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論理武装の僕は、地下駐車場で散る

車が地下へのスロープに入っていく。

外の光がすっと遠のいて、天井の低いコンクリートの世界に入る。キュルキュルとコンクリートに反響するタイヤの摩擦音。白線の中にずらっと並ぶ車、柱に書かれた番号、どこへ続くのか分からない薄暗い通路。

ああ、いい。すごくいい。

僕は昔から、駐車場という空間がどうしようもなく好きなのだ。機械がうなりを上げて車を飲み込んでいく立体駐車場もいいが、自走式の地下駐車場がいい。地下へ降りるスロープで、もうワクワクしている。空いている区画を探しながら車の列をゆっくり流すのもいい。

本来の目的は、このあと向かう店のはずなのに、車を停めるそのプロセスだけで、僕の中の何かが満たされてしまう。

助手席の妻のトラ子さんは駐車券をしまい、スマホで今日の買い物リストを確認している。普通の買い物の日だと思っているのだろう。

だが、僕にとっては違う。
今日、僕はこの地下駐車場を出た先で、己の威信と欲望を懸けた重大なプレゼンを行うことになっているのだ。

どうしても欲しいものがある。
我が家は小遣い制である。ゆえに、ちょっとした高額商品を手に入れるには、トラ子さんを納得させなければならない。そして恐ろしいことに、一度却下されれば基本的に次はない。敗者復活戦など存在しない、一発勝負なのだ。

僕はこれまで、数々の敗戦を喫してきた。
たとえば、カーオーディオの音を良くするための「デッドニング施工」。車のドア内部に制振材や吸音材を貼り、余計な振動や騒音を抑える施工である。

僕は、「ロードノイズが」「ドアの共振が」「低音の締まりが」「定位が」と熱弁した。

しかしトラ子さんは、一言。
「でも屋根、開けるんでしょ?」で終了である。

ドアロックの音を変える装置の時もひどかった。
「いや、ただ音を変えるだけじゃないんだ。高級車みたいな『キュッ』って音になるんだよ。毎日乗るたびに聞く音なんだから、一回あたりの満足度に換算したらタダみたいなもんだよ」

トラ子さんは冷ややかだった。

「今も鍵、閉まるんでしょ?」
さらに追撃が来る。

「音、大きくなるの?」
「まあ、多少は」
「近所迷惑じゃん」
閉廷である。

ものすごく明るい小型LEDライトを欲しがった時は、「手のひらサイズで数千ルーメン」「数百メートル先まで照らせる」「ターボモードでは本体が熱くなりすぎるほどの出力」と、光の暴力性を誇らしげに説明した。

「何を照らすの?」
「……遠く」
「どこ?」

遠くの、どこかである。
そこを聞かれると、光より先に僕の返事が消えた。

僕はこれまで、理論ではなく一言に負けてきた。だとすれば、今回は同じ失敗をしてはいけない。プレゼンとは戦いである。戦う前に相手を知れと、孫子だかドラッカーだか、そのあたりの偉い人も言っていた気がする。ならば、相手を研究すればいい。

ということで、僕は今回の決戦に向けて「妻・トラ子さん」を徹底的に研究することにしたのだ。これでプレゼン大成功である。

ふっ。僕は天才か。

観察の結果、いくつかの重要なデータが集まった。

観察結果その一。
彼女は倹約家である。

10円、20円安いスーパーへ、わざわざ自転車を走らせる。なるほど、財布の紐は固い。これは厳しい。

観察結果その二。
車の金銭感覚は完全にバグっている。

彼女はかつてAMGというスポーツカーをぶん回し、超高性能タイヤにもこだわっていた。僕がカタログを眺めながら値段と性能を天秤にかけていると、横から一番高いやつを指さしてくる。

つまり、高いものが嫌いなのではない。高い「理由」がないものが嫌いなのだ。すごい発見だぞ、これは。

観察結果その三。
趣味には理解がある。

料理、手芸、園芸。どれも本気だ。玄関前を立派なオープンガーデンにしてしまうくらい、道具にも手間にもこだわる。趣味の喜びというものを、この人はちゃんと理解している。

なるほど、見えてきた。
トラ子さんは、単なる財布の紐が固い妻ではない。「高性能なアイテム」や「趣味の世界の熱量」には理解があるはずなのだ。勝機は、十分にある。いける。

エレベーターが上の階に着いた。ここからが本番である。

僕は平静を装いながら歩を進める。
そしてついに、お目当ての売り場にたどり着いた。

目的の商品は、9月下旬発売予定だ。まだ店頭には並んでいないが、ここに先行展示されていたという情報はつかんでいた。

あるか?
ないのか?
せめてサンプルだけでも……!

だが、なかった……。
実物は見られなかった。
まあいい。YouTubeのプロモーション動画で何度も見たからな。

しかし、まだプレゼンはしない。まだ早い。

僕は独自に統計を取った「妻研究データ」を頭の中で復唱した。

対面はダメだ。目を見て話すと逃げ場がない。
歩きながらが良い。横並びは防御が緩む。
空腹時は全案却下される。
買い物の最中も財布の紐が締まっているからダメだ。

となれば、支払いを終えた直後、機嫌よく歩いている時がベストタイミングである。

そして、条件がすべて揃った瞬間が、ついにやって来た。買い物を無事に終え、機嫌よく横並びで地下駐車場へと向かって歩いている。あの柱の横で、僕らの車が待っている。

よし、今だッ!
僕は大きく息を吸い込んだ。

「僕は昔からさ、機械好きじゃん」

「うん」

「モーターで動くものって、ロマンがあるじゃない」

「うん」

「日本のプロダクトって、本当にすごいんだよ。精緻というかさ」

「へえ」

よし、聞いている。油断しているぞ。

「そういえば僕、昔から地下駐車場が好きじゃん」

「そうだね」

「車がただ停まってるだけじゃなくて、人や車が流れて、機械が動いて、都市の一部みたいな感じが、たまらないんだよねえ」

ちょうど車に着いた。
荷物をトランクに積み終えたトラ子さんが、僕の方を向いた。

「で、何が欲しいの?」

来た。
僕は唾を飲み込み、震える声でついに本丸を切り出した。

「……ト、トミカの、駐車場です。……4万1800円の」

沈黙が落ちた。
トラ子さんの顔に「は?」という文字が浮かぶ。

ヤバい。
フォローだ。
僕はスマホを取り出し、商品ページを見ながら熱弁する。

「こ、これはただの玩具じゃないんだ! Automated tomica PARKING with showroomっていう、至高の逸品で!」

「トミカ史上最高峰の立体駐車場で!」

「自動で駐車して!」

「ショールームまであって!」

「中央のステージが回転してさ! 20台以上停められて、LEDまで光って……とにかく構造が……!」

トラ子さんは、僕のスマホの画面を覗き込んだ。

「対象年齢6歳以上だよ? あなたいくつ?」

「条件は満たしてる」

「はぁ……」

呆れ返ったような、トラ子さんのため息が地下駐車場に響いた。

「はいはい」と言いながら助手席に乗り込んだトラ子さんは、もう夕飯か玄関前の花のことでも考えているようだった。

僕はエンジンをかける。

完全無欠の作戦だったはずなのだ。金銭感覚を分析し、趣味への理解度を測り、タイミングまで計算し尽くした。それでも、トミカは来ない。

スロープを上がっていく。
低い天井が終わり、外の光がだんだんと近づいてくる。反響していた音が、静かにほどけていく。

僕はただ、駐車場が好きなのだ。
その一点についてだけは、何の論証もいらない。

トラ子さんの研究論文は立派に完成した。けれど、あの素晴らしいトミカの立体駐車場は、いまだに予約できていない。


▽ 【トミカ】 tomica+ Automated tomica PARKING with showroom

 
  
相生エッセイ



今回のエッセイは、マイキーさん主催の企画「#エッセイしりとり 2026夏の陣」のバトンを受け取って書いたものです。僕がこの企画に参加するのは、今回で三度目になります。

▽「#エッセイしりとり」コンテスト2026夏の陣

 
そして、この楽しい企画を開いてくださった主催者のマイキーさん、審査員のまきさん、諏訪貴信さん、天界記録さん、コハクシスさん、素敵な企画を運営してくださり、本当にありがとうございます!
参加者として、たっぷり楽しませていただいています😊

 

ところで、なんで三度目かって?
それはね、昨日二度目の投稿をしたら、これですよ。

二度目の投稿「んだ、夫婦ん廻し」のマイキーさんのコメント

 
二度目のお題「ん」を渡されて、なんとか秋田と江戸とAIを連れて環状線を一周して、ようやくホームに戻ってきたと思ったんですよ。

なのに、ドアが開かない。
マイキーさんが笑顔でドア押さえてるんですよ💦

「環状線って、降りなかったらもう一周できますよね?(≖ᴗ≖ )フフフ…🚃」って。
恐ろしい主催者ですよ。

しかも、今回のお題は「」。
僕、一回目は「」だったんですよ。
で、二回目は「」ですよ。
それで、三回目は「」って。
僕のところに来るの「ろ・ん」だけじゃないですか😭

みんなは、「あ・か・さ・た・な」あたりでキラキラ輝いてるのに、僕だけ「ま行」を過ぎて郊外に入って、「ろ・ん」の、山間の無人駅でごそごそやってるみたいな🚋

そんなわけで、三周目のエッセイしりとり書きました。

▽ エッセイしりとり、僕の参加作品


 
本来なら、書き終えた人が次の人へバトンをつないでいくのですが、締め切りは今月末。そろそろ残り時間も少なくなってきました。

このタイミングでどなたかを指名してしまうと、受け取った方に「急いで書かなきゃ」とプレッシャーをかけてしまいそうなので、三周目となる僕のバトンは、いったんここに置いておこうと思います。

もし「まだ間に合うならやってみたい!」という方がいたら、ぜひコメントで声をかけてください。

やってみるととても楽しいですよ。
締め切りに間に合わなかった~となってもペナルティはないですから、ぜひチャレンジしてみてください。

僕からのお題で始める場合は「」か「」です!
それぞれ、まだ 2枠空いています。ぜひぜひ!



 

▽ note創作大賞2026に応募したエッセイ作品はこちらに収録しています。ぜひ読んでみてください。



最後まで読んでくださり、ありがとうございました😌

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他にも、創作大賞にも応募している 日々の何気ない瞬間を切り取ったエッセイを綴っています。よかったら覗いてみてください。

ThreadsSubstackで、このエッセイができるまでの裏話とnoteには掲載しきれなかったイメージ画像を投稿しています。

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