
情シスの働きが鍵?「つながらない権利」実現までの壁と対策を考える



生成AIによる情報漏えいのリスクを知ると、「いっそ禁止してしまえばよいのでは」と考えたくなるかもしれません。しかし、この考え方には落とし穴があります。禁止された社員が、会社の管理が及ばない個人アカウントでこっそり生成AIを使い続ける「シャドーAI」を助長してしまうのです。禁止すれば、かえって実態が見えなくなり、リスクはむしろ高まります。日本経済新聞の2026年7月の記事では、IT調査会社であるガートナージャパンの調査結果を受ける形で「シャドーAIへの有効な対策を取れていないと回答した国内企業は7割超にのぼる」ことが報じられました(*1)。
また、ガートナーの1年前の調査では、企業の約6割がすでにベンダー提供の生成AIサービスを利用している一方、利用ルールを整備しているのはわずか約2割にとどまると指摘されていました(*2)。多くの企業の現場が便利さゆえに生成AIの導入を先行させ、管理側のルールづくりが追いついていないことを示しています。
このように、多くの企業が「使わせないこと」ではなく「使いながら管理すること」を迫られているなかで、目指すべきは、リスクの大きさに応じて対策の強弱を変える「リスクベースアプローチ」だといえます。すべての利用を一律に厳しく制限するのではなく、扱う情報の機微度や用途によって許可のレベルを変えるのです。たとえば「公開情報の要約作成」は自由に行えるものの、「顧客の個人情報を含む処理」は承認制にする、といった具合です。禁止でも放任でもない、この中間の設計が、データ主権を守るためには重要です。
(*1)業務で未承認なのに…従業員の「シャドーAI」リスク、7割の企業が無防備 – 日本経済新聞
(*2)企業の6割がベンダー提供の生成AIサービスを利用、管理ルールを整備しているのは2割─ガートナー

リスクベースのアプローチは、大きく3つの層に分かれます。第1の層は「人と組織」の仕組みです。まず欠かせないのが、入力ルールの明文化です。「機密情報は入力禁止」という曖昧な原則だけでは現場は判断に迷います。顧客名・未公開の数値・ソースコードなど、入力してよい情報とそうでない情報を具体例つきでリスト化することが、判断の実効性につながります。
あわせて、技術的な統制も欠かせません。学習に使われないオプトアウト設定のある法人向けプランの選定、誰が何を入力したかを追跡できるログ監査、アクセス権限の最小化、入力内容を監視するDLP(情報漏えい対策)ツールの導入などが具体策として挙げられます。
体制面では、情報システム・法務・各事業部門をまたぐ横断チームの組成と、経営層のコミットメントが土台になります。「AI統括責任者(CAIO)を設置した企業は、そうでない企業に比べてAI活用の推進度が業務・技術・管理の全領域で高い」という調査結果もあり(*3)、旗振り役を明確にすることの効果がうかがえます。専任者を置くことが難しい規模の企業であっても、既存の情報システム部門や法務部門が中心となり、必要に応じて各部署の担当者が連携できる横断的な検討体制を整えることは十分に現実的な一歩です。
そして、AIを提供する側と利用する側の責任範囲を、NDA(秘密保持契約)や利用規約で契約段階から明確にしておくこと。これは第2回で挙げた教訓の一つ(AIを提供する側と利用する側で、データに対する責任範囲をあらかじめ明確にしておくこと)を、具体的な打ち手に落とし込んだものです。ルールは策定して終わりではなく、現場の利用実態とのズレを定期的に点検し、形骸化させない運用まで含めて設計する必要があります。
(*3)「行政の進化と革新のための生成AIの調達・利活用に係るガイドライン」の解説と企業への影響

第2の層は、「技術によってデータ自体を守る」アプローチです。ここで重要なのは、システムの外側を固めるだけでなく、データが移動・処理されるあらゆる場面で、データ自体に保護を組み込む考え方です。守る対象を「情報システム」から「データそのもの」へと転換することが大事なのです。
その代表格が、プライバシー強化技術(PETs)と総称される技術群です。データを一か所に集めずに、各拠点や端末に置いたまま学習を進める「連合学習(フェデレーテッドラーニング)」。データを暗号化したまま計算処理できる「秘密計算」「機密コンピューティング」。統計的な性質を保ちながら実データを使わずに済む「合成データ」。これらの技術はいずれも、便利さと保護を両立させるための選択肢であり、医療や金融といった機微なデータを扱う分野を中心に活用が進んでいます。
もう一つ欠かせないのが、トレーサビリティを確保する技術です。改ざん検知や、いつ・誰が作成したかを示す存在証明の仕組みは、第1回で触れた「発信者の確からしさ・非改ざん性」を実装レベルで支える技術といえます。生成AIによって文書の偽造・改ざんが容易になりつつある今、こうした技術は「データが本物であること」を証明する土台として重要性を増しています。

第3の層は、「国の指針を自社の言葉に落とし込むこと」です。総務省・経済産業省の「AI事業者ガイドライン」は、AIの開発から利用までのライフサイクル全体、そして開発者・提供者・利用者という主体ごとに、リスク管理の考え方を整理しています。技術の進展にあわせて更新され続ける「リビングドキュメント」であるため、定期的に最新版を確認する価値があります。
また、デジタル庁が公表した行政向けの調達・利活用ガイドラインには、「高リスク判定シート」や「利活用ルールひな型」といった実務ツールが付属しています。生成AIの利用が高リスクに該当するかどうかを、いくつかの設問に答えるだけで簡易的に判定できる仕組みは、政府向けとはいえ、判定の観点や様式は民間企業がそのまま流用できる部分が多く、ゼロからルールを作るよりも効率的です。
こうした指針の整備は、もはや「余裕があれば取り組む」ものではなくなりつつあります。2025年に全面施行された「AI推進法(人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律)」をはじめとする法整備も踏まえると、ルールの策定は「推奨」から「前提」へと移行しています。国の指針は完成された答えを示すものではなく、あくまで自社のルールづくりの出発点です。自社の業種・規模・扱うデータの性質に照らし合わせながら、必要な部分を取捨選択して「自社版チェックリスト」に翻訳していく作業が求められているのです。

ここまで、データ主権を守るための3つの層である「ルールと体制」「データを守る技術」「国の指針という制度」を見てきました。対策はどれか一つで完結するものではなく、自社の業種・規模・扱うデータの性質に応じて、3層を組み合わせて設計することが重要です。たとえば個人情報を大量に扱う企業であれば技術層への投資を厚くし、まだ生成AIの利用実態が見えていない企業であれば、まずルール層の入力基準づくりから着手する、といった優先順位づけが有効でしょう。
完璧な体制を最初から目指す必要はありません。まずは入力ルールの明文化など、着手しやすいところから一歩を踏み出し、そのうえで、技術と制度を段階的に重ねていくことが、現実的な進め方だと言えるでしょう。データ主権を守る取り組みは、一度仕組みを作れば終わりというものではなく、生成AIの進化や規制の更新にあわせて見直し続ける、継続的な取り組みでもあります。
次回(連載第4回)は、本稿で描いた設計図を実装するため、特に技術層における具体的なソリューションやサービスを、カテゴリー別に網羅して紹介する予定です。
(TEXT:阿部欽一 、編集:藤冨啓之)
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