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AIは私たちの生活を本当に豊かにするのか〜Mythosの登場とAIのパラダイムシフトについて考える

こんにちは、水無瀬あずさです。

早いもので、4月も残りわずかとなりました。世の中すっかりゴールデンウィークの話題で持ちきりですが、皆さまいかがお過ごしでしょうか。私はですね!今月分の納品が!今日、終わったのです!奇跡!ミラクル!ヒャッハー!!!

いきなりですが、AIの進化がヤバいですね。Anthropicの新AI「Mythos」のニュースを見て、驚きを通り越して恐怖を感じています。もうClaudeCodeがすごい、いやCodexのほうがヤバいとか、どのAIがどう優れているか話している場合ではないのです。AIが明らかな脅威として存在するようになった現実に対して、人間が明確に線引きをするタイミングが来ているんじゃないですかね。もう「ギュられる」とか言ってる場合じゃなくてさ!

ということで、今回のnoteは、Mythosの話題をきっかけとして、AIについて考察したことをまとめます。「AIは本当に私たちの生活を豊かにしてくれるのか」というテーマで、いつもより結構ちゃんと真面目に書きました(いや、いつもちゃんとやってるんだけどね・・・?)。

構想から執筆まで1か月、ファクトベースであれこれ考察していたら1万字超えの超大作になってしまったけど、技術に詳しくない方にもなるべくかみ砕いて頑張って書きました。最後まで読んでいただけるととても嬉しいです。なお、書かれている考察の部分はあくまでも私個人の考えであることをご理解ください。


「AIは私たちの生活を本当に豊かにするのか」という問い

毎日SNSとYouTube、たまにテレビを見る生活をしていると、本当に猫も杓子もAIAIやかましいですよね。そのくらいトレンド感のある話題なのは間違いないんですが、技術が日々進化し、私たちがそれらを生活に享受していくたび、「果たしてAIは私たちの生活を本当に豊かにしてくれるのかな?」と疑問を抱かざるを得ない状況になっていると感じます。

ここでは、私がそう感じるきっかけになった最新の2つのトピックを取り上げます。

Mythosの登場とリスク

AIに関する最新のセンセーショナルなニュースは、やはりMythosでしょう。Mythos(正式にはClaude Mythos Preview)は、Anthropicが2026年4月7日に発表した、未公開のフロンティアAIモデルです。

Mythosは従来の生成AIと同様に言語処理能力を持つとされていますが、特筆すべきは、サイバーセキュリティ領域で極めて高度な能力を持っているという点です。Anthropic最上位クラスに位置するフロンティアモデルであり、その圧倒的性能ゆえに「国家レベルでのリスク」と警鐘を鳴らされています。

Mythosが「ヤバい」と言われている主なポイントは大きく3つ。

①「システム全体」の自律解析が可能

​従来のAIは、 「この処理のコードを書いて」「このエラーの原因を教えて」というように、局所的(ファイルや関数単位)な作業をアシストするのが得意です。

一方​Mythosは、単一ファイルのコード補完にとどまらず、複数のコンポーネントにまたがるコードや実行環境を読み解き、脆弱性につながる箇所を見つける能力が高いとされています。

②「未知の論理的欠陥」を発見できる

​従来のAIは、過去の学習データに基づいて、「よくあるスペルミス」や「典型的なSQLインジェクションの脆弱性」など、すでに知られているパターンを見つけることに長けています。

一方、​Mythosは、既知の典型パターンを見つけるだけでなく、まだ修正されていない脆弱性や、長年見落とされてきた不具合を発見し、悪用可能な形にする能力を示したとされています。

Anthropicは、Mythos Previewが主要OSや主要ブラウザでゼロデイ脆弱性を発見・悪用できたと説明しており、OpenBSDの27年前のバグやFreeBSDのNFSサーバーのRCE事例にも触れています。

③自律型エージェント

​従来のAIは、人間がプロンプトで細かく指示を出し、二人三脚で作業を進める「優秀なペアプログラマー」のような存在です。

一方​Mythosは、「このソフトウェアの脆弱性を探せ」という大雑把な指示だけで、自分で仮説を立て、コードを解析し、テストを実行し、脆弱性を証明するコードまでを自律的かつ全自動で作り上げます。

人間のセキュリティ専門家が数日かかる作業を短時間で再現してしまえるというのは、もはや脅威でしかありません。AISIの評価では、制御された環境下で行われた32ステップの企業ネットワーク攻撃シミュレーションにおいて、Mythos Previewが10回中3回、最後まで成功したと報告されています。

このようにあまりにも高性能を誇るため、Mythosを開発したAnthropicは、「重大なセキュリティリスクとなる可能性」を指摘し、一般公開を見送りました。現在は防御目的のセキュリティ検証に活用するため、「Project Glasswing」として、一部の大手テック企業、金融機関、セキュリティ関連企業などに限定的に提供しています。

ただ、脆弱性を見つける能力は攻撃にも転用できるため、公開方法や利用範囲は大きな論点になっています。

万が一にもMythosが悪用されれば世界中のデータが攻撃対象になりかねず、一部の利用者が無許可でアクセスした可能性なんかも指摘されていて、「おい、この先本当に大丈夫なのか」と世界中がざわついている状況なのです。

Mythosのヤバさについては、チームみらいの安野さんが早々に指摘し国会に提言もされています。ReHacQの動画は非常に分かりやすいので必見です。

要するに。これまでのAIは「便利な道具」の範疇に収まっていましたが、Mythosは「放置しておくと勝手にシステムの鍵を開けてしまう、自律した超天才ハッカー」の領域に達してしまったわけです。遅かれ早かれこのような事態は想定されていたことでしたが、予想より早くこの次元に到達してしまったために、世界中がその扱いを本気で考えざるを得ない段階に入っている状況なのです。

企業が新卒採用を絞っている話

他方、AIの劇的な進化によって、ビジネスの世界も大きく変容しようとしています。景気の悪化や先行きが不透明な現状もあり、多くの企業は新卒採用を絞る方向に舵をきりました。

とくに私のような文系の人材の風当たりは強く、80万人も人余りが怒る可能性すら示唆されています。学生時代にスキルや知識を磨くことを怠ってしまうと、キャリアに悪影響を及ぼすということに他なりません。大学でのんびり好きな研究に打ち込んでいる場合ではなくなったというわけです!

この背景にあるのは、AIによる業務の再設計です。AIによって業務の一部が代替可能になり、教育コストの高い新卒を採る必要が減りました。その結果、「人を増やして回す」モデル、いわゆる人月ビジネス的な発想が崩れ始めているのです。

私の属するIT業界に限っていうと、新卒採用は売り手市場ではなく“選別市場”になっていることが明らかです。久松剛さんのnote記事によると、「採用人数は極端に減っていない」「しかし採用対象が絞られている」「職種によっては新卒採用そのものが消滅し始めている」と指摘されています。

この結果、「売り手市場なのに就職できない」という違和感が生まれ、新卒エンジニアの二極化が顕在化しているといいます。

企業側の本音としては、「ゆっくりと人材を育てている余裕がない」というところでしょう。なぜなら、新卒は即戦力ではないから。AIで代替できる業務が増えた結果、教育投資の回収が難しくなり、「最初から戦力になる人材」へシフトしているのです。新卒採用という「育成前提の」採用の形は、今後どうなってしまうのでしょうか・・・。

他方、中途採用は安泰かといえば、そうとも言い切れないんですよね。というのも、AI前提のスキル要求が前提となったため、採用基準は大幅に上昇しており、条件にマッチする人材が大幅に不足しているためです。結果として、「採りたいが採れない」状態が続いているといいます。

実際にIT人材採用では、約3割の企業が目標達成困難というデータもあります。働きたい人は多いのに、人手不足という謎。謎なんだよ。

ただ、これまでと大きく違うのは、多くの企業が「人手不足とはいいつつ、AI代替でいったん現場を回しつつ、無理に採用はしない方針」を取っていることです。このため、中途採用の人も、人手不足による追い風をほぼ感じられない状況になっています。

AIの進化によって起こりつつあるパラダイムシフト

Mythosの例からは、近年のAIの進化が「便利なツール」の域を明確に超え始めている現状が見えてきます。生成AIが使い方次第で社会インフラに影響を与え得る、場合によっては脅威にもなり得る現実に、私たちは直面しているのです。

そしてこの変化は、働く場所そのものにも影響を及ぼし始めています。従来は人手を前提としていた仕事の一部が、AIを前提とした少人数・高付加価値の組織へと移行しつつあり、私たちが働く環境は静かに、しかし確実に変わり始めています。

肝となるのは、この変化が「スキルの在り方」にまで及んでいる点です。従来のように時間をかけて経験を積み上げるだけでは通用しにくくなり、AIと協働する前提での思考力や問題設定力が求められるようになっています。もはやコミュ力さえあれば何とか乗り切れる時代ではなくて、判断力、課題解決力、突破力、レジリエンスなどなど、あらゆるスキルが当たり前のように求められるようになっているわけです。つらみ。

そしてこの話、社会人になってからの話に限ったことではなく、AIはそもそも学び方そのもの、さらには学生時代の過ごし方さえも変えつつあります。学校で「何となく勉強する」「何となく進学する」だけでは、もはやこのAI競争社会に生き残れない。何を覚えるか以上に、「どう学ぶか」「どう臨むか」が問われる時代に入ったといえるのかもしれません。

この変化は、仕事観や社会観にも波及するでしょう。これまでのように「安定した職に就く」「同じ会社で長く働く」といった前提は揺らぎ、個人がどのように価値を発揮するかがより重視されるようになっています。

AIの出現と進化は幸か不幸か、私たちの働き方だけでなく、働く意味そのものを問い直す契機になりました。いま起きているのは単なる技術革新ではなく、社会の前提そのものがガラリと書き換わる「パラダイムシフト」。しかもこの流れは、一過性のものではないでしょう。

きっとこの変化はもう止まらない。私たちはその中で、どう適応するかを問われています。

AIAIって、最近なんか息苦しいよね

AIが出てきたら、仕事も生活ももっと便利になって、ワクワクした毎日が待っている・・・そんな未来を、どこかで期待していた気がするんですよね。『ドラゴンボール』の世界みたいに、カプセルハウスがあって、空飛ぶクルマがあって、面倒なことは機械がいい感じにやってくれるみたいなさ。

あるいは鉄腕アトムのように、人間とロボットが自然に共存している未来。AIの進化って、本来そういうワクワクするものだったじゃないですか。

でも現実は?なんか違いますよね。生活はさほど豊かになっていないし、仕事は全然楽にならない。むしろ仕事は増えてる!「AIを使いこなせること」まで求められるようになって、文章も画像もコードも、調査も、企画も、あれもこれもそんなことまで!やるべきことだけが、どんどんどんどん増えています。その上、新しいツールの名前も覚え、追加機能を追いかけ、使い方を学び続けてさ。

AIのおかげで毎日が確実に便利に豊かになっているはずなのに、なぜか楽になった感じが全然しないのって何なんですかね。付いていけないと置いていかれるような焦りばかりが増えて。しんどいよ、もう!!!

AIって、未来を明るくするものだと思っていました。でも今ってなんか、かーなーりー息苦しくね?進化が速すぎて、夢を見るよりも何よりも、まず今日のアップデートを追いかけるだけで精一杯なんですわ。私みたいに「もうヤダつらい!」って感じている人、実は相当多いんじゃないかと思います。

便利さと引き換えに、私たちが失っているもの

かつての産業革命のようなパラダイムシフトは、「人力では不可能だったことを可能にする」、いわゆる「0→1」のフェーズでした。でも今回のAIによるパラダイムシフトは、ちょっとタイプが違うものだと感じます。というのも、AIは無から何かを生み出すわけではなくて、既に技術という土台があって、その上で「すでにあるものを高速化・効率化する」、つまり「1→100」のフェーズです。インターネット革命もこっちですよね。

新しく何かを生み出すわけではないからこそ、次から次へと効率化が、生産性が求められる。最適化によって「無駄を削ること」が至上命題になった結果、私たちは便利さを享受しつつ、大切な「なにか」を失っている気がしませんか。これが、いままさに私が感じている息苦しさの要因のひとつなんじゃないかな・・・というのをぼんやりと感じています。

たとえば、「余白」。かつて人間が持っていた「ちょっとした手待ち時間」や「思考の遊び」は、AIによる効率化で徹底的に埋め尽くされてしまいました。1分1秒まで高密度にタスクが詰まった「高純度な忙しさ」――ねえ、それって本当に幸せなの?

また、「寛容さ」も私たちが失っているもののひとつ。社会全体が、「不完全なもの」に対してひどく不寛容になっている気がしませんか。人間が持つ曖昧さや矛盾、ちょっとしたズレ。かつては「個性」で済まされていたものが、AIの精緻な基準で可視化された結果、「修正すべきエラー」ばかりの世の中になってしまいました。

“待つ”ことに対する耐性や情緒もまた、私たちが失ったもののひとつです。検索ボタン一つで答えが出る世界では、すぐに結果が出ないことに対して過剰にストレスを感じるようになり、心のゆとりが削り取られてしまう。世の中、答えがないことのほうが多いはずなのに、みんなが求める「正解」って、果たして本当に正解なのかな?一度立ち止まって考える必要がありそうです。

ふとした瞬間に、空をただぼんやり眺める。その余白の中で思考が研ぎ澄まされ、普段は思いつかないような突飛な発想が生まれることもあるでしょう。でも今、スマホがあり、ノートパソコンでどこでも仕事ができるようになって、空をボケラと眺めていたら「あいつ何サボってんねん」と言われる。つらいですよね。フウと一息ついて、何もしない時間を過ごすことが、今の時代においては何よりの贅沢なのかもしれません。

心の余白を取り戻すために
先日行った焼肉食べ放題の写真でも

時代は流れていくもの、変化していくもの。それは大前提ではありますが、多かれ少なかれ社会の変容はあったとしても、私は子どもたちの学びの機会は、一定期間確保されるべきだと考えます。だって教養こそが、豊かさの象徴だと思うから。

私にとって、大学時代は人生において唯一の猶予期間(モラトリアム)であり、大好きな歴史をアホほど学べて、古書のあの独特のニオイの空間で過ごせて、知識を深められて、あの時期は思い返してみても本当に幸せでした。今考えると社会人になってからほぼ役に立たない知識ばっかりだけど、そうやって知識漬けで過ごせた時期が、自分というアイデンティティを熟成させてくれたとも思うんです。

でも今の若い子たちには、もうそれが許されない。大学生という時代は決して猶予期間ではなく、何なら入学したときから就職活動の一部みたいな、激しいキャリア抗争の必須期間と位置づけられるのは、非常に気の毒なことだと感じます。豊かさの「密度」に押しつぶされて、成長過程で必要な「空白」がなくなっていく・・・そんな現状。学生時代の「今」しか、「今だから」こそ学べることって絶対あるのにね。悲しいね。

こんないまのAIの進化。一体誰のために、なんのためにあるものなんでしょうね。こんなつらい状況がいつまで続いて、それでいて、いつか私たちの生活は、本当に楽に、豊かになるのでしょうか。私は最近、それがよくわからなくなっています。

AIの進化競争に終わりはあるのか

では、このAIの進化競争に、終わりはあるのか。これについては、当事者(?)であるAIに聞いてみました。

ChatGPTいわく、どこかで人間が「さすがにここで止めよう」と理性的にブレーキを踏むのが理想だが、正直それはあまり期待できないだろうとのこと。企業はより強いモデルを作りたい。国家は他国に遅れたくない。研究者は技術の限界を見たい。ユーザーも、より便利なAIを求める。みんな少しずつアクセルを踏んでいる状態だから。

ただ、もっと現実的な「壁」にぶつかるときが来るだろう、とGemini。その要素は3つ。

​1. 「物理的リソース」の限界(電力と半導体)
​今のAI(特にMythosのような超巨大モデル)を賢くするには、想像を絶する規模のサーバーと電力が必要です。このまま競争がエスカレートすれば、「地球上の電力が足りなくなる」「冷却するための水が足りなくなる」「これ以上データセンターを建てる場所や半導体がない」という物理的な制約にぶつかります。
どんなにデジタルの世界で突き詰めようとしても、それを動かすハードウェア(現実世界)の限界が先に訪れるという見方です。
​2. 「学習データ」の枯渇(データ枯渇の壁)
​現在のAIは、人間が長年かけてインターネット上に蓄積したテキストや画像(人間の知の結晶)を読み込んで賢くなりました。しかし、すでに「質の高い人間のデータ」はほぼ食い尽くしたと言われています。
今後は「AIが生成したデータを、別のAIが学習する」というループに入りますが、これを繰り返すとAIの出力がどんどん劣化していく(モデル崩壊と呼ばれる現象)ことが分かっています。「人間のデータ」というガソリンが尽きることで、進化のスピードが鈍化するという構造です。
​3. 「規制」という名の強制ブレーキ(安全保障の壁)
​Mythosの話題でも触れましたが、強力なAIがサイバー兵器と同等の脅威になると、国家が黙っていません。かつて核兵器の材料であるウラン濃縮が厳しく監視されたように、「一定規模以上のAIを開発するための計算資源(GPUなど)の保有」自体が国際的な規制や監視の対象になる可能性があります。経済的な欲望よりも「安全保障上の強制ストップ」が優先されるシナリオです。
​人間の知的好奇心や資本主義の「もっと利益を!」という欲望は底なしですが、皮肉なことに、それを止めるのは人間の知恵ではなく、「現実世界の物理法則(エネルギーや資源)」になりそうだ、というのが現在のリアルな見立てです。

Geminiの出力

AIの進化競争の終わりはおそらく、電力が足りないとか、データが足りない、半導体が足りないとか、あるいは安全保障上野放しにできないとか、そういう人間の都合によって始まるだろうということ。つまり「いつ終わるか」ではなくて、「どこで規制や均衡を入れるか」を考える必要があります。原子力やインターネットと同じように。

そのくらい今のAIの状況って、転がる車輪状態になっているんです。ちょうど今ぐらいの、「ちょっとポンコツ(※Gemini談)」くらいのレベル感がちょうど良かったのにね。「もっと」「もっと」って開発を深めた結果、人間は自分たちにも制御できない境地に到達してしまいました。

シンギュラリティの波はこの先もおそらく止められない。AIに支配された世界は、どこに向かっていくのか、どこに着地するのか。私たちはいま、「進化」という言葉の本当の意味を、改めて考え直すタイミングに来ているのかもしれません。

就職氷河期と同じことが繰り返される?

私は、最近また話題に挙がるようになった、いわゆる就職氷河期世代です。大学の就職説明会では「とりあえずエントリーシートは100枚書け。そこから2~3割ぐらい書類が通り、3~5社内定が出ればラッキー」と言われました。一応言っておくけど、エントリーシートは手書きだからね。お祈りメールは数しれず、圧迫面接もそこそこに、多くの同志は心を折られて就活から去っていきました。

あの不遇な時代。だからこそ、最近の「AIによって企業が採用を絞り始めている」という話を聞くと、どうしても嫌な予感がしてしまうんです。

氷河期のころ、企業は一斉に新卒採用を減らした結果、何が起きたか。キャリアの入り口に立てなかった人が大量に生まれ、今になって「中間管理職が少ない」「現場を支える中堅層が足りない」と言われるようになりました。そりゃそうだよ。だってあんたたちが採用してくれなかったからね!と、多くの氷河期世代が思っているはず。

でも別に私たち、同じ苦しみをみんな味わえとは思っていないのです。もう二度と繰り返してほしくない。だからみんな歯を食いしばって耐えたのに。今また新卒の採用を絞るとか、正気か?と思ってしまいます。

日本の雇用は、欧米のようにスキルを持った即戦力人材が労働市場を流動する前提ではありません。企業がポテンシャルを見て新卒を採用し、組織の中でOJTを通じて育てていく。少なくとも長い間、そういう仕組みで成り立ってきました。人を採らなければ、人が育たない仕組みなのです。

にもかかわらず、AIの導入を理由に企業が採用を抑え、「育成の土壌」そのものを手放してしまったら。数年後に何が起きるかは、火を見るより明らかです。

DXは思ったように進まない。AIも現場に浸透しない。AIを使える人もいない。AIを統括できる人もいない。そもそも現場の業務や仕組みを理解している人も足りない。そんな状態になってから、企業が慌てて「人が足りない」「採用しなければ」と言い出すディストピアが見える気がしてなりません。

これは別に若者だけに限った話ではなく、今後20年以上働き続けなければいけない私たちにも関係することです。そして、いつか起こるであろう未来に向けて、いま私たちにできることはといえば、AIに代替されない「人間のコア」を磨くことだけ。

変化し続ける社会に適応し、AIを活用しつつ、社会に通用するスキルを自力で身につける・・・ハードルはかなり高いですが、「確実に今を生き抜く力」「採用難にも立ち向かえる力」を身につけていく必要があると考えます。

子どもたちは未来に何を描けばいいのか

求められるものがあまりにも多い時代にあって、それでも子どもたちには夢と希望を持って、未来を描いてほしいと願います。ではこんな熾烈な競争の時代にあって、子どもたちが身につけるべきものはなにか。

それはやっぱり、結局はコミュニケーション力だったり、義務教育で習う基礎学力とか基礎体力とか、あるいは自分を客観的に判断できる力とか、そういう人間として持つべき当たり前の能力なんじゃないかなって思います。高いレベルのものを求められても、ベースになるのはやっぱり基礎だから。基礎的な人格さえちゃんと形作られていれば、後付けでもスキルって身についていくものなんじゃないかなあ。

世の中には、良い人もいて合わない人もいて。思い通りにいかないこともある。こんなノイズだらけの環境の中で、自分の長所や短所を過信も卑下もせずに読み取り、適切な距離感で人と関わっていく経験こそが、自己を正確に把握する力を育てていくと信じたいです。

だからこそ大切になるのは、泥臭い基礎の力じゃないですかね。学校教育は、そういった泥臭さを学ぶ機会であり、そこで今日も頑張っている我が子たちの未来は明るい!そう、きっと明るいはず!

今回の記事は結構悲観的なことをいろいろと書き連ねてきましたが、とはいえ私個人は別に悲観はしていません。むしろ絶対這い上がってやる!簡単に沈んでやらねえ!と思っています。氷河期マインド。だから子どもたちもきっと大丈夫。先は見えないけどね、手探りでも進んだ先にはきっとなにかが待っていると信じて。時代に翻弄されない強い自己を築き、明るい未来を描きましょう。

結び

AIがやってきた未来は明るく輝かしいものだと思っていたけど、実際にやってきたMythosの状況を見るに、全然キラキラ楽しいものじゃなかったし、不安要素しかなかったというのが現実。そして、このしんどい現実はまだAIシフトにおける過渡期でしかなくて、かなり長い期間続くんじゃないですかね。しんどいよね。

「AIは私たちの生活を本当に豊かにするの?」という問いは、私がこの先もずっと問い続ける永遠のテーマになりそうです。今はどちらかというと懐疑的だけど、それほど遠くない未来、「やっぱAIがあるから人生サイコーじゃん?」って驚きを持って実感できるような、そんな明るい世界を願いたいものですね。

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