「今」の優先順位が結婚じゃない、ただそれだけ。
29歳を目前にして、初めて母を温泉旅行へ連れて行きました。
再婚後、幼い妹を育てながら毎日を駆け抜けてきた母。
そんな母の姿を少し離れた場所から見られるようになって、長いあいだ抱えていたわだかまりが、ほんの少しだけほどけた気がしました。
旅行中、私は育ててくれたことへの感謝とともに、結婚もせず、自分のやりたいことを優先して生きていることを母に謝りました。
兄のように結婚して、子どもを持つ——それも、ひとつの親孝行だったのかもしれない。
けれど現実の私は、ひとつの場所に定住せず、リゾートバイトで各地を巡りながら、自分の居場所を探しています。
そんな生き方を選んでいることに、どこか申し訳なさを感じていました。
母が私の気持ちを、どこまで分かっていたのかは分かりません。
ただ、母から返ってきた言葉を聞いたとき、「結婚していない自分を、必要以上に申し訳なく思わなくてもいいのかもしれない。」と思えました。
今日は、これまで何度も尋ねられてきた「結婚するのか、しないのか」という問いについて、今の私なりの答えを書いてみようと思います。
祝福しているのに、少しだけ焦る
この歳になってSNSを眺めていると、白いドレスや薬指に光る指輪、きれいにデザインされた婚姻届が目に入ることが増えました。
学生時代、ファミレスのドリンクバーで何時間も恋愛や好きなものについて語っていた友人たちが、次々と妻になり、母になっていきます。
大切な友人からの報告は本当に嬉しいし、幸せそうな姿を見ると、こちらまであたたかい気持ちになります。
けれど、その祝福とは別の場所で、小さな焦りが顔を出すことがあります。
久しぶりに集まった友人たちの話題は、夫婦の暮らしやマイホーム、子どもの成長へと変わっていました。
その会話を聞きながら、自分だけが別の時間を生きているように感じることがあります。
「Bamirahはどうなの?」
「いい人はいないの?」
「次はBamirahの番だね!」
悪気のない言葉に笑って答えながら、帰り道で考えます。
——私は、どこへ向かっているのだろう。
同世代の友人たちが新しい生活へ進んでいく一方で、私はリゾートバイトをしながら各地を巡り、海の近くに暮らすことを夢見て、在宅でできる仕事を育てています。
まったく違う方向へ歩いている自分を、心細く感じる夜もあります。
他人と自分の人生は違う。
頭では分かっているのに、「アラサーなら、そろそろ。」という空気に触れると、自分の選択が揺らいでしまうのです。
子どもを持つのか、まだ答えは出ていない
結婚について考えると、避けて通れないのが、子どもを持つかどうかという問いです。
私は、子どもが嫌いなわけではありません。
一回り以上年の離れた妹は、自分の子どもかと思うくらいかわいいと思います。甥たちを見ながら、「いつか、自分にもこんな存在ができたら。」と想像することもあります。
けれど、その「いつか」が本当に来るのかは分かりません。
子どもを望むなら、年齢や身体のことを無視できない。
結婚は何歳でもできるかもしれないけれど、妊娠や出産については、時間をまったく気にせず考えることはできないのです。
だから、焦りがないと言えば嘘になります。
それでも、少なくとも今の私には、子どもを迎える決断ができません。
子どもを育てることは、自分以外の大切な存在の人生にも責任を持つことです。
今の私は、ようやく自分の足で立ち、自分の人生の舵を握り直そうとしている途中。
自分がどこで、どんなふうに暮らしたいのかさえ、まだ探しています。
そんな状態のまま、年齢や周囲の声だけを理由に人生を大きく変えることには、どうしても納得できないのです。
「準備が完璧に整う日は来ない」
その言葉も、きっと正しいのでしょう。
けれど、正しい答えを知ったからといって、自分の心が同じ方向を向くとは限りません。
子どもを持たないと決めたわけではないけれど、絶対に欲しいと決めたわけでもない。
今はまだ、その間で迷っています。
両親の姿を見て、結婚が怖くなった
私が結婚に迷う理由は、年齢や働き方だけではありません。
幼い頃の記憶にあるのは、仲のよい母と父です。
父は母のことが大好きで、子どもの私には、まるで「ふたりでひとつ」のように見えていました。
けれど、両親の関係は次第に険悪になり、最後には家族の形そのものが変わりました。
家族は、ずっと家族のまま。
少なくとも、両親だけは死ぬまで一緒にいる。
そう信じていた私にとって、両親の離婚は簡単に受け止められるものではありませんでした。
苗字が変わったこともお互いの存在を無視しながら暮らす両親の背中も。
新しい父親を紹介されたときのことや、異父妹が生まれた新しい実家へ帰ったときに感じた居心地の悪さは忘れられません。
離婚という選択自体を否定したいわけではありません。
一緒にいることで苦しむのなら、離れることが必要な場合もあります。
けれど、当時の私にとって両親の離婚は、夫婦が別れるという出来事だけではありませんでした。
信じていた関係が壊れ、帰る場所まで失ってしまう——そんな出来事だったのです。だから私は、結婚に憧れるよりも先に、結婚を「怖い」と思うようになりました。
欲しいのは、結婚という肩書きよりパートナー
私は「これからもずっと、ひとりで生きる!」と決めているわけではありません。
だからといって、「結婚したいですか?」と尋ねられても、迷いなく「はい」とは答えられません。
25歳を過ぎた頃から、私にとって結婚とは何なのかを何度も考えてきました。
そして最近、ようやく自分なりの答えが見えてきました。
私が本当に欲しいのは、「結婚している」という肩書きではなく、人生を一緒に歩いてくれるパートナーなのだと思います。
今日あったことを話しながら一緒にごはんを食べる。
くだらないことで笑って、ときには悩みを聞いてもらう。
そんな人がいたら、毎日はきっと今より豊かになるでしょう。
ただ、どちらか一方が自分の人生を諦め、相手に合わせ続けるような関係を望んでいるわけではありません。
贅沢なわがままだとは承知の上で、私はこんな人を探しています。
・お互いに自分の人生を持ちながら、それぞれの目標を応援できること
・疲れたときには支え合えること
・意見が違ったときも、相手を敵にせず話し合えること
・違う速度で歩く日があっても、相手の向かいたい方向を尊重できること
そんな信頼を少しずつ育てていける人と出会えたら、その先に結婚という選択があるのかもしれません。
私には、まだ自分で確かめたい人生がある
私には、まだ見たい景色があります。
海の近くで、自分の時間を大切にしながら穏やかに暮らし、朝起きたらカフェラテを淹れて光の差し込む窓辺で一日を始めたい。
自分の言葉や経験を、Bamirahの活動を通して色々なカタチで届けたい。
そして、住む場所に縛られず、自分の力で収入を生み出せるようになりたい。
誰かが用意してくれた幸せではなく、自分の手で選び取った暮らしをつくりたいと思うのです。
✍️選ばなかった人生の正解は、誰にも分からない
以前、結婚の約束をしていた人がいました。
あのまま結婚していたら、今とは違う種類の幸せを手にしていたのかもしれません。友人たちと同じように、家庭や子どもの話をしていた可能性もあります。
だけど、私は彼を選びませんでした。
その代わり「自分のために」生きることを決めたのです。
彼を選ばなかったことを後悔してはいません。
今まで出会えなかった景色や人、価値観や生き方に触れられるようになったのは、紛れもなく「あの時の私」が勇気を出して決断をしたからです。
あの頃の私、ありがとう。
母との旅行で、少しだけほどけたもの
実は、母との旅行をきっかけに、結婚に対する気持ちが少し変わりました。
以前の私は、結婚そのものが嫌だったのではありません。
信じていた関係が壊れることや大切な人と敵同士になってしまうことがひどく怖いと感じていました。
そして、もう一度自分の居場所を失いたくなかったのだと思います。
今でも、その怖さがすべて消えたわけではありません。
それでも最近は、「この人となら、人生を一緒に歩いてみたい。」と思える相手に出会えたら結婚してもいいのかもしれないと思えるようになりました。
母へのわだかまりが少しほどけたことで、結婚に対する気持ちにも、小さな余白が生まれたのかもしれません。
きっと、数年後にこの記事を見返したとき、私の気持ちや考え方は変わっていることでしょう。
もしかしたら結婚して子どもを授かっていて、毎日を忙しなく追われているかもしれません。いや、独身貴族を謳歌しているかも。
先のことは何も分からないけれど、その時の気持ちを大切に過ごせていたらいいなと思います。
今の優先順位が、結婚ではないだけ
誰かと生きる未来や子どもを望まないわけではありません。
周囲の結婚や出産を見て、「私にもそういう人が現れるんだろうか。」と小さなモヤモヤを抱えることはあります。
ひとりでいることが、少し心細くなる夜もあります。
だけど、そんな感情まで否定する必要はないと思っています。
喜怒哀楽すべてが「私」なのですから。
——これから気持ちが変わることもあるでしょう。
誰かとの出会いによって、見える未来が変わることもあるかもしれません。
そのときは、そのときの私が、もう一度考えればいいと思います。
今はまず、自分で選んだ今日を、自分なりにちゃんと生きていきたいです。
最後までをお読みいただき、本当にありがとうござました。
次回の記事で、またお会いしましょう。
Bamirah
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