日曜日のナッポさん(イレギュラー)
日曜日のナッポさん — “鼻の旅路と焼き魚の行方”
※挿し絵はセレーノ女史
日曜日の朝は、奇妙な静けさから始まる。
カルナッポさんの家は、普段から物音が少ないが、日曜日のそれは特別だった。まるで家全体が呼吸を止め、これから始まる“儀式”に全神経を尖らせているようだ。
カルナッポさんは布団から起き上がり、何もない空間を真剣に見つめながら言った。
「今日は……魚の日である。しばらくしばらく」
それを聞いていたかのように、隣の部屋のドアがすうっと開く。
青いドレスに丸メガネ、背中にはウミガメの甲羅。
セレーノ女史が、寝起きとは思えない荘厳さで姿を現した。
「ナッポさん。市場へ参りましょうぞ」
「御意」
二人はうなずき、家を出た。
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◆市場での“巨大魚の購入”
市場は朝から活気に満ちていた。売り手の声、氷の擦れる音、生臭さとだしの香りが入り混じる、ある意味“生きている空間”だ。
だが、ナッポさんとセレーノ女史が歩き出すと、空気が変わる。
二人が砂利道を ズリズリズリ…… と靴底をすらせながら歩くたび、白い砂埃がもうもうと上がり、周囲の客が露骨に咳き込む。
「おいおい……またアイツら来たよ……」
「日曜日は絶対この砂埃起きるんだよな……」
それでもナッポさんたちは気にしない。
むしろ、セレーノ女史は砂埃がよく舞うよう、わざわざ足を斜めにずらして歩いている。
「ナッポさん、砂利の角度、今日は七度ほどがよろしいかと」
「了解」
二人の合図に合わせ、ズザザァッ と砂利が舞い、近くのタコ屋のおじさんが泣きそうな顔になった。
「す、砂が…タコに…」
だがナッポさんは、巨大魚売り場へ迷いなく進んだ。
本日の魚は、長さ一メートルを超える“グラスフィッシュ”。
透明に近い身が美しく、光を通すたび虹色に揺らめく。
「本日の獲物、これに致す」
店主は何も聞かずにうなずく。
毎週日曜日、彼が巨大魚を買い、どこかへ流しに行くことは、市場の都市伝説となっていた。
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◆キッチンでの支度 ― 甲羅スープ
二人が戻ると、家の大型グリルはすでに熱を帯びて唸り始めていた。
セレーノ女史はウミガメの甲羅をそっと外し、神妙な顔で鍋に据える。
「甲羅よ、今日も深き味を頼むぞ」
甲羅はぼんやり熱を帯び、まるで返事をするように鍋の底を震わせた。
そこへ巨大魚のアラを割って投入すると、泡が海底の生物のような音を立てて立ち上がる。
ナッポさんは巨大魚を丸ごとグリルへ。
油が焼け、黄金色の輝きがキッチンを照らす。
「セレーノ女史、支度完了だ」
「では、参ろうぞ」
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◆川への“狂気ロードムービー”
二人は焼き上がった巨大魚を木箱へ入れ、担ぎ上げた。
そしてまた砂利道へ。
ズザザザザッ……!
市場のとき以上に派手に砂埃が舞い上がる。
わざとやっている節しかない。
「ナッポさん、あそこの民家、洗濯物が干してありますよ」
「では、角度を上げる」
二人で砂利を蹴り上げ、白い洗濯物にベッタリ砂埃が付着する。
家の奥から主婦が叫ぶ。
「やめてぇぇええ!」
「大丈夫だ、これは儀式である」
意味不明な正当化をしながら歩き続ける。
風が吹くたび、焼き魚の香りが町に広がり、猫たちが一直線に追いかけてくる。
そのとき、前方に一人の男が立っていた。
パッチワークのド派手ジャケット。
古いシルクハット。
顔は真剣、しかし喋り出したら止まらない稲川淳二系の“語り芸”。
「いやぁ……ナッポさん……
来ると思ってましたよ……
今日ねぇ……怖い話が、あるんですよぉ……」
ナッチャンダリーポップ氏、登場。
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◆怪談:鼻が飛んだ話
「こないだねぇ……私、自販機の前に立ってましてね……
あっつい日で、のどが渇いてたんですよぉ……」
ダリーポップ氏はすでに話に入り始めている。
問答無用だ。
「そしたらねぇ……“ブフッ!” って風が来て……
目の前をねぇ……鼻が飛んでいったんですよ……
それがね、やけに瑞々しい、良い鼻でしてねぇ……」
セレーノ女史は眉ひとつ動かさない。
「鼻が……飛ぶのですね」
「えぇ……それもねぇ、ただ飛ぶんじゃないんです……
スーーーッ……ってね、スケートでもしてるみたいに滑らかに……
私の顔のすぐここを……通ったんですよぉ……」
ダリーポップ氏は自分の鼻の前一ミリを指で示した。
「その後ねぇ……自販機から声がしたんですよ……
“返せよぉ……オレの匂いを返せよぉ……”
ってねぇ……」
ナッポさんは木箱を担ぎ直し、静かにうなずいた。
「匂いとは、帰巣本能を持つものだ」
「いやぁあのねぇ、肯定しないでほしいんですよぉ……
実際怖かったんですからねぇ……」
しかしナッポさんとセレーノ女史は歩みを止めない。
ダリーポップ氏もその横を当たり前のように並んで歩き、
三人でズザザザザと砂利道を迷惑レベルで巻き上げながら
川へ向かう異様な図が完成した。
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◆川に到着 ― 焼き魚の旅立ち
川辺は薄い霧に包まれ、静けさが支配していた。
ナッポさんは木箱をそっと地面に置き、蓋を開ける。
黄金色に焼けた巨大魚が、まるで太陽の落とし子のように光っている。
「本日も見事な焼き具合。ゆえに……流す」
セレーノ女史が甲羅スープの鍋を抱え、川へ静かに注ぐ。
だしの香りが風に乗り、川の生き物たちがざわめき始めた。
ナッポさんは魚を両手で持ち、ゆっくりと川へ滑らせた。
魚は水面をすべり、流れにのって遠ざかっていく。
「この魚は……誰の腹を満たすのでしょうね」
セレーノ女史がつぶやく。
「腹が減った誰かへ届くだろう」
ナッポさんは淡々と答える。
ダリーポップ氏も川を見つめながら言った。
「もしかしたらねぇ……
飛んだ鼻の主のところへ行くのかもしれませんよぉ……
鼻はねぇ……匂いをたどって帰るって言いますからねぇ……」
三人はしばし沈黙した。
川のせせらぎと、どこか遠くの犬の遠吠えが響く。
魚はもう見えなくなった。
しかし、儀式は確かに今日も完了した。
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◆帰り道
帰り道も、三人は砂利をズリズリとすり続けた。
迷惑とか気にしない。
日曜日とは、ナッポさんたちにとって“世界へ揺らぎを起こす日”なのだ。
「ナッポさん、来週の魚はもっと大きいのにしませんか?」
「うむ。三倍焼こう」
「川、詰まりますよぉ……」
三人の影が夕暮れの中に伸びていく。
こうして、ナッポさんの日曜日はまた一つ、奇妙な伝説を積み重ねていくのだった。
