄積することがあります。
つまり、
完成品だけが欲しい仕事
と、
仕事を通じて会社が学習する仕事
は同じではありません。
私は、
この「学習する仕事」はかなり大事だと思っています。
AIが制作を助ける。
その結果、社員が以前より短時間で多くの仮説を試せる。
それならAIは、
人の能力を奪っているのではなく、
むしろ、
会社の学習速度を上げている
ことになります。
反対に、社員が続けても会社にあまり残らない仕事もある
もちろん、
何でも社員が行えばよいわけではありません。
転記。
商品登録。
決まった形式への変換。
ファイル名の変更。
定型集計。
単純な照合。
毎回同じ確認。
こうした仕事を何百回繰り返しても、
会社の能力がほとんど増えない場合があります。
しかも、
社員の時間は消費されます。
この場合、
AI。
自動化。
外注。
を使った方がいい。
ここで重要なのは、
「人の仕事を奪う」
と考えるのではなく、
社員の時間を、会社に残る仕事へ戻す。
と考えることです。
例えば、
1時間の入力作業が自動化された。
そこで浮いた1時間を、
売場を見る。
お客様の反応を見る。
商品を研究する。
改善案を考える。
取引先と話す。
社員教育をする。
に使えば、
会社の能力はむしろ上がります。

効率化の目的は、人を減らすことではなく、
人の時間を競争力へ戻すこと。
ただし、会社によって「残す仕事」は違う
ここまで読むと、
「では、この仕事は内製」
「これは外注」
という共通の正解表を作りたくなります。
でも、私はそこまで単純ではないと思っています。
なぜなら、
会社によって強みが違うからです。
例えば地域密着型の会社なら、
地域のお客様の感覚。
季節ごとの需要。
生活習慣。
常連客との関係。
地域の取引先。
こうしたものは重要です。
一方、
技術開発型の会社なら、
製造ノウハウ。
設計。
品質基準。
材料知識。
改善技術。
が中核になります。
ブランド型なら、
世界観。
表現。
商品選定。
顧客体験。
言葉の使い方。
が重要かもしれません。
オペレーション型なら、
標準化。
業務設計。
在庫。
物流。
生産性改善。
が競争力になる。
つまり、
何を会社に残すかを決めるということは、
「自分たちは何で勝つ会社なのか」を決めることでもある。
ということです。
ここまで来ると、
内製・外注の話は、
単なるコスト削減の話ではありません。
経営戦略そのもの
になってきます。
そして、少し気になることがある
ここから、もう一段深い話です。
例えば、
企画をAIへ頼む。
「この商品でキャンペーンを10案考えてください」
と入力する。
AIが10案出す。
社員が一つ選ぶ。
とても便利です。
一度なら、ほとんど問題ないでしょう。
では、
これを毎回やったらどうでしょう。
商品を見る。
お客様を見る。
違和感を拾う。
仮説を立てる。
企画を考える。
複数案を比較する。
失敗から学ぶ。
次の案へ修正する。
これまで社員が行っていた、
一連の思考工程
のかなりの部分が、少しずつAI側へ移っていきます。
社員は会社にいます。
会社のPCを使っています。
成果物も自社で使っています。
見た目には、何も外へ出ていません。
でも、
「考える工程」だけが外部化している。
そんな状態が起こる可能性があります。

社員が社内に残っていても、
思考工程は空洞化する可能性がある。
日本は、別の形の「空洞化」を経験してきた
この構造を考えていると、
私は日本の製造業で言われてきた、
産業空洞化
を思い出します。
工場が海外へ移る。
生産工程が海外へ移る。
それによって失われるのは、
単なる工場の建物だけではありません。
熟練技能。
工程改善。
部品調達の知識。
設備を直す力。
現場で問題を解決する力。
そうしたものまで一緒に弱くなることがあります。
AIでも、
少し似たことが起きるのでしょうか。
もちろん、
工場の海外移転とAI利用は同じではありません。
ただ、
仕事を外へ出したときに、作業だけではなく能力まで失われる
という構造には、少し似たところがあります。
AIの場合、それがさらに見えにくい。
工場は移転していない。
社員も会社にいる。
仕事もしている。
でも、
観察。
構想。
比較。
判断。
改善。
が少しずつ外部の知能へ移っていく。
私はここを、もう少し考えてみたいと思っています。
会社に残すべきなのは「作業」ではなく、再現できる能力なのかもしれない
ここまで考えてきて、
私は「仕事を残す」という表現も、少し違う気がしてきました。
本当に残すべきなのは、
仕事そのものではありません。
例えば、
文章を書く作業。
画像を作る作業。
集計する作業。
資料を整える作業。
AIや自動化で代替できるなら、
無理に人間へ残す必要はない。
残したいのは、
良し悪しを判断できること。
なぜそうしたのか説明できること。
失敗したとき改善できること。
別の方法へ移ることができること。
そして、
その会社らしい成果をもう一度再現できること。
なのだと思います。
だから、
仕事を残すのではなく、能力を残す。
さらに言えば、
会社に残すべきなのは、競争力を再現するための能力である。
私は今のところ、そう考えています。
この仕事はどこでやる? 5つの問い

最後に、
社内の仕事を一つ思い浮かべて、
次の5つを考えてみてください。
この仕事を続けることで、自社の能力は増えるか。
他社へ知られたくない情報に触れるか。
AIや外注先が止まっても、別の方法へ移れるか。
社員が行うことで、顧客理解や改善につながるか。
この仕事を失うと、自社らしさまで失われるか。
YESが多いほど、
その仕事、あるいはその仕事に含まれる判断部分は、
会社の中へ残す意味が強いのだと思います。
反対に、
能力がほとんど蓄積しない。
重要情報にも触れない。
誰がやっても結果がほぼ同じ。
そういう作業なら、
AI。
自動化。
外注。
をもっと使ってもよい。
大切なのは、
全部を内製することでも、
全部をAIへ任せることでもない。
何を会社に残すのかを、自分たちで選べること。
そこに企業境界があるのだと思います。
次回|社員は社内にいるのに、会社の能力が空洞化する
今回、
最後に少し気になる問題が出てきました。
日本はかつて、
生産拠点の海外移転を通じて、
工場だけではなく、
技能。
工程改善。
部材調達。
現場で問題を解く力。
まで失われる「産業空洞化」を経験してきました。
ではAI時代には、
別の空洞化が起きるのでしょうか。
工場は移転していない。
社員も会社にいる。
仕事も社内でしている。
それでも、
観察 → 整理 → 仮説 → 構想 → 比較 → 判断 → 改善
という知的工程がAIへ移っていったとき、
会社の中には何が残るのか…。
次回は、

【AI時代の企業境界と差別化|第4回】
社員は社内にいるのに、会社の能力が空洞化する
AI時代にも「産業空洞化」は起こるのか
というテーマで、
「思考工程の外部化」
をもう少し深く考えてみたいと思います。
ぜっと

あわせて読みたい|Z Observerの関連マガジン
今回の「AI時代の企業境界と差別化」は、生成AIだけを扱うシリーズではありません。
AIが会社の中へ入ってくることで、
何を人が判断するのか。
何をAIへ任せるのか。
何を会社の中に残すのか。
そして、そもそも「自社らしさ」とは何なのか。
そんなところまで考えていくシリーズです。
そのため、これまでZ Observerで書いてきた他のテーマとも、かなり深くつながっています。
『AI時代の中小企業の経営戦略』
今回のシリーズと、もっとも近いマガジンです。
人・お金・時間が限られる中小企業が、AIを単なる便利ツールとしてではなく、経営資源の一つとしてどう組み込むかを考えています。
「AI時代の企業境界と差別化」を読んで、
「では実際の会社経営ではどう考えればいいのか」
と思った方には、まずこちらがおすすめです。
『Z式構文』
AI時代になるほど、答えを出す速度は上がります。
だからこそ私は、
答えを急ぐ前に、何と何を分けて考えるべきか
が大切になると思っています。
事実と解釈。
作業と情報。
内製と外部依存。
AIの能力と、自社の能力。
似ているようで違うものをいったん分けて観測する。
今回の「企業境界」というテーマも、実はこの考え方の延長線上にあります。
判断そのものの精度を高めたい方には、『Z式構文』も合わせて読んでいただければと思います。
企業・経営を「観測する」記事
会社では、目の前に見えている数字や結果だけでなく、
なぜそうなったのか。
どこにズレがあるのか。
何が会社の中に残っているのか。
を見る必要があります。
AIを導入して成果が出たとしても、
それがAIサービスに依存した成果なのか。
会社自身の能力として蓄積されたのか。
ここを区別しなければ、本当の強さは見えません。
企業・経営を「構造として見る」というZ Observerの経営記事とも、今回のシリーズは強くつながっています。
『AI時代のライフプランニング』
今回の話は会社だけの問題でもありません。
個人でも、
AIに任せられる仕事が増えたとき、
自分には何が残るのか。
AIがなくてもできることは何か。
AIを使っても、他人と違うものを作れるか。
という問いが出てきます。
企業にとっての「自社らしさ」は、
個人に置き換えれば、
「自分らしさ」「自分固有の資産」
でもあります。
仕事やキャリア、人間の能力そのものをAI時代から考えたい方には、こちらのテーマもつながってきます。
こうして並べてみると、
AI時代の企業境界と差別化
は、新しく独立したテーマでありながら、
Z式構文。
企業・経営。
中小企業のAI活用。
仕事と人生設計。
これまで書いてきたテーマを横につなぐ位置にもあります。
AIをどう使うか。
だけではなく、
AIが当たり前になったあと、人や会社は何を自分の中に残すのか。
この問いに興味を持ったところから、気になるマガジンへ読み進めてもらえればうれしいです。
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