日向坂は独立すべきか③|ブランドを再生するために、今何を変えるべきか
ここまで、日向坂46がブランドとしては独立しながら、法人としては櫻坂46と同じSeed & Flower合同会社に属していること、そして1法人Nグループの構造がどのような条件で機能するのかを考えてきた。
第1回では、日向坂46が「法人」ではなく、同じ会社の中にある独立した「事業」として残った構造を見た。
第2回では、坂道グループとカワラボを比較し、複数グループを同じ会社で運営すること自体に問題があるのではなく、共通運営によって生まれた価値を、個別グループとファンへ還元できているかが重要なのではないかと考えた。
では、日向坂46のブランド価値をもう一度高めるために、実際に何を変えるべきなのだろうか。
一つの分かりやすい選択肢が、日向坂46のスピンアウトである。
ただし、この記事で言いたいのは、別法人を作ればすべて解決するということではない。
本当に向き合うべきなのは、日向坂46という事業に対する経営責任と、限られた経営資源の配分を、もう一度明確にすることだと思う。
現在の問題は、運営施策の不足だけなのか
日向坂46の再成長を考えるとき、議論は楽曲、センター、フォーメーション、テレビ出演、SNS、ライブ演出などに向かいやすい。
もちろん、どれも重要である。
ただ、これらはすべて、日々の運営判断の結果として現れるものでもある。
どの楽曲に投資するのか。どのメンバーを、どの媒体へ売り込むのか。どのタイミングでライブを仕掛けるのか。新しい世代をどのように見せ、どのファン体験を維持し、何を変えるのか。
ブランド価値は、こうした細かな判断の積み重ねによって形成されていく。
だから、改善対象が運営周辺に集中することは、スピンアウト案の弱さではない。
むしろ、アイドルグループのブランド再生において、現実的に変えられる最大の領域が運営なのだと思う。
アイドルは、一般的な商品ブランドのように簡単に作り直すことができない。
ロゴやパッケージを変え、新しい商品を投入して、過去のイメージを一度リセットするような再出発は難しい。グループの歴史、メンバー同士の関係、卒業したメンバーの記憶、楽曲、ライブ、ファンの感情が、すべてブランドの中に蓄積されているからだ。
大きくリブランディングすることはできても、それは通常の改善策というより、過去との強い断絶を伴う再生策になる。
日向坂46が目指すべきなのは、過去を捨てて別のグループになることではない。
これまで積み重ねてきたブランドの中で、もう一度成長することだろう。
そのためには、ブランドの表面だけではなく、そのブランドを日々作っている運営の意思決定を変える必要がある。
1法人Nグループの難易度は高まっている
一つの会社が複数グループを運営することには、効率面での合理性がある。
管理、法務、会計、契約、制作、営業、ファンクラブ、物販などの基盤を共有すれば、重複コストを抑えることができる。複数のグループを持つことで、一つのグループの不振を、別のグループの成長で補うこともできる。
しかし、経営資源は有限である。
予算だけではない。経営陣が使える時間、優秀なスタッフの人数、メディアとの関係、制作チームの能力、新しい施策を試す余力も限られている。
さらに、アイドルを取り巻く外部環境は大きく変化している。
従来のテレビ、CD、ライブ、冠番組を中心とした共通モデルだけでなく、SNS、短尺動画、個人発信、ファンコミュニティ、デジタル上の話題形成など、それぞれのグループに合った戦略が必要になっている。
以前であれば、一つの成功モデルを複数グループへ横展開することで、効率的に成長させられたかもしれない。
現在は、それぞれ異なる課題を持つ複数ブランドへ、同時に深く集中しなければならない。
これは、1法人Nグループの運営難易度を大きく高める。
櫻坂46に必要な戦略と、日向坂46に必要な戦略は同じではない。各グループの現在地も、ファンが求めているものも、ブランドが抱えている課題も異なる。
それにもかかわらず、同じ法人の中で限られた人材と時間を配分するのであれば、どうしても優先順位が生まれる。
両方に施策を実施しているとしても、どちらにも事業再生レベルの集中ができず、結果として中途半端になる可能性もある。
ここでいう中途半端とは、何もしていないという意味ではない。
通常運営は続ける。新曲も出す。ライブも行う。メディア出演も作る。
しかし、事業構造やブランド戦略を根本から見直すほどの経営アテンションは投入されない。
維持はするが、再生するための集中までは行わない。
そうした状態が長く続けば、ブランド価値は急激に崩壊しなくても、緩やかに低下していく。
会社の合理性と、日向坂46の合理性は一致するのか
Seed & Flower全体として見れば、複数グループを同じ法人で運営することには意味がある。
一方のグループで取りにくい案件を、もう一方へ提案できる。制作や管理機能を共有できる。法人全体としての売上や取引関係を維持しやすい。
これは経営として合理的である。
ただし、会社全体の価値を最大化する判断と、日向坂46単体のブランド価値を最大化する判断は、必ずしも一致しない。
たとえば、同じメディア枠や制作人材を複数グループで使えるのであれば、会社はその時点で投資効率が高い方へ資源を配分できる。
法人全体としては正しい。
しかし、選ばれなかったグループにとっては、露出、経験、次の出演機会、メンバーの成長機会を失うことになる。
こうした小さな差は、一回だけなら大きな問題には見えない。
しかし、メディアへの継続的な出演は、次の指名につながる。経験を積んだメンバーは、別の番組や広告でも起用されやすくなる。露出の増加は、グループ全体の認知とブランド評価にも影響する。
小さな代替が積み重なることで、グループ間の優先順位そのものが市場へ伝わっていく。
ファンは、運営会社の会議資料を見ることはできない。
それでも、誰が継続して起用されているか、どちらに大型企画が多いか、どちらのグループへ力が入っているように見えるかは感じ取る。
会社内部の優先順位は、やがてファンが体験するブランドの一部になる。
そして、一度「いま最も力を入れられているグループではない」という印象が生まれると、それ自体がブランド価値を傷つける。
選択肢の多さが、責任の薄さに変わる
1法人Nグループの大きなメリットは、経営に複数の選択肢があることだ。
あるグループの成長が鈍化したとき、別のグループへ資源を振り向けることができる。ある案件に一方のグループが合わなければ、もう一方を提案できる。
法人全体を守るという意味では、健全なリスク分散である。
しかし、その選択肢の多さは、個別グループに対する責任を薄める可能性もある。
一つの会社が一つのグループしか運営していなければ、そのグループが停滞したとき、経営はその原因と正面から向き合うしかない。
別のグループで補うことはできない。
楽曲が届かないのであれば、どう変えるのか。新規顧客が増えないのであれば、どこに入口を作るのか。メディア露出が減ったのであれば、誰が営業し直すのか。
会社の存続そのものが、そのグループの再成長にかかっている。
複数グループを持つ会社では、一つのグループの停滞が、必ずしも会社全体の危機にはならない。
この違いは大きい。
経営の選択肢が多いほど、日向坂46をどうしても再生しなければならないという強制力は弱くなる。
もちろん、運営が日向坂46を軽視していると断定することはできない。
ただし、構造として、別の成長源を持つ会社と、日向坂46だけを持つ会社では、課題への向き合い方が変わる可能性がある。
スピンアウトで変わるのは、経営の目的である
日向坂46をスピンアウトさせたからといって、翌日から人気が回復するわけではない。
楽曲が自動的に良くなるわけでも、メディア出演が増えるわけでも、メンバーの魅力が突然変わるわけでもない。
変わるのは、経営の目的である。
現在の法人では、最終的な目的はSeed & Flower全体の価値を高めることになる。
日向坂46が独立法人になれば、新会社の存在理由は、日向坂46のブランド価値と事業価値を高めることになる。
複数グループの中から、どちらへ資源を配分するかを考えるのではない。
日向坂46の中で、どこへ資源を配分すれば再成長できるのかを考える。
別グループで案件を補うのではなく、日向坂46でどう案件を獲得するのかを考える。
別事業の成長で停滞を吸収するのではなく、日向坂46の停滞そのものを最重要の経営課題として扱う。
選択肢が狭くなる分、責任は深くなる。
スピンアウトの本質は、日向坂46へ新しいブランドを与えることではない。
既にあるブランドを、もう一度経営の中心へ戻すことだと思う。
日向坂46を、一つの会社の中にある事業から、一つの会社の存在理由へ変える。
その変化が、経営陣の時間、意思決定の速さ、施策の試行回数、人材配置、予算配分に影響する。
必要なのは、資源の量より集中度かもしれない
スピンアウトというと、日向坂46への予算を増やす話に見えやすい。
しかし、重要なのは単純な資源量だけではない。
限られた資源を、どれだけ一つの目的へ集中できるかである。
日向坂46単位で中期計画を作る。日向坂46のブランド戦略を担当する責任者を置く。営業、制作、メンバーマネジメント、デジタル施策を、一つの戦略の下で連動させる。
施策を実施した後、その結果を日向坂46の事業課題として検証する。失敗した場合は、別グループへ資源を移すのではなく、次の試行へつなげる。
こうした経営の集中度が変わることに意味がある。
再成長には、一度の大型施策よりも、仮説を立て、試し、反応を見て、修正するサイクルが必要になる。
専任の経営チームがいれば、このサイクルを速く回しやすい。
スピンアウトの目的は、資源を無限に増やすことではない。
限られた人材、時間、予算を、日向坂46の成長という一つの目的に集中させることである。
スピンアウトの実務は、他事業より軽い可能性がある
もちろん、法人分離は簡単ではない。
メンバーとの契約、楽曲や映像などの権利、取引先との契約、ファンクラブや顧客情報、スタッフの配置、制作体制など、整理すべき論点は多い。
一方で、一般的な製造業や大規模なIT事業のカーブアウトと比較すれば、分離オペレーションは相対的に対応しやすい可能性もある。
工場、設備、在庫、大規模な物流網、複雑な基幹システムを物理的に分割する必要は小さい。
会計、法務、IT、ファンクラブ、EC、チケット、物販物流などは、分離直後からすべて独自化しなくてもよい。
一定期間、元の会社や関連会社からサービスを受けるTSA、つまり移行サービス契約を使うことも考えられる。バックオフィス機能を共通化したまま、経営責任と事業運営だけを先に分けることも可能だろう。
戦略と責任は分離し、規模の経済は契約で残す。
完全にすべてを切り離すのではなく、ブランド価値に直結する機能から独立させる方法もある。
そう考えると、日向坂46のスピンアウトは、実務上まったく非現実的な案とは言い切れない。
最大の難所は、人的リソースである
ただし、分離する設備が少ないからといって、簡単だとは限らない。
アイドル運営の価値は、人に強く依存しているからだ。
メンバーを深く理解しているマネージャー。テレビ局や制作会社と関係を持つ営業担当者。楽曲やライブを作る制作責任者。ファンの感情やグループの歴史を理解し、次の企画へつなげられる人材。
こうした能力は、契約書やシステムのように簡単に切り分けることができない。
現在、櫻坂46と日向坂46の業務を兼務しているスタッフがいるなら、誰をどちらへ配置するのかを決めなければならない。
優秀な営業担当者や制作責任者をどちらへ置くかという判断自体が、現在の資源配分問題を再び生む。
さらに、日向坂46を一つの事業として経営できる人材が必要になる。
スピンアウトを実行する人と、独立後の会社を経営する人は、必ずしも同じではない。
契約移管、TSA、予算、権限、人員配置を整理して移行を進める再編推進人材が必要になる。
同時に、日向坂46のブランド、コンテンツ、営業、ファンビジネス、投資判断を一体で見る事業責任者も必要になる。
箱だけ分けても、重要な人材や権限が元の会社に残れば、スピンアウトの意味は薄い。
法人分離の最大の難所は、登記や契約ではなく、日向坂46を本当に経営できるチームを作れるかどうかである。
「人がいない」は、見送る理由であると同時に経営課題である
日向坂46を独立経営できる人材がいない。
運営スタッフをきれいに分けられない。
組織再編を進められる人材もいない。
これらは、スピンアウトを実行するうえで現実的な制約になる。
しかし、本気で日向坂46の再成長を目指すのであれば、その状態自体が問題でもある。
日向坂46というブランドを、一つの事業として経営できる人材が組織内にいない。
日向坂46専任の運営チームを作れない。
そのため、現在の構造を変えられない。
これは再編を見送る理由にはなるが、ブランド価値の低下をそのまま受け入れる理由にはならない。
内部に適任者がいなければ、外部から採用する。グループ企業から人材を派遣する。一定期間、再編専門のチームを置く。
必要な人材をどう確保するか自体を、経営課題として扱う必要がある。
実行が難しいことと、構造的な不利益を放置してよいことは別である。
むしろ、これまで曖昧にしてきた人的リソースや責任範囲の問題と正面から向き合う、よい機会になるのではないか。
スピンアウトは、唯一の解ではない
ここまでスピンアウトについて考えてきたが、それが唯一の解だとは思わない。
法人を分けなくても、日向坂46専任の事業責任者を置き、独立した予算や損益管理の単位を設けることはできる。
営業、制作、メンバーマネジメント、デジタル施策を専任化し、日向坂46単位で中期計画と投資判断を行うことも考えられる。
社内カンパニー化や、事業の一部を切り出すカーブアウトなど、組織設計の方法は複数ある。
重要なのは、名称や法的な形式ではない。
日向坂46に対する経営責任が明確になり、必要な人材と資源が日向坂46の再成長へ集中する構造になっているかどうかである。
ただし、その責任範囲を最も分かりやすく示す方法が、スピンアウトであることも確かだ。
別法人になれば、日向坂46の損益とブランド価値を、他のグループの成果で曖昧にすることは難しくなる。
経営陣が問われるのは、日向坂46をどう成長させたかという一点になる。
スピンアウトは正解ではない。
しかし、現在の問題を曖昧なまま残さないための、強い選択肢ではある。
経営Agendaとして、正式に検討する時期ではないか
日向坂46への提言は、直ちに別法人を設立するべきだというものではない。
まず、日向坂46を一つの事業として見たときの現在価値と将来価値を、改めて評価する必要がある。
同じ法人に残ることで得られているコストシナジーは何か。
それは、日向坂46が失っている可能性のある成長機会やブランド価値よりも大きいのか。
分離した場合、どの機能を独立させ、どの機能を共通のまま残すのか。
誰が再編を進め、誰が独立後の日向坂46を経営するのか。
これらを正式な経営Agendaとして検討する。
その結果、法人分離ではなく、社内カンパニー化や専任体制の強化が適切だという結論になる可能性もある。
それでもいい。
大切なのは、過去に合理的だった組織構造を、そのまま現在の前提にしないことだ。
日向坂46がブランドとして独立した後も、経営単位が共通であることには、現実的な理由があったのだと思う。
しかし、外部環境が変わり、複数グループへ同時に深く集中する難易度が高まった現在、その構造が日向坂46の再成長に適しているかは、改めて問われるべきである。
会社内部にコストシナジーが残っていても、それが日向坂46やファンの価値へ十分に還元されていないのであれば、現状維持の合理性は弱くなる。
一方で、比較、代替、優先順位といった同一法人のデメリットだけが、日向坂46のブランド体験へ表れている可能性がある。
スピンアウトは、成功を保証する施策ではない。
しかし、日向坂46のブランド価値をもう一度経営の中心へ置き、本気で再生しなければならない構造を作る施策にはなり得る。
日向坂46を独立させるかどうかより先に、
日向坂46という事業の未来を、誰がどこまで引き受けるのかを明確にする必要がある。
これまで曖昧にしてきた責任範囲と人的リソースの問題は、簡単には解けない。
だからこそ、その難しさ自体を経営Agendaとして引き受ける時期に来ているのではないか。
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