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わが心の近代建築Vol.112 旧脇村邸/神奈川県逗子市

みなさん、こんにちわ。
今回は、先日公開された旧脇村邸について記載します。
逗子は1889年の横須賀線開通により別荘地として歩み始めました。さらに1894年に葉山御用邸が設置されたことと、湘南の海に富士山と江の島が重なる景観から多くの政財界人、文豪などが別荘を構えました。

逗子海岸から江の島と富士山を臨む
(Wikipediaより転載)

また、1925年には震災復興を経て、横須賀線が完全電化し、別荘地から「1年を通じて上質な暮らしを楽しむ邸宅地」へ変化します。当BLOGでは旧本多邸旧加地邸旧東伏見宮葉山別邸を扱いましたが、今回は4棟目のの掲載になり、脇村邸のあった地域は、かつて文人の徳富蘆花とくとみ ろかが過ごしたことから、邸宅含め、この一帯を記念公園として保存しています。

【邸宅のあゆみ】
旧藤瀬・脇村邸は1934年に三井物産常務取締役の藤瀬政次郎ふじせ まさじろう氏の妻 藤瀬秀子ふじせ ひでこ氏(1879~1956)の別荘として建てられましたが、亡くなられたのち、1959年に東京大学名誉教授で経済学者の脇村芳太郎わきむら よしたろう氏(1900~1997)が終の住処として活用され、亡くなった後、相続税として遺族が大蔵省に物納されたのち、2007年に逗子市景観重要建造物に指定後、蘆花記念公園ろかきねんこうえんの一部として取得後、2010年に登録有形文化財に選定されました。

脇村義太郎わきむら よしたろう

現在は、周囲にある逗子市郷土資料館とともに今後の使用法を模索しながら市民ボランティアさんの手で管理されています。

【たてものメモ】
旧藤村・脇村邸
●竣工年:1934年
●文化財指定:登録有形文化財
●入館料:無料
●公開日:内部において年に1回、邸宅公開があり
●交通アクセス:
 ・JR横須賀線「逗子」駅、京浜急行「逗子・葉山」駅より京急バスで「富士見橋」停留所下車5分
●参考文献:
 ・BS朝日放映『百年名家』
 ・逗子の歴史においてはWikipediaを参照
●留意点:
 通常非公開
 (邸宅公開においては逗子市役所 環境都市部緑政課まで)

【外観部分において】
❏北側表玄関部分

玄関部分は正統派の数寄屋すきや風の設えで、ひさしが深く設けられ、両サイドに袖壁そでかべを備えたものになっています。
写真左側の建物は女中室や浴室などのバックヤード空間に充てられています。邸宅は表玄関が数寄屋すきや的意匠ではあるものの、西洋風の煙突を設けるといったハイブリットな外観になります。

北側表玄関

煙突は和風の屋根を突き抜け、煙突上に瓦を設けて付けたデザインになります。煙突部分の壁をスパニッシュ風にして、側面の部分に日本瓦を載せ、1階の数寄屋屋根が壁に刺さる変わった意匠にする、まさに竣工当時に流行した日本建築とスパニッシュ建築の融合になっています。

❏西側外観
西側1階には、1階部分は洋風の設えで、窓より下が部分が腰壁風になり、窓より上がクリーム色に塗られたスパニッシュ風になります。一方、2階部分は純和風のデザインになる、いわば和と洋がハイブリットに混在した外観になります。

西側外観

1階の外観で一番最初に目が行くのは、丸窓部分…これは旧脇村邸で代名詞的な意匠となります。
この窓は、竣工当時大変貴重だったステンドグラスが貼られているほか、窓としての機能として実際に空けることも可能です。

西側1階の丸窓

❏南面から臨む
主屋1階部分にはテラスが敷かれている一方、瓦に関しては日本建築で多く見られる一文字瓦いちもんじがわらを使用しています。
1階部分が窓柄を多用し西洋風になりながら、その一方、2階部分は和風の設えで、屋根は桟瓦さんがわらであるものの、緩やかにカーブを描いたむくり・・・屋根になり、こちらから見ても和と洋が見事に融合したデザインになります。

ベランダ、また、食堂兼居間からテラスを伝い庭園に降りる事も出来に降りることができますが、床面には高級素材の鉄平石てっぺいせきをふんだんに使用しています。また、一般の邸宅に比較し、テラス部分を非常に広くとったデザインになります。

テラス部分

また、主屋とは別棟として、数寄屋すきや風の茶室となり、銅板のひさしが長くつけられています。
脇村家では、こちらを「茶の間」とし、開口部分を広くつけた意匠になります。

茶の間棟

茶の間棟の足回りに関しても、柱が石に乗る石場いしば建てになるほか、下部には、竹を重ねた意匠になっているのも大きな特徴で、女性的なデザインとなります、

石場建て部分

【平面図について】
平面図を見ると、1階部分が広間を中心にして、応接部分と居住スペース、バックヤード部分に分か、南面の配置は雁行型がんこうがたに並んでいます。また、2階部分は基本的に客間として使用し、それぞれの室内の配置が分かれた造りになっています。
なお、書斎棟に関しては、脇村芳太郎わきむら よしたろう氏が所有した際に増築された箇所になります。

平面図
逗子市公式サイト「旧脇村邸とは」を転載

【1階部分において】
❏玄関部分

天井部分は斬新なラインを描く舟底天井になり、モダンな数寄屋すきや風の意匠になります。その一方、床のタタキには、布目タイルを敷き詰め、式台部分も通常の和風建築に比較して低く設えるなど洋風建築の流れを汲んでいます。
右側には西洋風の靴箱が設けられていますが、扉部分が数寄屋すきや建築で多く見られる網代を組んだ状況になります。玄関ホールにまで、奥行きをもたらし、来訪者に邸宅に入る期待感を与える意匠が込められています。

表玄関を臨む

❏広間部分
玄関ホールにあたる部分で、ここから接客施設、プライベートルーム、バックヤードのへそ・・になります。
一見何の変哲もないようにみえますが、天井部分は漆喰塗となり、面皮柱を使用し、猿頬さるぼおにしています。

広間部分を臨む

❏接客空間として
居間部分を見ると、左上部には丸窓が設けてあり、床板はタモやカキ、ケヤキ材を使用しています。
天井部分は白漆喰で塗られた洋間である一方、丸窓部分は障子風になり、天井部分は竿縁風にし、面皮丸太を使用された和風的なテイストを見る事ができます。

居間部分を臨む

特に特徴的なのが暖炉で、黒タイルを使用した左右非対称型になり、暖炉上には名栗仕上げの落とし掛けが付けられています。
暖炉の左隣下は地袋風になり、上部の障子は、直線を活かしたモダンなデザインになり、右上には違い棚風の棚が付けられ、右側の窓は、平書院風になり、書院上部にはツバキ材の皮付きい丸太の落とし掛けを使っています。書院の下には柾目板を矢羽根状に組んでいます。

床の間風の意匠

食堂部分も、居間同様、床は板材になり、壁と天井は漆喰塗の洋間になりますが、こちらの天井などにもスギ材の磨き丸太の垂木たるきを使用し、天井右側の落とし掛けにはツバキ材と思える落とし掛けを使用し、写真左側の柱は面皮柱の床柱風にした和洋折衷のハイブリットな室内になります。

食堂部分を臨む

食堂側の正面も居間側同様、和風の設えになります、
落とし掛けには、椿皮付きの丸太材を使用しています。左側の床柱風の部分はサクラ材の皮つき丸太を使用し、反対側の柱にはツバキの皮つき丸太材を使用しています。
左右に杉材のキャビネットを用いて収納性に富んだものになります。
テレビの後ろにはハッチが設けられ、隣の配膳室に繋がり、こちらから食事を提供することができました。

食堂側正面部分を臨む

サンルーム部分になり、モダンなラインの舟底天井を持ち、ベランダ側の丸窓はステンドグラスを設けてあり、左右に見える丸窓は、客船のキャビンをイメージさせます。実際にかつてこの部屋から逗子の海を臨むことができ、天井部分の竿縁天井は、角を削った猿頬さるぼおになっています。

サンルームを臨む

❏配膳室
食堂の反対側の配膳室を見ると、奥側の人造洗い出し石で作られてた流しや造り付けの棚など、竣工当時のものが残されており、写真手前側のハッチから、食堂部分に接続し、廊下に出ずとも料理を運べます。
配膳室は階段わきに設えられ、限られたスペースを有効活用しています。

配膳室全景を臨む

❏居間部分
居間部分は8畳間となり、天井部分は長押を廻し、天井部分は竿縁さおぶち天井にしています。
竿縁には面皮丸太を使用し、書院窓は茶室で多く見られる連子窓れんじまどにし、床の間部分は地袋のみにた平床にする一方、居間という事もあり、床脇は収納のための襖を設けるなどしています。

居間/座敷部分

縁側からは、庭園を臨むことができ、こちらの竿縁も面皮材を使用し、数寄屋風になります。迎賓施設に比べ、明らかに和風建築意匠になるのも秋rかな差別化が図られています。また、奥側の扉には日本の伝統建築で玄関部分に多用される舞良戸まいらどをあしらった自由な設計になります。

居間・縁側を臨むc

❏茶の間
茶の間は雁行型に配された離れ棟にあり、次の間は5畳間となります。
天井部分は他の部屋で多く見られた舟底天井になりますが、こちらは純和風の設え。天井材にはがまを敷き詰め、垂木たるきには白竹やサビ竹を使用しています。写真左側の入り口部分は落天井風になり、網代が組まれています。

5畳次の間

8畳間の座敷部分を見ると、畳床になり、天井部分は次の間と同じくがまの葉で組まれた舟底天井になり、床柱は節の多い杉丸太を氏よしています。
中央部分には丸太材を使用しています。次の間との間には、鏡板の欄間があり、空間を開けることにより広々とした印象を与え外観から見たように、開口部い多く設けることにより、開放的な印書を与えます。

8畳座敷部分

❏台所
台所は懐石料理に応対できるようになっています。
キッチンに関しては現代風になっているものの、造り付けの棚などは竣工当時のものになり、当時としては斬新な厨房になります。なお、脇村邸では、バックヤード部分に料理人専用に玄関と風呂、トイレを保持しています。

台所部分を臨む

❏脱衣室
浴室に関しては現代風のものに改変されているものの、脱衣室部分は一見すると茶室的な意匠になり、左側の流し部分には網代で組んだ収納扉らが設けられ、天井部分は竿縁天井となります。

❏階段部分
階段部分は、手摺子てすりこなど寺社建築で多く見られる意匠になり、特に親柱おやばしら上部には、こちらも寺社建築で多く採用されている擬宝珠ぎぼしゅを採用尾するなど、様々な意匠が組み込まれています。
その一方で伝統的な部分のみではなく、住み手に取り暮らしやすいように階段の段差は緩やかに設えています。

1階階段部分を臨む

【2階部分について】
❏階段部分

2階から階段を臨むと1階と同じように親柱に擬宝珠ぎぼしを付け、写真左側の擬宝珠ぎぼしに関しては、半分が壁に埋もれた意匠になります。
天井板部分には、杉の柾目材と2本の竹を使用し、スギの丸太材の垂木で抑え込んでいます。

2階階段から臨む

❏予備室
大きな丸窓が特徴的な室内になります。こちらの部屋の床柱はスギ材の磨き丸太が使用されており、天井板にはスギの柾目板の竿縁天井となります。
数寄屋建築らしく丸窓の書院に関しては茶室で多く採用されている連子窓れんじまどとなします。床の間部分は平床となり、床脇には押入が設けられるなど、収納にも配慮された室内となります。

予備室を臨む

予備室の縁側天井は、胡粉こぶん仕上げとなります。
これは貝殻などを細かく砕き木目を際立たせえる技法で、古くは1600年ごろの小堀遠州こぼり えんしゅうが関わった大徳寺 孤篷庵こほうあんにみられ、特に縁側や広縁の天井に多く見られます。

予備室 縁側

❏客間部分
次の間は4畳間となり、天井部分には杢目もくめの杉材を使用した竿縁天井となります。欄間部分は桐材でできており、桐材を使用することにより、当初の施主 藤瀬秀子さんを意識し、柔らかな印象になるようにしています。

次の間部分を臨む

座敷部分は、次の間と同じく天井にはスギの柾目板を使用していますが、床柱とこばしらには施主 藤瀬秀子さんを意識して柔らかな印象を与えるため、桐材を使用しています。
障子部分は、座って庭園を愉しむことを意識して、猫間障子ねこまsじょうじにし、障子の腰板にも桐材を使用しています

座敷部分を臨む

客間には入側が付きますが、入側が多用されるようになったのは近代になってからで、西洋建築でいう所のサンルーム的な役割を果たしています。
天井部分は、予備室の縁側と同じく、胡粉こぶん仕上げとなり、軒桁には核柱を使用しています。

座敷 入側のを臨む

座敷入側からの景観が、この邸宅最大のビュースポットとなり、眼前には逗子海岸が広がります。竣工当時は、現在ほど建物がなく、一面に海を拝観することができました。

客間 座敷からの景観

【編集後記】
旧脇村邸に関しては、まさに数寄屋建築と洋風建築のハイブリット絵kン像物とも言うべき素晴らしい邸宅でした。
写真を見てもわかるように、市民ボランティアさんの手で管理されているものの、経年による劣化に関しては拭えないものがあります。
同じく蘆花記念公園内にある逗子市郷土資料館と同じく、今後の万全な管理が待たれるところです。
現在、日本には管理が行き届かない秀逸な邸宅が数多く存在し、これからの対策に新たな課題を感じさせられる建物探訪でした。

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