本文へ移動

信仰の書環堂で聞いた話第七話

守りの灯の話

——街道の灯が掛け替えられた日に

朝から、街道のほうが騒がしかった。灯の掛け替えの日である。

村の外れから峠のほうまで、道沿いに一定の間隔で灯が置いてある。台が傷んだものを直し、覆いを新しくし、傾いたのを立て直す。年に何度かある仕事で、若い者が総出で出ていく。

夕方、みな砂ぼこりだらけで堂に入ってきた。堂師さまは、そのまま座らせて話を始めた。

「今日は、あの灯の話をします」

灯りのあるところは安全で、灯りの消えたところは危険である。村の中心に大きいのがひとつ、街道に砕いた小さいのが点々と。どこまでが安全でどこからが危ないかは、灯を数えれば分かる。子どもでも知っている。

「あまりに当たり前で、どこから来たものか、考えないことがありますね」

わたしも数年に一度しか思い出しません、と堂師さまは言った。

「では、あの灯りはどこから来たのでしょう」

誰かが、神さまから、と答えた。

「そうです。ただ、いただき方が、少し変わっているのです」

神々が地を去られたあとの話である。祈りは遠くなり、届くのに幾年もかかるようになっていた。そのころ、ひとりの環の神官がいた。

「名は、伝わっておりません」

どこの人かも、いつの人かも伝わっていない。分かっているのは、その人が何を願ったかだけである。

ヒトと、旅とを、魔物から守りたい。

「なぜそう願ったのかも、伝わっておりません。……身内に何かがあったのだ、と言う人はいます。ただ、それも誰かの当て推量です」

失われた理由のために、その人は祈った。道の神イティールさまに向けて。

「一夜の祈りは、一歩だと申しましたね」

先週の話である。何人かがうなずいた。

「あの人は、一生ぶん歩いたのです」

堂が静かになった。砂ぼこりの音もしなくなった。

一年ではない。十年でもない。一生である。始めた日から、終わる日まで。届いたかどうかを確かめないまま、毎晩、一歩ずつ。

「わたしは、そこがいちばんこわいところだと思っております」

こわい、というのは、と誰かが訊いた。

「途中で、やめたくなるでしょう。……わたしなら、やめます」

三年で、たぶん一度は疑う。十年で、届かないのではないかと思う。二十年経って、まだ何も起きていない。

「そこから先が、わたしには想像がつかないのです。……あと何十年か、同じことを続けるわけですから」

祈りは届く前から働いている、とも教えは言う。あの人の中で、何が起きていたのかは分からない。

そして、届いた。

神々が去られたあとの、遠い遠い世界で、その一生ぶんの祈りがようやく届いた。イティールさまは応えられて、灯りをヒトに遺された。

夜の道端で、外套をまとった人が膝をついて手を合わせている。かたわらに、背の高い柱の上でガラス覆いの灯がともり、あたりを丸く照らしている。

「あの人が生きているうちに届いたのかどうかは、伝わっておりません。……消息そのものが、伝わっていないのです」

名も、土地も、その後も。何ひとつ残らなかった。残ったのは灯りだけである。

「書いた者の名は流れ、書かれた言葉だけが巡る、と聖典の巻頭にあります。……あれと、同じ形なのだと思います」

それから、堂師さまは灯の性質の話をした。村の者には、こちらのほうが馴染みがある。

燃料は要らない。何も足さずに燃え続ける。分けられる。種火をもらって、別の灯を起こせる。ただし、普通の水で消える。

「よく消します」

笑いが起きた。今日の仕事で、うっかり消した組がいたらしい。

「なぜ燃え続けるのか、なぜ魔物が寄らないのかは、わたしは知りません。……教えも、そこは説いておりません」

分かっているのは、もう新しくは造れない、ということだけである。あれは一生の祈りでしか生まれないもので、それを願う人がふたたび現れたという話を、誰も聞いていない。

「増やせます。ですが、造れません。……ですから、わたしたちの仕事は、消さないことなのです」

今日の掛け替えは、そういう仕事だったのだ——そう受け止めた。台を直し、覆いを換えるのは、千年ぶんの祈りを消さないための作業なのである。

いちばん最初の灯は、いまも祀られているとされる。種火をもらいに行く人が絶えないという。

「どの灯でも、効き目は同じだそうです。それでも、あちらからもらいたくなる。……気持ちは、分かりますね」

分かります、と何人かが言った。

「わたしも、もらいに行ったことがあります。……効き目のためではありませんでした」

道中で三度消して、三度もらい直したという話も聞く。そのたびに戻るのだそうだ。

「面倒な話ですが、悪くないと思います。……あの灯りは、そうやって人の手を借りないと、広がれませんので」

——最後に、堂師さまはこう言った。

「神々は、あの灯りをヒトに渡して、それきり手を引かれました」

直しにも来ないし、増やしにも来ない。消えても、代わりを寄越されない。

「与えることの最後の形は、与えるのをやめることである。……去られた朝の説と、あれを重ねて読む人がいます。わたしも、そうしております」

外は、もう暗くなっていた。掛け替えたばかりの街道の灯が、峠のほうまで点々と続いているのが、堂の戸口から見えた。