見出し画像

仕事が嫌いな人ほど、仕事術を身につけた方がいい

仕事は、前向きに取り組むものだとされている。

仕事を通じて成長する。新しいことを学ぶ。自分の市場価値を高める。より大きな仕事に挑戦する。

職場でも、転職市場でも、仕事について語られる言葉の多くは前向きだ。

けれども、実際に働いている人の多くが、本当にそうした気持ちで仕事をしているのだろうか。

仕事をする必要がないのに、働きたいから働いている人。生活のために働く必要があり、その仕事にも前向きに取り組めている人。そして、働く必要はあるけれど、仕事にはそれほど前向きになれない人。

感覚的には、三つ目に当てはまる人はかなり多いように思う。

仕事そのものをやりたくて働いているというより、収入を得て生活するために働いている。だからこそ、多少の我慢も受け入れている。

それは、決しておかしなことではない。

仕事への前向きさまで求められる

生活のために働き、求められた役割を果たして給料を受け取る。それだけでも、労働としては十分に成立するはずだ。

それにもかかわらず、社会や職場では、成果だけでなく仕事への前向きな感情まで求められる。

転職するときも、「今の職場がつらい」「給料を上げたい」「これ以上は続けられない」という理由を、そのまま語ることは難しい。

代わりに、「より成長できる環境に行きたい」「新しい挑戦をしたい」「市場価値を高めたい」といった、前向きな物語へ翻訳する。

前向きな理由が本音なのではなく、前向きに語れることが、社会へ参加する条件になっているようにも見える。

自己成長、市場価値、継続学習。

そうした言葉は、意欲のある人にとっては有益だろう。もっと頑張りたい人が、自分から情報を集め、学び、さらに能力を伸ばしていくことに問題はない。

ただし、それが働くすべての人に向けた標準的なメッセージになると、現実との間に大きな乖離が生まれる。

本当に支援が必要な人ほど、学びにたどり着けない

仕事に前向きな人は、自分から研修を探し、本を読み、情報を集める。

その人たちは、そのまま学び続ければいい。

問題は、生活のために消極的に働いている人の中にも、本当は仕事の進め方を学ぶ必要がある人が大勢いることだ。

子育て中で残業が難しく、睡眠時間を削って仕事を終わらせている人。社会人経験が浅く、まだ仕事に慣れていないため、時間を大量に投下している人。仕事が好きなわけではないのに、さまざまな業務を振られ、断れないまま残業している人。

こうした人に必要なのは、「もっと成長意欲を持とう」というメッセージではない。

どうすれば短い時間で仕事を終えられるのか。どこまで品質を高めれば十分なのか。何を自分で抱え、何を人に頼り、何をやらなくていいのか。

仕事をうまく扱うための、実践的な力である。

しかし現在の学習やキャリア支援の多くは、本人が課題を自覚し、自分で情報を探し、時間を作って学ぶことを前提にしている。

本当に困っている人ほど、課題を言語化する余裕も、情報を探す時間も、研修を受ける体力も残っていない。

支援を必要とする人に、支援が届いていない。

そこに大きな問題があるように思う。

仕事術は、会社のためだけにあるものではない

私は、若手社員に関わる機会が多かった。

新人研修の講師、世話役、コーチ、メンター。さまざまな形で、仕事に不慣れな人たちを支援してきた。

その背景にあったのは、優秀な人をさらに成長させたいという思いだけではない。

仕事に慣れていないために、自分の生活まで侵食されている人に、自分の時間を取り戻してほしかった。

仕事術というと、成果を高めるためのもの、出世するためのもの、市場価値を上げるためのものとして語られることが多い。

けれども、仕事術は会社のためだけに使う必要はない。

仕事を短い時間で終える。必要な品質を安定して出す。無駄な作業や過剰な努力を減らす。

そうすることで、睡眠する時間、家族と過ごす時間、趣味を楽しむ時間、何もしない時間を取り戻すことができる。

仕事で成長するために、自分の時間を差し出すのではない。

自分の時間を取り戻すために、仕事の能力を身につける。

仕事術には、そういう使い方もある。

私も、決して仕事が好きだったわけではない

私自身は、極めて競争の激しい業界で働いていた。

周囲には、仕事への意識が高く、出世欲も強い人が多かった。しかし、私はその熱量についていけなかった。

仕事が好きだったわけではない。どちらかといえば、できるだけサボりたかった。

それでも、与えられる仕事量や期待値から逃れることはできない。

だから私は、どうすれば少ない負荷で必要な成果を出せるのかを考えた。

仕事の進め方を工夫し、考え方を整理し、ツールを使う。時間を圧縮しながら品質を担保し、成果と評価を落とさない。

その結果、残業を減らすだけでなく、日中にも自分の時間を作りながら、求められる成果を出すことができた。

仕事を好きだったから、仕事術を身につけたのではない。

仕事に時間を奪われたくなかったから、仕事術を身につけた。

効率化すると、さらに仕事が増える

ただし、仕事を効率化すれば、そのまま自由な時間が増えるとは限らない。

仕事を速く終えられることを素直に伝えると、「余裕があるなら、これもお願い」と、さらに仕事が増えることがある。

できる人ほど多くの仕事を振られ、効率化によって生まれた余白が、本人ではなく組織に回収されていく。

これは、仕事を均等に配分するのではなく、処理できる人へ仕事を集中させるマネジメントの問題である。

それでも、個人はその構造の中で働かなければならない。

だからこそ、期待値調整が重要になる。

いつまでに、どの程度の品質で、どれくらいのペースで成果を出すのか。自分の能力を常に最大値で見せるのではなく、持続可能な水準に期待値を置く。

効率化によって作った成果の貯金を、一度にすべて出さず、必要に応じて小出しにすることもある。

決して、無条件に褒められる行動ではないかもしれない。

しかし、能力を示すほど負荷が増える環境では、自分の時間を守るための現実的な自己防衛にもなる。

自己防衛には、最低限の条件がある

もちろん、自己防衛という言葉で、仕事を放棄することまで正当化するつもりはない。

求められた役割を果たす。必要な品質を満たす。他者へ負荷を押しつけない。

「やることはやっている」という状態を担保することは、絶対条件である。

そのうえで、いかに自分の負荷を減らすかを考える。

時間を圧縮し、品質を安定させ、期待値を調整する。必要以上に仕事へ時間や感情を奪われないようにする。

仕事を頑張らないために、何もしないのではない。

仕事を頑張りすぎなくても済む状態を作るために、仕事術を使う。

それが、自己防衛としての仕事術である。

本来は、組織と社会の問題である

本質的には、これは個人だけの問題ではない。

子育て中の人が睡眠を削らなければ仕事を終えられない。経験の浅い人が、仕事の進め方を教えられないまま長時間働く。効率化した人に、さらに仕事が集中する。

これらは、業務設計やマネジメント、評価制度の問題である。

社会全体としても、働く人に情熱や自己犠牲を求めるのではなく、限られた時間で効率よく働ける環境を考える必要がある。

頑張りたい人がさらに頑張るのは自由だ。

けれども、生活のために、やらざるを得ないという理由で労働という形の社会参加をしている人に、それ以上の献身まで求める必要はない。

必要な仕事を、必要以上に人生を削らずに提供できる。

その方が、社会全体としても持続可能なのではないかと思う。

ただし、組織や社会が変わるまでには、途方もない時間がかかる。

制度が整うまで待っている間にも、人の睡眠時間や家族との時間は失われていく。

だからこそ、今すぐできる方法として、個人が自己防衛の技術を持つことには意味がある。

仕事を、人生の適切な位置へ戻す

すべての人が、組織のために仕事をしているわけではない。

自分の生活を維持するため、自分の人生を送るため、その手段として仕事をしている人も多い。

それならば、その手段はできるだけ省エネで、高品質で、短時間に扱えた方がいい。

仕事に前向きになれなくてもいい。仕事を人生の中心に置かなくてもいい。

ただし、仕事によって人生を支配されないための力は持っていてほしい。

仕事術は、会社により多くを差し出すためだけのものではない。

仕事に奪われていた時間を、自分の人生へ返してもらうためのものでもある。

【この記事が興味深かった方は、以下記事もおすすめです】

<おすすめ記事①>
仕事術を、自分の時間と生活を守るための環境設計まで広げて考えたい方はこちら。

<おすすめ記事②>
効率化の先で、そもそも対面で働くことが最適なのかまで考えています。

<おすすめ記事③>
AI時代に仕事術そのものの意味がどう変わるのか気になった方はこちら。

#毎日note #仕事術 #働き方 #キャリア #自己成長 #時間管理 #若手育成 #人材育成 #ワークライフバランス #組織論 #マネジメント #生産性 #ビジネス #ビジネス考察 #考察 #社会考察 #現代社会 #価値観 #心理 #社会