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となりのトトロ 考察|「これ広めよう」と書いた人がいます。都市伝説の出どころと、ジブリ公式の否定を原文で確かめました

『となりのトトロ』を観たあと、こう検索した人は多いと思います。「トトロ 死神」「メイは死んでいる」。

私も、この記事を書くために同じ言葉で検索しました。出てくるのは考察サイトとまとめ記事ばかりで、どれも「ジブリは否定しているそうです」で終わっていました。

そうです、ではありません。その文章は、スタジオジブリの公式サイトに、いまも置いてあります。

しかも、ただ「違います」と書いてあるだけではありません。噂の根拠のひとつを名指しで取り上げて、理由まで説明しています。

そして、もうひとつ。

その公式コメントには「誰かが、面白がって言い出したことが」という一行があります。私は、その「誰か」をたどれるところまでたどりました。2006年11月15日、午前2時2分39秒の書き込みまで戻れました。

そこには、こう書いてあります。

「おもしろいね、これ広めよう。」

この記事は、作品の意味を語る記事ではありません。

噂のほうを、出典まで戻って確かめた記録です。

この記事で書くこと

  • ジブリ広報部が2007年5月1日に書いた文章の全文(公式サイトに現存しています)
  • 公式が否定したのは何と何なのか。そして何には一言もふれていないのか
  • 狭山事件と結びつける話の出どころ。アーカイブに残っている原文まで
  • 一致する点と、一致しない点の両方
  • 本作の制作デスクだった人が、20年以上あとに書いていること
  • そして、宮崎駿本人が用意していた「裏設定」の話
  • なぜ、ジブリ作品の中でこの1本にだけ、これほど話が付いたのか
  • 「海外では宗教映画と言われている」という2026年の話を、辿った結果

この記事で書かないこと

  • 出所を確認できなかった話(後半に「書かなかったもの」としてまとめて並べます)
  • 実在の事件を、面白がるための材料として扱うこと
  • 被害者やご遺族の名前

以下、結末に触れます。まだ観ていない方はご注意ください。


まず、ジブリ自身が書いた文章を読んでください

引用します。原文のままです。

ゴールデンウィークの谷間の出勤日ということで、取引先からの電話も少なく、なんとなーく平和な3スタ2階。と、そんな中、かかってくるのはなぜか「トトロは死神なんですか?」という一般の方からの問い合わせばかり。

みなさん、ご心配なく。トトロが死神だとか、メイちゃんは死んでるという事実や設定は、「となりのトトロ」には全くありませんよ。最近はやりの都市伝説のひとつです。

誰かが、面白がって言い出したことが、あっという間にネットを通じて広がってしまったみたいなんです。

「映画の最後の方でサツキとメイに影がない」のは、作画上で不要と判断して略しているだけなんです。

みなさん、噂を信じないで欲しいです。

...とこの場を借りて、広報部より正式に申し上げたいと思います。

これが全文です。

この文章は、どこにあるのか

スタジオジブリの公式サイトに「ジブリ日誌」というコーナーがあります。スタジオの日々のできごとを、社員が書いていく社内日誌です。

上の文章は、その2007年05月の回、5月1日(火)の項に載っています。

  • ページ: https://www.ghibli.jp/storage/diary/003717/
  • 見出し:「ジブリ日誌」/「2007年05月」
  • 書き手:広報部

まとめ記事の孫引きではありません。ジブリのドメイン(ghibli.jp)にあるページです。 私はこのページを実際に開いて、HTMLを保存してから引用しています。

日付も確かめました。2007年5月1日は火曜日です。原文の「5月1日(火)」と合っています。

19年前の文章が、消されずに残っています。

「広報部より正式に申し上げたい」と、本人が書いています

この文章でいちばん強いのは、最後の一行だと思いました。

...とこの場を借りて、広報部より正式に申し上げたいと思います。

社内日誌の、ぬいぐるみの試作品の話と、ゴールデンウィークの谷間ののんびりした話にはさまれた場所で、広報部が「正式に」と書いています。

つまりこれは、雑談ではありません。問い合わせの電話が鳴りやまなくなったので、社として答えを出したという文章です。

原文にも、その様子が書いてあります。

かかってくるのはなぜか「トトロは死神なんですか?」という一般の方からの問い合わせばかり。

ゴールデンウィークの谷間の、取引先からの電話も少ない日に、かかってくるのはその質問ばかりだった、と。

公式が否定したのは、はっきり3つです

原文を分解します。

1つめ。トトロは死神ではない。

トトロが死神だとか、(略)という事実や設定は、「となりのトトロ」には全くありませんよ。

2つめ。メイは死んでいない。

メイちゃんは死んでるという事実や設定は、「となりのトトロ」には全くありませんよ。

3つめ。ここが大事です。影の話。

「映画の最後の方でサツキとメイに影がない」のは、作画上で不要と判断して略しているだけなんです。

3つめだけ、答え方の種類が違います。

1つめと2つめは「そんな設定はありません」という否定です。ところが3つめは、噂の側が根拠として挙げているものを、公式のほうから名指しで取り上げて、理由を説明しています。

「影がないこと」は、この都市伝説でいちばんよく使われる根拠です。それをジブリは知っていて、わざわざカギカッコでくくって引用している。都市伝説の中身を把握したうえで、個別に潰しにいっているということです。

こういう答え方をする会社は、あまりありません。

★ただし、公式が「ふれていないこと」があります

ここからが、この記事を書こうと思った理由です。

私は保存したページの中で、語を数えました。

  • 「狭山」 0回
  • 「事件」 0回
  • 「サンダル」0回
  • 「地蔵」 0回
  • 「ネコバス」0回

ジブリ日誌のこのページには、狭山事件のことは一行も書かれていません。 サンダルのことも、お地蔵さんのことも、ネコバスの行き先のことも書かれていません。

否定されているのは「死神」「メイは死んでる」「影がない」の3点だけです。

だから、こう言えます。

「ジブリは狭山事件との関係を公式に否定した」と書いてある記事を見かけたら、その出典は、少なくともこのページではありません。

他に公式の否定があるかどうかも探しました。その結果は後半に書きます。

では、その噂は、いつどこから来たのか

ジブリの広報部は、こう書いていました。

誰かが、面白がって言い出したことが、あっという間にネットを通じて広がってしまったみたいなんです。

これは2007年5月の文章です。では、その「誰か」はたどれるのか。

たどれました。少なくとも、狭山事件と結びつける話については、いちばん古い書き込みが残っています。

2006年11月14日、午後8時22分に立ったスレッド

2ちゃんねるの映画板に、こういうスレッドが立っています。

タイトルは「トトロのさつきとめいが幽霊」。スレッド番号は 1163503326。

1番目の書き込みは、これだけです。

って友達が言ってたんだケドホントかな!?デマかな??

(2006/11/14(火) 20:22:06)

つまり、幽霊説そのものは、この時点ですでに口伝で存在していました。 ここが発生源ではありません。

このスレッドは、Wayback Machine(インターネットアーカイブ)に2007年2月14日時点のものが残っています。私はそれを開いて、以下を全部原文で確認しました。

  • アーカイブ: https://web.archive.org/web/20070214124714/http://tv10.2ch.net:80/test/read.cgi/movie/1163503326/1-44

まとめサイトの引用ではありません。当時のページそのものです。

19番目の書き込みが、いまも起きていることを言っています

先に、ひとつだけ寄り道させてください。

つーかトトロがTVで放映される度に実況でたつよなこんなスレww

(2006/11/15(水) 05:53:22)

2006年の時点で、すでに「トトロが放送されるたびに立つスレ」でした。

地上波で流れるたびに、同じ話が立ち上がる。それが20年近く続いているということです。

★狭山事件を持ち出した書き込みは、18番目です

日時は 2006年11月15日(水)午前2時41分31秒。IDは MQUC3Vw/ でした。

引用します。

あの土地を舞台にしたのは狭山事件と無関係ではないんだよね。。。

狭山事件は60年代起きた少女誘拐殺人事件で有名な冤罪とされる事件。

宮崎監督は事件のことをかなり調査していて自分なりの解釈をトトロに盛り込んだ。

映画の景色は事件当時の狭山そのものだし。

(中略)

これ以上はやばすぎるからやめとく。。。

まず、この書き込みには根拠が1つもありません。

「宮崎監督は事件のことをかなり調査していて」。何を見てそう言えるのか、書かれていません。

「映画の景色は事件当時の狭山そのもの」。何と何を見比べたのか、書かれていません。

そして最後が「これ以上はやばすぎるからやめとく。。。」です。

いちばん肝心なところを、書かずに終わっている。 中身がないことを、匂わせで埋めています。

なお、この書き込みには、上の引用で「(中略)」とした部分に、実在の地域に住む人たちについての、根拠のない決めつけが一行あります。

私はそこを引用しません。引用して並べること自体が、その決めつけをもう一度流通させることになるからです。 確かめたい方は、上のアーカイブのリンクを開けば読めます。そのうえで書きますが、この都市伝説は、生まれた瞬間から差別と一体でした。 ここは、あとで戻ってきます。

★★その39分前、同じIDの人がこう書いています

これを見つけたとき、私は少し声が出ました。

同じスレッドの12番目。時刻は午前2時2分39秒。IDは MQUC3Vw/18番目と同じIDです。

おもしろいね、これ広めよう。

池に浮いてたサンダルの画像をよく見るとヒントがあるよね

「おもしろいね、これ広めよう。」

その39分後に、同じ人が狭山事件を持ち出しています。

もう一度、ジブリの広報部の文章を読んでください。

誰かが、面白がって言い出したことが、あっという間にネットを通じて広がってしまったみたいなんです。

広報部が2007年5月に書いた見立てと、その半年前の掲示板に残っている文字が、同じことを言っています。

★ここは正直に書きます。ジブリがこの書き込みを指していたという証拠はありません。 広報部が問題にしていたのは「死神」と「メイは死んでる」で、それはこのスレッドの1番目の時点ですでにありました。

でも、「面白がって言い出す」というのが具体的にどういうことなのかは、これで分かります。

深夜2時に、思いついたことを書いて、「これ広めよう」と言って、39分後に実在の事件を持ってきた。それだけです。

7番目の書き込みも、正直でした

ついでに書いておきます。

注:ここまで全て自演です

(2006/11/15(水) 00:38:56)

誰が書いたかは分かりません。ただ、その場にいた人が、そう見えると書いているということです。

21番目には、もう「学者さんの解釈」が出てきます

や、だからどこかの学者さんかなんかが立てた解釈、仮説でしょ

検索で出るよ

(2006/11/15(水) 07:41:26)

スレッドが立った翌朝の時点で、もう「どこかの学者さんかなんか」が出てきます。誰なのかは書かれていません。「検索で出るよ」とも書いてありますが、何が出るのかも書かれていません。

噂が「誰かが言っていた」に化けるまで、11時間でした。

そして、その日の夜。

そんな、サイトないよ

(2006/11/15(水) 21:10:47)

同じスレッドの中で、その日のうちに「無い」と返されています。

「学者が言っている」は、生まれた当日に否定されていました。それでも、この言い回しだけが生き残って、いまも使われています。

★37番目の書き込みに、この都市伝説のやり方が全部出ています

私がいちばんきついと思ったのは、スレッドが立って10日後の書き込みでした。

メイが迷子になった後から メイの影が無くなるらしい (見てないけど

つまり迷子になったときに死んだ

(2006/11/24(金) 18:19:12)

「らしい」。そして「見てないけど」。

そこから改行1つで「つまり迷子になったときに死んだ」に着地しています。

整理します。

1. 自分では確かめていない(「見てないけど」と本人が書いている)

2. 伝聞である(「らしい」)

3. なのに結論は断定(「つまり死んだ」)

この3段が、そのままこの都市伝説の作り方です。 20年たっても構造は変わっていません。

なお「影がない」については、ジブリ広報部が2007年に「その通りだが理由はこうだ」と答えています。 つまり影が省略されている場面は実在します。観察が間違っていたのではなく、そこから結論に飛んだところが間違っていました。

そして2007年2月12日、まとめブログが1本にまとめました

ここが、広がった瞬間だと思います。

2007年2月12日、あるまとめブログが、これらの書き込みを1本の記事にまとめました。タイトルはスレッドと同じ「トトロのさつきとめいが幽霊」です。

私はこの記事も、当時のアーカイブで確認しました。

  • 2007年2月13日 06時23分57秒のスナップショット
  • https://web.archive.org/web/20070213062357/http://blog.livedoor.jp/news2chplus/archives/50630935.html

複数のスレッドの書き込みを、時系列を組み替えて並べたものです。いま出回っている「根拠リスト」は、ほぼこの記事の構成そのままです。

コメント欄の最初の書き込みは、記事が出た当日の午前1時34分でした。

そしてその約2か月半後が、ジブリ日誌の2007年5月1日です。

かかってくるのはなぜか「トトロは死神なんですか?」という一般の方からの問い合わせばかり。

深夜の掲示板 → まとめブログ → ジブリの電話。 ここまでが3か月弱です。

ここで、狭山事件そのものの話をします

ここから先は、書き方を先に決めさせてください。

狭山事件は、実在の刑事事件です。

1963年(昭和38年)5月1日、埼玉県狭山市で、16歳の女子高校生が行方不明になり、脅迫状が届きました。5月4日に遺体が見つかっています。

(出典:部落解放同盟中央本部「狭山事件とは」 http://www.bll.gr.jp/sayama/toha.html )

被害者の名前は書きません。ご遺族が存命だからです。

この事件には、もうひとつの側面があります。

捜査にいきづまった警察は、付近の被差別部落に見込み捜査を集中し、なんら証拠もないまま石川一雄さん(当時24歳)を別件逮捕し、1カ月にわたり警察の留置場(代用監獄)で取り調べ、ウソの自白をさせて、犯人にでっちあげたのです。

(同・部落解放同盟中央本部)

逮捕された人が、無実を訴え続けた事件です。

この事件は、まだ終わっていません

石川一雄さんは、一審で死刑判決を受け、控訴審で無期懲役になり、1994年に仮出獄しました。そして再審を求め続けました。

2025年3月11日夜、再審を請求したまま亡くなりました。86歳でした。

(出典:日本経済新聞 2025年3月12日「石川一雄さんが死去、狭山事件で再審請求中」 https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUE125N40S5A310C2000000/ )

いまは、妻の早智子さんが第4次の再審請求をしています。

(出典:狭山事件の再審を求める市民の会 https://sayama-jiken.jp/ )

62年たっても、終わっていません。

だから私は、この事件を「一致点さがし」の材料にしません

深夜2時の書き込みは、この事件を1行で持ち出して、「これ以上はやばすぎるからやめとく」で終わりました。

そのあとに残ったのが、「実在の地域に住む人たちが犯人だったかもしれない」という決めつけです。

事件そのものが、まさにその決めつけによって人を1人つかまえた事件でした。

この都市伝説は、事件から学ぶべきだったことを、そのままもう一度やっています。

私は、そこがいちばん問題だと思っています。トトロが死神かどうかより、ずっと。

そのうえで、事実だけ並べます。まず、一致する点

都合の悪いほうから書きます。一致している点は、あります。

スタジオジブリの公式Q&Aに、こう書いてあります。

スタジオジブリ作品のうち、ここが舞台です、と公式に表明できる作品は多くありません。様々な地域が部分的に取り入れられている作品がほとんどです。

そのうえで、「ここが、舞台といえるもの」という表に、こう載っています。

となりのトトロ 埼玉県所沢市近郊

(出典:スタジオジブリ公式Q&A https://www.ghibli.jp/qa/ )

所沢市と狭山市は隣です。

つまり「近い場所である」というところだけは、噂の言うとおりです。ここは認めます。

一致しない点その1。時代が、10年ずれます

事件は1963年です。

いっぽう作品の時代設定について、宮崎駿はこう書いています。

『となりのトトロ』は、1988年に1953年を想定して作られた。TVのない時代である。

(『コクリコ坂から』劇場パンフレット「企画のための覚書」)

※この一文について、私はパンフレットの現物を確認できていません。 各所で同じ形で引用されているものです。孫引きであることを明記しておきます。

1953年と1963年。10年ずれます。

10年というのは、どのくらいでしょうか。1953年にはテレビ放送が始まったばかりでした。1963年には、その狭山事件の捜査状況がテレビで報じられています。同じ時代ではありません。

一致しない点その2。場所も、実はずれます

作中で、母が入院している病院は「七国山病院」といいます。

このモデルとされるのが、東京都東村山市の「八国山」のふもとにある病院です。もとは1939年(昭和14年)に開園した結核療養所「保生園」で、1989年に「新山手病院」と改称しています。

(出典:新山手病院 公式サイト 沿革 https://www.shinyamanote.jp/ )

★ここで、はっきり書いておきます。

「七国山病院のモデルは保生園(新山手病院)である」と、公式に言っている人はいません。

私は3か所を確認しました。スタジオジブリの公式サイト新山手病院の公式サイト東村山市の公式サイトどこにもそう書いてありません。

新山手病院の院長あいさつには「八国山緑地に抱かれた当院」とありますが、『となりのトトロ』への言及は一行もありません。東村山市の八国山緑地の案内ページにも、トトロは出てきません。

東村山市が書いているのは、八国山ではなく淵の森緑地についてで、しかもこういう書き方です。

宮崎駿監督がアニメ映画『となりのトトロ』のアイデアを練った場所として知られています

(出典:東村山市シティプロモーション https://www.city.higashimurayama.tokyo.jp/citypromotion/midokoro/spot_f.html )

「知られています」であって、「そうです」ではありません。所沢市の観光ガイドも「舞台の一つとなったといわれている狭山丘陵」という書き方です。

自治体まで「といわれている」で書いているものを、噂の側だけが断定しています。

そのうえで、地理だけ確認します。

  • 事件があったのは 埼玉県狭山市
  • 七国山病院のモデルとされる場所は 東京都東村山市
  • ジブリが公式に舞台と言っているのは 埼玉県所沢市近郊

3つとも別の市です。 「同じ土地」ではありません。

「姉が自殺した」という話について

この都市伝説では、「被害者の姉が事件のあとに自殺した」という話が、サツキとメイの姉妹に重ねられます。

私は、この話の一次資料を確認できませんでした。

見つかったのは、Wikipediaの年表と、個人ブログの記述だけです。

そして重要なのは、狭山事件の支援団体の公式サイト3か所(部落解放同盟中央本部、部落解放同盟大阪府連、狭山事件の再審を求める市民の会)を確認しましたが、どこにもこの記述がないということです。

だから私は、この話を材料に使いません。

仮に本当だったとしても、遺族に起きたことを、アニメの怖い話の裏づけに使うのは、やってはいけないことだと思います。

ジブリは、狭山事件について何も言っていません

ここも、はっきりさせておきます。

「ジブリが狭山事件説を公式に否定した」と書いている記事を、私はいくつも見ました。

そんな事実は確認できませんでした。

2007年5月1日のジブリ日誌のページを保存して、語を数えました。

  • 「狭山」 0回
  • 「事件」 0回

ジブリが否定したのは「死神」と「メイは死んでる」と「影がない」の3つだけです。

「ジブリが否定した」と書いている記事は、死神説の否定を、狭山事件説の否定にすり替えています。

正確に書くとこうです。ジブリは死神説を否定した。狭山事件については、何も言っていない。

影とサンダルについて。公式の場面写真で確かめました

都市伝説が根拠として挙げるもののうち、ジブリ公式が答えているのは影だけです。

「映画の最後の方でサツキとメイに影がない」のは、作画上で不要と判断して略しているだけなんです。

(ジブリ日誌 2007年5月1日・広報部)

残りは、自分で確かめました。

ここで、あまり知られていないことを書いておきます。スタジオジブリは、公式サイトで作品の場面写真を配布しています。 『となりのトトロ』は50枚。誰でも開けます。

つまりこの都市伝説の「根拠」の多くは、公式が配っている絵を見るだけで確かめられるということです。私は50枚を全部落として、終盤を拡大して見ました。

★池のサンダルの話は、これで終わりだと思います

都市伝説はこう言います。「池に片方のサンダルが浮いていた。だからメイは溺れた」

メイが見つかる場面の絵を見てください。( https://www.ghibli.jp/gallery/totoro047.jpg )

六地蔵の前に座っているメイです。両足にサンダルを履いています。 片方だけではありません。両方です。

念のため、もう1枚。そのあと、ネコバスの中でサツキとメイが並んで座っている絵です。( https://www.ghibli.jp/gallery/totoro050.jpg )

拡大して見ました。メイは、やはり両足にサンダルを履いています。 ピンクの甲バンド、白い底、グレーのソール。左右そろっています。

そして、この絵にはもうひとつ写っています。

裸足なのは、サツキのほうです。

隣に座っているサツキの足には、何も履いていません。

★ここから先は私の読みです。事実としては書きません。

サツキは、いなくなった妹を探して走り回っていました。履き物のことなんて、どうでもよくなるくらい必死だったのだと思います。だから裸足のままネコバスに乗っている。

都市伝説は、この画面を見て「片方のサンダル」の話をしました。画面に本当に写っていたのは、履き物をなくしてでも妹を探した姉のほうでした。

私は、こっちのほうがよほど怖くて、よほど優しい絵だと思います。

※なぜサツキが裸足なのかは、作中ではっきり説明されません。脱いで走ったのか、脱げたのか。そこは断定しません。 絵に写っている事実だけを書きました。

※【2026年8月22日 追記】読者の方から「メイを探すときに邪魔になったサンダルを脱いで両手に持って走る場面だったと記憶している」とコメントをいただき、公式の場面写真を見直しました。トトロに抱えられているサツキの絵( https://www.ghibli.jp/gallery/totoro043.jpg )で、サツキはすでに裸足です。つまり、ネコバスに乗るより前の時点で、もう履き物がありません。50枚の場面写真から言えるのはここまでで、どこでどう脱いだのかまでは写っていません。教えていただかなければ、ここまで見に行きませんでした。

ネコバスの行き先は「塚森」でした

もうひとつ。ネコバスの場面。( https://www.ghibli.jp/gallery/totoro044.jpg )

ネコバスの額に出ている行き先を、拡大して読みました。「塚森」と書いてあります。

「墓道」と書いてある、という話をあちこちで見かけます。私が公式の場面写真で確認できた表示は「塚森」でした。 全カットを1コマずつ照合したわけではないので「そんな表示は存在しない」とまでは言いません。ただ、「墓道」と書いている側が、その画像を出しているのを私は見ませんでした。

ついでに気づいたこと。あの世に、送電線は通っていません

六地蔵の絵( https://www.ghibli.jp/gallery/totoro047.jpg )をもう一度見てください。

画面の右側に、送電線の鉄塔が立っています。夕焼けの空に、電線が何本も走っています。

都市伝説は「あの村はあの世だ」と言いました。

あの世に、高圧線は引かれていません。

この映画が描いているのは、電気が通り、バスが走り、電報が届く、1950年代の、変わっていく途中の日本です。ここは死者の国ではなく、インフラが入ってきたばかりの田舎として描かれています。

※この記事には本編の場面写真そのものは貼りません(この連載では本編スチルを使わない方針にしています)。リンクだけ置くので、ご自分で開いてください。5秒で確かめられます。

★制作デスク本人が、20年以上あとに答えています

もうひとつ、強い証言があります。

木原浩勝さん。『となりのトトロ』の制作デスクだった人です。 つまり、作っていた側の当事者です。

その木原さんが『増補改訂版 ふたりのトトロ』(講談社文庫)で、この都市伝説について書いています。

1. 池のサンダルについて

メイのモノとは違うデザイン

2. 終盤の影について

単に日没を意識してのこと

3. そして、これがいちばん大事です

木原さんは、この都市伝説が「エンディングを物語に含めない前提でのみ成立」していると指摘しています。

(出典:『増補改訂版 ふたりのトトロ』講談社文庫。紹介記事=BuzzFeed Japan「のす」2024年8月22日 https://www.buzzfeed.com/jp/yukichiba/totoro-toshidensetu /★私は文庫の現物を確認していません。孫引きであることを明記します)

この3つめは、あとでもう一度出てきます。

★★ここで、公式と当事者の説明が食い違っています

気づいた方がいると思います。

影がない理由について、ジブリ広報部と木原さんの説明が違います。

  • ジブリ広報部(2007年):作画上で不要と判断して略しているだけ
  • 木原浩勝さん:単に日没を意識してのこと

片方は「省略した」、片方は「日が沈んでいるから」です。同じ理由ではありません。

私はどちらが正しいか判定できません。判定できないので、両方そのまま書きます。

ただ、ひとつだけ言えることがあります。どちらの説明も、「死んでいるから影がない」ではありません。 説明の中身は割れていても、否定している内容は同じです。

この作品には、ほかにも話が付いています

死神説と狭山事件説の話をしてきましたが、『となりのトトロ』に付いている話はこれだけではありません。

ここからは、そのうち出どころを確かめられたものを短く並べます。確かめられなかったものは、そのあとにまとめて畳みます。

★「トトロに続編はない」。これが、そもそも間違いです

都市伝説の語られ方には、ひとつ前提があります。「トトロは謎のまま終わった作品だ」という前提です。謎のままだから、埋めたくなる。

でも、事実は違います。

スタジオジブリの公式年表に、こう書いてあります。

2002 10 ジブリ美術館オリジナル短編「めいとこねこバス」(監督:宮﨑駿)公開

(出典:スタジオジブリ公式年表 https://www.ghibli.jp/chronology/ )

宮崎駿は、『となりのトトロ』の14年後に、メイが出てくる短編を作っています。 監督本人が、です。

ただし劇場映画ではありません。 三鷹の森ジブリ美術館の中でしか上映されていない短編です。だから観たことのない人が多い。私も観ていません。観ていないので、中身については書きません。

★ここからは私の読みです。

「メイは死んでいる」という読みを、いちばん採りにくい立場にいるのが宮崎駿本人です。その本人が、14年後にメイを主人公にした短編をもう1本作っている。

監督にとって、あの世界は「終わった話」でも「あの世の話」でもなかったのだと思います。少なくとも、続きを描ける場所として残っていた。

★「海外では宗教映画と言われている」。これも辿ってみました

2026年の夏に、こういう見出しが日本のネットに出ました。

「『となりのトトロ』は宗教映画だと海外で話題」

(週刊女性PRIME 2026年7月21日 https://www.jprime.jp/articles/-/42613 )

同じころ、別の媒体も同じ話を出しています。私は両方とも自分で開いて読みました。

そして、探しました。「海外」がどこなのかを。

私が読んだ範囲では、海外の具体的な出典は1つも挙げられていませんでした。 引用されているのは匿名のライターのコメントで、英語圏のどのサイトの、いつの、誰の発言なのかは書かれていません。

英語圏でいちばん有名な批評を、実際に読んでみました

では、英語圏の人は本当にこの映画を宗教映画として観ているのか。

いちばん有名な批評を当たりました。ロジャー・エバートです。アメリカでもっとも読まれた映画評論家で、この作品を「偉大な映画」の1本に選んでいます。

全文を取って、語を数えました。

  • Shinto(神道) 0回
  • religion/religious(宗教) 0回
  • animism(アニミズム) 0回
  • spiritual(霊的な) 0回

1語も出てきません。

それどころか、エバートはこう書いています。

totoros — which are not mythological Japanese forest creatures, but were actually invented by Miyazaki just for this movie

(トトロは日本の伝承にいる森の生き物ではなく、宮崎がこの映画のためだけに作り出したものだ)

(出典:RogerEbert.com「My Neighbor Totoro」 https://www.rogerebert.com/reviews/great-movie-my-neighbor-totoro-1993 /全文を取得して語の数を数えました)

「宗教映画」どころか、「あれは伝承の生き物ですらない」と書いてあります。

もちろんエバート1人が英語圏の全部ではありません。「海外でそう言っている人が1人もいない」とは言いません。 私が言えるのは、日本で「海外で話題」と報じられたときに、その海外が示されていなかったということだけです。

数字も、伝わるうちにずれます

ついでに、小さなことをひとつ。

さきほどの記事に、こう書いてあります。

公式の“否定声明”から9年の時を経て、再び話題となったトトロ。

ジブリ日誌は2007年5月1日です。記事は2026年のものです。

9年ではありません。19年です。

責める気はありません。数字は、こうやってずれます。 1文字落ちるだけで10年変わる。

この記事で私が「2007年5月1日(火)」と曜日まで書いて、日付を数え直しているのは、そのためです。都市伝説は、こういう小さなずれの積み重ねでできています。

出どころが確認できなかった話は、こう畳みます

ネットで見かける話のうち、私が出どころにたどり着けなかったものを正直に並べます。「無い」ではなく「見つからなかった」です。

  • 「トトロは1302歳」などの年齢設定。 よく見かけますが、たどっていくと出典はウェブメディアの記事で、そこから先に公式の資料が出てきません
  • 「宮崎駿が都市伝説に激怒した」「ジブリが法的措置をとった」。 そういう報道も公式の声明も見つかりませんでした。ジブリが実際にやったのは、社内日誌に広報部が一段落書くことでした。それだけです
  • 「所沢が縮まってトトロになった」。 公式の説明を見つけられませんでした
  • お地蔵さんにまつわる話。 同じく見つかりませんでした

これらを「たぶんこうです」と書くこともできます。でも、それをやると、この記事は自分が批判しているものと同じになります。

深夜2時の書き込みがやったのは、まさにそれでした。「らしい」「見てないけど」から「つまり死んだ」へ飛ぶこと。同じ飛び方はしません。

★ここからが本題です。この映画の怖さは、都市伝説の外にあります

ここまでは「噂は当たっていない」という話でした。

でも、噂を潰して終わりにすると、この映画のいちばん大事なところを落とします。

なぜ、この映画にだけ、こんな噂がついたのか。

『魔女の宅急便』にも『千と千尋の神隠し』にも、同じ規模の死亡説はつきませんでした。ついたのはトトロです。

私は、この映画が本当に怖いところを持っているからだと思っています。ただしその怖さは、死神でもサンダルでもありません。

この映画は、『火垂るの墓』と2本立てでした

スタジオジブリの公式年表に、こう書いてあります。

1988年4月 「となりのトトロ」「火垂るの墓」2本立てで公開

(出典:スタジオジブリ公式年表 https://www.ghibli.jp/chronology/ )

1988年に劇場に行った人は、同じ日に2本続けて観ています。

片方は、子どもが死ぬ映画です。冒頭で「死んだ」と告げてから始まる映画です。

もう片方が『となりのトトロ』でした。

つまり、「子どもが死ぬ話」は、隣にちゃんとありました。 この映画がその役をやる必要は、最初からなかったんです。

※どちらが先に上映されたかは、公式年表には書かれていません。劇場によって違ったという話も見かけましたが、出所を確認できなかったので書きません。

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その『火垂るの墓』もBlu-rayが出ています → 【特典】火垂るの墓【Blu-ray】(オリジナル トトロの手ぬぐい)(楽天ブックス)

母は「胸を病んで入院中」です

作中では、母の病名は言われません。

ただ、宮崎駿本人が書いた「演出覚書」に、こうあります。

胸を病んで入院中

(宮崎駿『出発点 1979〜1996』徳間書店・1996年 p.406「『となりのトトロ』演出覚書―登場人物について」)

※これも私は現物を確認できていません。 書名とページまで示している紹介を元にしています。孫引きであることを書いておきます。

「胸を病んで」です。時代は1950年代。この言い方が何を指すかは、当時の人には説明が要りませんでした。

小説版(徳間書店・1988年)では、はっきり結核と書かれています。七国山病院も結核療養所として書かれています。ただし小説版は映画そのものではないので、ここは分けて扱います。

★★宮崎駿が用意していた「裏設定」は、家のほうにありました

ここが、この記事でいちばん書きたかったところです。

2001年の『となりのトトロ ジブリ・ロマンアルバム』で、映像評論家の池田憲章さんのインタビューに、宮崎駿はこう答えています。

基本的にあの家は、病人を療養させるために建てた離れのある別荘だと思ってる

結核患者の人のために建てた離れなんですね

ようするに、病人が死んでしまった家なんです

これは裏設定ですけどね

言う必要ないので誰にも言わなかったけれど、そう考えていた家なんです

(出典:『となりのトトロ(ジブリ・ロマンアルバム)』徳間書店・2001年/池田憲章によるインタビュー。紹介記事=BuzzFeed Japan 安藤健二 2024年8月23日 https://www.buzzfeed.com/jp/kenjiando/satsuki-may-house )

※こちらも私は『ロマンアルバム』の現物を確認していません。 書名とインタビュアーを明示している報道メディアの記事からの引用です。

もう一度読んでください。

「ようするに、病人が死んでしまった家なんです」

死は、ちゃんと入っています。ただし、場所が違いました

都市伝説はこう言いました。「サツキとメイは死んでいる」。

宮崎駿が用意していたのは、そうではありませんでした。

あの家では、前に住んでいた人が、病気で死んでいる。

そして、その家に引っ越してきたのが、同じ病気で母親が入院している家族です。

結核患者のために建てられた離れ。そこで人が死んだ家。その家に、胸を病んだ母を待つ姉妹が住む。

これは、偶然そうなった配置ではありません。監督が、そう考えて作った家です。

しかも、「言う必要ないので誰にも言わなかった」と本人が言っています。

つまり宮崎駿は、死をこの映画に入れておいて、画面には出さなかったということです。

観た人が「何か怖い」と感じるのは、たぶん、この設計のせいです。

でも、それが何なのかは画面に出ていない。だから、みんなで名前をつけようとした。その結果が「トトロは死神」でした。

この映画が、最後の最後まで解消しなかったもの

もうひとつあります。

『となりのトトロ』は、母を殺しません。でも、治ると約束もしません。

サツキが泣く場面で、彼女が言うのは「メイが死んだらどうしよう」ではありません。実際の台詞は、こうです。

じゃ、お母さんが死んじゃってもいいのね。

お母さん、死んじゃったらどうしよう。

どちらも、メイの話ではなく母の話です。

つまりこの映画で、子どもが口に出して怖がっているのは、自分が死ぬことでも妹が死ぬことでもなく、母が死ぬことです。

そして、その不安は本編の物語部分では、最後まで解消されません。 母は病院にいたままです。

★★では、いつ解消されるのか。エンディングです

ここで、さっきの木原さんの3つめが効いてきます。

(この都市伝説は)エンディングを物語に含めない前提でのみ成立

『となりのトトロ』は、エンディングで、母が退院して帰ってきます。 退院した母との再会が描かれ、サツキとメイの衣替えの場面まであります。季節が進んでいるということです。

(出典:木原浩勝『増補改訂版 ふたりのトトロ』講談社文庫。前掲のBuzzFeed Japan記事より)

つまりこの映画は、いちばん怖いこと(母が帰ってこないかもしれない)を、いちばん最後に解消するという設計になっています。

そして。

都市伝説は、その「解消する場面」を見なかった人たちの間で生まれました。

エンドロールが流れ始めたところで席を立った人。テレビを消した人。録画を止めた人。

その人たちの中では、母はまだ帰ってきていません。 不安は解消されないまま残ります。

★もちろん、これは私の読みです。「都市伝説を広めた人が全員エンディングを見ていない」なんて証明はできません。ただ、作っていた側の人が「エンディングを含めない前提でのみ成立する」と書いているという事実は、重いと思います。

都市伝説は、怖さを扱いやすい形に置き換えている

私は、都市伝説の正体はここだと思っています。

観た人は、何か怖いものを受け取っています。でも、それが何なのかうまく言葉にできない。

「おかあさんが帰ってこないかもしれない」という怖さは、言葉にすると、あまりに身も蓋もない。

だからその怖さは行き場を探して、「実はサツキとメイは死んでいた」という、もっと扱いやすい形に置き換えられたのではないか。

死神やサンダルの話は、怖い。でも自分の話ではありません。 他人事として楽しめる怖さです。

いっぽう「おかあさんが帰ってこないかもしれない」は、自分の話です。

私は、こっちのほうがずっと怖いと思いました。

そして『となりのトトロ』は、その怖さを最後にちゃんと回収してくれる映画でした。回収の場面まで、席を立たずに観ていれば。

★では、なぜ『となりのトトロ』にだけ付いたのか

ここまで書いてきて、最後に残る問いがこれです。

ジブリ作品はたくさんあります。なぜ、この1本にだけ、これほどの話が付いたのか。

私の答えは、3つの条件が同時に揃ってしまったからです。順に書きます。

条件1。この映画は、トトロが何なのかを説明しません

思い出してください。この映画は、トトロについて何ひとつ説明しません。

妖怪だとも、神様だとも、精霊だとも言いません。どこから来たのかも、何をしているのかも言いません。「トトロ」という名前ですら、メイが勝手に付けたものです。

私はスタジオジブリの公式サイトも見ました。Q&Aのページにも、作品ページにも、「トトロとは何か」の説明はありません。( https://www.ghibli.jp/qa/ / https://www.ghibli.jp/works/totoro/ )

これは手抜きではありません。説明しないことが、この映画のやり方です。説明した瞬間、あれはただの設定になってしまう。

でも、説明されなかったものは、必ず誰かが説明しようとします。

条件2。その空白のすぐ隣に、本物の死があります

もしこの映画が、明るいだけの映画だったら、誰も死の話をしなかったと思います。

ところが、この作品のまわりには本物の死が置かれています。

  • 宮崎駿が用意した裏設定=あの家は、病人が死んでしまった家
  • 母は入院していて、演出覚書には「胸を病んで入院中」と書かれている。当時それが何を指すかは説明が要りませんでした
  • そして劇場では、『火垂るの墓』と2本立てでした。隣で本当に子どもが死んでいました

つまり観客は、「説明されない何か」と「本物の死の気配」を、同じ2時間の中で受け取っています。

この2つが並んでいれば、結びつけたくなるのは自然です。「あれは死に関係のある何かなのではないか」と。

★実際、方向としては当たっています。 死はこの映画に入っています。宮崎駿が自分でそう言っています。

ただし、入っている場所が違いました。 死んでいるのは子どもたちではなく、その家に前に住んでいた誰かです。

都市伝説は、正しい匂いを嗅いで、間違った場所を掘りました。

条件3。この映画は、いちばん大事な解消を、いちばん最後に置いています

そして3つめ。ここがいちばん大きいと思います。

もう一度、制作デスクだった木原浩勝さんの言葉です。

(この都市伝説は)エンディングを物語に含めない前提でのみ成立

母が退院して帰ってくるのは、エンディングの中です。

考えてみてください。「おかあさんは帰ってくるのか」というこの映画でいちばん大きい不安が、本編が終わったあとに解消されるという構造になっている。

★ここで、私は自分の書いたものを1つ直しました

正直に書きます。

私はこの記事の最初の版で、「地上波でエンディングが最後まで流れるのかどうかは確認できませんでした」と書きました。調べ切れていなかったからです。

そのあと、ちゃんと調べました。確認できました。しかも、私が思っていたのと逆でした。

エンドロールは、カットされていません。

スタジオジブリの公式サイトが、放送のたびにそう書いています。

いずれも、エンドロールを含むノーカットで放送予定。

(出典:スタジオジブリ公式 2026年8月7日 https://www.ghibli.jp/info/015013/ )

いずれもエンディングまで完全ノーカット放送です。

(出典:スタジオジブリ公式 2024年8月2日 https://www.ghibli.jp/info/013857/ )

「本編ノーカット」ではありません。「エンドロールを含む」「エンディングまで」と、わざわざ書いてあります。

★★そして、これが見つかりました

番組の公式アカウントが、放送中に、エンドロールの中身を実況していました。

2022年8月19日と2024年8月23日。どちらも『となりのトトロ』の放送日です。投稿時刻を秒まで確認しました。

  • 2022年8月19日 22時46分42秒
  • 2024年8月23日 22時46分22秒

放送枠は21時00分から22時54分です。つまり、終了の8分前。まさにエンドロールが流れている最中です。

書かれていた内容は、これです。

エンドロールで描かれているのは、サツキとメイの“その後”。

おかあさんが無事に退院し、甘えん坊だけど年下の子の面倒も見るようになったメイ。そしてサツキは一家の“母親役”から解放されて子どもらしさを取り戻します。

(出典:金曜ロードショー公式アカウント。投稿の本文と時刻をAPIで直接取得して確認しました)

読んでください。「サツキは一家の“母親役”から解放されて子どもらしさを取り戻します」。

私はこの記事で、母の入院がこの家族に何をしていたかを書いてきました。その答えが、放送局の実況に書いてありました。

★それと、もうひとつ大事なことがあります。

私はここまで「母が退院して帰ってくる」を、本を読んでいない孫引きのまま書いてきました。そこが弱いと自分で思っていました。

その部分に、放送局の公式アカウントという別の裏づけが付きました。 二つの独立した出所が同じことを言っています。ここはもう、揺れません。

では、なぜ見られなかったのか

ここで話が変わります。

エンドロールは流れていました。カットもされていません。放送局は、その中身をわざわざ解説までしていました。

それでも、都市伝説は生まれました。

つまりこういうことです。受け取り損ねたのは、放送のせいではありません。

劇場なら、席を立ちにくい。暗いですし、周りも座っています。最後まで観る確率が高い。

でも、家で観るときはどうでしょうか。エンドロールが流れ始めたら、立つ人がいます。テレビを消す人がいます。録画を止める人がいます。風呂に行く人がいます。

その人たちの中では、母はまだ帰ってきていません。

不安だけを受け取って、解消を受け取らないまま終わる。その状態で「実は死んでいた」という話を聞いたら、腑に落ちてしまうと思いませんか。

ひとつ、時系列を並べておきます。

  • 2006年7月28日 地上波で放送(ジブリ公式が「もちろん、ノーカット放送です」と告知)
  • 2006年11月14日から15日 掲示板にスレッドが立ち、狭山事件が持ち出される
  • 2007年2月12日 まとめブログが1本にまとめる
  • 2007年5月1日 ジブリの広報部が日誌に書く

放送から3か月半で、噂は形になっています。 エンドロールは、その放送でもちゃんと流れていました。

★念のため書いておきます。「都市伝説を広めた人が全員エンディングを見ていない」なんて証明はできません。私が言えるのは、作っていた側の人が「エンディングを含めない前提でのみ成立する」と書いていること、そしてエンドロールは実際に流れていたこと、この2つだけです。

この3つが重なると、名前を付けたくなります

まとめます。

1. 説明されない(トトロが何なのか、作品は言わない)

2. 死の気配は本物(裏設定・母の病・隣で流れていた『火垂るの墓』)

3. 解消が最後に置かれている(受け取り損ねる人が出る)

この3つが同時に揃うと、こうなります。「怖い感じがする。でも理由が分からない。しかも安心もしていない。」

人間は、この状態に耐えられません。必ず名前を付けます。

そして2006年11月15日の午前2時2分、名前を付けた人がいました。

おもしろいね、これ広めよう。

この一行は、悪意というより、空白に耐えられなかった人の一行だと私は思います。だからこそ広まりました。同じ空白を抱えていた人が、たくさんいたからです。

都市伝説は、この映画を嫌っている人が作ったのではありません

最後にひとつだけ。

私は最初、この都市伝説を「ひどい話だ」と思って調べ始めました。実在の事件を持ち出し、差別的な決めつけまで付いている。実際、そこは擁護できません。

でも、20年前の書き込みを全部読んだあとで、少し見方が変わりました。

あそこに集まっていたのは、この映画のことを考えたくてしかたがない人たちでした。深夜2時に、20年近く前のアニメ映画について、何十回も書き込んでいる。

空白を埋めたかっただけなんだと思います。

問題は、埋め方でした。「らしい」「見てないけど」から「つまり死んだ」へ飛んだこと。 そして飛んだ先に、実在の事件と、実在の人たちがいたこと。

だから私は、この記事を否定だけで終わらせたくありませんでした。空白は、埋めなくていいんです。

トトロが何なのかは、分からないままでいい。分からないまま、あの子たちは母親が帰ってくるのを待っていて、そして帰ってきます。

それが、この映画がやっていることの全部だと思います。

この作品は円盤で持っておける映画だと思います

放送は年に1回あるかどうかです。エンドロールまで自分のペースで観られる形で手元に置いておくのは、この記事を書いたあとだと少し意味が変わって見えます。

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同じ「出典まで戻る」書き方を、別の作品でもやっています

3週連続ジブリの2本目です。こちらも「日本でいちばん有名な2つの話」の出典を当たった記録です。

1本目。こちらは家族の話として読んでいます。

ジブリではありませんが、これも同じやり方です。ネットで混ざったまま広まった話を、レビュー633件を数えて確かめた記録です。

※この記事にはアフィリエイトリンク(楽天)を含みます。

逆に、書かなかったこと

裏が取れなかったので、この記事に入れなかったものを並べます。

(1302歳・「宮崎駿が激怒した」・所沢の語源・お地蔵さんについては、ひとつ前の章にまとめてあります)

  • 「被害者の姉が自殺した」という話。Wikipediaと個人ブログにはありますが、狭山事件の支援団体3か所(部落解放同盟中央本部、同大阪府連、狭山事件の再審を求める市民の会)の公式サイトには記述がなく、一次資料を確認できませんでした
  • ネコバスの行き先に「墓道」があるという話。私が公式の場面写真で読めたのは「塚森」でした。ただし全カットを照合したわけではないので、「無い」とは書きません
  • エンドロール中に次番組の予告やテロップがかぶるかどうか。エンドロールが流れること自体は確認できましたが、画面の上に何かが乗るかどうかまでは記録が見つかりませんでした
  • なぜサツキが裸足なのか。絵に写っている事実は書きましたが、理由は作中で説明されません
  • 宮崎駿の母が9年間寝たきりだったという話。この映画の背景としてよく語られます。書名までは分かっているのですが、本人の言葉としての一次資料を確認できませんでした。現物を確認できたら追記します
  • どちらが先に上映されたか(『火垂るの墓』との2本立ての順番)。公式年表に記載がありません
  • 2006年11月より前に、狭山事件と結びつけた言及があったかどうか。探しましたが見つかりませんでした。「無い」ではなく「見つからなかった」です
  • 『めいとこねこバス』の中身。ジブリ美術館でしか観られない短編で、私は観ていません。観ていないものについては書きません
  • 2006年11月14日のスレッドの元ページそのもの。過去ログ保存サイトはどれも取得できませんでした。私が見たのはWayback Machineの保存版と、まとめブログの保存版です

この作品は、あとよみの「考察が捗る映画100選」にも入れています。1本ずつ「どこを見ると2回目に化けるか」だけを書いた100本です。

作品情報

『となりのトトロ』

  • 原作・脚本・監督:宮﨑駿
  • 音楽:久石譲/主題歌:井上あずみ
  • 声の出演:日高のり子・坂本千夏・糸井重里・島本須美・北林谷栄・高木均
  • 公開:1988年4月16日(『火垂るの墓』と2本立て)
  • 製作:スタジオジブリ
  • (C) 1988 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli

(作品データの出所:スタジオジブリ公式サイト作品ページ/公式年表)

この記事で確認に使ったもの

考察は私の読みですが、事実として書いた部分は、次の出所で確認しています。

一次資料(自分で開いて、保存して確かめたもの)

  • スタジオジブリ公式「ジブリ日誌」2007年5月1日(火)広報部 https://www.ghibli.jp/storage/diary/003717/ (★HTMLを保存し、原文と語の出現数を数えました)
  • スタジオジブリ公式Q&A「作品の舞台はどこですか?」 https://www.ghibli.jp/qa/
  • スタジオジブリ公式年表 https://www.ghibli.jp/chronology/
  • スタジオジブリ公式 最新情報 2026年8月7日「エンドロールを含むノーカットで放送予定」 https://www.ghibli.jp/info/015013/
  • スタジオジブリ公式 最新情報 2024年8月2日「エンディングまで完全ノーカット放送」 https://www.ghibli.jp/info/013857/
  • スタジオジブリ公式 最新情報 2006年6月22日/7月24日「もちろん、ノーカット放送です」 https://www.ghibli.jp/info/000606/ / https://www.ghibli.jp/info/000699/
  • 金曜ロードショー公式アカウントの投稿2件(2022年8月19日22時46分42秒/2024年8月23日22時46分22秒。★本文と投稿時刻をAPIで直接取得して確認しました)
  • RogerEbert.com「My Neighbor Totoro」 https://www.rogerebert.com/reviews/great-movie-my-neighbor-totoro-1993 (★全文を取得して語の出現数を数えました)
  • 週刊女性PRIME 2026年7月21日 https://www.jprime.jp/articles/-/42613 (★本文を自分で読んで確認しました)
  • スタジオジブリ公式 作品ページ『となりのトトロ』 https://www.ghibli.jp/works/totoro/
  • スタジオジブリ公式 場面写真 https://www.ghibli.jp/gallery/totoro047.jpg / https://www.ghibli.jp/gallery/totoro050.jpg / https://www.ghibli.jp/gallery/totoro044.jpg (★50枚すべて落として、終盤を拡大して自分の目で見ました)
  • 2ちゃんねる映画板スレッド 1163503326 のWayback Machine保存版(2007年2月14日クロール) https://web.archive.org/web/20070214124714/http://tv10.2ch.net:80/test/read.cgi/movie/1163503326/1-44
  • まとめ記事のWayback Machine保存版(2007年2月13日クロール) https://web.archive.org/web/20070213062357/http://blog.livedoor.jp/news2chplus/archives/50630935.html
  • 部落解放同盟中央本部「狭山事件とは」 http://www.bll.gr.jp/sayama/toha.html
  • 狭山事件の再審を求める市民の会 https://sayama-jiken.jp/
  • 新山手病院 公式サイト(沿革・院長あいさつ) https://www.shinyamanote.jp/
  • 東村山市シティプロモーション(淵の森緑地) https://www.city.higashimurayama.tokyo.jp/citypromotion/midokoro/spot_f.html
  • 所沢市 観光ガイド(狭山丘陵の記載)

報道・専門メディア(書名と話し手を明示しているもの)

  • 日本経済新聞 2025年3月12日「石川一雄さんが死去、狭山事件で再審請求中」 https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUE125N40S5A310C2000000/
  • BuzzFeed Japan 安藤健二 2024年8月23日(『となりのトトロ ジブリ・ロマンアルバム』2001年/池田憲章インタビューの紹介) https://www.buzzfeed.com/jp/kenjiando/satsuki-may-house
  • BuzzFeed Japan のす 2024年8月22日(木原浩勝『増補改訂版 ふたりのトトロ』講談社文庫の紹介) https://www.buzzfeed.com/jp/yukichiba/totoro-toshidensetu

★現物を確認できていないもの(孫引きであることを本文にも書いています)

  • 宮崎駿『出発点 1979〜1996』徳間書店・1996年 p.406「『となりのトトロ』演出覚書」
  • 『コクリコ坂から』劇場パンフレット「企画のための覚書」
  • 木原浩勝『増補改訂版 ふたりのトトロ』講談社文庫

確認できなかったことは、書いていません。 ひとつ上の「逆に、書かなかったこと」が、その一覧です。

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