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週2回、我が家はスナックになる。



週に2回ほど、我が家のスナックが開店する。

ダイニングの照明を落とし、夜の店の雰囲気に近づける。

音楽も流す。
演歌の日もあれば、J-POPの日もある。

夫の前には、最初はキンキンに冷えたビール。

そのあとは、酔うまで烏龍ハイ。

ただし最近、烏龍ハイを作るのはセルフサービスだ。

私はジュースの炭酸飲料。

そして必ず、夫の横に座る。

スナックのママさんのつもりで。

私は下戸なので、酒は飲めない。

それでも、夫の話を聞きながら5時間ほど一緒にいる。

我が家の「自宅スナック」である。


なぜ、こんなことを始めたのか。

私の母は、スナックを営んでいた。

もとを正せば、夫はその店の常連客だった。

夫は19歳の頃から、母の店に通っていた。

夫が23歳、私が22歳のとき、ちょっとしたきっかけで私たちの交際が始まった。

そんなこともあって、私は下戸だけれど、スナックという場所には昔から馴染みがある。

夫もまた、母の店だけではなく、スナックという不思議な空間に馴染みがあった。

娘が生まれてからも、近所の寿司屋、焼肉屋、居酒屋と、夫の飲みを中心に外食することは多かった。

ところが、2人目の子どもが生まれてからは、そうはいかなくなった。

この息子が、また手のかかる子だった。

とても外の飲食店で、のんびり酒を飲みながらしゃべっていられる状態ではない。

いつからか、息子を抱きながら、あやしながらでも、騒がれても平気な自宅飲みが多くなった。

そこに少し華を添えるために始まったのが、

スナックごっこだった。


夫は若い頃から、酒が回ってくるほど多弁になる人だった。

多弁症と名付けた。

相手のペースなどお構いなしで、自分のことをしゃべる。

職場の〇〇さんがどうした。

△△さんがどうした。

私の知らない人の話題が、ずっと続く。

私は仕事柄、今でも高齢者の話を傾聴するのは得意だ。

でも、よく考えてみれば、夫の話もよく傾聴してきた。

職場の〇〇さんや△△さん。

私には見知らぬ人たちの話。

そこにたまに、子どもの学校のママ友の話や、妹たちの話、子どもたちの日常の報告が混ざる。

酒が回ってくると、普段の寡黙さが消える。

ほんとうに楽しそうで、砕けてくる。

多少酔っているくらいのほうが、私は接しやすい。

同じ話も、何度もする。

するする。

娘に、

「その話、100万回聞いた!」

と言われたこともある。

歳を重ねるほど、昔の武勇伝の割合も増えてきた。

元カノや元カレの話などで、二人して妙にエキサイトすることもある。

私は一滴も酒を飲んでいないのに。


5時間もあるので、私は食事を兼ねている。

ものすごく長い食事になる。

途中でアイスを食べたり、デザートを食べたりすることも多い。

子どもたちも、お構いなしに一緒にいる。

机で自分のことをやればいいのに、わざわざ同じ空間にいる。

黙ってスマホをいじっていることもある。

でも、自分に関係する話になると、突然会話に入ってくる。

耳だけは、こっちを向いているのかもしれない。

あまりにも日常的なので、子どもたちも別に驚かない。

子どもが起きていても、スナックは開店する。


もちろん、私もいつも絶好調なわけではない。

たま〜にだけど、

「これは私の仕事だ!」

と思うようにする日も、正直ある。

5時間だもの。

夫は、この時間がものすごく好きだ。

若い頃のように、会社での付き合いで酒を飲む機会もなくなった。

今では、この時間のために生きていると言っても過言ではなさそうだ。

夫の休日は、当然のように開店となる。

「ママはホントは嫌かもしれないけど、ごめんね」

と言いながら、

やめる気配はない。


でも、最近の私は少し考える。

私がパートを始めてから、夫は家事をやってくれることが格段に増えた。

体調が悪くなりがちな私のことも気遣ってくれる。

子どもの世話がなくなった今、私が家でボケーっとしていても、咎めることもない。

そう考えると、最近の私は、

夫が大好きなスナックごっこで、そのお返しをしているのかもしれない。


そして、我が家のスナックも、始めた頃とは少し様子が変わった。

子どもたちが大きくなったからだ。

昔は、子どもに手がかかって外に飲みに行けないから始めたスナックごっこだった。

今では、子どもたちはもう大人だ。

そして、ときどきお客様としてやってくる。

豪快に飲み、おかしなことを言って、私を涙が出るほど笑わせてくれる。

昔は、息子を抱きながら夫の酒に付き合っていた。

今は、その息子が酒を飲みに来る。

なんだか不思議だ。

そんな息子が、まだ小さかった頃のことを思い出すことがある。

あの頃の息子は、私にこんなことを言った。

「僕は一生ママと一緒に生きたい」

あの言葉から、もうずいぶん時間が経った。

あの頃の息子の話はこちら。

「僕は一生ママと一緒に生きたい」と言った息子


そして、子どもたちが大きくなった今になって思う。

私たち夫婦は、決して教育熱心な家庭だったわけではない。

夫婦そろって高卒。

そんな私たちが、二人の子どもを育ててきた。

そして、結果的に二人とも慶應に進学した。

そのあたりのことは、以前こんな記事に書いた。

「夫婦そろって高卒。それでも子ども二人が慶應に行った。」

夫婦そろって高卒。それでも子ども二人が慶應に行った。

こうして考えると、我が家のスナックも、ずいぶん長く続いている。

夫は定年したら、どうするつもりなんだろう。

週2回だったスナックが、毎日開店になったらどうしよう。

私は酒が飲めない。

それでもたぶん、夫の横には座っている。

「ママはホントは嫌かもしれないけど、ごめんね」

なんて言いながら、夫は今日も楽しそうに飲んでいる。

我が家のスナックは、たぶん明日も開店する。