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noteを1年間続けて思うこと|ミシャの旅立ちと向き合うおっかあ


🐰はじめに👩
これは、おっかあ(私)とミシャ(うさぎ)が「兎人三脚」で生き抜いた実話です。
ミシャと共にした7年9ヶ月の人生の変化を、当時の飼育日記を元に、大切に記していきます。
🌿動物愛や動物との絆に共鳴する人達と繋がれたら嬉しいです💚


今月でnoteを書き始めて1年になりました!

1年前の私は、ここまで毎週書き続けるなんて思っていたのかな…いや、気づいたら1年間、毎週投稿していて、自分でも驚きました😳


そもそも、私がミシャとの話を書き始めた理由は、ただ「文章を書いてみたかったから」じゃない。
数年前、いつかミシャと私のことを本にしたいな、って思った。
私とミシャの絆や、種族を超えて、こんなにも深く誰かを愛し強くなれることがある。

その物語を、誰かに知ってもらいたかった。
そして、世界に居る私とミシャのような関係を持っている人達に届き、共感してもらえたら嬉しいな💚🐇
ずっとそう思っていた。

何年も前、私は紙のノートにミシャとの物語を書いていた。
……と言っても、実際に本を書いていたわけじゃない。
「タイトルは何にしよう?」って色んなタイトルを考えていた。そして生まれたのが、

「ミシャとおっかあの兎人三脚」

今でも覚えてる。
「これがいい!」ってピンときたし、私とミシャが腕組んで歩む様子が浮かんだ。

↑まさにこんな感じ✨

でも、そこから本を書き始めることはなかった。
なぜなら、文章の書き方が全然わからなかったから。YouTubeで「文章の書き方」を見たこともあった。
でも難しくて執筆から離れてしまった。

↑当時のノート


それから暫くして、別のブログでレイキのことや、自分自身の変化について書くようになった。
この時は文章の勉強は考えず、「もういいや。好きなように書こう」って思った。
上手な文章を書こうとせず、自分の感じたことや学びをアウトプットも兼ねて、そのまま書いていった。
そうやって少しずつ書いているうちに、文章を書くこと自体に慣れていった☺️

そして1年前、noteを書き始めた。

最初の目的は、数年前に本を出したいと思った時と同じで、
ミシャと私の話を知ってもらいたい。
ミシャと私の絆について世界にシェアしたい。
そんな気持ちから始まった。

そしてこの1年間、ミシャをお迎えした頃から、ミシャが旅立った頃まで、時系列を行ったり来たりしながら書いてきた。

赤ちゃんだった頃のミシャを思い出したり。
旅立った頃のことを思い出したり。

そのときの記事によって、私の気持ちも全然違った。楽しく書ける日もあれば、切なくなる日もあった。
写真を見ながら、微笑む時もあれば、胸がギュッとなって、涙が出ることもあった。

↑赤子時代のミシャ🩷
↑生後半年のミシャ🫶
↑貫禄出てきたミシャ✨



でも、今振り返ると.…
noteを書くことそのものが、私にとってひとつのセラピーみたいになっていたんだと思った。

ミシャが旅立った後、しばらくして私は
「ミシャは肉体を離れて、今は魂になって高次元にいる。会いたい時はいつでも感じられる」と理解した。
そして、ミシャに会う為に深い瞑想をまたするようにもなった。

だから、ミシャの死そのものを理解できてなかったわけじゃない。

それでも、写真を見れば恋しくなるし、最後の闘病の時を思い出すと、今も涙が流れてくる。
あの小さな身体で、頑張ったミシャ...。
頭では分かっていても、心が追いつかない瞬間は今もある。

そんな自分の気持ちを、無理にどうにかしようとするのではなく。
書きたいと思ったときに、書きたいところから少しずつ綴っていく。
その繰り返しの中で、私は自分のペースで"ミシャの死"という出来事に向き合っていた。

ミシャが旅立って、もう2年半。

もしかしたら、このnoteを書き出したことも、そのためだったのかもしれない。
出来事には全て理由があると私は思ってる。人生が進むと何かに繋がってるから。
何に繋がる?結果?今は分からないけど、そんなふうに、少し思っている。


noteを書いていて一番楽しかったこと🥳

それは、やっぱりミシャの写真を選ぶこと🐰🩷
私はもともとビジュアライゼーションが強く、頭の中に浮かんだものを視覚的に表現することが好き。
だから、インスタでも、ミシャの可愛さや、私のミシャ愛を、写真を通して表現するのが大好きだった🐰🥰

だからnoteでも、文章だけじゃなくて、サムネイルや記事の中に載せる写真を選ぶ時間を大切にしてきた。
読んでくれる人に、少しでも視覚でも楽しいものを届けたい。
そんなことを考えながら写真を選んでいると、時間を忘れるくらい集中してた!🤭

私にとって、写真を選ぶことも「ミシャと私の物語を届けること」の一部だから。


noteを書いててしんどくなった時😞

数字を気にするようになった頃だった。
「フォロワーが1万人くらいになったら、本の出版のオファーが来ることもあるよ」

そんな話を聞いたりすると、
「じゃあ、どうしたらもっとミシャと私の物語を広げられるんだろう?」って考えるようになった。
毎週毎週、かなり時間をかけて記事を作っている。
3日、4日かけてひとつの記事を作ることもある。
それだけ思いを込めて書いていて、「これって、意味があるのかな…」って思ってしまうこともあった。

数字を見ながら、もっと広がる方法が他に方法があるんじゃないか?
もっとミシャと私のことを知ってもらう方法があるんじゃないか?
そんなことを考えて、調べて、試行錯誤することもあった。

でも。そんなとき、
ひとりの人からコメントをもらったり、「続き、楽しみにしてるね」「次待ってるね」ってDMをもらったりすると、本当に飛び上がるくらい嬉しかった。

「この人にはなにか感じてもらえたんだ😆✨」って。

たくさんの人に届いているわけじゃなくても、ちゃんと読んでくれている人はいる。
私が大切に書いたものを、大切に受け取ってくれる人がいる。
それだけで、意味があったんだと思えた。

私は、ミシャと私の物語が、誰かに届いたという実感が欲しかったんだと思う。
だって、誰かにシェアする気が無いなら、部屋で紙のノートに毎週日記を書いておいたら良いだけだもの。

2年目に思うこと💚🐇💚

私はまだ、ミシャと私の物語を全然書けていない。

50記事ちょっと書いてきたけど、自分の感覚では、まだ30%も出せていない。
書きたいエピソードはまだまだスマホのメモにたくさん列を作ってる🐇🐇🐇✨

ミシャが突然、青天の霹靂みたいに体調を崩して、即日入院になったこと。
そこから私自身も、大きく揺さぶられていったこと。
レイキヒーリングと出会い、ミシャに使いたくて学んだこと。
本格的に自分自身と向き合うようになったこと。
いろんなことを感じて、いろんなことを学び、知っていったこと。

その激動の中で、ずっとミシャがいてくれたこと。
ミシャがいたから、私はどれだけ強くなれたのか。
ミシャのためにという気持ちから、私はどれだけ変わることができたのか。


ミシャがいなかったら、私の今はなかった。
まだまだ書きたいことがある。でもまだ書いていない。
書こうと思ったことは何度もあるけど葛藤が出たり、伝え方に悩んだりした。
特にミシャの闘病中のことは、今でも思い出せば涙が出る。
そこに私自身の過去や、自分と向き合っていった過程まで重ねて書こうと思うと、簡単に雑談みたいに書けるものじゃない。

だから、自分が「今、書きたい」と思ったタイミングで書こうと思った。

そのときが、一番ちゃんと出せる、伝えられるタイミングだと思う。

これからも、たくさん残ってるミシャとのエピソードを書いていくし、まだ私の中に、言葉にしたいものがたくさんあります。

そして何より、ミシャと私の物語は、私にとってまだ終わっていなくて、第2フェーズが始まって2年半目なんです🐰☺️💚

🐰{ヒヒヒ〜♪


この1年間、noteを書いてきて。

私は「もっとたくさんの人に届けなきゃ」と焦ったり、数字を見て落ち込んだり、「これに意味があるのかな」と迷ったりした。

でも今は、誰かに届くことも大切。
共感してもらえることも嬉しい。
だけど、それだけがこのnoteを書く意味じゃない。

ミシャと過ごした時間を、ひとつずつ言葉にして残していく。

それも、このnoteを書く大切な意味だと思う。

そして、もし私の思いや言葉を誰かが読んで、「私にも、こんな絆がある」
「私も、この子との時間を大切にしよう」
「私だけじゃなかったんだ」
って思ってくれたら。それは、私にとって最高に嬉しいこと。

1年間、読んでくれた人💚コメントをくれた人💚DMをくれた人💚たまたまこの記事を見つけてくれた人💚

本当にありがとうございます。

そしてミシャ。おっかあ、まだまだ書くからね。
私たちの物語を、少しずつ残していくよ。

ミシャとおっかあの兎人三脚を、これからもよろしくお願いします🐰☺️✨


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