部下が育たない時、マネージャーが見直したい「関わり方」
旅行に来ると、普段とは違うこと、初めてのことが起こる。
初めて見るもの。
初めて行く場所。
初めてやること。
旅の中では「見たことのないこと」「やったことのないこと」に出会う機会が増えます。
だからなのか、今回の旅行中、私は何度も「人が育つって、こういうことなのかもしれない」と考えていました。
「やってみたい」と「やってみる」の間には、結構な距離がある
子どもが何かを見て、
「やってみたい」
と言う。
「いいよ、やってみたら?」
と言いたくなる。
本人がやりたいと言っているのだから、自由にやらせてみる。
一見、とても良い関わり方のように思える。
でも実際には、それだけではできないことがある。
なぜなら、初めてやることには、本人の中に「どうすればいいのか」というイメージがないからだ。
何から始めればいいのか分からない。
どこを見ればいいのか分からない。
どう動けばいいのか分からない。
だから、
「やってみて」
と言われても、やっぱり「できない。」
できない、という事実を見た時、それは、できないのは、本人のやる気やスキルのみに起因すると結論づけるのは、やや危ない。
ただ、まだ一人でやるために必要なものを持っていないだけなのだ。
最初は「一緒にやる」
そこで、
「じゃあ、一緒にやってみよう」
とやってみた。
最初の一歩を一緒にやるのだ。
「こうしてみようか」
「ここを見てみよう」
「次はどうしたらいいと思う?」
全部を教えるわけではない。
でも、一人にもしない。
分からなくなったら少し手を出す。
できそうなら待ってみる。
困っていたら一緒に考える。
自分で進み始めたら、少し離れる。
その様子を見ながら、こちらの関わり方を変えていく。
今回、私が面白いと思うのは「できた」という結果以上に、やっぱりこの過程だった。
育成とは、「一緒にやる」から始まるのかもしれない
仕事でも、
「まず自分でやってみて」
「分からなかったら聞いて」
「自分で考えて」
という言葉はよく使われる。
もちろん、自分で考えることは大切だ。
でも、まだやったことがない人にとっては、「何が分からないのか」すら分からないことがある。
何を見ればいいのか。
どこを考えればいいのか。
何を基準に判断するのか。
そもそも「武器」をまだ持っていない。
そんな状態の人に、
「まず自分で考えて」
と言っても難しい。
だから最初は、一緒にやる。
一緒に見て、
一緒に考えて、
一緒に判断して、
一緒に動いてみる。
ここで大切なのは、答えだけを教えることではない。
「どうやって考えているのか」を一緒に経験すること。
「私はここを見ているよ」
「こういう理由で、今はこちらを選んだよ」
「ここが分からないから、まずこれを確認しよう」
育てる側が普段無意識にやっている思考や判断を、相手がたどれるようにする。
そうすると少しずつ、
「こういうときは、ここを見るのか」
「こうやって考えるのか」
「分からなかったら、こうやって確かめればいいのか」
というものが本人の中に蓄積されていく。
「一緒にやる」は、ずっと一緒にやることではない
ただ、一緒にやり続ければいいわけでもない。
育成で難しいのは、ここだと思う。
どこまで手を出すのか。
どこから本人に任せるのか。
これは、一律には決められない。
昨日は一緒にやったことを、今日は本人にやってもらう。
少し迷っていても、すぐには答えを言わずに待ってみる。
本当に困っていたら、また一緒に考える。
そして、また手を離す。
一緒にやる → 任せる → 見る → 必要ならまた一緒にやる。
育成とは、この距離を調整し続けることなのかもしれない。
その土台にあるのが、安心と信頼なのだと思う
そして、この行き来ができるためには、安心感が必要だ。
「分からない」と言っても大丈夫。
失敗しても大丈夫。
困ったら戻ってきても大丈夫。
必要なときには、一緒に考えてくれる。
そういう安心があるから、人は一人でやってみようと思える。
育てる側もまた、
「この人なら、少し任せても大丈夫」
と信じて手を離す。
任せてみる。
でも、放置はしない。
見ている。
必要なら手を差し出す。
そして、また任せる。
安心と信頼の中で、この距離を少しずつ変えていく。
そこに、人が育つプロセスがあるのではないかと思う。
育成に必要なのは「正しい教え方」ではなく、観察なのかもしれない
ここまで考えると、育成には「この通りにやればいい」という唯一の正解はないように思う。
人によって違うからだ。
一度見ればできる人もいる。
何度か一緒にやる必要がある人もいる。
言葉で理解する人もいれば、実際に経験しないと分からない人もいる。
だから、育てる側に必要なのは、
「正しい教え方」を覚えること以上に、
今、この人はどこにいるのかを見ること、だ。
何ができているのか。
どこで止まっているのか。
何が分からないのか。
何なら一人でできそうなのか。
今は手を出した方がいいのか。
それとも、待った方がいいのか。
観察して、関わる。
また観察して、関わり方を変える。
育成は、一方的に何かを与える行為ではなく、
相手を見ながら、関わり方を変え続ける営み
なのだと思う。
人が育つ「
ここまで書いてみても、なんと面倒なことなんだ、と思います笑
私は「人を育てる」という言葉を使うけれど、本当は人をこちらの思い通りに育てることなんてできない。
育つのは、本人です。
だから私たちにできるのは、
一緒にやること。
考え方を見せること。
問いかけること。
待つこと。
任せること。
困ったときには、また一緒に考えること。
安心して試行錯誤できる環境をつくること
植物を引っ張っても、早く育つわけではない。
水や気温、日光など、あらゆる外部からの刺激や条件によって、華々しく大きく育つこともあれば、枯れてしまうこともある。
同じだなーと思うわけです。
育つのは、本人だけど、「関わり方」もまた、その人が育っていくための環境の一部です。
人は、どうやって育つのか。
周りは、どう関わればいいのか。
どんな環境や土壌があれば、自然と育っていくのか。
人を育てるための唯一の正解はなくても、人が育つプロセスには、共通する原理があります。
そして、育ちやすい関わり方や、育ちやすい環境はつくることができます。
「できた」という瞬間以上に、その前にあるこのプロセスが大事なのです。
もし、あなたの周りに、
「何度言ってもできない」
「自分で考えてくれない」
「なかなか一人でできるようにならない」
そんな人がいたら。
「なぜ、この人はできないんだろう?」
と考えるのではなく、一度、
「私は、この人にどう関わっているだろう?」
と一度考えてみてください。
一人でできるようになる前に、一緒にやる時間はあっただろうか。
自分が何を見て、どう考え、どう判断しているのかを見せただろうか。
任せるべきところで、手を出しすぎてはいないだろうか。
反対に、まだ一緒にやる必要があるのに、「自分で考えて」と一人にしてはいないだろうか。
人を思い通りに育てることはできない。
「一緒にやる」から、「一人でできる」まで。
その間にある小さな変化を見ながら、相手の現在地を見ながら、自分の関わり方を変えていく。
人を育てるための唯一の正解はなくても、人が育つプロセスには、共通する原理があります。その原理を一つずつ見つけ、言葉にし、実際の育成やマネジメントで使える形にしています。
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