【短編小説】セルフプロデュースした男(人魚)。
登場人物
TETSU(哲) ある嵐の日、転覆した漁船の船長親子を助けたお礼に握り飯をもらって食べたら海に戻れなくなった人魚(男)。絶世の美男子だったためグラビアアイドルとして四半世紀を生き、現在に至る。『へんな夢を見る男』『ベタに平成を生きた男』『AI作家ルミちゃんの限界』と名前が同じだがスターシステムである(ついに生物種を超えてしまった)。
栄介 漁師の息子。
ここは宮崎県に新たに完成した全天候型スパリゾート『ポセイドン』……その隣接する高級ホテル『ネプチューン』の一室からは、男女の賑やかな笑い声が漏れ聞こえていた。
「ええっ、TETSUさん、これ……当時は人気すぎて買えなかったって聞いたんですけど、本当にいいんですか?」
若い男性スタッフは興奮をおさえきれない様子だ。

「いいの、いいの……いや、嬉しいな。お母さん、そんなに?」
黒いサインペンでサラサラとサインを書き入れながら聞く。
「感激です! 今日も、ついて来るって聞かなかったんですよ。なので、さすがに俺も仕事なんだからって……」
「はっはっは」
TETSUは豪快に笑った。
「このファースト写真集はね、撮影が……ほんと大変だったんだよ。照明のちょっとした角度で、ウロコの色とか変わっちゃうってんで。あっちも持ってなかったでしょう? 人魚のグラビア撮影のノウハウとか」
ファースト写真集『深海の王子/TETSU』

写真集の見開きに目を落とした若い男性スタッフは息を飲み、言う。
「そもそも論として、人魚が実在するなんて思ってなかったですしね」
「……海に帰りたいって思ったことないんですか?」
撮影スタッフの若い女性が尋ねた。TETSUは、ふ、と微笑み、トロピカルドリンクに指を伸ばした。
「あったよ」
「どうなさってたんですか……そういうとき」
「そうね……君、『スプラッシュ』って映画知ってる? あれを観て、自分だけじゃないんだ……と言い聞かせてたかなぁ」
「ノンフィクション映画じゃないですよ、あれ」
「うん。でもよく出来てたでしょう? 実際はもっと大変だったけどね。身体が乾きすぎるとお肌が痛んじゃうし……でも最近は良いボディローションがいっぱいできて……」
そのとき、
「失礼します! 撮影準備できました!! よろしくお願いします!」
現場スタッフの一人が声をかけてきた。
「じゃ、行こうか。みんなもよろしくね」
雄々しく立ち上がったTETSUを見上げ、スタッフたちも、
「よろしくお願いします!」と声をあげた。
10年前……
「TETSU……どうしても行くのか」
海の見えるオフィスで、漁師の息子もといプロデューサーの栄介は静かに言った。
「ああ」
TETSUは答えた。
「今までありがとう。栄介のおかげで、いろいろおもしろい仕事ができたと思ってる」
「そうか? お前……本当にそう思ってるか?」
栄介はブラインドに指をかけ、リゾートマンション最上階から美しい故郷の海を見下ろして言った。
「俺があのときお前に……お前に、おにぎりを食べさせたばっかりに」
「それは言わない約束だろ」
TETSUはオフィスの壁に目をやった。有名写真家に撮らせた額装されたグラビア写真が、所せましと飾られている。芸術的なものもあれば、ややセクシーに寄りすぎているものもある。
そっと自分の腕に触れ、思った。——ヒレには、まだ勢いはある。が、お肌の曲がり角はとうに過ぎている。
TETSUは言った。
「しばらく、アメリカにでも渡ってみようと思うんだ」
「オーディションを受けにか? お前ほどの男が、無名の新人どもと一緒に廊下のベンチに座るなんて……」
「最近は、多様性への配慮もあると言うし……」
「建前だろ?! あの国にだって、まだ人魚差別が」
「いざとなれば漁師にでもなるさ。ワンチャン海に戻れるかもしれないし」
「そういう仕組み?!」
栄介は自分の椅子に身体を沈め、口元をおおって黙っていたが、
「わかったよ」
と言った。
「今までありがとう。エビ加工工場の経営も順調だしな。困ったことがあったらいつでも声をかけてくれよ」
「ありがとう」
二人は握手を交わして別れた。
ほどなくTETSUは渡米し、海辺の町でアルバイトをしながら映像コンテンツへの出演を重ねた。
また、それと同時に身体を鍛え始めた。数年後、ロブスターを殻ごと食べる動画がバズったころ、ハリウッド映画に端役で出ることが決まった。
それはTETSUにとっては、小さくも大きな一歩だった……。
コマーシャル撮影
「あのですね、プールサイドで尾びれを可愛くパシャパシャって。そういうのもいいと思うんですけど、どうでしょうね? 原点回帰ってやつで」
コマーシャル監督は無茶ぶりをした。TETSUは言った。
「監督、俺はもうね、そんなことする年じゃないんですよ」
「ええ、ざんねん……」
「TETSUさん! これでよかったですか!?」
小道具さんが、三叉槍を持ってきてくれた。
「これこれ。ありがとう」
TETSUが槍を手に背筋を伸ばして見せると、
「ああ、たしかに……もうそれでいこう。それでいきましょう!」
監督も叫んだ。
かくしてコマーシャル撮影は順調に終了した。
数日後、TETSUの個人事務所『海神-KAIJIN』に、新聞の一面広告ラフも郵送されてきた。
「うん。よく撮れてる」
TETSUは満足げにつぶやいた。

——セルフプロデュースしよう、と決めたときは不安もあった。
でも、やってよかったな。
TETSUは、デスクの上に置いてあった若いころのグラビア写真をふと見た。これはこれで美しいが……。

オフィスの奥に設けたパーソナルジムに向かいながら、TETSUは笑みを浮かべ、一人ごちた。
俺は男だ……いつまでも、美しい王子のままではいられないのさ。
(了)
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