重いのがよい
——叙任のあった翌日の集まりで
昨日、ひとり叙任された。堂の隅に、まだ白い衣が畳んで置いてあった。着替えたばかりの人が、いちばん前に座っていた。
式は、日の出とともに終わる。夜から暁へ、一夜で環の一巡りをなぞるのだそうだ。長く見ていると、この教えは何でも一巡りの形にしたがるらしい、と思えてくる。
前の晩を徹して祈り、東の空が白むころ、三度、同じことを問われる。
この道は重いぞ。重うございます。重いぞ。重うございます。重いぞ。——その重さを、わたしのものにしてください。
三度目にこう答えられたとき、式は進む。
なぜ三度も、と若いのが訊いた。
「わたしも教わっておりません」と堂師さまは言った。「ただ、三度目の声は、いつも違います」
昨日はどうでした、と別の誰かが訊いた。
「昨日も、違いました」
前に座っていた人が、少し下を向いた。堂師さまは、そこには触れなかった。
「徹夜祷は、眠ってしまっても咎めはないのです。……眠った者は、眠りながら見守られていたことを知る。それも学びなのだそうです」
わたしは眠りました、と前の人が言った。笑いが起きた。堂師さまも笑った。
「わたしも眠りました」
——それから、叙任というものの順番の話になった。
「あの式は、力を授ける式ではないのです」
加護は、長い祈りの積み重ねの果てに降りる。五年、十年という時間がかかる。式は、それがもう降りていることを確かめるためにある。
「歳月が先で、式が後です。……昨日、あの人に何かが足されたわけではありません」
前の人が、少し意外そうな顔をした。
「がっかりされましたか」
いえ、と前の人は言った。堂師さまは笑った。
「わたしもがっかりしました。……何か、ぱっと明るくなるものだと思っていたのです」
——そして、重さの話になった。
人ならざるものから力を借りる道は、いくつもある。対価を払って買う道。絆を結んで借りる道。そして、生き方そのものを差し出して頂く道。
「対価は財布を差し出す。絆は真心を差し出す。信仰は、生き方を差し出す。差し出したものの大きさだけ、頂くものは重い」
聖典の言葉である。三つのうち、この道がいちばん不自由である。教団はそれを隠さない。誇りさえする。
「不自由がよい、というのは、外から見ると変な話でしょうね」
堂師さまは、そこで帆の話をした。
「縛られていない帆は、風の日にただ千切れます。帆柱に縛られた帆だけが、船を進めるのです」
港のほうから来た者が、うなずいていた。
「流されて楽な道を行くのは、選びではありません。重い道を、重いと知って選び続けること。……それだけが、人の自由の証なのだそうです」
問答の抄に、こういうやりとりが載っている。
戒律は重うございます。——重い。その重さが、おまえの頂いているものの重さである。軽い荷を誇る運び手はいない。
「短くて助かりますね。長く言われると、言い返したくなりますから」
笑いが起きた。
頂いた重さは、誇ってよい重さである。今日の話は、たぶんそこまでが前半だった。
「——ただ」
堂師さまは、そこで一度切った。
「重ければよい、というものでもないのです。世の中には、頂いていない重さもありますから」
頂いていない重さ、と誰かが繰り返した。
「自分で拵えた重さです。……こちらのほうが、たいてい重い」
そして、いつか話すと言っていた条の話になった。結ばれた流れを、自分の手で断たないこと。
「意見が合わないこと。道が分かれること。袂を分かつこと。……あれは、裏切りではありません」
裏切りというのは、相手がこちらに背中を預けている、その預けられた背中を売ることである。
「去ることと、売ることは、違います」
堂師さまは、そこをもう一度言った。
「去ることと、売ることは、違うのです」
わたしは何度か、そこを取り違えている方に会いました、と堂師さまは言った。
「もう十年も前に道の分かれた相手のことを、いまも背負っておられる。……自分は裏切ったのだ、と。話を伺うと、たいてい、裏切っておられません」
じゃあ、なんで、と若いのが言った。
「別れが痛かったからでしょう。痛かったぶんを、罪の重さだと数えてしまうのです。……わたしたちは、痛みと罪を、すぐ取り違えます」
その重さは、頂いた重さではない。誰にも背負えと言われていない。
「下ろしてよい重さです。……下ろしてよいのだと、どなたかが言わないといけないと思って、今日は言っております」
堂が静かだった。
本当に破ってしまった場合はどうなるのですか、と後ろから声がした。
「加護が鈍ります。重ねれば、失われます。……そこは、はっきりしております」
戻れますか、と同じ声が訊いた。
「教えは、一つに定めておりません。覆した器は結び直せる、という派と、一度濁った樋は樋に戻れない、という派が、昔から両方あります」
どっちですか、と若いのが訊いた。
「決まっておりません」
堂師さまは、そこで少し間を置いた。
「……ただ、どちらの派も、一つのことでは一致しております」
神の側は、最初から赦している。問われているのは、器の側である。
「ですから、これも半分は下ろしてよい重さなのだと思います。赦してもらう心配は、しなくてよい。……器を直すほうだけ、してください」
——最後に、白い衣の話になった。堂師さまは、隅に畳んである衣のほうを見た。
なぜ白いのかは、実のところ分かっていない。高きの神々が地の子らを見つけやすいように、とは言われている。
「後の世の誰かが、白は何も注がれていない器の色だと意味づけました。汚れの目立つ色をわざわざ着るのは、生き方が人目に晒されるのを引き受ける印だ、と。……悪くない読みだと思います。ですが、由来ではありません」
前に座っていた人が、衣のほうをちらりと見た。
「重いですよ、あれは」と堂師さまは言った。「布としては軽いのですが」
そして、こう付け足した。
「……ですが、あの重さは、選んだ方が頂いたものです。下ろす話ではありません」