火曜日のナッポみ
◆ 火曜日という、恐るべき“火の曜日”
カルナッポさんにとって“火曜日”とは、
他の曜日とはまるで別の生き物のようなものだ。
「火曜日は燃える……ゆえに、我動じず……」
朝、目を覚ますなり、彼は布団の上でまっすぐ天井を見上げて固まっていた。
まるでミイラのように指一本動かさない。
火が怖い。
ゆえに“火の曜日”も、同じくらい怖い——という強烈な理屈により、
ナッポさんは毎週火曜日、ほぼ動かない。
そして今日その胸の上では、
チイボコ(猫に似た謎の生物)がモロリと乗っかり、
尻尾をゆっさゆっさと揺らしながら寝ていた。
チイボコは気まぐれに、ナッポさんの顎髭をチョンと掴む。
髭は異様に長く編み込まれているから、しっぽよりも揺れる。
「やめぬかチイボコ……髭は悩みの根であるぞ……」
まったく動かないのに文句だけ言う。
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◆ 水!水しいたけ!
しかし今日は違った。
火曜日は“燃える”からこそ、喉が渇く。
ナッポさんは突然むくりと上体を起こし、
「燃えるならば……水! 水水しいたけ!」
という謎の言葉を発して水をがぶ飲みし始めた。
ナッポさんは市場に行くと必ず椎茸を買う変人だ。
椎茸を手にすると決まってこう言う。
「きびしいたけ〜〜!」
市場の誰も笑ったことがない。
しかし今日は火曜日。
乾燥に弱いナッポさんは、水を飲みすぎてほぼ水槽の住人のようになっていく。
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◆ カツナッポ降臨
しばらくして喉が乾くと、
急に人生で最も怒った人のような顔になるのが今日のナッポさんだ。
「乾いたこと言ってんじゃねえ!!」
叫ぶと同時に、急にテンションが跳ねるように変わる。
これを“カツナッポ化”と呼ぶ。
彼はゴルフクラブを取り出し、
部屋の中で全力フルスイングをかまし始めた。
ズボッ! フンッ! ビュンッ!
ズボンからはチイボコが“モロリ”と顔を出しており、
フルスイングのたびにチイボコも左右に揺れる。
「スキャップルスキャップル! 揺れる!揺れるわい!」
ナッポさんはクラブを振りながら歌い出す。
チイボコはもはや風圧で耳をひらひらさせながら、どこか楽しそうだ。
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◆ セレーノ女史の料理「サングラス炒め」
そこへセレーノ女史がやってくる。
「カルナッポさん、今日の昼食はどういたしましょう?」
「うむ……今日はサングラス炒めだ」
ナッポさんは自分のサングラスを調味料のように扱う。
黒光りするレンズを鍋に落とすと、
セレーノ女史はまったく動じず、
「どのくらい炒めつけてやりましょうか?」
「三振分じゃ……」
三振分という単位が存在するかどうかはさておき、
セレーノ女史は甲羅を外して、恐ろしい速度でサングラスを炒め始める。
じゅわぁぁ……
サングラスがまさかの、いい匂いを放ち始める。
(……うまいのか? あれ……?)
誰も知らない。
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◆ インドアなのにアウトドアみたいな遊び
午後になると、ナッポさんは突然「外で遊びたい」と言い出す。
しかし火曜日は外へ出るわけにはいかない。
「よし、屋内登山だ」
そう言って、押し入れを山に見立てて登り始める。
チイボコはふんぞり返って二合目あたりで日向ぼっこ。
セレーノ女史は甲羅なしで階段を登っては降りてを繰り返し、
まるで室内登山ツアーだ。
そしてナッポさんは突然寝た。
本当に寝た。
5分寝て、いきなり起きて10分歩いて、また5分寝る。
これを永久に繰り返す。
セレーノ女史も慣れた様子で毛布を敷いたり片づけたり。
家の中はまるで狂気の縦走登山のようだった。
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◆ そしてラジオが語り出す怪談……
夕方。
静かになった部屋に、突如古いラジオが鳴り出す。
【プツッ……ザザザ……】
聞こえてきた声は……
紳士怪談ウォッチャーで有名な
ナッチャンダリーポップ氏の声だ。
パッチワークの派手なジャケットに、渋くシルクハットをかぶった狂気の紳士。
その語り口はまるで稲川淳二。
『え〜今日はですねぇ……みなさん……
“鳩”が出ますよ。出るんですよォ……』
ナッポさんの眉がピクリと動く。
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◆ 怪談:鳩が出ますよ……
『ボクねぇ……
ある道を歩いておりましてね……
すると足元の地面から……“ググググ……”と音がしたんですよ……』
部屋の空気がゆっくりと凍る。
『そしたらね……
地面から……鳩が……“湧いてきた”んですよ……』
チイボコの尻尾が膨らむ。
『飛び上がる鳩をね、ある怪力男が“斧だ!”と叫んで投げたんです……
でもねぇ……飛んでったそれはねぇ……
斧じゃなくて、鳩だったんですよ……』
「怖いですねぇ……恐ろしいですねぇ……」
ナッチャンの不気味な囁きが部屋中にこだまする。
ナッポさんはクラブを握りしめた。
「……鳩が斧となるとは……火曜日にふさわしい怪談よ……」
そしてチイボコは、
ラジオの方へ向かって「モロリ」と伸び上がった。
火曜日は今日も、
静かで狂気に満ちたまま、夜へ落ちていく——。
