娘が本当に家を出た日。ぽつんと残された20年の机
26歳の長女が、アパートを借りて出ていった。
家を出るのは、これで三度目だ。
一度目は海上自衛隊へ。
二度目はアイルランドへ。
そして三度目の今回は、自分のやりたいことのために。
これまでの二度とは、何かが違っていた。
今回は、期間限定の旅立ちではない。
ここから先は、自分で決めた場所で、自分の人生を歩いていく。
そして娘が出ていったあと、家に残ったのは、20年間使ってきた古い机だった。
一度目の旅立ち
大学を卒業した娘は、なぜか警察官と自衛官の採用試験を受けた。
親としては、大手企業に就職するという道もあっただろうにと思った。
結果、娘が選んだのは海上自衛隊だった。
広島の江田島にある海上自衛隊幹部候補生学校。
桜が満開の頃だった。
スーツケースを一つ引き、リクルートスーツを着た娘は、新幹線で旅立っていった。
私は駅まで送っていけなかった。
22年間、片時も離さず育ててきた娘だった。
これからどんな訓練が待っているのか、ある程度は知っていた。
重い装備を背負って歩く。
海を泳ぐ。
山を駆け上がる。
射撃や火災、浸水の訓練。
小さく、体も決して丈夫とは言えない娘が、本当にやっていけるのか。
想像するだけで不安だった。
だから私は、マンションのエレベーターの前までで見送るのをやめた。
とても耐えられそうになかった。
その後も、帰省するたびに駅まで見送り、帰りの車の中で泣いた。
地球一周の練習航海に出るときには、桟橋まで見送りに行った。
船が岸を離れ、娘の姿が小さくなっても、私はその場を離れられなかった。
五か月後、無事に戻ってきた娘を見つけたときは、心から安堵した。
娘は、その小さな体で、すべての訓練を乗り越えた。
誇らしかった。
でも、寂しかった。
それでも、あの頃の私は、どこかで思っていた。
いつか、また帰ってくる、と。
二度目の旅立ち
三年後、娘は自衛隊を辞めた。
他にやりたいことがある、と言った。
そして次に決めたのは、アイルランドへのワーキングホリデーだった。
今度は一年間。
出発の日、娘は前夜に飲みすぎて、なかなか起きてこなかった。
飛行機に間に合わないのではないかと、こちらが心配になるほどだった。
夫と二人で車に乗せ、空港まで送り届けた。
空港でようやく目を覚ました娘は、何事もなかったような顔をしていた。
私は、いつものように心配した。
病気にならないか。
事件や事故に巻き込まれないか。
案の定、到着してすぐコロナに感染し、決まっていた仕事を失った。
その後はスリにも遭った。
それでも娘は仕事を見つけ、異国で暮らした。
休みの日にはヨーロッパを旅した。
一年後にはスペインのバーテンダースクールにも行った。
首席で卒業し、ようやく日本へ帰ってきた。
髪は、出発したときよりずっと長くなっていた。
一年という時間の長さを感じた。
でも、このときも私は思っていた。
娘は帰ってきた。
また、ここに帰ってきた、と。
三度目は、少し違った
今回、娘は東京の片田舎にある小さな酒場で働くことになった。
いつか、自分の店を持つために。
自衛官時代からやりたかったことだという。
海外でさまざまな酒場を見て、飲み、働き方を考え、娘なりに準備をしてきたのだろう。
今度は、ちょっとした滞在ではない。
自分の人生の拠点を作るための引っ越しだった。
これまで広島へ行ったときも。
ヨーロッパへ行ったときも。
家には娘の荷物が残っていた。
机の上には私物があり、郵便物があり、帰ってきたときに必要なものがあった。
だから私は、どこかで思っていた。
また帰ってくる、と。
束の間でも、また家族四人で暮らせる、と。
そんな夢を、少しだけ見ていたのだと思う。
でも今回は違った。
娘は荷物を持っていった。
部屋を片付けた。
そして、机がカランとした。
20年間、娘を見てきた机
あまりにも、カランとしている。
今までは、娘がいなくても、机の上には娘のものがあった。
物心ついた頃から、この机は娘の遊び場所だった。
そして、勉強する場所でもあった。
子ども部屋のなかった我が家で、そこは娘だけの陣地だった。
そこに私物があるだけで、そこは娘の帰る場所だった。
それが、なくなった。
すっきりと片付いた机は、買ったばかりの頃のように何もない。
私には、今までで一番寂しく見えた。
子どもはいつか家を出ていく。
そんなことは、わかっている。
でも、まだこの机を処分する気にはなれない。
いつになったら処分できるのかも、わからない。
不思議なことに、引っ越した後も、娘は家に来ると机に向かう。
何もない机なのに。
ダイニングの椅子ではなく、机の電気をつけ、その椅子に腰かける。
長年の習慣なのかもしれない。
6歳から使い始めて、20年。
荷物がなくなった今でも、ここは娘の場所なのだ。
娘がお人形を並べて眺めたときも。
折り紙や塗り絵をするときも。
ふてくされた反抗期の顔も。
初めて人を好きになったときの、ときめきも絶望も。
受験に向けて頑張った日も。
これからどう生きていくのか迷った日も。
娘の喜怒哀楽のすべてを、この机は受け止めてきた。
だから、まだ処分できない。
ぽつんと残された古い机だけれど、
たまに帰ってくる娘を、これからも待っていてほしいと思う。
今まで見守ってくれてありがとう。
そして、これからも。
たまに帰ってくる主のことを、見守ってやってね。
心から、そう思っている。
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