コロナで伸びたのは、なぜドラマよりアニメだったのか
コロナ禍を境に、大人がアニメを見ることは、以前より明らかに一般的になったように思う。
もちろん、それ以前にも国民的なアニメ作品は存在していた。ジブリ作品や、一部の大ヒット映画を多くの大人が見ることも珍しくなかった。
しかし、それは必ずしも「アニメを日常的な娯楽として楽しむこと」と同じではない。
コロナ禍で起きたのは、特定のアニメ作品がヒットしただけではなく、アニメを見るという行為そのものが、サブカルチャー的な位置からメインストリームへ移ったことだったのではないか。
その背景には、作品の魅力だけでは説明できない、アニメ産業の事業構造と流通基盤の変化があった。
コロナによって、家の中の可処分時間が急増した
コロナ禍では、外出や移動が制限され、多くの人が強制的に自宅で過ごすことになった。
これは、家の中で使わなければならない可処分時間が、突然、そして大規模に増えたということでもある。
しかし、テレビが一日に放送できる時間は変わらない。番組のすべてが、急増した余暇を持つ視聴者の関心に合うわけでもない。連続ドラマやバラエティ番組に興味を持っても、基本的には次の放送まで一週間待つ必要がある。
室内で楽しめる大きな娯楽だったスポーツも、試合自体が止まってしまった。
スポーツ中継は、その時に行われる試合を見ることに価値がある、極めてフロー型のコンテンツである。過去の名試合を再配信することはできても、それだけで新しい試合が生み出す熱狂を代替することは難しい。
当時のテレビ番組や国内ドラマも、放送時間を中心に設計され、見逃し配信は一定期間に限られるものが多かった。
急増した在宅時間に対して、従来のフロー型エンターテインメントは、十分な量と自由度を供給できなかった。
アニメは、すでにストック型コンテンツになっていた
一方で、アニメはコロナ以前から、複数のSVODで配信される形を広げていた。
ここでいうフロー型コンテンツとは、決められた時間に放送され、その時点で流れていくものを消費する形である。それに対してストック型コンテンツとは、過去作品が蓄積され、視聴者が好きな時間に、好きな順番で、連続して楽しめる形を指す。
テレビ放送が中心だった時代には、アニメも本質的にはフロー型だった。
決められた時間に放送され、見逃せば再放送や映像ソフトを待つ。作品の流通も、放送局の編成や再放送方針に強く左右されていた。
しかし、コロナが到来した時点で、多くのアニメはすでにテレビ放送だけに依存しない状態に移りつつあった。
テレビで放送された作品を、ほぼ同時期、あるいは一定の時間差でSVODから見られる。しかも、一つのサービスによる独占ではなく、複数のサービスで広く配信される作品も多かった。
過去のシリーズも蓄積されており、視聴者は一話を見た後、次の週を待たずに続きを見ることができた。
映画のように二時間程度で完結する一回きりのコンテンツでもなく、テレビのように次回放送まで待つ必要もない。短い時間から始められ、気に入れば何話でも連続して見られる。
この構造は、突然大量に生まれた在宅時間と、非常に相性がよかった。
タイミングよく「入口になる作品」が存在した
ただし、配信環境が整っていただけでは、アニメがここまで大衆化したとは限らない。
重要だったのは、そのタイミングで、アニメに普段触れていなかった層にも入りやすい作品が相次いで提供されたことだった。
『鬼滅の刃』『呪術廻戦』『東京リベンジャーズ』は、いずれも社会現象と呼べるほどの広がりを見せた。
これらの作品は、漫画ではすでに人気があり、漫画を読む習慣はあるが、アニメを日常的には見ていなかった層とも親和性が高かった。
また、従来の「アニメ好き」に対して社会が抱いていた、美少女や萌え、閉じたファンダムといったパブリックイメージとも距離があった。
アクション、友情、家族、成長、葛藤といった、大衆娯楽として理解しやすい要素が中心にあり、アニメ文化について詳しくなくても作品に入ることができた。
つまり、外的要因によって新規顧客が市場へ押し込まれた時、その正面には、心理的な抵抗なく入れるフロント商品が並んでいた。
視聴者の母数が、市民権を作った
アニメの市民権は、作品の質が突然認められたことによって生まれたのではない。
まず、見る人の母数が大きく増えた。
自分も見る。職場の人も見る。友人も見る。SNSでも多くの人が同じ作品について話している。
そうなると、アニメを見ることは、説明が必要な特殊な趣味ではなくなる。
少数の大人が楽しんでいる間は、「大人なのにアニメを見る」というラベルがつく。しかし、見る側が一定の臨界点を超えると、アニメを見ていること自体が特別ではなくなる。
コロナ禍では、旅行、飲み会、イベント、スポーツ観戦など、他者と共有できる体験が減った。
その中でアニメは、別々の家にいながら、同じ作品を見て、同じ話題を共有できるコンテンツだった。リアルタイムに同時視聴しなくても、作品そのものが共通言語になる。
こうしてアニメは、家の中の余暇を埋めるコンテンツから、人との会話を作る共通体験へと変わった。
特定の国民的作品を見る段階から、アニメというジャンルを日常的に楽しむ段階へ。
この移行によって、アニメはサブカルチャーの一つではなく、大人にとっても普通の娯楽になった。
なぜアニメは、ドラマより早くストック型へ移れたのか
この変化を可能にした背景には、アニメ制作の事業構造の変化がある。
テレビ局が放送基盤を強く握っていた時代、アニメはテレビ番組としての成功に強く依存していた。放送枠、視聴率、広告収入、再放送といったテレビ側の論理が、作品の流通にも大きな影響を与えていた。
その後、アニメ制作では、出版社、映像会社、音楽会社、広告会社、テレビ局、制作会社などが共同で出資する製作委員会方式が広がった。
製作委員会方式は、制作費とヒットの不確実性を複数社で分散し、それぞれが放送、映像ソフト、音楽、商品化、国内配信、海外販売などを分担する仕組みである。
利害関係者が増えるため、意思決定や権利調整が単純になったわけではない。
しかし、テレビ放送が唯一の入口でも、唯一の投資回収手段でもなくなった。
その意味で、アニメはテレビという放送基盤への依存度を下げ、発信と拡散の間口を広げることができた。
テレビで収益を得る番組から、テレビ放送も使いながら、複数の接点でIP全体の価値を高める事業へ変わっていったのである。
国内ドラマは、コロナ期においても、放送を中心にして期間限定の見逃し配信を補助的に使う形が多く残っていた。
一方のアニメは、テレビ依存を先に低下させ、SVOD上に作品を蓄積できる状態を作っていた。
コロナは、この違いを一気に表面化させた。
コロナは、すでに存在していた供給基盤を開花させた
アニメ産業は、コロナが起きてから配信環境を作ったわけではない。
複数のサービスからアクセスできること。過去シリーズが蓄積されていること。原作漫画から新規視聴者が入れること。国内配信だけでなく、海外販売からも収益を得られること。
こうした供給基盤は、コロナ以前から整い始めていた。
そこへ、世界規模で在宅時間が急増するという需要ショックが発生した。
つまり、コロナがアニメ産業を一から作り変えたのではない。すでに進んでいた事業構造の転換が、コロナによって一気に価値を持った。
アニメは、外的要因によって生まれた巨大な需要を、一時的な視聴増加ではなく、新規顧客の獲得へ変換することができた。
配信基盤は、国内と海外を同時に開いた
SVODの基盤に乗ったことは、国内でアニメをストック型として楽しめるようにしただけではない。
海外の視聴者も、各国のテレビ局や物理メディアを経由せず、同じプラットフォーム上で日本のアニメにアクセスできるようになった。
以前であれば、日本で人気になった作品が、時間をかけて各国へ輸出されていた。
しかし配信が前提になると、日本と海外の視聴時期の差は縮まる。ほぼ同じ時期に世界各地で作品が見られ、SNS上で感想や切り抜き、二次創作が共有される。
日本国内のブームと海外のブームが、別の時期に起きるのではない。
一つの作品を世界中が同時期に消費し、世界規模の話題として増幅できるようになった。
アニメは、海外へ輸出されるコンテンツから、世界で同時に消費されるコンテンツへと変わった。
市場の拡大が、次の投資を可能にした
国内外でアニメを見る人が増えれば、配信ライセンスや海外販売による収益機会も増える。
視聴回数がそのまま制作側の収入になるとは限らない。しかし、市場全体が拡大し、作品の配信価値が高まれば、続編や映画化への投資判断はしやすくなる。
特に漫画を原作とする長期シリーズは、この構造と相性がよい。
原作漫画の時点で、物語、キャラクター、既存のファンが存在する。需要をある程度確認したうえでアニメ化し、配信によって接触者を広げ、重要なエピソードを映画としてイベント化することができる。
テレビシリーズをストックとして見た人が、映画館へ足を運ぶ。映画で盛り上がった人が、次のシリーズを配信で待つ。
放送、配信、漫画、映画が別々の商品として存在するのではなく、一つのIPの中で循環するようになった。
その結果、ヒットが見込める作品には、より大きな制作投資を行いやすくなった。映像品質や演出の向上が、さらに新しい視聴者を呼び込む。
ただし、産業全体に資金が流れ込むことと、すべての制作現場が一様に豊かになることは同じではない。作品数の増加によって、制作会社やアニメーターの供給制約が強まり、現場が逼迫する問題も残っている。
それでも、アニメ産業が国内のテレビ広告市場だけでなく、海外からも収益を得られる産業へ変わったことは大きい。
アニメは、一度作った作品を世界中へ横展開できる、ストック型の輸出産業になった。
テレビの独占性が崩れ、視聴者の期待値が変わった
テレビ局は長く、放送設備、電波、編成という希少なインフラを握り、コンテンツの発信基盤を独占的に担ってきた。
YouTubeは、発信する行為を個人へ開いた。しかし、テレビとYouTubeは、しばらくの間、異なる種類のコンテンツを扱う媒体として住み分けることができた。
そこへSVODが登場した。
SVODは、テレビ番組や映画に近い高品質な長尺コンテンツを、放送時間に縛られず届ける基盤を作った。これによって、テレビ局が持っていた発信基盤としての独占性は大きく崩れた。
TVerのような仕組みが作られたのも、テレビ局が放送時間へ視聴者を戻すのではなく、視聴者がいる場所へ自ら移動する必要が生まれたからだろう。
人は、一度知った便利さを簡単には手放さない。
録画機能がなかった時代には、リアルタイムで見ることが当然だった。ビデオが登場すると、任意の時間に見ることができるようになった。
一番組を録画できるようになり、複数番組を同時に録画できるようになり、やがて全自動録画も登場した。
そして配信によって、いつでも、どこでも、過去の作品を見られるようになった。
以前なら見逃したことを諦めていた。しかし、アーカイブが当たり前になると、「なぜ過去回を見られないのか」と感じるようになる。
視聴者の期待値は不可逆に変わった。
アニメは、ドラマや他のテレビ番組より早く、その新しい期待値に適応していた。
コロナは原因ではなく、触媒だった
コロナによって、アニメは突然優れたコンテンツになったわけではない。
テレビ依存を下げ、複数の配信先へ作品を届ける事業構造があった。過去作品を連続して見られるストックがあった。新規層が入りやすい作品があった。国内だけでなく、海外へほぼ同時に届けられる流通基盤もあった。
その状態に、世界規模の在宅時間の増加が重なった。
コロナは、アニメの成長を生み出した唯一の原因ではない。
むしろ、アニメ産業が先に準備していた構造を、一気に開花させた触媒だった。
その結果、一部のオタクが楽しむものと見られていたアニメは、多くの大人が日常的に楽しむ大衆娯楽へ変わった。
そして、その変化はコロナが収束しても元には戻らなかった。
一度アニメを見る習慣を持ち、一度いつでも続きが見られる便利さを知り、一度作品について周囲と話す楽しさを知った人は、以前の状態には簡単には戻らない。
アニメは、コロナという外的ショックを受けただけではない。
テレビ番組からストック型IPへと先に変わっていたからこそ、そのショックを、新規顧客の獲得と産業全体の成長へ変えることができたのである。
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