組織の「名もなき業務」 -組織インフラスキルという考え方-
組織は、表向きには「営業」「開発」「経理」「人事」といった職種によって成り立っているように見えます。
けれど、実際に組織がスムーズに回っている裏側には、もっと曖昧で、名前のついていない仕事があります。
これはどの部署のどの担当がすべきなんだろう?と困るような仕事もあります。
会議の前に、参加者の温度感を確認している人。
少し不機嫌そうな人に、そっと声をかけている人。
新人が孤立しないように気にかけている人。
部署同士の認識のズレを調整する。
社長の曖昧な指示を、現場が動ける言葉へ翻訳している人。
起こりそうな衝突を、表面化する前に調整している人。
誰かが困っていそうなことに気づき、「これ、どうなっていますか?」と確認している人。
こうした仕事を、私は「名もなき家事」ならぬ、「名もなき業務」と呼んでいます。
求人票にも、業務チェックにも、評価シートにも書かれていない。
部署間や担当者間で、「これは自分の仕事ではない」となり、その「間」でこぼれ落ちてしまっているような業務。
しかし確実にこうした「業務」があることで回っているし、こうした仕事がなくなった途端、組織は急に回らなくなります。
私は、そんな仕事が組織の中にはたくさんあると思っています。
「名もなき業務」とは何か?
「名もなき業務」とは、正式な業務としてなかなか定義されていないものの、組織が機能するために実質的には必要不可欠な業務です。
これは業務、仕事であり、スキルです。
会議が荒れないように場を整える。
新人が辞めないように気にかける。
経営者の抽象的な言葉を、現場が動ける形へ変換する。
仕事が誰か一人に集中しすぎていないかを見て全体最適化している。
先ほどあげた行動は、一見すると「気配り」「気が利く」「コミュニケーションが上手」といった曖昧な言葉で処理されがちですが、実際にはそんなに単純なものではありません。
またこういった言葉は定性的なものであり、なかなか評価としてもあがりづらいものです。
観察する力
状況を捉える力
情報を整理する力
相手の立場を理解する力
曖昧なものを言葉にする力
利害や認識の違いを調整する力
次に起こりそうなことを予測する力
などが複雑に使われています。
「なんとなく空気が悪い」
「あの人、いつもと少し違う」
「このままだと後で揉めそう」
という感覚の裏側にも、実はたくさんの情報処理があります。
表情、声のトーン、発言量、人間関係、過去の経緯、その場の文脈。
それらを無意識に観察し、統合し、
「今、何が起きているのか」
を捉えた結果で、これは立派な仕事であり、能力だと思っています。
問題は、「できる人」が無意識に引き受けてしまうこと
こうした仕事には、ひとつ大きな特徴があります。
できる人ほど、自然にやってしまう。
「気づいたからやった」
「困っていたからフォローした」
「このままだとまずそうだから調整した」
本人にとっては、それほど特別なことではない場合もあります。
しかし、それが積み重なると、
「あの人がいるから、この組織は回っている」
という状態が生まれます。
これは一見すると、その人が優秀だという話に見えます。
けれど、組織として見るとかなり危うい状態です。
なぜなら、その人が休んだり、異動したり、退職した瞬間、それまで見えなかった問題が一気に表面化するからです。
名もなき業務が生む、3つの問題
1.属人化する
一部の「気づける人」「調整できる人」に仕事が集中します。
しかも、業務として定義されていないので、引き継ぐことも難しい。
「あの人じゃないとわからない」
「あの人に聞けばなんとかなる」
という状態になります。
本人の能力によって、本来は壊れている仕組みが正常に見えてしまうことすらあります。
誰かが抜け漏れを拾い続けているから、情報管理の問題が見えない。
誰かが人間関係を調整し続けているから、構造的な対立が見えない。
誰かが経営と現場を翻訳し続けているから、そもそものコミュニケーション設計の問題が見えない。
人の能力で、仕組みの不完全さを補っている状態です。
2.評価されにくい
もうひとつの問題は、成果として見えにくいことです。
売上を上げた。
案件を獲得した。
商品を完成させた。
業務時間を削減した。
こうしたものは比較的、成果として捉えやすい。
一方、
「対立が起きなかった」
「離職しなかった」
「新人が孤立しなかった」
「情報の混乱が起こらなかった」
「会議が崩壊しなかった」
というのは、非常に評価しづらい。
なぜなら、
何も起こらなかったことが成果だからです。
しかし、何も起こらなかったのは、誰かが何もしていなかったからではありません。
誰かが観察し、考え、先回りし、働きかけていたからかもしれない。
このような仕事は、成果物だけを見ていると消えてしまいます。
3.「能力」として認識されない
さらに問題なのは、こうした仕事を担っている本人すら、自分の能力だと思っていないことです。
「普通にやっているだけです」
「みんなやっていると思っていました」
「気になったから声をかけただけです」
ということがよくあります。
けれど、誰もが同じように状況を見ているわけではありません。
同じ会議にいても、
「あの人が話せていない」
「この議論、論点がずれている」
「AさんとBさんで言葉の定義が違う」
「このまま進むと、現場が混乱する」
と気づく人もいれば、気づかない人もいます。
つまり、そこには確かに能力の差があります。
ただ、それがまだ十分に言葉になっていないだけなのです。
私はこれを「組織インフラスキル」と考えています
こうした能力をまとめる言葉として、
「組織インフラスキル」いう考え方をあげています。
インフラは、普段はあまり意識されません。
電気も、水道も、通信も、正常に動いているときには存在を忘れています。
でも止まった瞬間、その重要性に気づく。
組織も同じです。
人と人が話せる。
必要な情報が届く。
認識のズレが修正される。
困ったときに助けを求められる。
意思決定が現場まで伝わる。
対立が起きても修復できる。
誰か一人に負荷が偏りすぎない。
こうした状態は、そもそも「ある」状態から、「ない」状態を想像することは難しいですが、こういったスキルや役割が組織内に不足していることによってうまくいかない状態を引き起こしてしまっている、ということはとてもよくあります。
関係性をつくる力
傾聴、信頼形成、心理的安全性、衝突の調整。
構造化する力
情報整理、論点整理、要件整理、優先順位づけ。
推進する力
巻き込み、進行管理、フォローアップ、意思決定支援。
翻訳する力
経営と現場、抽象と具体、専門と非専門、感情と論理をつなぐ。
安定させる力
混乱や負荷、リスクを察知し、問題が大きくなる前に手を打つ。
こうして言葉にしてみると、
「気が利く人」
「調整がうまい人」
というだけでは捉えられなかったものが、少しずつ見えてきます。
だから、成果物だけを見ていても人は正しく評価できない
私は評価制度について考える中でも、この問題を強く感じています。
私たちは、つい「何を達成したか」「何をつくったか」という目に見えるものを評価しようとします。
もちろん、それも重要です。
けれど、組織の中では、
人と人との関係。
仕事が進むまでのプロセス。
情報の流れ。
判断の質。
場の状態。
誰かへの働きかけ。
といった、目に見えにくいものが成果を大きく左右しています。
そして、マネジメントとは、まさにこうしたものを扱う仕事でもあります。
部下の表情を見る。
発言の背景を考える。
なぜ動けていないのかを見立てる。
必要なら対話する。
仕事の渡し方を変える。
関係性や仕組みを調整する。
だから私は、
見えないものを見えるようにすること
が、これからのマネジメントや組織づくりでは、ますます重要になると感じています。
AI時代に残るのは、「人と人のあいだ」を扱う力
明文化され、手順化された仕事の多くは、これからますますAIによってより多くより早く達成されていくでしょう。
だからこそ、人に残る仕事として重要になるのは、
曖昧な状況を捉えること。
文脈を理解すること。
違和感に気づくこと。
異なる認識をつなぐこと。
問いを立てること。
対話を通じて理解を更新すること。
そして、その理解を行動へ変えていくこと。
そんな力なのではないかと思っています。
それは特別な一部の人だけが持つ「センス」のようなもの、その人特有のものとして片付けるのではなく、本来は学び、育てることのできる力なのではないでしょうか。
「あの人がいるから回っている」
と言われている人はいないでしょうか。
もしその人が明日いなくなったら、何が止まるでしょうか。
その人は、普段いったい何を見て、何を考え、誰に働きかけ、どんな問題を未然に防いでいるのでしょうか。
そこを丁寧に見ていくと、これまで「なんとなく」で処理されていた、組織を動かす本当の力が見えてくるかもしれません。
現場の悩みを、一緒に「見立て直す」場をつくります
「部下が主体的に動いてくれない」
「メンバーにどう伝えればいいかわからない」
「チームの雰囲気に違和感があるけれど、何が問題なのかわからない」
「自分ばかりが調整役になってしまう」
マネージャーやリーダーの悩みの多くは、すぐに答えが出るものではありません。
だからこそ必要なのは、正解を教わることより、
いま何が起きているのかを、一度立ち止まって見立て直すこと。
現在、マネージャー・リーダーが現場の悩みを持ち寄り、対話しながら状況を整理する小さな場を企画しています。
一人で考えていると見えなかったものも、他者の問いや視点が入ることで、違う見え方をすることがあります。
現場で起きていることを題材に、
観察する。
見立てる。
対話する。
明日からの関わり方を考える。
そんな時間にしたいと思っています。気づきを得て、考えること、そしてそれをまた自組織、自チームへ持ち帰ることが組織へ良い影響をもたらします。
詳細については、近日中の公開を予定。今後このnoteでもご案内します。
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