第3話|17歳から昼と夜、二つの世界を生きてきた。
『奇跡のそばで。』―私が現在の仕事に辿り着くまで―
これは、現在の私に至るまでを綴った自叙伝シリーズです
第1話はこちらから
17歳で、私は夜の世界に入った。
昼間は進学校の高校生。
夜は、歳をごまかしてスナックで働く。
でもその頃になると、私は高校にもあまり行かなくなっていた。
もともとは成績優秀で、学年でも1番、2番を競っていた。
生徒会や学級委員もやっていた、いわゆる優等生。
それが父が倒れ、生活が変わり、働くことが中心になっていくうちに、学校からも少しずつ離れていった。
勉強もしなくなった。
そんな私が高校3年生になった頃、担任の先生から言われた。
「せっかくこの学校に来たんだから、短大にでも行ってみたら?」
たったそれだけの言葉だった。
でも、それをきっかけに私は、もう一度勉強してみようと思った。
とはいえ、1年以上まともに勉強していない。
受験を始めるには、あまりにも遅かった。
それでも、とりあえず公立の女子短大くらいは目指してみよう。
そして、どうせなら地元の国立大学も受けてみよう。
私立という選択肢は、最初から考えなかった。
理由は単純だった。
お金がかかるから。
結果、公立の女子短大には合格した。
国立大学は、落ちた。
当然と言えば、当然だったと思う。
1年以上ほとんど勉強していなかったのだから。
でも、私にとっては当然ではなかった。
それまで私は、勉強で人に負けるという経験をほとんどしたことがなかった。
成績は良かった。
やればできる。
少なくとも勉強に関しては、そう思っていた。
だから、
「不合格」
という結果を突きつけられたことは、私にとって初めての挫折だった。
かなり悔しかった。
公立の短大には受かっている。
そのまま進学することもできた。
でも私は、行かなかった。
もう一度、国立大学を受けることにした。
そして、その少し前。
私は、それまで働いていたスナックも辞めていた。
きっかけは、クリスマスイブだった。
12月24日の夜。
いつものように店で働いていると、
なんと高校の先生が入ってきた。
先生はもちろん、私がそこで働いているなんて知らない。
誰かに連れられて、たまたま店に来ただけだったのだと思う。
でも私は先生の顔を見た瞬間、
まずい。
と思って、すぐ厨房に隠れた。
ママに「あの人、知ってる人なんです」と伝えて、その日は先生が帰るまでずっと厨房を手伝っていた。
幸い、先生に見つかることはなかった。
でも、その出来事で急に現実に戻された。
私は未成年だった。
そもそも、ここで働いていい年齢ではない。
もし学校に知られたら、私だけの問題では済まない。
お店にも迷惑がかかる。
そう思って、私は店を辞めた。
そして高校生活の残りわずかな時間を、受験勉強に使った。
結果は先ほど書いた通り。
短大には受かった。
国立大学には落ちた。
そして私は、浪人生になった。
高校を卒業したことで、一つだけ変わったことがあった。
もう高校生ではない。
それまでは「短大生です」と一つ歳をごまかして働いていたけれど、
もうそんなことをする必要もない。
私は浪人生活を始めると同時に、今度は大きなラウンジで働き始めた。
敢えて以前のお店からは離れた場所を選んだ。
今度は堂々と、「浪人生です」と言って働いた。
その店のママは、老舗のクラブで長く働いてきた、とても厳しい人だった。
ここで私は、それまでとは違う意味で夜の仕事を教わることになる。
気遣い。
接客。
立ち居振る舞い。
お客様との距離の取り方。
営業。
そして、自分でお客様を呼ぶこと。
ただ席に座って話をすればいいわけではない。
人が何を求めているのかを見て、
その場全体に気を配る。
誰を立てるのか。
どこで話すのか。
どこで黙るのか。
どうすれば、またこの店に来たいと思ってもらえるのか。
私はそこで、「人と話す」ということと「人をもてなす」ということは全く違うのだと知った。
今振り返ると、私の営業や、人との関係の作り方の基礎は、この頃に身についたものが多いのだと思う。
浪人中の一年間、
昼は受験勉強。夜はラウンジ。
私はそんな毎日を過ごした。
そして翌年。
もう一度受けた国立大学に、
今度は合格した。
嬉しかった。
一度落ちたところに、自分の力でもう一度挑戦して受かった。
それはもちろん嬉しかった。
ただ、ここで格好よく、
「学びたいことがあったから、諦めずに大学を目指しました」
と書ければいいのだけれど、
残念ながら、そんな話ではない。
私は別に、大学へ行って何かを学びたかったわけではなかった。
どうしても研究したいことがあったわけでもない。
ただ、大学を出た、という学歴が欲しかった。
それだけだった。
私はもともとプライドが高い。
一度落ちたことも悔しかったし、
「大学卒業」という肩書きを、自分に一つ付けたかった。
今ならそんなものに自分の価値を預けなくてもいいのに、と本当に思うし
人の価値はそんなもので測れる様なものではないと知っている。
でも当時の私は、本気でそれが欲しかった。
だから取った。
それだけの話だった。
大学に入ってからも、当然に夜の仕事は続けた。
そして私は要領だけは良かったので、最初の2年間で取れる単位をかなり取った。
その甲斐あって、3年、4年になる頃には、大学へ行くことも随分少なくなっていて
そして夜は相変わらず働いていた。
だから私には、いわゆる「大学生活の思い出」というものが殆どない。
サークルに夢中になったとか、
友達と朝まで語ったとか、
キャンパスを歩くと思い出す恋があるとか。
そういう、後から思い出して胸が少し懐かしくなるような青春は全くない。
高校時代も働いていた。
浪人中も働いた。
大学に入っても働いていた。
気がつけば、
17歳から20代前半まで、約7年間。
私はずっと夜の世界にいた。
でも不思議なことに、
あれほど最初は人に知られたくなかった夜の世界を、私は嫌いにはならなかった。
むしろ、そこでたくさんの人に可愛がってもらった。
色んな業界の大人たちに出会った。
普通に学生をしているだけでは、おそらく話すこともなかった人たちの話を聞いた。
経営者もいた。
会社員もいた。
一見すると少し怖そうな人もいた。
成功している人も、
うまくいっていない人もいた。
そして夜の席で、人はよく喋る。
仕事。
お金。
家族。
男女。
成功した話もあれば、失敗した話もある。
立派な肩書きを持っている人が、必ずしも立派な人とは限らなかった。
反対に、見た目だけなら近づきにくいような人が、とても義理堅く優しいこともあった。
お金を持っていることと、幸せであることも別だった。
私は10代から、人間は、表から見ただけでは分からない。
ということを、随分見せてもらった気がする。
そして、社会というものを少し斜めから見るようにもなっていた。
そして遂に大学を卒業すると同時に、
私は夜の仕事を辞めた。
17歳から続いた、約7年間の夜の生活が終わった。
当時の私は、あの7年間を自分の人生の誇らしい経歴だとは思っていなかった。
むしろ絶対に表には出したくない過去だった。
でも今は違う。
あの街で私は、学校では教えてもらえない人間の姿を、たくさん見た。
そして、
人を見ること。
人と話すこと。
人が何を求めているのかを感じること。
相手に喜んでもらうこと。
そんなことの原型も、あの頃にできたのだと思う。
そして、若い頃から大人の世界で揉まれた私は
人に対して緊張することも無くなり、
偉い人だからと物怖じすることも無くなり、
いつどんな人の前であっても、自然体で振舞える自分になっていった。
今、私は周りの人からコミュニケーションお化けと言われるのも
全てはその時に培った経験が元になっているのだ。
そして大学を卒業した私は、
初めて「普通の社会人」になる。
就職先は、不動産会社。
ここから私は、
これまでとは全く違う世界を生きる様になってくことになる。
