夫婦は、ごめんねとありがとうで出来ている。
どうにも素直になれない時、私はファーストキスを観る。
何度も観ているのに、毎回同じシーンで鼻の奥がツンとなる。気づいたら、涙が止まらない。
自分と夫を重ねて、思い出せるだけの過去にすこし触れて、私の反省会がはじまるのだ。

きっかけは、突然に
突如やってくる、原因不明の不機嫌モード。なんとなくイライラして、言葉尻が鋭くなり、表情が重たい。
そういうときに「生理?」と聞かれると、は?と思ってしまう。
違う、生理ではない。そもそもイライラのすべての根源は生理ではないし、生理を経験すらしたことのない人が生理のせいにするだなんて、いったい何様のつもりだ。なーんて、思う。
理不尽でしかない、横暴な妻の爆誕。
たいてい、睡眠不足やPMSが理由なのだけど。
逆に原因がはっきりしているときは、大概わたしに余裕がない。疲れているのはお互い様なのに、自分を優先する夫。おちゃらけて言い訳ばかり。スキンシップのタイミングが今じゃない。
小さなことが積み重なり、不平不満を漏らす回数が増えるほど、言い過ぎてしまう。相手にも原因がある分、素直に謝れない。
アンバランスで不安定な状態が続いた時。嫌いじゃないけど好きでもない、そんな感情が生まれる時。私はこの映画を観る。夫も息子も寝た暗い部屋で、ひとり再生ボタンを押すのだ。
二人だから幸せになれる
若い日の彼が、自分が未来の結婚相手だと気づく。そして、離婚という未来を知って「そんなの嫌だ」と言うシーンがある。
誰しも、二人で幸せになれることを願い、結婚という道を選んだはず。
それにもかかわらず、当たり前に隣にいることに慣れ、遠慮がなくなり、小さなことを大切にできなくなっていく。
二人で同じ時間を生きていることも、隣で寝ていることも、すべて当たり前ではないのに。一度きりの人生、もう二度と戻れない日常。
日常ってこんなにもまぶしかったっけ。
なんてことのない日々に散りばめられたちいさな幸せ。それこそが「まぶしさ」であり、つい忘れていく、けれど大切なことだ。
染み入るように思い出させてくれる時間は、夫婦としての心持ちをリセットさせてくれる。
感謝と思いやりを持ち続けて、相手に伝えること。明日からまた、日常を大切にしよう。
そう思わせてくれる映画なのだ。
これは、水に流すための作業
翌朝、夫のところへ行く。謝って、ハグをして、負の感情をフラットに戻す作業である。
我が家は、ありがとうとごめんねをよく言い合う方だと思う。それだけ小さないざこざや衝突も日常茶飯事なのだけど。
完全に私が悪いこともある。お互いがちょっとずつ、相手を労えなかっただけのこともある。
たいていモヤモヤしているのは私の方で、夫はそんなに気にしていないのだが、自分から謝って、相手にも謝罪を求めるスタイルが最近ちょうどいい。
「謝ったから、ごめんって言って。お互い水に流そう。」って。相変わらず圧がすごい(笑)。
素直に謝ってくれて、笑い合う。
二人の血のつながらない大人が生活を共にして、どちらかだけでもモヤモヤが残るなら、それはおあいこだから。
それから、口癖になってしまったありがとうと、本当に伝えたいありがとうは、たぶん違う。もっとちゃんと目を見て言いたい瞬間があるはずだ。
ごめんねとありがとう。
うまく言えない日もある。それでも、伝えようとすること。夫婦って、そういうことの積み重ねなのかもしれない。
そんなふうに思っている。
