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子育てで大変なのは、夫婦関係かもしれない。

子育てをしていると、友達がよく「本当にすごいね」と言ってくれる。簡単には動じない親としての姿に、感嘆の声が出るのだと言う。

たしかに、母になって180度世界は変わった。子どもは思い通りにはならない一人の人間。覚悟していたつもりでも、現実は、大変さが更新され続ける。

けれど、大変さは別のところにもある。

「夫婦の形が変わること」

子育ての何が大変?と聞かれたなら、「夫婦の形が変わること」だと答えたい。

1年目は、生活の形が大きく変わることに必死だった。一人目育児だったことも大きいと思う。

順応するたびに子どもも成長するから、日々ステップアップ。もう何度模様替えをしたかわからない。親として一生懸命、すり合わせしながら協力してきた。

2年目の途中からは、手を取り合って乗り越えることに、安定感が生まれてきた。

心の余裕が広がったのか、子育てする楽しみが増えた気がする。能動的に動いて、思うことがあれば伝えて、改善して。そう試行錯誤して変化することに慣れたのかもしれない。

3年目に入ると、自分に必要な時間の使い方がわかるようになってきた。

親と子のリズムがととのったことで、親も一人の人間として、やりたいことに取り組めるようになった気がする。お互いの自由時間を作ろう、という流れができて、やりたいこと・好きなことを満たしたいという欲も増えてきた。

そうして今、夫との衝突が増えている。


夫婦仲が悪くなる、とは

子育てを始めてから夫婦仲が悪くなる、という話はよく聞くけれど、私たち夫婦に関しては少し違うかもしれない。

子育てという荒波を、ひと波ふた波と乗り越え、おそらく絆は深まった。けれど、親という役割を脱いだ、一人の人間としての姿で衝突している。

生活を回すことが最優先だったフェーズから、余裕が生まれるフェーズに移行して、自分は何を大切にしたい人間なのか、その輪郭が浮き彫りになる。同時に、相手の価値観もはっきり見えてくる。

私たちの場合は、結婚してすぐに子どもを授かった。だからか、夫婦としてのすり合わせは少し後回しになっていたのかもしれない。ようやく人としての「夫」と「私」が、真正面から積み残しに向き合う。

見えていなかったことが見え出しただけ。
これって実は、とても大切な気づきなのかもしれない。


夫婦は、理解し合える関係?

そもそも夫婦は、本当に理解し合えるものなのだろうか。

義母は何十年も一緒にいてやっと、性格や人となりを理解したと言う。穏やかな夫婦関係を築いているように見えるが、二人にしか分からない歩んできた道のりがある。

結婚した。見てる方向は同じ。だからといって、相手のすべてを好きになれるわけではない。相手も私のすべてを好きでいてくれるわけではない。

それは当然のことだとしても、自分の大切にしたいもの、自分らしさに近いものであるほど、否定されたときの窮屈さは大きい。そういうことが暮らしの細部で起こっている。

一緒に楽しんで面白がってくれたらいいのに、と思う自分と、それを求めるのは違うのか、と諦める自分が、同時に存在する。

些細なことを気にせず、寛大で素直に感謝し合えていたら。得意不得意が、パズルのピースのごとくぴったりはまっていたら。愛情でまるっと笑って許し合えていたら。とは思うものの。

長年のライフスタイルを保ちたい人もいれば、たまにの刺激が必要な人もいる。歩み寄れない次元で分かり合えないこともあるのだな、とただその事実を眺める。

「夫婦」という関係を何度も作り直していく営み。

子育てだけでも大変なのに、夫婦関係の見直しはそれ以上に大変だ。それでも、諦めずに向き合うことは、二人の未来のためでもある。

なにより、子育てというものは面白い。親同士、関係を更新し続けることで、息子の成長を一緒に面白がって、見守っていく。そんなパートナーでいられたらいいなと思っている。