「僕は一生ママと一緒に生きたい」と言った息子
「僕は一生、ママと一緒に生きたいんだ!」
そんなことを言って、私にしがみついて泣いた時代があった。
下の子が幼稚園を卒園する少し前のことだ。
今ではもう大人になった息子だが、あの頃は、まだまだママから離れられない子だった。
もっとも、幼稚園に入ったばかりの頃は、「ママと離れたくない」という以前に、幼稚園そのものが嫌だった。
二年保育で入園した。
今どきは三年保育の子も多く、同じ年齢の子どもたちは、すでに一年間の幼稚園生活を経験していた。
入園式の日。
大きな体をした息子が、一人、さめざめと泣いていた。
最前列に座って式が始まったのに、泣き止まない息子は先生に連れられ、一番後ろの席へ移動した。
夫がずっと息子のそばに張り付いていた。
なんとも心配な入園式だった。
家に帰ると、息子はまた泣いた。
「ママ、幼稚園やめたい」
その姿があまりにもかわいそうで、私まで一緒に泣いた。
数日後、初めて園バスに乗った。
重い足取りでバス停まで歩き、バスに乗った途端、やっぱり泣いた。
バスを見送りながら、私も泣いた。
本当に、幼稚園なんか行かなくてもいいんじゃないかと思った。
翌日も、その翌日も、息子はバスの中で泣いていた。
とにかく、不安の強い子だった。
秋の遠足の日には、「具合が悪い」と言って休んだ。
本当に体調が悪いのかと思っていたら、あとになって理由がわかった。
「遠足って何をするのかわからないから怖かった」
それだけだった。
何をするのかわからない。
それが怖かったのだ。
一度、お弁当の日なのに、私が給食の日だと勘違いしてしまったことがある。
息子にお弁当を持たせ忘れた。
それ以来、息子は何度も確認するようになった。
「ママ、明日はお弁当? 給食?」
「体操着はいつ持っていくの?」
「あれは? これは?」
もともと不安の強い子だったのに、私のお弁当忘れが、さらに拍車をかけてしまったのかもしれない。
申し訳ないことをしたと思う。
でも、そんな息子も、少しずつ幼稚園に慣れていった。
毎朝、同じ園バスに乗る二人の男の子がいた。
その中の一人、Tくんは、とにかくやんちゃだった。
誰かにちょっかいを出して泣かせるくらい、朝飯前。
息子とは正反対だった。
ところが、なぜか息子はTくんに憧れていた。
強くて、怖いもの知らずで、誰にでも向かっていくTくんが、まぶしく見えたのだろう。
Tくんが自分のことを「オレ」と言うのを真似して、息子も急に「オレ」と言い始めた。
あの頃は笑ってしまった。
ところが、年長になる頃には、少し変わっていた。
Tくんが誰かをいじめたり、悪さをしたりするのが許せなくなったらしい。
でも、息子はTくんより足も遅い。
力も弱い。
喧嘩をしても勝てない。
そこで息子が編み出したのが、
「必殺、睨み(笑)」
だった。
ある日、Tくんのお母さんに言われた。
「うちの子ね、〇くんのこと、怖いって言ってるよ」
「何か悪さをすると、すごい目で睨むんだって」
あの泣いてばかりいた息子が。
気弱で心配ばかりしていた息子が。
自分より強い子を、睨んで止めているらしい。
思わず、
「よく頑張った!」
と褒めた。
そして、卒園前の音楽会。
息子はピアニカを担当するはずだった。
毎日、楽しそうに練習していた。
ところが、本番前日のリハーサルで、シンバル担当の子がインフルエンザで欠席することになった。
シンバルは、舞台の中央。
しかも一人だけの担当だ。
代わりが必要だった。
そこで、なぜか息子が選ばれた。
前日のリハーサルで少し練習しただけ。
一生懸命練習していたピアニカではなく、ほとんど触ったこともないシンバル。
先生から電話があった。
「リズム感がとてもいいので、やってもらったらリハーサルも完璧でした」
「お願いしてもよろしいでしょうか?」
私は、
「本人が承諾しているなら」
と答えた。
でも、息子の表情は硬かった。
不安そうだった。
そして本番。
舞台の中央に、息子が立っていた。
ものすごく硬い顔をしていた。
客席から見ていても、緊張しているのがわかった。
息子は必死だった。
指揮者の先生から、一瞬も目を離さない。
合図を見逃さないように、ずっと先生を見ていた。
その姿をビデオカメラ越しに見ながら、私は涙が止まらなかった。
幼稚園をやめたいと泣いていた子が。
園バスに乗るだけで泣いていた子が。
今、舞台の真ん中で、必死に頑張っていた。
音楽会が終わり、迎えに行った。
息子はまだ硬い顔をしていた。
私の顔を見ると、涙目になった。
「どうしたの?」
そう聞くと、
「僕、失敗しちゃった」
と言って、さめざめと泣き始めた。
私は、どこを間違えたのかわからなかった。
ビデオを見ても、わからない。
でも本人は、自分が失敗したと思い込んでいた。
家に帰ってからも元気がない。
夕方になると、また涙があふれていた。
どんなに慰めても、褒めても泣き止まなかった。
疲れて眠ってしまうまで、泣いていた。
翌日になって、ようやくわかった。
間違っていたのは息子ではなかった。
指揮者の先生が、合図を出し忘れていたのだ。
ビデオを確認すると、確かにそうだった。
先生と私から説明して、
「あなたは間違っていなかったんだよ」
と伝えると、ようやくいつもの息子に戻った。
そんな二年間の幼稚園生活が終わった。
春休みになり、もうすぐ小学生になる。
また新しい環境が始まる。
不安の強い息子のことだから、きっとまた心配することがたくさんあるだろう。
そして私も、また最初から小学校生活に振り回されるのだろうと思っていた。
ある日、息子に言った。
「君が、ママと一緒にいたくなくなるまでは、一緒にいようね」
すると息子は、また私にしがみついて泣いた。
そして言った。
「僕は一生、ママと一緒に生きたいんだ!」
「生きたい」なんて、ずいぶん大げさな言葉だ。
ドラマのようで、少し笑いそうになった。
でも、本人は大真面目だった。
今はまだ、ママと一緒に寝たい。
ずっとママと一緒にいたい。
そう思っていたのだろう。
あの頃の私は、心の中で思っていた。
そんなことを言っているけれど、君だってそのうち変わるんだよ、と。
上の子だって、去年まではいつもママと一緒だった。
それが中学生になった途端、自分の世界を持ち始めた。
親を必要としなくなり、近寄れば、
「何?」
と面倒そうに言われるようになった。
子どもは、ちゃんと親から離れていく。
それが成長なのだ。
あの頃の私は、下の子にも同じ日が来るのだと思っていた。
そして、その通りになった。
子どもは、親の思った通りには育たない。
でも、親から離れていくことだけは、ほとんど例外なくやってくる。
「僕は一生ママと一緒に生きたい」
そう言って泣いていたあの子も、今ではもう大人になった。
もちろん、今はもう、そんなことは言わない。
でも私は覚えている。
幼稚園をやめたいと泣いたこと。
遠足が何をするのかわからなくて怖かったこと。
忘れ物を心配して、何度も確認していたこと。
暴れん坊の友達に憧れていたこと。
そして最後には、自分より強い相手を「必殺、睨み」で制していたこと。
舞台の真ん中で、必死に指揮者を見ていたこと。
そして、
「僕は一生、ママと一緒に生きたいんだ!」
と、私にしがみついて泣いていたことを。
子どもは忘れてしまう。
でも、母親は案外、覚えている。
あの頃の、小さな背中を。
これまでの子育てについて
夫婦ともに高卒の私たちが、二人の子どもを育ててきた記録を書いています。
教育に詳しかったわけでも、特別な教育方針があったわけでもありません。
子どもが勉強しなければ焦り、「勉強しなさい」と何度も言い、悩みながら子育てをしてきました。
そんな私たち夫婦ですが、結果的に二人の子どもは慶應に進学しました。
これは「こうすれば慶應に入れます」という教育法の話ではありません。
高卒の私たち夫婦が、何もわからないまま子育てをして、その中で悩み、失敗し、考え、気づいてきたことの記録です。
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