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【AI時代の企業境界と差別化|第2回】AIを使えば、本当に内製化なのか「作業の内製」と「能力の内製」は違う

【AI時代の企業境界と差別化|第2回】

AIを使えば、本当に内製化なのか

「作業の内製」と「能力の内製」は違う


こんにちは、ぜっとです。

前回の記事では、

生成AIは「新しい外注先」と考えた方が、会社の情報管理を考えやすいのではないか

という話を書きました。

社員がChatGPTを開く。

資料を渡す。

文章を作ってもらう。

画像を作る。

分析してもらう。

その作業自体は、会社の中で行われています。

制作会社へ発注しているわけでもない。

外部のライターへ文章を頼んでいるわけでもない。

だから普通に考えれば、

「AIを使って内製化できた」

となります。

私自身も、最初はそう考えていました。

でも、そこで少し引っかかりました。

社員が会社の中で作業していることと、

その仕事を成立させる能力まで、会社が持っていることは同じなのだろうか。

今回は、この違いを考えてみます。




社員が作っているから「自社能力」とは限らない

例えば、社員が生成AIを使ってチラシを作ったとします。

何を売るかは自分たちで決める。

商品写真も自分たちで用意する。

AIへ指示を出す。

文章を直す。

レイアウトを調整する。

最後に掲載するかどうかも自分たちで判断する。

ここだけを見れば、制作は社内で完結しています。

ところが、その仕事を成立させているところまで少し深く見てみると、景色が変わります。

AIモデルを開発しているのは誰なのか。

大量の計算を処理しているサーバーは誰のものなのか。

セキュリティを維持しているのは誰なのか。

モデルを更新し、障害へ対応し、新しい機能を追加しているのは誰なのか。

多くの場合、それは自社ではありません。

外部のAIサービス事業者です。

つまり、

作業は会社の中へ戻ってきた。

でも、

その作業を可能にしている能力基盤までは、会社の中へ戻ってきていない。

ここを分けて考えた方がいいのではないかと思っています。




「作業の内製」と「能力の内製」

私は、この二つをいったん分けてみます。

作業の内製とは、

社員が自社の中で、その仕事を実行している状態。

一方、

能力の内製とは、

その仕事を成立させる知識、判断基準、技術、設備、保守、改善、復旧まで含めて、自社が一定程度保持している状態。

この二つは似ていますが、同じではありません。

例えば、生成AIを使って毎週販促文章を作っている会社がある。

社員はもう外注先へ原稿を頼んでいません。

作業は確かに内製されています。

では、明日そのAIが使えなくなったらどうでしょう。

社員自身で文章を組み立てられる。

別のAIへ切り替えられる。

過去の成功パターンが社内に残っている。

何が良い文章なのか判断できる。

多少時間がかかっても業務を続けられる。

ここまでできるなら、会社側にもかなり能力が残っています。

反対に、

AIがなければ何を書けばいいか分からない。

どの出力が良いのか判断できない。

別サービスへ移ると仕事が止まる。

担当者しか操作方法を知らない。

となれば、

見た目は内製でも、実際にはかなり外部能力へ依存している状態です。




工場の生産機械で考えると、分かりやすい

これはAIだけの特殊な話ではありません。

例えば、工場に高性能な製造機械を導入したとします。

機械は会社が購入した。

自社工場に置いてある。

社員が操作している。

材料も自社で仕入れる。

製品も自社で作る。

普通に見れば、自社製造です。

でも、その機械が、

メーカーしか修理できない。

制御プログラムを自社では変更できない。

専用部品がなければ動かない。

バージョンアップもメーカー頼み。

メーカーがなくなれば維持できない。

という機械だったらどうでしょう。

製造そのものは自社で行っています。

しかし、

生産能力の一部は設備メーカーへ依存している。

と言えます。

私は、生成AIにも似た構造があると思っています。

むしろクラウド型生成AIの場合、工場の機械そのものを買ったわけでもありません。

外部にある巨大な知的生産設備へネットワークを通して接続し、

必要なときだけ、その能力を借りています。

そう考えると、

生成AIは「自社設備」というより、

外部の知的生産設備を利用している状態

に近い。

ここを「完全な内製」と呼んでしまうと、少し見えなくなるものがあります。




「持っている」と「使える」は違う

この違いは、普段はほとんど意識しません。

ChatGPTが使える。

Canvaが使える。

画像生成AIが使える。

クラウド会計が使える。

それを日常的に使っていると、

なんとなく、

「自分たちにはその能力がある」

という感覚になります。

でも正確には、

その能力を所有しているのではなく、利用できる状態

かもしれません。

普段は、それでも問題ありません。

サービスが安定している。

価格も許容できる。

インターネットもつながっている。

契約も続いている。

必要な機能も提供されている。

その間は、自社能力と外部能力の境界はあまり見えません。

ところが、

料金体系が大きく変わる。

使っていた機能が終了する。

モデルの仕様が変わる。

障害で利用できなくなる。

サービスそのものが終了する。

そんなことが起きると、急に境界が見えてきます。

昨日まで、

「うちでもできる」

と思っていた仕事が、

今日はできない。

そのとき初めて、

できるようになったのではなく、できる環境を借りていた部分があった

と気づくわけです。




だからといって、外部依存が悪いわけではない

ここは誤解したくありません。

外部の能力を利用すること自体は、悪いことではありません。

むしろ現代の会社経営は、外部依存なしではほとんど成立しません。

電力。

通信。

銀行。

物流。

クラウド。

決済。

会計ソフト。

POS。

専門家。

原材料。

設備メーカー。

全部を自社で作ろうとすれば、会社は仕事にならなくなります。

AIも同じです。

自社で巨大なAIモデルを一から開発し、GPUを大量に用意し、専門家を抱え、保守し続ける。

ほとんどの中小企業にとって、そんなことをする意味はありません。

優れた外部サービスがあるなら、使えばいい。

問題は、

外部へ依存していることではなく、自分たちが何に依存しているのか分からなくなること

だと思っています。




内製か外注かより、「外部依存度」を見る

これからは、

「内製ですか、外注ですか」

という二択では足りないのかもしれません。

その間に、

外部依存度

という見方を置いた方が分かりやすい。

例えば、同じAIによる文章制作でも違います。

AIへテーマだけ渡し、ほぼ完成原稿を書いてもらう。

かなりAI依存度が高い。

社員が内容を考え、構成を決め、AIには表現整理だけ頼む。

依存度は下がります。

社員自身でも文章を書けるけれど、時間短縮のためAIを使う。

さらに低くなる。

AIがなくなっても仕事は続けられる。

ただし時間が余計にかかる。

ここまで来ると、AIは、

能力の代替

というより、

能力の増幅装置

に近くなります。

この違いはかなり大きいと思います。




AIが止まったとき、何が残るのか

AIを導入すると、

何時間削減できた。

何人分の仕事が減った。

外注費がいくら下がった。

という効果を見ます。

もちろん大切です。

でも私は、もう一つ確認した方がいいと思っています。

そのAIが明日使えなくなったとき、会社に何が残っているか。

です。

作成したテンプレートが残っている。

顧客への伝え方が蓄積されている。

社員に見る目がついた。

判断基準が言語化されている。

成功したプロンプトだけでなく、なぜそれが成功したのか理解している。

別のサービスへ変更しても再現できる。

こうなっていれば、AIを使った時間が会社の能力へ変換されています。

一方、

AIへ聞けば何とかなる。

だから誰も考え方を残していない。

となれば、作業は速くなっても、

会社の中身が少しずつ空洞化していく可能性があります。




AIに任せても、「見る力」まで渡してはいけない

例えばデザインを考えてみます。

生成AIで画像を作る。

Canvaでレイアウトする。

以前よりずっと簡単です。

では、デザインの知識はもう必要ないのでしょうか。

私は、そうではないと思っています。

自分でゼロから描けなくても、

文字が読みにくい。

視線が散っている。

商品が主役になっていない。

ブランドイメージと合わない。

この画像はどこか不自然だ。

ということを判断する力は必要です。

文章も同じです。

AIがきれいな文章を作ってくれても、

これは事実なのか。

言い過ぎではないか。

誰が書いても同じ文章になっていないか。

自社の顧客に本当に伝わるのか。

と判断できなければ、AI出力を評価できません。

だから、

制作する能力の一部をAIへ渡しても、評価する能力まで手放してはいけない。

ここは会社の能力として残した方がいいと思っています。




むしろAIが一般化するほど、この判断能力が価値になる

これは、この連載の後半で改めて考えたいテーマでもあります。

生成AIがもっと一般化すれば、

誰でも一定水準の文章を書ける。

誰でも一定水準の画像を作れる。

誰でも一定水準の資料を作れる。

そんな時代が来るかもしれません。

そのとき、

「AIを使える」

だけでは差になりにくくなる。

そこで価値を持つのは、

AIが出してきた平均的なものを見て、

これは自分たちらしくない

と分かる人。

そして、

自社にしかない経験、知識、顧客理解、感性、判断基準を加え、

他社とは違うものへ変えられる人です。

この能力については、後の回で、

「AI差別化能力」

として改めて整理する予定です。




自社サーバーで動かせば、完全な内製になるのか

では、生成AIを自社サーバーへ置けばどうでしょう。

外部ネットワークから切り離す。

社内データを外へ送らない。

自社環境だけでAIを動かす。

ここまでできれば、確かに外部依存度はかなり下がります。

情報管理という意味でも、大きな意味があります。

ただ、それでも完全に自立しているとは限りません。

AIモデルは外部で開発されたものかもしれない。

GPUなどのハードウェアは他社製です。

新しいモデルを使いたければ外部から入手する必要がある。

高度な故障なら外部専門家が必要になる。

自社ではモデルそのものを改良できないかもしれない。

つまり、

スタンドアローンで動くことと、能力を完全に自社保有していることも、また少し違う。

ここまで考えると、

完全な自給自足を目指すこと自体が、あまり現実的ではないことが分かります。

だから企業が考えるべきなのは、

外部依存をゼロにすることではなく、

どの能力を、どこまで外部へ依存してもよいか。

だと思います。




日本の会社なら、「止まったとき」も少し考えておきたい

そして、この外部依存の話を考えていると、もう一つ気になることがあります。

日本では、

地震。

台風。

豪雨。

線状降水帯。

大雪。

など、自然災害によって電力や通信、物流が影響を受ける可能性があります。

さらに視野を広げれば、国際的な紛争や資源・エネルギーの供給問題、サイバー攻撃、海外サービスやクラウドの障害など、

自社では直接コントロールできない原因で、普段使っている仕組みが止まる

ことも考えておかなければなりません。

これは、

「だからAIを使わない方がいい」

という話ではありません。

むしろ便利な仕組みは積極的に使えばいい。

ただ、

便利になった分だけ、止まったときの戻り道も少し残しておく。

AIが使えない。

ネットにつながらない。

クラウドが開かない。

電力が安定しない。

そんなときに、

最低限どの業務だけは続けるのか。

どこまで人力へ戻せるのか。

どの情報はオフラインでも確認できるのか。

こうした「非常時の復元力」は、AIやクラウドへの依存が高くなるほど、逆に考える価値が出てくると思います。

この話は、掘り下げるとかなり大きくなります。

AI時代ほど、アナログを含めたBCPが重要になるのではないか。

これは、いずれ別の記事として考えてみたいテーマです。

今回は、外部依存を考えるときには「平常時の便利さ」だけでなく、

止まったときにどうなるか

という視点もある、とだけ置いておきます。




「AIが明日なくなったら?」と一度だけ考えてみる

会社でAIを使うなら、少し極端な問いを置いてみると分かりやすいです。

このAIが明日使えなくなったら、どうなるだろう。

別のAIへ乗り換えられる。

社員が一時的に人力へ戻せる。

仕事は遅くなるけれど止まらない。

これは比較的強い状態です。

逆に、

誰も元の仕事をできない。

データを取り出せない。

仕事の手順そのものが分からない。

特定担当者しか仕組みを知らない。

AI停止と同時に業務も止まる。

となれば、外部依存度はかなり高い。

だからAI導入では、

どれだけ速くなったか

と一緒に、

止まったとき、どこまで戻れるか

も見ておく。

この二つをセットで考えると、かなり経営判断が変わります。




AIを使ったあと、会社に何が残ったか

私は、内製化の評価も少し変えた方がいいと思っています。

例えばAIを使い、これまで外注していたチラシ制作を社員で行えるようになった。

外注費が下がった。

制作時間も短くなった。

これは十分な成果です。

でも、その先があります。

社員が、

どんな言葉ならお客様へ伝わるのか分かるようになった。

写真の選び方が上手くなった。

レイアウトを見る目がついた。

売れたチラシと売れなかったチラシの差を説明できる。

テンプレートが蓄積された。

顧客への伝え方が会社の知識として残った。

ここまで進めば、

AIを使いながら、

自社能力そのものも育っています。

私は、この状態を強い内製化だと思っています。

仕事が社内へ戻っただけではない。

能力も会社へ残った。

この違いです。




AIによる内製化には、3つの段階がある

現時点では、私はAIによる内製化を三段階くらいに分けると分かりやすいと思っています。


第1段階は「作業内製」。

社員がAIを使って成果物を作る。

外注費は減ります。

しかし、AIがなければ仕事が成立しにくい。

これは、まだ外部能力への依存がかなり大きい状態です。


第2段階は「能力蓄積型内製」。

AIを使いながら、

判断基準。

顧客理解。

成功・失敗事例。

テンプレート。

ノウハウ。

が社内へ残っていく。

AIが単なる代行者ではなく、社員の学習を助けています。

そして、


第3段階は「可搬型の能力内製」。

特定AIだけに縛られない。

別のサービスへ変えても仕事を再現できる。

AIが止まっても一定期間は人間で補える。

会社自身が「何を良しとするか」を理解している。

ここまで来ると、

AIそのものを自社開発していなくても、

かなり強い意味で、

会社が能力を持っている

と言えるのではないでしょうか。




AI内製化を確認する7つの問い

会社で、

「この仕事はAIで内製できた」

と思ったとき、私は一度だけ次のことを確認してみるとよいと思っています。

  • そのAIがなくなっても、一時的に仕事を継続できるか

  • 別のAIや別の仕組みへ移ることができるか

  • 社員自身がAI出力の良し悪しを判断できるか

  • 成功した方法や判断基準が社内へ残っているか

  • 特定の担当者だけにノウハウが集中していないか

  • AIを使うほど、自社の知識や経験が蓄積しているか

  • 外部へ依存してよい能力と、社内に残す能力を意識して分けているか

全部できなければAIを使ってはいけない、という話ではありません。

むしろ完璧を求めると、AI活用が進まなくなります。

大切なのは、

何が借り物で、何が自分たちの中に残っているのかを把握すること。

それだけでも、かなり違います。




AI時代の内製化とは、外部能力を使いながら「自社能力を空洞化させないこと」

昔の内製化は比較的分かりやすいものでした。

外注していた仕事を、

社員が行う。

それで内製化です。

しかしAI時代には、この定義だけでは少し足りなくなってきました。

AIを使えば、作業は簡単に社内へ戻せます。

その一方で、

知的処理そのものは外部の巨大なシステムへ依存することになる。

だから私は、

AI時代の内製化とは、

外部の優れた能力を使いながら、判断・知識・経験・ノウハウ・独自情報を自社側へ残し続けること

と考えた方がいいのではないかと思っています。

外部の力を借りる。

でも、自分たちは空っぽにならない。

AIが賢くなるほど、

社員が考えなくなる会社ではなく、

AIが賢くなるほど、自社の判断能力も育っていく会社にする。

何年か経ったとき、この差はかなり大きくなる気がしています。




次に考えたいのは、「では何を会社に残すのか」

ここまで来ると、次の問いが出てきます。

AIへ任せる仕事。

人へ外注する仕事。

自動化する仕事。

社員に残す仕事。

専門家と一緒に考える仕事。

選択肢が増えたからこそ、

何でも内製すればいいわけでもない。

何でも外注すればいいわけでもない。


そこで次回は、

会社に残す仕事、外へ出す仕事

を考えてみます。

仕事の難しさだけではなく、

情報価値。

能力蓄積。

専門性。

外部依存度。

時間コスト。

そして、

その会社が何を強みにしているのか。

そこまで含めて、

AI時代の

「内製・外注・自動化」の境界線

を整理してみたいと思います。



あわせて読みたい|Z Observerの関連マガジン

今回の「AI時代の企業境界と差別化」は、生成AIだけを扱うシリーズではありません。

AIが会社の中へ入ってくることで、

何を人が判断するのか。

何をAIへ任せるのか。

何を会社の中に残すのか。

そして、そもそも「自社らしさ」とは何なのか。

そんなところまで考えていくシリーズです。

そのため、これまでZ Observerで書いてきた他のテーマとも、かなり深くつながっています。

『AI時代の中小企業の経営戦略』

今回のシリーズと、もっとも近いマガジンです。

人・お金・時間が限られる中小企業が、AIを単なる便利ツールとしてではなく、経営資源の一つとしてどう組み込むかを考えています。

「AI時代の企業境界と差別化」を読んで、

「では実際の会社経営ではどう考えればいいのか」

と思った方には、まずこちらがおすすめです。




『Z式構文』

AI時代になるほど、答えを出す速度は上がります。

だからこそ私は、

答えを急ぐ前に、何と何を分けて考えるべきか

が大切になると思っています。

事実と解釈。

作業と情報。

内製と外部依存。

AIの能力と、自社の能力。

似ているようで違うものをいったん分けて観測する。

今回の「企業境界」というテーマも、実はこの考え方の延長線上にあります。

判断そのものの精度を高めたい方には、『Z式構文』も合わせて読んでいただければと思います。




企業・経営を「観測する」記事

会社では、目の前に見えている数字や結果だけでなく、

なぜそうなったのか。

どこにズレがあるのか。

何が会社の中に残っているのか。

を見る必要があります。

AIを導入して成果が出たとしても、

それがAIサービスに依存した成果なのか。

会社自身の能力として蓄積されたのか。

ここを区別しなければ、本当の強さは見えません。

企業・経営を「構造として見る」というZ Observerの経営記事とも、今回のシリーズは強くつながっています。




『AI時代のライフプランニング』

今回の話は会社だけの問題でもありません。

個人でも、

AIに任せられる仕事が増えたとき、

自分には何が残るのか。

AIがなくてもできることは何か。

AIを使っても、他人と違うものを作れるか。

という問いが出てきます。

企業にとっての「自社らしさ」は、

個人に置き換えれば、

「自分らしさ」「自分固有の資産」

でもあります。

仕事やキャリア、人間の能力そのものをAI時代から考えたい方には、こちらのテーマもつながってきます。


こうして並べてみると、

AI時代の企業境界と差別化

は、新しく独立したテーマでありながら、

Z式構文。
企業・経営。
中小企業のAI活用。
仕事と人生設計。

これまで書いてきたテーマを横につなぐ位置にもあります。

AIをどう使うか。

だけではなく、

AIが当たり前になったあと、人や会社は何を自分の中に残すのか。

この問いに興味を持ったところから、気になるマガジンへ読み進めてもらえればうれしいです。

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