「ぺたぺたさま」って誰やねん。母の実家で過ごしたお盆と、終わっていく夏
朝起きたら、空気が少し冷たかった。
母の実家に着いて二日目の朝で、まだ日は高くなってない。ぼんやり外を見ながら、あ、夏終わるんやなと思った。
昼はまだ普通に暑い。セミも鳴いてる。それでも朝と晩だけ、確実に何かが引いていってる感じがある。8月の後半って、毎年こういう顔をしてる。
お盆に、母の実家へ2泊3日で帰ってきていた。
いわゆる、ザ・田舎の夏というやつです。見渡す限り地平線、というほど極端やないけど、田んぼがあって、虫の声があって、夜がちゃんと暗い。かといって近所にスーパーも飲食店もあるので、不便はまったくない。ちょうどええ田舎、という言い方が一番近いと思う。
いとこの家族も来ていて、子ども同士で勝手に遊んでいた。これがとにかく楽やった。普段はうちの息子の相手をするのは基本的に親なので、同年代の子がいるだけで、こっちの手が完全に空く。
昼はそうめん。夜は焼肉。BBQはもうちょっと涼しくなってからやな、という話になった。真夏の炭火はさすがにしんどい。
昼間はプールで遊んで、夜は花火をした。
で、ここで妙なことが起きた。
手持ち花火を、怖がってやらんかった。
今まで花火で怖がったことなんて一度もないのに。線香花火も、パチパチするやつも、全部あかん。近づこうともしない。
そのくせ、打ち上げ花火はめちゃくちゃ喜んでた。
なんでやねん。
こっちが打ち上げるのを、離れたところから「わー」と言いながら見てる。手に持つのはあかんけど、空に上がるのはええらしい。理屈がわからん。
そういえばこいつ、今年の夏はやたら怖いものが増えてる。湖では水を怖がって、ビルの屋上では肩車を嫌がって、寺では妖怪に号泣して、今度は手持ち花火。成長してるんか、逆行してるんか、どっちなんや。
ただ、打ち上げながら、こっちはこっちで別のことを思い出していた。
俺も昔、同じ場所で、同じように花火を見てた。
打ち上げてくれてたのは、おじいちゃんやった。
打ち上げ花火だけやなくて、庭の松の木にぶら下げる、くるくる回るやつもやってくれた。仕掛け花火みたいなもんです。毎年、孫たちを楽しませるためにいろいろ用意してくれてたんやと思う。
正直、細かいことは何ひとつ覚えてない。
何歳のときやったか、誰と何を喋ったか、全部あやふやです。
それやのに、花火の情景だけははっきり覚えてる。
松の木にぶら下がった火がぐるぐる回ってて、いとこたちと並んでそれを見上げてた。あの光だけが、なぜか残ってる。
で、今は俺が打ち上げる側におる。気づいたら、役割が入れ替わってた。
うちの息子も、たぶん大人になったら今日のことなんか覚えてない。ぺたぺたさまも、そうめんも、手持ち花火を怖がったことも、全部忘れると思う。
でも、花火の光だけは残るかもしれん。
そしてもうひとつ、今年いちばん謎やった出来事がある。
いとこの子が「ぺたぺたさま」の話をしていた。
なんでも、そういう名前のお化けがいるらしい。詳しいことはよくわからん。ただ、うちの息子はそれを聞いて完全にびびっていた。
ぺたぺたさまって誰やねん。
俺は聞いたこともない。たぶん子どもの間だけで伝わってる何かなんやと思う。名前だけ聞くと、そんなに怖くない。むしろちょっとかわいい。それでも4歳にはじゅうぶん怖いらしくて、しばらく引きずっていた。
知らんお化けの名前ひとつで、こんなに世界が広がるんやなと思った。都会の家におったら、たぶん一生知らんかった名前です。
ばあばは、息子がいるあいだ、ずっと機嫌がよかった。
というか、ばあばは息子を怒らん唯一の人間やと思う。俺も妻も、日々それなりに怒ってる。でもばあばは怒らん。何をしてもニコニコしてる。子ども同士で走り回ってるのを、ただ座って眺めてる。
あれは孫を見てるというより、時間そのものを味わってる顔やった。
前にキャンプの記事で「ばあばは絶対連れていけ」と書いた。あれは料理中に子どもを見てくれるから、という実利の話やったけど、実際のところ、ばあば自身がいちばん楽しんでるというのが本当のところやと思う。こっちが助かるとか、そういう話の前に。
のんびりした2泊3日……のはずやった。
田んぼでSOSが発生した。
詳しい経緯は省くけど、急遽、溝際の草刈りに駆り出されることになった。お盆は働かんと決めてたのに。
まあ1時間ほどで終わったし、こういうのも含めて田舎の夏やろな、と思うことにした。まぁえっか。
で、これは書いておきたいんですが、農作業のあとに飲んだ三ツ矢サイダーが、めちゃくちゃうまかった。
汗をかいて、日に焼けて、腕が草でちくちくして、そのあとに冷えた炭酸。あれは家で飲むのとは完全に別の飲み物です。あの一本のためなら、また草刈りしてもええかもしれん。……いや、それは言い過ぎか。
家の中では、いとこの子たちが夏休みの宿題をやっていた。
両親がつきっきりで見ていて、なかなか大変そうやった。ドリルやら自由研究やら、こっちが子どもの頃と何も変わってない。あれを親がやらせる側に回ると、こんなにしんどそうなんかと、他人事のように眺めていた。
他人事のように、というのが問題で。
うちの息子も、数年後にはあれをやることになる。
考えたくない。今はまだ手持ち花火を怖がってる4歳やけど、そのうち普通に読み書きして、宿題に追われて、ぺたぺたさまなんか信じなくなる。
そう思うと、今のこの状態がけっこう貴重に見えてくる。
最終日の朝も、やっぱり空気が冷たかった。
去年も、その前も、同じ場所で同じことを思ってたはずやのに、毎年ちゃんと寂しくなる。夏が終わるのは、8月31日やなくて、朝の空気が変わった日なんやと思う。
湖で泳いで、プールに逃げて、花火を見て、妖怪に泣かされて、キャンプの話を書いて、最後にばあばの家で草刈りをした。そういう夏でした。
来年の夏、こいつは手持ち花火を持てるようになってるやろか。
たぶん、けろっと持ってると思う。そして俺は「去年は怖がってたのにな」と言って、たぶん誰にも相手にされない。
そういうもんやと思います。
この夏、息子と行った場所の話
湖で浮き輪から手を離したら本気で怒られた日
妖怪に本気で泣かされた夜
