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【うつ病コラム】弱者になってから、むしろ人生が楽になった

人生において、最もしてはいけないことはなんだろう?

たいていの人は、犯罪と考えるだろう。
家族に恵まれた人は親不孝と思うだろうか。
お金を重要視する人は借金とかFXとか思うかもしれない。
他にもカルト宗教、マルチ商法など、すべきでないことはたくさんある。

だが、私が言いたいことはまったく違う。

人生で最もしてはいけないこと、

それは中途半端だ。

意味がわからないと思うかもしれないが、これは私が30数年の人生で痛みと共に学んできた実感である。

私はあまり恵まれた境遇ではなかったが、それでも愚直に普通になろうと努めてきた。道徳の教科書通りに悪いことはせず、親を想い、安定した職業に就いて働く道を選んだ。

だが、それらはほとんど失敗した。

今の私は安定した職業を捨て、家族と離れて1人で暮らしている。
唯一、愚直に守れているのは悪いことをしないことくらいだ。おかげで前科はない。

そして今は、徹底的に弱者として立ち回り、福祉の恵みを受けて生きている。そのおかげもあって、今の私はこれまでの人生で一番の安楽を享受していると思う。頭を悩ませる解決不能な問題はないし、身の危険を感じる存在は近くにいないし、眠れなくなるようなストレスもない。
(睡眠に関しては処方薬のおかげでもあるが)

これは諦念を多分に含んだ考えだが、私は生まれた時点で強者どころか、いわゆる普通の人生を送れない人間と決まっていたのだと思う。それは生まれた家庭のせいでもあるし、受け継いだ容姿のせいでもあるし、私自身の気質のせいでもあった。

それなのに、私は無駄な努力をしてしまった。10代は家庭を整えようと奔走し、20代は親を安心させるためだけの仕事で浪費した。中途半端な努力を続けて壊れてしまったのだ。ささやかな貯金は燃え尽きた後の散財で底をついた。

10代、20代の私は叶わない願いに向かって中途半端に走り、ただ燃え尽きただけで終わった。貯金を溶かした愚行を除けば、徒労もいいところだろう。本当に、苦痛と恥辱と悩みに囲まれただけの20年だった。心の隅では絶望的な未来を予感していて、それを確認しただけだったようにも今は思う。

どうやら自分は弱者に向いていたようだ。そのことに気がついたのは30代になって、気分変調症の診断を改めて受けた時だった。その時から私は、なるべく社会の恩恵に乗っかって生きようと誓ったのだ。

それからは徹底的に障害者が得られる制度を利用してきた。
障害者手帳を取得して、どうにかして障害年金をもぎ取った。

そして今は、細い在宅ワークと障害年金で生活できている。
収入が細いことと、障害者控除があるので保険料や税金はかなり抑えられているし、障害年金2級を受給できたので、年金もありがたいことに免除されている。

今の生活は、普通であろうとすることを辞めて、自分なりに調べて制度を活用して、ようやくつかみ取ったものだ。

変な努力を辞めた。
中途半端に頑張ることを辞めた。
そして『徹底的』に、弱者として生きることを貫いたのだ。

そのおかげで、本当に今は気を楽にして暮らせている。贅沢はしないしできないが、たまに外食をするくらいはできるし、何となく街を散歩しているだけでも満足だ。

病気ゆえの苦労はあるし、未来に絶望することもある。
それでも20代までの人生と比べたらずっとマシだ。
昔は絶望しかしていなかったし、人生は絶望の確認作業のようなものだったからだ。

ちなみに私は、普通の人生を捨てることにためらいはなかった。当時の自分があまりに限界だったせいだと思う。結果として、その行動は正解だった。

もし、自分の障害を疑いながら、普通のレールに合わせようと変に頑張って苦しんでいる人がいるなら、思い切って弱者ルートに舵を切るのもいいかもしれない。

弱者に分類される抵抗はあるかもしれないが、受け入れた先には違う世界が広がっている。良くも悪くも別世界だが、住み心地は意外と悪くない。


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