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フリーランスの新春は験担ぎから!神田明神と川崎大師で2026年が幸多き1年になるよう祈ってきた話

こんにちは、水無瀬あずさです。

今年は父が亡くなってちょうど2年目、いわゆる三回忌があります。命日が3/20なので、その日より前に法要の予約をしてねと実家の兄に、昨年の9月ごろから継続的にお願いしていたのですが。昨日「日にち決まった?」と連絡したら、一言「まだです」と返ってきてグーパンを構えた私です。

本人にキレ散らかすのもな・・・と思ったので
家族LINEで怒りの雄たけび

このポンコt・・・いや、言っても仕方ないわなと心を落ち着かせ、私が大人になるしかないわねと思った次第。さっさと決めてホテル予約しよ。

さて早いもので1月ももう半ばに差し掛かり、あれ今月終わるやん!とオロオロし始める今日この頃ではありますが、我が家は三連休を利用して初詣に出かけてまいりました。1日に近所の神社には参拝したのですが、それとは別。毎年この時期に大きめの神社に行って、私の職場(※自宅)に飾る熊手を買うことしているのです。

昨年は川崎大師の参道で購入したのですが、今年はどうしても神田明神に行きたかったのですよ!だって昨年初めて行って、なぜだかすごくすごくパワーをいただいた気がしたのです。何せあの!あの平将門公が祭神ですもの。それだけで絶対強いもん!あと、商売繁盛といえばここ!って定番のパワースポットでもあるしね。ぜひ年始のご挨拶も神田明神にしようと心に決め、早起きしていっぱい手を合わせてきました。

ということで今回のnoteは、そんな神田明神にお初詣にいったあれこれについてまとめていきます。今年もたくさんの福が訪れますように!!


神田明神に初詣に行きました

というわけで、初詣に神田明神に行ってきました。

次男くん&わたくし

去年の夏に行ってお守りをたくさん買ったんだけど、「あれ、ここって商売繁盛の神社じゃん!来年の初詣は絶対来なきゃ!」って思ったんですよね。だから念願かなっての初詣というわけで!うれしー!!!

何せ都内屈指のパワースポットですもの。真・女神転生シリーズでもおなじみのカンダ。絶対強い。年始から清め強烈なパワーをいただき、1年分のマキシムトマト(※カービィの完全回復アイテム)をどっさり渡されたような気持ち。そんな初詣の記録をプレイバック!

神田明神とは

そもそも神田明神(正式名称:神田神社)は、創建が天平2年(730年) と伝えられ、約1300年の歴史を誇る由緒ある神社です。古くから東京(旧江戸)の守護神として信仰されており、現在でも地域・企業・観光客など幅広い人々が参拝に訪れます。

山門前の次男くん

奈良時代に現在の大手町近辺に創建され、徳川家康の江戸城拡張のために現在地に移されたと伝えられています。江戸時代には将軍や武将を含む多くの人々に崇敬され、「江戸総鎮守(江戸の総守護神)」として重要視されました。

関東大震災によって焼失しましたが、その後1934年、当時では珍しい鉄骨鉄筋コンクリート構造によって再建されたため、東京大空襲では消失を免れたとのこと。境内に焼夷弾が落ちたにもかかわらず、本殿・拝殿などが無事だったというのは驚きです。パワーですね。

神田明神で祀られている神様は三柱。

  • 一ノ宮:大己貴命(おおなむちのみこと=だいこくさま):縁結び・夫婦和合・国土経営などのご神徳

  • 二ノ宮:少彦名命(すくなひこなのみこと=えびすさま):商売繁昌・健康・開運の神

  • 三ノ宮:平将門命(たいらのまさかどのみこと=まさかどさま):古くから強い勝運・仕事運の神として信仰されている

商売繁盛・縁結び・勝運・仕事運・学業成就・厄除けなど多彩なご利益があるとされ、企業やビジネスパーソンが年始に参拝する姿は名物の一つです。

境内のだいこくさま
境内のえびすさま幼少期のお姿

なお将門公はもともと政府に反旗を翻した逆賊であり、それを祭神とすることに問題があるとして、明治時代に祭神から外されたこともあったんだとか。長きにわたり日本人の「畏れ」の象徴たり続けた、将門公らしいエピソードと言えるでしょう。

以上の情報は、神田明神公式サイトWikipediaより!詳細を知りたい方は是非ご自分で掘り下げてみてください。

朝イチで行ったけど大混雑!

あちこち寄り道がしたかったので、神田明神へは夫に車を出してもらって家族ででかけました。前に行ったときは無料の駐車場があったのでアテにしていたのですが、さすがに1月は参拝客が多いせいか閉鎖されていました。デスヨネー。

仕方がないので、近くにある東京科学大学病院(もと東京医科歯科大学病院)の駐車場に停めました。

9時半ぐらいに神田明神に到着しましたが、すでに多くの参拝客でにぎわっていました。私的にはかなり早起きして来たつもりだったんだけど、まだまだ生ぬるかったってことですね。でもたくさんの福にあやかりたいから、文句言わずにしっかり並んで、しっかり手を合わせてお詣りしまくりました。悪い子だと将門公に祟られちゃうからね。

だいこくさまをお詣りする前に
中二病こじらせてる次男くん

前に並んでいたご夫婦が、すごい慣れた手つきでパンパンパン!って手を叩いてお詣りしていて、この人たち絶対商売してはるわ~と感心するなど、何というか神田ならではの雰囲気が面白かったです。

境内をひととおりお詣りしたあとは、EDOCCO SHOPという建物内でトイレに行ったり熊手やらお守りを買ったり、おみくじをひいたり。甘酒1杯500円は高すぎるよね普通100円だよね完全に観光地価格だよねと横目に見ながら、さあ帰ろうかと建物を出たら、御神殿に並ぶ参拝客の列はもう大行列すぎてすごいことになっていました。1年の福にあやかりたいという強い願いを見たようで、「うわー早く来てヨカッター!!」となりました。

ところで、さっき改めて境内図を見たら、神田明神には有料の資料館があるらしい。お神輿が飾ってあるのは見ていたんだけど、あれ資料館だったのか・・・行けば良かったなあああ!!

平将門公のパワーにあやかりたい!

神田明神といえば、祭神は平将門公。そして平将門公といえば、日本史上最強の怨霊として知られています。なぜそんな人物が、神として祀られているのでしょうか。

そもそも将門公は、平安時代(10世紀前半)に関東で勢力を持った武将です。もとは天皇への仕官経験もありましたが、関東地方に戻って勢力を拡大し、地元の有力者として支持を集めました。最終的には朝廷と対立し、自らを 「新皇(しんのう)」 と称して反乱を起こします。これは当時の中央政権にとって重大な裏切り行為であり、朝廷側は藤原秀郷や平貞盛らの軍と戦わせ、940年に将門公は討ち取られました。

討伐後、将門の首は京都の七条河原でさらし首にされますが、数か月経っても腐らず色が変わらないどころか、時に目を開けたり語ったりしたと伝えられています。こわっ!この不気味さは当時の人々を震え上がらせ、怨念がこもった霊だと恐れられたそうです。

さらに伝承では、首は 「再び体とつながり戦おう」 と言いながら飛び立ち関東へ向かったとされ、途中で力尽きて落下した場所こそ、現在の東京都心・大手町にある将門の首塚(しょうもんづか)だと伝えられます。

その後、首塚に手を加えようとするたびに不吉な出来事が起こるということで、伝説と化していきます。例えば・・・

✅関東大震災後(1923年)、 大蔵省(現在の財務省)の再建工事で塚を壊して仮庁舎を建てようとしたところ、関係者や大蔵大臣が次々と不審な死を遂げたため、工事計画が白紙になり塚は元に戻された。
✅戦後の米軍工事でGHQが塚の撤去・土地造成を行おうとした際、重機が横転して運転手が死亡したという話がある。
✅その後の都市開発でも事故が続き、塚近くの銀行の行員が病気になった、銀行自体が破綻したなど、怪異と結び付けられる話も語られる。

参考:国税庁Wikipedia

こうした都市伝説的な祟り話は、戦前から現代に至るまで複数語られ、 首塚は移転・撤去されないまま今日に至っています。

私も2年前に行ったけど、あんな都内の一等地にポツンと首塚がたたずんでいる雰囲気は異様以外の何物でもありませんでしたね。あそこだけなんか空気が違うの。背筋が伸びるってまさにそんな感じでしょうか。悪いことをしたらなんか大変なことが起きる、そう本能的に思いました。

そんな将門公ですが、長い年月を経て鎮魂され、守護神として祀られるようになったという側面もあります。将門塚や神田明神では地元の人々が供養を続け、畏敬の念を抱かれていますし、首塚の前には現在も供物が絶えないんだとか。怨霊にまでなった荒ぶる魂であっても、鎮めることで守り神として崇拝するなんて、日本人の信仰の柔軟性って何というかすごいよなあ、ってか寛容すぎるだろと改めて思いました。

というわけで、そんな日本最強の伝説・将門公にあやかって、年始の運試し!えいやっ!

大吉ィィィィ!

ということで、出ました大吉!新春早々幸先がいいですね!なお夫と長男氏は本人的にイマイチだったらしく、おみくじを引いた後ずっと不機嫌でした。めんどくせえな。次男くんは、おまけつきおみくじを引いたので嬉しそうでした。

そんな神田明神で購入したお札がこちら。たぶんきっと絶対強い。だってあの将門さんが守ってくれているんだよ?強いパワーに漲っているはずだ!

特に将門公のお札、絶対間違いなく強い
熊手とお守りも買いました

熊手は私の仕事スペース脇にしっかり飾りました。なんか変な置物とか飾りとかに囲まれていて申し訳ない。神様ビックリしていないといいんだけど。

ダルマとタコとモルモットというカオス

近くの湯島聖堂にも行ってみた

神田明神のすぐちかくには、湯島聖堂があります。高校時代の日本史でめっちゃ覚えた湯島聖堂は、幕府直轄の学問所だった孔子廟(儒教の祖である孔子を祀った霊廟)です。5代将軍・徳川綱吉の時代に建てられ、今は湯島天満宮とともに受験生にとっての合格祈願スポットとして知られています。

受験勉強では「湯島聖堂・林羅山」とセットで覚えた記憶がありますが、その林羅山は儒学の中でも朱子学を得意とした人で、湯島の地に聖堂を創建して林家の私塾を立てました。それが湯島聖堂のもととなったと言われているみたい。

昨年のお盆に来たときは固く閉ざされていた山門

歴史で勉強したとはいえ、当時三重県に住んでいた私にとって東京は遠い遠い場所であり、暗記する以外にはどんなものか想像することさえなかった湯島聖堂。今も普通に実在するんや!?というのが驚きで、家族に「行きたい!」とお願いして訪れたのでした。ただ、理系出身の夫は「なにそれ知らない」と言っていたので、日本史に興味がない人には覚えがないものなのかもね。温度差。

神田明神と比べると人の出入りはすごく少ない

なお湯島聖堂は、のちの幕府の学問所となる昌平坂学問所の前身でもあります。さすがに昌平坂学問所は夫も知っていてヨカッタ。みんなが頑張って勉強に励んだ場所だったんだなあと思うと、来年の次男くんの受験に備えてあやかりたい気持ちになりますね。

巨大な孔子像

湯島聖堂は大正の時代に国の史跡に指定されたものの、関東大震災によってほぼすべてが焼失してしまい、昭和初期に東京帝国大学の伊東忠太教授の設計と大林組の施工によって復元されました。現在の姿は、その後の文化庁の補修作業によって平成5年(1993)3月に竣工されたものだそうです。

大成殿というメインの建物ではお賽銭を入れてお参りができます。有料の展示スペースがあったので入りましたが、正直儒教のことは前提知識もないのでサッパリ分かりませんでした。長男氏が学校でちょうど漢文に苦戦していて、漢文の本が売っているのを見て「うわ」って言ってたぐらいかなあ。漢文とか懐かしすぎる。

大成殿(孔子廟)
屋根の上にある懸魚か
にょいーんってしてるのが気になった

【道草】秋葉原さんぽ

神田明神は秋葉原が近いということで、ついでに寄り道することにしました。子どもたちがカードゲーム(デュエルマスターズ?)にハマっていて、次男くんが行きたいカードショップがあるんだとかいうので。

車はUDXに停めた

カードゲームについては、ポケカも含めてルールを聞いてもさっぱり理解できないので諦めているのですが。長男氏も次男くんも、結構な時間を悩んで、自販機のオリパ(オリジナルパックの意らしい)を買っておりました。いいのが出たみたいで良かったね。

子どもたちを待っている間ヒマだったので、店内の内装をいろいろと注意深く見ていたんですが。すげえなと思ったのが自作ディスプレイ。イラストや文字をカッターで細かく切って、立体的に見えるように裏から段ボールで工作が施されていて、「なるほど、そうすれば立体的に見えるのか!」と大変勉強になりました。

字とかドラゴン(?)が浮かび上がって見える
こんなかんじで
ダンボールで裏に工作がされているの

いや~展示の方法ってお金をかけなくても、工夫次第でだいぶ可能性あるなあってことがよく分かりました。ラミネートとダンボールをうまく使えば、かなり立体的に見せられるもんなのね。まあカードショップでそんなんに感動しているの、私だけだと思いますが。

このへんのテクニックは、来年の長男氏の高校文化祭ですごく役立ちそう!!

その後はジャンクショップ巡り。面白かったけど特に掘出し物もなく、軽く見たら満足したので撤退しました。

ちなみに秋葉原って今みたいな電気街になったのはいつからかと調べてみたところ、戦後に闇市が立ったからみたいです。その後、高度経済成長の時期に電気街として発展し、オタクと聖地と化したそう。最近は聖地の座を池袋に奪われつつありますが、日本のクールジャパンを支える存在として今なお異彩を放っていたのが印象的でした。

お昼ご飯はマックをテイクアウト。ドラクエコラボ!

川崎大師にも行きました

せっかくなので、例年初詣で足を運んでいる川崎大師にも行ってきました。川崎大師は駐車場代がかからないのが最高に素晴らしいのですよ。

川崎大師(平間寺) は、真言宗智山派の大本山の寺院です。1128年(大治3年)に創建された、約900年の歴史を持つ古刹。厄除けスポットとしても知られており、「お大師さま」として多くの人々に親しまれています。

川崎大師の起源は平安時代、武士の平間兼乗という人が、夢のお告げに従って海中から弘法大師(空海)の像を引き上げて祀ったことから始まったと伝えられます。尊賢上人らの協力を得て寺院が建立され、その後は広く人々の信仰を集めるようになりました。江戸時代には東海道の宿場町・川崎宿に近い立地もあって参拝者が増え、現代まで続く信仰の中心地として発展したそうです。

初詣の時期、そして時間も14時とか微妙な時間だったため、駐車場は激込み。でも駐車場もすっごく広いから、少し待っただけですぐに入れました。

駐車場から川崎大師までは徒歩10分かからないくらい。住宅街を抜けていくのですが、風が冷たくて凍えそうでした。

今年もやってきました、川崎大師の大本堂!

風がつよい日だったので境内の砂埃がすごくて、コンタクトにゴミが入りまくってツラかったです。私、ずっと泣いていました。痛かったぞチクショー!!

普通に大本堂を参拝して、境内で破魔矢を買って、それから仲見世通りでダルマも買い、例年通り門前の「寺子屋本舗」さんでおかきを買い、食べ歩き用のものも買って食べました。今年は飴は買わなかった。

毎年行きまくっているので、別に改めて書くこともあんまりないかも。すぐ帰ったし。なお、昨年の様子はこちらをどうぞ。

あと例年通り、川崎大師の近くにあるアレな神社もついでに参拝しました。相変わらず黒光っていました。毎年この写真を上げるのハラスメントでは?と思いつつ、なんか恒例だし普通に神社にあるものだし、あと毎回いろんな意味で衝撃を受けるのでアップします。

「いや、俺どんな顔で写ればいいん?」と
戸惑いつつ写真撮らせてくれる優しい長男氏と
その様子を面白がって撮影している夫

結び|フリーランスは験担ぎも大事!

年始早々わちゃわちゃとした初詣でしたが、家族みんなで出かけられて楽しかったです。今年もたくさん良いことあるといいな!

私はもともとゲン担ぎとか全然興味なくて、初詣も「別に近場で簡単に済ませりゃいいじゃん」派だったのですが、フリーランスで働くようになってみて「多少は運気とかも大事!」と考えるようになり、ちゃんと初詣に行ったり、熊手を飾って神頼みしたりするようになりました。

まあ最終的に信じるのは自分自身ではあるんですけれども、とはいえ何らかの影響で外からの力が何か良いように作用することだって少なからずあるもんだし、たまにはそういうのに委ねてみてもいいのかもなって。そう考えたほうが人生楽しいし、楽しそうにしていたらきっともっと楽しいことが寄ってくると思うんです。ご縁をいっぱいつなげていたら、きっといいご縁も繋がってくる!うん、今年もきっとたくさんいいことあるよね!

と、口に出すと本当になるはず。だって日本は言霊の国だから!2026年も心身健康に、私を取り巻くすべての人が笑顔で溢れる一年になりますように。改めて、今年もよろしくお願いいたします。

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