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さよなら義務教育!長男氏が中学校を卒業しました~何だかんだあった中学3年間を振り返る

こんにちは、水無瀬あずさです。

皆さん3月ですね。3月と言えば春。春と言えば卒業!ということで、本日3月12日、我が家の長男氏が無事中学校を卒業しました!!長いようであっという間の3年間を経て、ようやく義務教育とオサラバであります。親としての最低限の義務終了!お疲れ私!ぱちぱちぱち!

本人も「いえーい義務教育終わったー!」と大層喜んでおりましたが、ぶっちゃけ義務教育が終わってからのほうが人生って大変なんだぜと心の中でつぶやいた私でありました。自由ってそれだけ責任が伴うものだからね。これからは、まだ見ぬ道を自らの力で切り拓いていく力を養ってもらいたいものです。

ということで今回のnoteは、祝卒業記念!ということで、長男氏の卒業式と中学校3年間を振り返ります。人生山あり谷あり、当たり前だけどいいことばかりじゃありません。でも試練を乗り越えた先には新しい世界が広がっていて、そういうのを繰り返したからこそ人間って強くなれるんだということ、長男氏はしっかりと自分の経験として理解できたんじゃないかな。まだまだ成長を続ける我が子の背中を、これからも生暖かく見守っていきたいと思います!


長男氏の中学校卒業式でした

本日3月12日、長男氏が中学校を卒業しました。

小学校からそのまま持ち上がりで進学した地域の公立中学校で、思い返してみれば本当にいろいろなことがありましたが、過ぎて見ればあっという間の3年間でした。ああ、終わっちゃったんだなあというちょっと寂しい気持ちと、やっと終わった良かったー!という気持ちとがせめぎ合っています。嬉しいけど複雑。

卒業証書を授与され席に戻るときの長男氏

受付が8:45だったので余裕を持って8時に家を出たら、学校に早く着きすぎてしまい、受付待ち列の前から2番目とか。めっちゃ張り切っている親みたいな感じになってしまいました。いやそんなつもりはなかったんだが!!意図せずとてもいい席をゲットして卒業式が始まりました。

横浜市の学校行事といえば、国歌とともに必ず横浜市歌を歌うのがお約束。小学校入学時こそ驚いたけれど、今となっては当たり前の光景になり、横浜出身でもないけど私も横浜市歌は歌えます。慣れってこわい。

今年度着任した新しい校長先生は、おそらく同世代の男性で、とにかく話が短いことで有名です。子どもたちからは「新しい校長、話短くてマジ神」と言われています。卒業式でも、相変わらずめっちゃ短い挨拶で終わってくれたので感謝。だらだら長い挨拶は要らないのよね。

PTA会長の挨拶や来賓紹介、祝電の紹介などがあり、在校生の送辞と卒業生の答辞を終え(これが結構長くてお尻が痛かった)、最後に卒業生の合唱。「大地賛歌」と「旅立ちの日に」の歌声が体育館に響きました。中学生になると、こんなにもしっかりとお互いの声を聞いて、ちゃんと「合唱」ができるようになるんだなあと、改めて成長を感じた瞬間でした。

卒業式全体を通じて、とりたてて涙を流すシーンはなかったわけですが、合唱の時に一瞬だけグッときました。というのもちょうど一年前、次男くんの小学校卒業式の翌日、父は息を引き取りました。その時、「きっと次男くんの卒業式を見届けたかったんだろうなあ」って思ったことが、今日の合唱中にふと思い出されて。「お父さん、たぶんこの歌声も嬉しそうに聞いているんだろうなあ」と思ったら、涙が込み上げてきたのでした。できれば、「おめでとう!」って直接本人に言って欲しかったなあ。

今朝、家を出るとき長男氏に「いよいよ卒業だけど寂しい?泣く?」って聞いたら、「別に?」と言っていたのですが、帰ってきてから聞いたら「式中に結構泣いた」とのことで、なんか意外でしたね。泣くタイプだったんや。「え、お母さん泣いてないの?お父さんは・・・泣かないよな。え、泣いてたの俺だけ?」とバツの悪そうな顔をしていたのが印象的でした。まあ、そのくらい思い出深い3年間だったということだよね。

最後に仲良しのお友達8人ぐらいで集合写真を撮らせてもらったのだけど、長男氏、それはそれはいい笑顔をしていて、もうそれだけで私は胸がいっぱいになりました。友達がいないと泣いた、あの日から2年。「今はあんなに友達がたくさん・・・!」と、母は心の底からホッとしました。長男氏、卒業おめでとう。未来のキミに、幸多かれと願います。

中学校の3年間はビックリするほど早い!

というわけで何とか長男氏が中学校を卒業したわけですが、まず最初に出る感想は「え、もう卒業?」です。中学校の3年間は、想像していた3倍くらい早かった。何せ直前まで受験でハラハラドキドキしているものですから、受験が終わってホッと一息ついたところで「え、あんた卒業すんの!?」ってなります。情緒もへったくれもないよ。

義務教育と言えば、小学校の6年間+中学校の3年間ですよね。小学校の6年間は、ガキンチョだった我が子がクソガキに成長する期間であり、しかも6年間もあるので、結構長~~く感じられます。まあ、それでもあっという間ではあるんだけど。

一方、中学生の3年間って、どちらかというと心が成長する時期なので、変化が目に見えにくいんですよね。INとOUTがそんなに変化しない時期。もちろん大きく見た目が変わる子もいるし、見えない部分は非常に大きく、大人へと変化しているんですが、もう親が甲斐甲斐しくどうこうしてあげる時期ではないので、割と代わり映えのしない3年間が続きます。

昔ほど頻繁に学校に行く必要もないし、おたよりも基本Webだし、基本的に友達とわちゃわちゃしているので放置だし、勉強も本人主導だし。気づけば3年経ってた!という感じでした。だから本当にあっという間に過ぎてしまったなあというのが印象。まあ、我が家はそれでも子どもたちとかなり関わっていたほうだとは思いますが。中学生の時期って、しっかり見守っていないと、あっという間に卒業ですよ皆さん・・・。

長男氏の中学3年間振り返り

気付けば終わりを迎えてしまった長男氏の中学3年間。我が子は基本的に「勝手にやっていく」タイプだったので、大きく手がかかることもなく、ママ友にも「長男くんはしっかりしているからいいよね」と羨ましがられるのですが、とはいえ。とはいえ、なんですよ!

こまごまとですが、まあいろいろあった3年間でした。学校から電話がかかってきたこともあったし、「学校に行きたくない!」って言い出さないか、「もう嫌だ」と早退してこないか、ヒヤヒヤ見守っていた時期も実はありました。ここには書けないことも、まあいろいろあったんです。夫から「そんなことあったの?」って驚かれましたが(気楽でいいよね・・・)、私は結構気をもんだ3年間だったんですよ。だからぶっちゃけ、うおおおおやっと終わったああ!何事もなくてよかったあああああ!という気持ちでいっぱいです。

そんな三年間の総括。笑い話として話せる部分だけですが、我が子の泣き笑いの三年間の思い出を振り返ります。

「未来が不安」と泣いた1年生

小学生に進学するタイミングを「小1の壁」とか言ったりしますが、ここでいう壁は保護者に立ちふさがる壁ですよね。でも小学生から中学生に進学するタイミングは、子ども本人に立ちふさがる壁と言えるかもしれません。気楽に楽しく過ごせた小学生時代と違い、急に制服を着せられ、ルールを守れと厳しく言われつつ、勉強は急に難しくなり、「受験」の文字がちらつく、そんな環境に順応するのがなかなか難しい時期。

我が家でも、卒業した長男氏はもちろん、現在中1の次男くんでさえ情緒不安定になっていたので、おそらく多くの中学生はメンタルが不安定になる時期なんじゃないかなと思います。

特に情緒不安定だったのが夏休みで、よくわからないきっかけで急にシクシク泣いたり、「未来が不安」と漏らしたりしていました。自分の置かれている境遇や状況を客観的に見えるようになった結果、これからどこに進むべきか分からなくなり、漠然と不安で迷っているのだろうなと思いました。これも成長の過程なんだなあって懐かしかったですね。私にもあったな、そんな時期。

だから長男氏に対しては、「未来が不安なのは大人も同じ。大人だって、表に出さないだけで悩んでいるし迷っているよ。もちろん間違うこともある。私だって、将来どうなるかわからないし、不安なんだよ」と教えてあげました。「そうなの!?」って驚いた顔をしていたのが印象的でしたね。私には迷いがないと思っていたみたいです。子どもの頃って不思議なもので、大人がやけに自信満々に見えるんですよね。未来に対して迷いなく進んでいるように見える。見えるだけ。全然そんなことないのにね。

「私だって不安で仕方ないけど、不安だ不安だ~って閉じこもっていても何も変わらないから、とりあえず目の前にあることをやっているだけ。そうやって何かを続けることで、次にどうするべきか見えてきたりするしね。不安でも進んでいくしかないよ。みんな同じだよ」って言ってあげたら、「そうなのか・・・」とそのまま黙り込んでしまった長男氏でした。あれが何かを考えるきっかけになっていたのかなあ。

ちなみにこの話は、夏の長野旅行の時の出来事でした。軽井沢でジュースを飲みながら話しました。

「民度が低い」とキレた2年生

長男氏が通う公立中学校は、お世辞にもお上品な雰囲気ではなく。数年前までは割とガチ目に「荒れている学校」と名指しで言われるような学校だったそうです。うちも含めて近隣にはマンションが立ち並んでいるので、マンションから通う子どもたちが多いけど、親や祖父母の代からずっと「ここが地元!」というおうちも多くて、新旧が入り混じった何とも言えない殺伐とした雰囲気を醸し出しています。

そんな学校なので、いわゆる「学級崩壊」と呼ばれるような状態のクラスも少なくないのだと子どもたちは言います。すごい世界線で生きているんだね、君たちは。話を聞くにつれ、いちいちビックリしますが、まあ我が子たちは比較的平和なクラスにいることが多いとのこと。なので、事件に巻き込まれたとかはなかったのですが、長男氏が2年生のときのクラスは問題児がそこそこ多かったそうで、なかなか苦戦していました。

まず担任の先生がなかなかの熱血先生で。長男氏はそれがなかなか「合わない」とのことでした。三者面談の時にお話ししましたが、確かになかなかに暑苦しい熱血。毎回、面談の冒頭で3本の指をピッと前に出し、「今から3つ!質問していくぞ!」と長男氏と問答をする様子がかなり面白かったです。面談が終わるたびに長男氏から「お母さん、笑い過ぎだから」と注意されていました。ちなみに我が家では、これを「3つのお約束」と呼んでいます。

長男氏はクラス委員だったので、前に立ってクラスの意見をまとめる役をこなしていたわけですが、自由人が多いなかで意見がまとまらず、それがかなりストレスだったそうです。「マジ民度低い、うちのクラス」が当時の口癖でしたね。それでも、同じく役員をやっていた友達と何とか協力して頑張っていたようで、先生からは会うたびに、「役員として、とても良くやってくれています。助かっています」と褒めてもらっていました。

「俺には友達が少ない、きっと気の合う友達なんて一生できない」と嘆いていたのもこの頃。「友達に幻想を見すぎなんだわ、そんな心からの友達なんて人生で数人しかできねえんだわ」と一蹴してやりましたが、まあ人間関係に悩みがちな時期でもありますよね。これも大事な人生勉強。

三年生になってから、「今年のクラスより2年のときのクラスの方が楽しかった」と話していたのはちょっと意外でした。「今のクラスは平和過ぎてつまらん」とのことで、二年生はわちゃわちゃ大変だったけど、何だかんだで思い出してみると充実していたってことなんだろうなと思います。喉元過ぎれば何とやら。思い出って、そういうものですよね。

「陰キャが多い」と楽しめた3年生

「平和過ぎてつまらん」といいつつ、仲良しの友達が固まったらしいのが三年生。一年生、二年生でウジウジ悩んだのなんてどこ吹く風と言わんばかりに、受験勉強だけでなくいろいろなことを心から楽しめるようになったのが三年生でした。ああ、やっと学校が楽しいと思えるようになったのだなと、母は心の底からホッとしたものです。修学旅行のための服選びに奔走したのも今となっては良い思い出。

小さくても本人的には大きないろいろな悩みが絶えなかった一年生、二年生を経て、長男氏の中になんらかの心の変化が訪れたのだろうと思います。色々と話すにつけ、私たちに対して配慮ができるような節も見られ、「ああ大人になったな」と思うことが増えました。同時に、よく分からない謎ダンスを突然披露するなどの奇行も増えました。一皮むけて、一体何になったんだお前は。

我が長男氏は現在、数学と量子力学などが大好きな理系っ子なのですが(将来は物理学科へ進みたいらしい)、成績が同じくらい、興味のベクトルが同じ仲間が出来たのは大きかったのかなと思います。進路は違えど似た者同士のようで、毎日毎日英語や数学、宇宙、素粒子などの話を家の前で長々と夕方まで語り明かし、その友達におすすめされたぶ厚い英語文法の本を歩きながら読み、休みの日も「勉強してくる!」とウッキウキで出かけて行く(※しかもポーズじゃなく本当に勉強をしている)我が子を見て、おお青春やなあ・・・と生暖かく見守りました。まあ、話している内容はぶっちゃけキモイと思ったけど。中学生って流行りモノや音楽の話をするんじゃないのか。

合格が決まってからは、仲良しのお友達たちとカードゲーム(デュエルマスターズ)に出かけています。ずっと勉強漬けだったし、まあカードゲームなら健全かなと思って見守っているのですが、よりにもよって「まあ俺もね、それなりにね?友達が多いもんで、つきあいがあってね?」とか抜かしおってからに、どの口がそれを言う!?と喉まで出かかったのを我慢しました。えらいぞ私。2年も経てば、言うこともこんなに変わります。

昔、親からよく「一人で大きくなった顔して!」と文句を言われたものですが、まさにそれを我が子にぶつけたい気分。でもそう言えるだけ真っ当に成長できたって証でもあるわけで、それって実は幸せなことだったんだよなあと、親になった今ようやく気づけた私です。

塾には通わず受験を乗り越えた!

高校受験に際して、塾に行くべきかどうかってのは多くの家庭で悩むことだと思います。我が家も例にもれず、ここは結構悩んだ部分でした。

長男氏の場合、小学校のころから不思議と家庭学習の習慣が付いていたので、ぶっちゃけ成績的にはそこまで塾の必要性を感じていませんでした。ただ家庭学習って、どうしてもモチベーション維持が課題で、だらけ対策と緊張感の維持という意味で塾通いを考えていました。

そこで、お試しで塾通いをしてみようということで、中2の夏から長期休みは進学塾(湘南ゼミナール)へ通うことに。なんで湘ゼミだったかというと、家から近かったからだYO!

長男氏の志望校は、超進学校というわけではないものの、合格人数が少なくてかなり人気が高いところなのです。毎年希望者が多いらしく、塾の先生からは「ちゃんと塾に通って受験対策をした方がいいです!」とすごい勧められました。

うーん確かになあ、とか思いつつ、長男氏、講習の最後のまとめテストでは毎回塾内でかなり上位の成績を取ってくるし、模擬試験でもいつも合格可能性90%なんかを取ってきている状態だったもので、「・・・要る?」となりまして。最終的に本人に確認してみたら「別に通わなくていい」と返ってきたので、塾なし・スタサプと自主勉強だけで高校受験を乗り切りました。

ちなみに我が長男氏のように長期休みの講習だけ塾に通っている勢は数人いたそうですが、3年生になる頃にはみんな普通に塾生になっていたそうで、最後まで塾に通わなかったのは我が子だけだったらしい。最後の方はもう塾から勧誘もされなくなったから、「この家は勧誘しても無駄」と諦められていたんだろうな。まあ、合格発表の後で長男氏は塾にも結果報告に行ったそうなので、合格実績の一人としてカウントできたという点で貢献はしたはず。

3年連続クラス委員でリーダーシップを発揮

中学校は半期ごとに係というのを決めるそうで、長男氏は3年間ずーっとクラス役員をやっていました。

昔は結構引っ込み思案なところがあったのですが、高学年から地域活動をやるようになり積極性が身に付いてきたため、私と夫が「いろんな経験したほうが絶対楽しいよー!リーダーとかいっぱいやってみなよー!」って声をかけていたら、いつの間にか前にグイグイ出るタイプになったという。2年の頃に参加した高校の学校説明会でも、「質問ありますか?」という司会の問いかけに対してさっと手を挙げて質問し始めちゃったりするもんだから、隣に座っていた私は「いやお前が行くんかーい!」と心の中でツッコミをかましていました。幼少期の体験が人間を作るんだなあという、良い見本でしょうかね。

クラス委員をやると、遠足のレクリエーションやスケジュールなどを決めたりする仕事があるそうです。委員会の日に遅くまで残ってみんなであーだこーだ話し合ったりしていて、とても忙しそうにしていたのが印象的でした。後で聞いたら、色々なところで司会なんかもやっていたそうで、私のように人前で声が震えるタイプじゃなくて本当に良かったと安心しました。あの前に出て堂々と話す感じは、夫の血だろうな。いいな、羨ましいな。

部活は苦い思い出・・・?

色々と悩みつつも勉強はまあ順調だった長男氏にとって唯一の黒歴史、それが部活です。バスケ部に入っていたのですが、本人曰く「民度が終わってる」そうで、部活に行くのだけは本当に辛そうで、見ていてしんどかったです。

一応入学前の約束として、「何でもいいから部活に入ること」「入るからには必ず3年間続けること」ということを言っていました。なぜかというと、「部活にも入らないと生活が小学生と大して変わらなくなる」とママ友から聞いていたからです。ふたを開けてみれば本人は委員会とかで非常に忙しそうだったので、部活が必要だったかどうかは微妙なところですが・・・。

「3年間続けられそうと判断した部活を決めなさいよ。何部に入ってもいいけど、自分で決めたことに責任を持ちなさい」と言った結果、長男氏はバスケ部を選んだきたのです。うちの中学校にはパソコン部という帰宅部の代名詞みたいな部があり、ぶっちゃけ長男氏は絶対そこに入部するだろうと思っていたので、正直意外でした。あとで本人に聞いたら、バスケ部に決めたのは別にバスケがやりたかったわけでもなく、「運動部のがいいっていう(私たちからの)圧があったから」と言われてガックリ。いや確かに言ったかもしれないけど、最終的には自分で決めろって言うたやんか!!

そんなふうに主体性とかもなく決めたせいか、部活に行くのはかなり嫌そうでした。土日のどちらかは部活の練習があり、それはそれは足取りも重く出かけていましたね。あまりにも嫌そうなので「休んでいいよ」と言いかけたけど、それはそれで逃げ癖が付くのも良くないのかなあとジレンマに悩みました。

バスケ部は基本的に放任主義らしく、練習に来る人が少ないんだそうです。上手な子は練習には来ず、長男氏を含めてそれほど上手ではない子は真面目に練習に来るけど、試合は(いつも練習に来ていない)上手な子しか出れないとのことで、それはちょっとやるせないよねと。先生もさ、勝ちたいのは分かるけどちょっと考えてやってよと思わなくもない。

そんな調子なので、「練習はいいけど試合は行きたくない」と長男氏。理由が理由だけに仕方ないと思い、「自分で判断しなさい」と伝えました。とはいえ基本的に真面目な子なので、いやいやでも頑張って行っていた方だと思います。

そうこうしているうちに三年生になり、イヤイヤ行っていた部活もとうとう引退の時期を迎えました。「これでもう部活に行かなくていい!勉強だけしてればいい!パラダイス!!」と実に晴れやかな顔をしていました。なんかなあ。

ちなみに次男くんは卓球部に入っており、こちらは非常に何というか風通しがよい部らしく、それはそれは楽しそうに部活に通っています。同じ学校でも、こうも部活によって雰囲気が違うもんなのねと興味深いですね。

部活の3年間は、本人にとって必ずしもプラスになるものではなかったかもしれないけど、それでも途中で辞めずに何とか頑張って続けた経験は、この先必ずどこかで生きてくるはず。逃げずに立ち向かう辛抱強さ、そして「自分はどこまでなら我慢ができるか」を見極める力を養えた貴重な経験として、次の道へと役立てていってほしいと思います。

結び

卒業、それは人生の岐路であり、新しい道へのスタート地点。義務教育を終えて自由を手にした長男氏が、この先どんな人生を歩むのか、これからも保護者として興味深く見守っていきたいと思います。ちなみに本人はといえば、今日はみんなでマックでお昼ご飯を食べて、そのままカードゲームをしに行っています。青春やなあ。

ちょっと気がかりなのが次男くん。長男くんを謎なほどリスペクトしており、「お兄ちゃんが卒業するの、実はちょっと寂しい」などと言っておりました。「むしろ同じ校舎内に兄弟がいるのってなんか嫌じゃない?」って私が言ったら、「全然。安心する」と。大好きか。いまだに二人でお風呂に入るくらいの仲良し兄弟なので、次男くんがこれから兄のいない中学校でどんな毎日を送るのか、こちらもしっかり見守っていかねばならないと思いました。そんなに好きなら高校まで追いかけて行けばいい、勉強大変だけど。(それにしてもあの兄の何をそんなにリスペクトしているのか本当に意味が分からない)

この春卒業を迎えるみなさん、ご卒業おめでとうございます。目の前に広がる未来は、決してキラキラしたものばかりではないかもしれないけど、どうか恐れず立ち向かう強さを、逞しさを養ってください。試行錯誤と挑戦の先には、きっと新しい世界が広がっているはずです。大人はみんな、あなたを応援しているよ!がんばれー!!!

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