さまよっていた大学時代 ―― 目標のない大学生が見つけた居場所
前回お話ししたとおり、私はかなり呑気に大学生活をスタートさせました。今回は、その呑気さがそのまま「目標のない生活」に流れ込んでいった話です。
そもそも、目標がなかった
そもそも私には、"こうなりたい"という明確な目標がありませんでした。だから、流されるままの生活を送っていたのです。高校時代の運動不足を解消するために、なにか運動部に入りたかったのですが、球技や格闘技は苦手だったので、ワンダーフォーゲル部に入部しました。こういうわけで、消去法で選んでいったら辿り着いただけで、大した動機はありませんでした。ただ、入部してから気づいたことがあります。人生をさまよっていた自分と、山をさまようワンゲルの活動が、どこか重なって見えたのです。始めてみると、山に登る達成感や、仲間と過ごす感覚が楽しくなり、勉強などそっちのけで、"ワンゲル活動"にのめり込んでいきました。
貧乏アウトドアの時代
当時のワンゲル活動は、いわば"貧乏アウトドア"でしたが、多くの大学生が熱中していました。駅で寝ることを「ステーション」と呼び、登山口のある松本駅の待合室などは、夏になると寝袋の学生で埋め尽くされ、足の踏み場もないほどでした(今の松本駅は夜間シャッターが閉まるので、こんなことはもうできません)。
こうした"駅寝"文化は、後に「STB(ステーションビバーク)」とも呼ばれ、登山者や貧乏旅行者の間で広く使われていました。それが全国的に姿を消していったのには理由があります。待合室にガスバーナーを持ち込んで調理をするなど、マナー違反による火災の危険が問題視されるようになったのです。実際、上越線の土合駅では、こうした事例が改善されないまま続いたため、2016年に待合室が閉鎖・施錠され、そのまま使用停止となりました。加えて、夜間に駅をたまり場にする暴走族への対策や、無断宿泊者を締め出す駅側の管理強化も重なり、深夜まで開放されている有人駅は、今ではほとんど残っていません。時代とともに、"貧乏アウトドア"を支えてくれていた、あの緩さも失われていったわけです。
北海道大学の恵迪寮(けいてきりょう)は、明治時代から続く伝統ある学生寮で、寮の自治会が中心となり、夏休みの間は大講堂を1泊100円で開放してくれていました。もちろん寝袋(シュラフ)持参のザコ寝ですが、貧乏学生にとってはありがたいサービスでした。この歴史ある建物は、一部が保存され、今は「北海道開拓の村」の展示施設として移築されています。

道なき道を、自分の力で
ワンダーフォーゲル活動の中で、私が特に好きだったのは沢登りでした。すでに道ができている尾根をハイキング気分で登るのとは違い、この原始的な方法だと、まるで山を自分の力で切り拓いたような気持ちになれます。
道がない段階で山に登るには、方法は2つあります。1つは獣道を探して尾根の藪を進むという力技、もう1つは沢を遡行して高度を上げ、尾根から頂上を目指す方法です。当時の沢登りには地下足袋の上から草鞋を履いて臨みます。こうすると水の中でも草鞋の摩擦が効いて滑りにくいのです。当時は登山店に草鞋が普通に売っていました。
沢登りでは途中に滝が現れ、フリークライミングに近い登り方を強いられることもあります。2年生にもなると、それまでの練習のおかげか、私は、指の第一関節だけで体を持ち上げられたし、器具を使わない懸垂下降もずいぶん上手くなりました。体重は54kg、BMIは19.8。今思えば、ずいぶんスリムな体型でした。
山を降りると、いつも喪失感があった
山に行くと、都会の喧騒やしがらみから解放されて、心も体も軽くなっていく気がしました。ところが、山を降りると、まるで祭りのあとのような喪失感があり、机に向かうよりも、なにかを求めて部室に行くような生活を送っていました。
そういえば、子供の頃、盆踊りの時の気持ちを思い出しました。最初は、恥ずかしくて踊りの輪に入れなかったのですが、見ているだけではつまらなくなり、ついには踊りの輪に参加しました。入ってみると楽しいのですが、すぐに終わりの時間が来てしまいました。「もっと踊りたいのに…」という気持ちが強くて、その場を離れがたくて、後片付けをする人たちを、ずっと見ていました。山から降りるとその時と同じような気持ちを感じていたのだと思います。
大学に入ると、酒、タバコ、麻雀を覚えるのが"大学生なら誰もが通る道"のようなものでした。当時の大学生にとってのコミュニケーションツールであり、社会に出ても役に立つと考えられていたのです。一応、工学部の電気工学科だったので実験だけは出席していましたが、あとは部室で山へ行く準備をしたり、4人集まれば雀荘へ。大学の最寄駅周辺には雀荘がたくさんありました。酒も麻雀もそれほど強くはなかったのですが、仲間と夜を明かすあの時間が、何より楽しかったのです。気づけば、学業そっちのけで、ワンゲルが生活の中心になっていました。
目標がないまま、ただ「さまよう」ことに身を任せていた日々。今振り返ると、それはそれで悪くない時間だったと思います。ただ、この"さまよい"には、少しずつ落とし穴が近づいていました。
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これまでの記事は、マガジン「70年かけて検証した――心と体、お金と人間関係、見えないもの」にまとめています。連載完結まで1年以上かかる予定ですが、週4回更新しています
次回は、ちょっとした好奇心から安易に選んだ和歌山の沢登りが、思わぬ大雪と凍傷、そして留年へとつながっていく「ワンゲル生活の落とし穴」についてお届けします。
