カルナッポさんの意外な趣味生活/カルナッポシリーズ全集
フランスの古い石畳の街に、カルナッポさんという男が住んでいる。
長い髭を三つに結び、風が吹けばそれが旗のように揺れる。
胸元には白薔薇の造花を一輪差し、靴だけはなぜか毎朝煮てから履く。
お洒落と衛生、そのどちらも捨てきれなかったのだろう。
そんなカルナッポさんには、誰も知らない趣味がある。
火曜日・木曜日・土曜日には決して行わず、必ず月水金だけ。
その時間になると彼は地下室に降り、
天井から吊るされた無数のメトロノームを一つずつ指で弾いて歩くのだ。
「ティック…タック…ティック…タック…ふふ、今日は良く鳴る」
メトロノームは時に千個。時に一つも鳴らない。
鳴らない日は、カルナッポさんは静かに泣く。
泣く理由は彼自身にもわからなかった。
ただ、涙は髭の先に溜まり、小鳥のように震えた。
◆セレーノ女史
カルナッポさんには付き人がいる。
セレーノ女史──いつも青いドレスで、肩にウミガメの甲羅を背負っている。
役目はただひとつ。
カルナッポさんが鳴らしたメトロノームのテンポに合わせて、
部屋中の皿を水洗いし並べ続けること。
皿は白、青、金縁、欠けたもの、溶けかけたもの。
種類は問わない。ただし、決してカルナッポさんの前で割ってはいけない。
カルナッポさんは皿を見ると反射的にフリスビーのように投げてしまう癖があるからだ。
「女史、皿を十七! 本日は南風のテンポだ!!!」
「御意。……ですがカルナッポ様、お髭を触っていらっしゃる。
お悩みで?」
悩んでいるとき、カルナッポさんは必ず髭を触る。
指先が迷うほど長い髭。
揉めば揉むほど、彼の心は輪郭を失い、狂気は甘いミルクのように発酵する。
◆そしてある金曜日
その日のメトロノームは狂ったように鳴った。
ティックタックティックタックティックタック──
テンポは早くなり、カルナッポさんの目が細くなる。
「ふぁははは…! 今日はカツナッポの日だ!」
時折彼は カルナッポ から カツナッポ に変わる。
明確な条件は誰も知らない。髭が湿っているとき、月が斜めなとき、
理由は全て後付けのようにしか思えない。
カツナッポとなった彼は、皿の山を睨みつけ、
笑いながらマシンガンのように投げ始めた。
セレーノ女史は逃げなかった。
彼女はただ静かに深呼吸をし、皿の破片が刺さる音にうっとりと耳を傾けていた。
「女史……あなたは……ずっと、そこにいてくれた……」
「ええ、カルナッポ様のテンポに。
狂気は音楽、私はただの伴奏者でございます」
そしてカルナッポさんは決めた。
セレーノ女史を愛したからではない。
理解したからでもない。
ただ、そうしたほうが地下室が美しく調和すると感じたからだ。
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◆最終章 ― 盆栽の静寂
翌週の月曜日。
カルナッポさんは庭から苔と小石を運び、
セレーノ女史を丁寧に丁寧に鉢植えへ生けた。
肩の甲羅は良い器になり、
女史の指は小枝のように天へ伸びる。
呼吸こそ少なかったが、彼女は微笑んでいた。
メトロノームは今日も鳴る。
ティック、タック
ティック、タック
カルナッポさんは髭を触らない。
もう迷っていなかったからだ。
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──狂気の家には春が来る。
鉢植えとなったセレーノは風に揺れ、
カルナッポさんはその下で皿を投げて笑っていた。
スピンオフ回!ナッチャンダリーポップ氏をフィーチャー!
