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つぶやき機能が無くなりnoteとエンゲージメントが減った話から、これからの #noteのつづけ方 を考える

こんにちは、水無瀬あずさです。

ちょっと!もう9月が3分の1経過したってマジ?ついこの間、8月の実績報告をしたばかりなのに!?と戦慄を覚えている今日このごろ、皆さまいかがお過ごしでしょうか。いやもう日々の経過が早すぎて、手帳にメモっていても「あれ、今月なにやったっけ・・・?」となるのはもう絶対に年のせい。スンッ。

とまあ、そんなオフザケはそこそこに(ふざけとったんかい)、最近の私、noteの投稿が明らかに減っています。まあ大きな理由は仕事に加えてゲームが忙しいからなんですが、それとは別に、noteから「つぶやき」機能が無くなったのも、それに拍車をかけているように感じるんです。Xはやっているんですけど、noteのつぶやきってそれとはちょっと雰囲気が違う気がするんですよね。その証拠に、私はnoteではちょいちょいつぶやき投稿をしていたけど、Xではほとんどつぶやきません。今でも。

というようなことをずっとモヤモヤ考えていたのですが、ある方のnoteを読んでパッと視界が広がった気がしたので、今回はその言語化としてnoteを書こうと思います。つぶやき機能が無くなって淋しい方、別に影響ない方さまざまとは思いますが、この機会に改めて、私個人としてこれからnoteとどう付き合っていくか、noteの続け方について考えます。


つぶやき機能が無くなりnoteとのエンゲージメントが低下

8/25にnoteのつぶやき機能が終了しました。

子どもたちが夏休みだったのと、仕事もぼちぼち忙しく、またゲームもやりたい!となっているなかで、私の生活におけるnoteのウェイトはかなり下がっていました。そんな中で、いきなりのつぶやき機能の終了宣言(たぶんいきなりではなかったんだろうけど)。本当に全然知らなかったので、フォロワーさんの投稿を見て「え、無くなったの!?」とびっくりしました。

まさかこんなアホ投稿がつぶやきの最後になるなんて想像していなかったよ。

これまでの読者のみなさんならご存知かと思いますが、つぶやきでない私のnote記事って基本的に長文ですよね。なんなら超長文。最近はだいたい平均7000字ぐらいかな。書くのも少なくとも3時間ぐらい(たぶん推敲とかもあるのでもっと)かかっています。気軽な感じでは書けない、ある程度は「価値ある読み物」としての体裁を整えたい。それが私にとってのnote。

だから時間がないときは、そもそもnoteは書かないし、書こうとも思わないんですが。つぶやき機能は、そんな「書きたい」と「書きたくない」と間をうまく繋いでくれる役割を持っていたように感じます。「長文を書く気力はないけど、つぶやきだけ書くか~」みたいな感じで近況を上げていた私にとって、つぶやき機能の終了はかなり痛かったです。

そして、そうやってつぶやき機能がなくなり、でも仕事もゲームも忙しいのでnoteを書く時間と気力がなくなると、途端にnoteを開くのさえしなくなってしまったわけで。スキやフォローの通知が来たときだけ「ふ~ん」と見るぐらいで、本当にほとんどnoteと関わらない日々が続きました。

noteからつぶやき機能がなくなったことに対して、多くの方の見解が「つぶやき機能はXがあるもんね」というものでした。さもありなんと思いつつ、じゃあnoteで呟いていたような内容をXで投稿したいかというと、そんなふうには全然ならないんですよね。同じつぶやき機能なのに、なんでなのかなあ。そんな考えを巡らせて、ずっとモヤモヤしていました。

ああnoteを書きたい気がする、でもまとまった時間が取れないから書けない、こういうときにつぶやき機能があればなあ。そんなふうに思いながら、昨日何気なくnoteを開いたら、私と同じようなことを考えていらっしゃる方の記事を発見!思わずコメントを書き込んでしまいました。

そうなんだよ!Xとnoteのつぶやきって、そもそも種類が違うものだったんだよ!ということに、記事を読んで改めて気づいたのです。そもそもの役割が違ったのだ。ここ何日かずっとモヤモヤしていたものが、ようやく言語化されて形になった気がしました。

コメントに対してお返事もいただきましたが、もう首がもげそうなくらい同意ですよ。Xとの差別化をもっと明確に打ち出したうえで、つぶやき機能も継続して欲しかった。

noteのつぶやきと「X」の決定的な違い

じゃあXとnoteのつぶやき機能、一体何が違うんだろうか。ということを、改めて掘り下げてみようと思います。

私の中では、Xって人通りが多い大通りで広げているでっかいメモ帳のイメージです。多くの人が行き交う場所なので、ちっぽけな私のメモをふと目にする(あるいはしてしまう)人がそこそこいるかもしれない。見た人の中には、反感を持つ人もいるかもしれない。だから無闇なことはできるだけ書かないでおこう。そんなメモ帳。

これに対してnoteのつぶやき機能は、大通りの脇にある細い通りで小さく広げているメモ帳のイメージ。見ようと思えば誰でも見れるけど、そもそもそこを通る人は少なくて、よほど興味のある人だけが覗き込むように見るもの。だからまあ、もちろん誰かが反感を持つような内容を書くのは良くないけれど、比較的好きなことを自由に書いて良い場所。

そういう位置づけだったから、家族の写真とか家の写真とかも上げるし、「今日はこんな出来事がありました!」とかもいろいろ書けたんですよね。それはnoteのつぶやき機能だったからであって、同じ内容をXには投稿はしません。

Xでは割とゲームのつぶやきはしているかも。プレイして感じたささやかな感想とか。なぜならゲームネタは基本的にあまり人を傷つけないのと、noteユーザーの多くはゲームにあまり興味がないから。明確に差別化している感じですね。

そもそもnoteって、注目記事で選ばれたり検索上位に上がったりすると多くの人が目にする機会を得る一方で、その他の記事はひっそりと、note利用者の間でひっそりと読み続けられる存在だと思うんです。

そしてnoteを普段から利用する人は、多くが文章を書く人だし、読むのが好きな人。という性質上、noteなら比較的自由に、ある程度は許容範囲の広い内容を書いても許される、そんな空気がある気がします。これはXやInstagramみたいなSNSとは、大きく違う部分なんじゃないかなあ。

私がnoteを続けるうえでの「ないない」ポリシー

つぶやき機能がなくなったからnoteを辞める!というわけはなくて、やっぱりnoteは私にとってのホームです。ライターのプロフィールには、まずnoteのURLを書きたいくらい愛着があります。だって試行錯誤の末、3年半も頑張って育ててきた大切なアカウントだもの。

そんな大切なnoteを書くうえで、私の中で勝手に検事しているポリシーがあります。全部語尾が「ない」だったので「ないない」ポリシーって書いたけど、あれ?確か昔、なんか似た記事を書いたような・・・と思って調べたら、これでした。ポリシーだいたい否定から入る派のわたくしであります。

十人十色、noteとの向き合い方は人それぞれですが、私がどんな考えで記事を書いているかをまとめてみたいと思います。

書きたいときしか書かない

基本的に私は、「noteを書かなきゃ!」という気持ちでは書かない主義。書きたいと思ったときは書くし、思わなければ長い間書かない、そういうスタンスでやっています。

毎日noteを投稿している方って意外と多くいらっしゃいますよね。すごいなあ、偉いなあと思う反面、「書かなきゃ!」という強い義務感に駆られて書くのって、果たして楽しいのかな?と疑問に感じたりもします。アウトプットが大事なのは本当にそのとおりだけど、惰性で続けてしまうとあまり面白くないものが出来上がっちゃう気がして、うーん何かなあって思ったり。

そこへいくと、同じライター仲間、吉岡かんなさんはすごい。毎日noteを更新されているんですが、日替わりで色とりどりのエッセイを投稿されていて、それが毎日非常にユニークで面白いのです。

私のようにダラダラ長くなくて、サラッと読めて、読後に「私はどうだろうな?」と考えさせられる、そんなクオリティの高い記事。こんなん無料で読めるなんてラッキー!と思わせてくれます。もう普通にファンです。私もそういうの書けるようになりたい、マジで

書きたいことしか書かない

noteを仕事で使うかプライベートで利用するかによってnoteとの向き合い方は異なると思いますが、私は完全プライベートで記事を書いています。まあ依頼されて書くとか、一部例外もありますが。なので、基本的にnoteには、「今書きたい!」って思う内容しか書かない、がポリシーです。

過去の記事を振り返ってみても、家族のこと、学校のこと、おでかけした感想、ゲームの感想とか、かなり統一性がないですよねえ。でもこういう懐の深さが私の良さよ!と開き直っています。最近だと、大好きなゲームについて早口で長文を語った感じの記事がお気に入りです。

仕事のことも書くには書くけど「最近こういう仕事が増えたな」「こういう傾向があるな」とうっすら考えていたことが、お風呂とかでぼんやり考えているうちに言語化されて、「あ、書きたい!」ってなったときに書いています。ちなみにこの記事も、急に考えがまとまったので慌てて書いている次第。書くことも好きだけど、それにむけてあれこれ考えるのが好きなんだよね。

たぶんこれからもずっと、このスタンスは変わらないと思います。

クオリティを担保できないものは投稿しない

一応は文章を生業としている者として、noteの記事にはある程度のクオリティを担保したいというプライドがあります。読む人によっては「ふん、この程度の文章で?」と笑われてしまうかもしれないけど、私が今書ける最高のものを、最高の形で提供したいんです。それがお金にならないnoteの記事であっても。

あくまで個人的な感想ですが、noteは十人十色の「人生」が読めるプラットフォームだと思っています。いろんな人がいて、いろんな文章があって、通り過ぎながらそういうのをふと覗き見られる場所。だから私はそこに、ちゃんと「読み物」として完成された価値を提供したい。そのために時間をかけて書くし、しっかり推敲するし、たくさんの人にとって読みやすく、また面白いものを完成させたいなって思います。「役に立った」「面白かった」は最上級の褒め言葉。

とはいえ、どれほどクオリティを意識したところで、ビュー数もスキも伸びないときは全然伸びないし、逆にそういうの気にせず勢いだけで書いた記事がめっちゃ伸びたりもするものですが。予測なんかできないので、数撃ちゃ当たる作戦で好きなようにやるのが正解なんじゃないかなあと思う今日このごろです。

ちなみに私のnote記事でここ1年ほど、1番読まれているTOP3はこちら。

個人的には、もっと頑張って書いた記事はたくさんあるのになんでだよって感じのラインナップなんですが、たくさんの方に読んでもらえるのは素直に嬉しい。これも日々の記事のクオリティを高めている結果だと、前向きに受け止めたいと思います。

フォロー、スキを過度に気にしない

noteをやっていると、フォロー数やスキ数ってどうしても気になりますよね。ただ、noteをプライベートで続けるうえで、数をあまり気にしないって意外と大事だと思います。いや、もちろんめっちゃ気にはなりますよ、念のため。

noteを始めたばかりのころ、まだフォローしてくれる人が全然いなくて、相互フォローしてくれたらいいな〜って手当たり次第にいろいろな人にフォローしまくったり、スキ返ししてくれないかなあとスキをつけまくったり、まあいろいろしました。

noteのアルゴリズムは詳しくはわかりませんが、昨今のSNSって、多く利用する人ほど露出が増える(おすすめに載るとか)傾向があります。たぶんnoteも少なからずそういうロジックを採用しているはずだから、とにかく記事を書く+αとして、スキをたくさんつける、フォローする、フォローされるといったアクションを増やすことで、誰かの目につきやすくしようという作戦でした。

ライターとして産声をあげたばかりの私がどんなに立派な言葉を吐いても、道端の小さな声では誰にも届かない。とにかく不特定多数の人に読んでもらうために、露出を増やす必要があると考えたのです。

果たしてこの作戦が功を奏したのかは不明ですが、フォローしてくれる方は少しずつ増えてきて、何となくコメント欄などで交流できる方も増えてきました。

気づけばフォロワーは300人を超え、そのあたりからだんだん人数を気にするのをやめました。質の高い記事を書き続ければ、スキやフォローしてくれる方は自然と増えることが、感覚として分かってきたからです。おかげさまで、フォロワー数はもうすぐ大台に達しそう?なかなか達しないけど。本当にありがたいことです。

noteを始めたばかりのころの私は、「300人、500人、1000人のフォロワーがいるインフルエンサーの人からは、どんな景色が見えるんだろう」って思っていました。そこそこの数のフォロワーができた今、改めて言いたい。何も見えん!てか全然インフルエンサーじゃなかったし、何も変わらん。noteってフォローしなくても別にいいや的な文化もあるし、数ってあんまり当てにならないんだなあと思う今日このごろです。

これからも変わらず、書きたいことを書きたいタイミングで書き続けていく私でありたいと思います。

仕事につながることを期待しない

ライターの仕事の一環としてnoteをやる方も多いみたいですが、3年間そこそこちゃんと運用してみての感覚としては、noteってそこまで仕事に直結するものでもないなって感じています。

というのも私、これまでnoteから仕事に繋がったものはわずか1件。クライアントへの提案文や実績にはnoteのURLを必ず書くようにしているんですけど、思っていたほどnoteって読まれない印象です。提案文に書く実績記事のURLのほうがよほど読んでもらえます。ってかメディア担当の編集者さんってだいたい超忙しいから、個人のnoteをじっくり読んでくれるほうが稀なんじゃないかなあ。

執筆実績が少ない人がnoteを活用するのはアリだと思いますが、あまりnoteを「仕事くださいッ!!」と前面に押し出すのも、効果は薄い気がしました。例外として、企業のnote運用のお仕事を取りたい人には役立つのかも。使い慣れてることを示すという意味で。

そもそも私はnoteを仕事としてはやっていないので、もし仕事に繋がればラッキーくらいの気持ちです。そんなスタンスでいたほうが気が楽だとも思いますね。誰かに読んでもらう前提で記事を(ちゃんと)書くってことさえしていれば、それこそ書きたいことを好きなように書けばいいじゃん。それがきっと、いつか仕事につながるはず。少なくとも私はそうでした。

結び|つぶやき機能がなくても私のnoteは続く。

ここ数日なんとなくモヤモヤしていたことを、ようやく言語化できてすごくスッキリ。私、noteのつぶやき機能がすごく好きだったんだなあ。無くなってしまって、とても淋しい。

それでもnoteが、私にとってかけがえのない場所であることに変わりはありません。きっとこれからも好きなことを好きなときに書いて、面白い記事をたくさん読んで、ときどき仲間とかとも交流して、もしかしたら仕事にも繋がって、そうやって続いていくものだと思います。

卵から大切に温めてきた自分のnoteが、今こうやって大きなものに育ちつつあることがとても嬉しい。これからも楽しく無理なく私らしく、noteという場所を育てていきたいと思いました。いつも支えてくださる家族と友だち、フォロワーさんに感謝!

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