【10分でわかる】CRMとは?顧客を育てるより大事だと思うこと
「新規顧客をリピーターに育て、最後はロイヤルユーザーにする」
CRMについて調べると、こうした説明をよく見かけます。
もちろん、既存顧客との関係を良くすることには意味があります。ただ、私はCRMの価値を「顧客を育成すること」に置きすぎると、本質を見失いやすいと思っています。
私がCRMで特に価値があると思うのは、もっと実務的なところです。
顧客のIDと連絡先を持つことで、低コストで再び接触でき、その後の行動を観察し、キャンペーンなどの実験を繰り返しやすくなる。
つまりCRMで育てるべきなのは、顧客というより、企業側のマーケティング精度なのではないか。
今回は、そんな視点からCRMを考えてみます。
そもそもCRMとは
CRMはCustomer Relationship Managementの略で、日本語では「顧客関係管理」と訳されます。
SalesforceはCRMを、現在および将来の顧客とのやり取りを管理するための仕組みと説明しています。CRMシステムでは、顧客情報をまとめ、営業・マーケティング・サービスなどで顧客との接点を記録・活用できます。
ここで最初に押さえておきたいのは、
CRM=ツールではない
ということです。
SalesforceやHubSpotのようなシステムはCRMを実践するための道具です。CRMそのものは、顧客との接点や情報を管理し、それを事業活動に活用する考え方です。HubSpotのCRMにも、顧客情報の管理だけでなく、メールの追跡やキャンペーン管理など、接触と反応を記録する機能があります。
たとえばECなら、会員IDとメールアドレスがあり、そのIDに購入履歴やメール配信履歴が紐づいている状態を想像すると分かりやすいと思います。
誰が何を買ったのか
誰に何を送ったのか
その後、誰が再び買ったのか
こうした情報を顧客単位でつなげられることが、CRMの大きな特徴です。
CRMは「顧客育成装置」なのか
CRMではよく、
「ライトユーザーをリピーターにする」
「リピーターをロイヤルユーザーに育てる」
といった顧客育成の考え方が使われます。
私は、ここには少し慎重です。
Ehrenberg-Bass Instituteを中心とした購買行動研究では、大きなブランドほど多くの購入者を持ち、その購入者のロイヤルティも少し高くなるDouble Jeopardyという規則性が知られています。
つまり、大きなブランドが大きい主な理由は、一部の人が猛烈に買っているからというより、より多くの人に買われているからです。
私は以前の記事でも、「ロイヤルユーザーは企業が育てたというより、もともとそのカテゴリーを高頻度で利用する人と出会った結果ではないか」という仮説を書きました。記事でも、この問題をCRMの顧客育成モデルから考えています。
だから、
CRMで既存顧客を育成すればブランドが成長する
と単純には考えません。
では、CRMには何の価値があるのでしょうか。
私は主に3つあると思っています。
1|一度出会った顧客に、低コストで再び届く
一つ目は、リーチコストを下げられることです。
広告だけで顧客と接触しようとすると、同じ人に情報を届けるたびに広告費が必要になります。
一方、顧客からメールアドレスやアプリ通知などの接点を適切な同意のもとで取得できれば、その後はメール・アプリ・LINEなどを通じて直接コミュニケーションできます。
もちろん、配信にもシステム費や制作費はかかるので「無料」ではありません。
それでも、一度接点を持った顧客へ再び情報を届けるための限界費用を下げられることは、CRMの大きな価値です。
ここで私が重視しているのは、「囲い込める」という表現ではありません。
顧客は企業の所有物ではありませんし、他ブランドも普通に買います。
CRMによってできるのは、
次に需要が発生したときに、もう一度ブランドへ接触できる経路を持つこと
です。
2|「誰に何をして、何が起きたか」を観察できる
二つ目は、結果を観察しやすくなることです。
私は、こちらの方が顧客育成より重要ではないかと思っています。
たとえばキャンペーンを実施したとします。
顧客IDがなければ、「キャンペーン期間中に売上が増えた」ということまでは分かっても、誰に施策を行い、その人がその後どう行動したのかを追いにくい場合があります。
CRMでIDがつながっていれば、
・この顧客にクーポンを送った
・メールを開いた
・3日後に購入した
・その後、いつ再購入した
といった一連の行動を観察しやすくなります。
SalesforceもCRMシステムの基本的な役割として、顧客データを整理し、顧客とのやり取りを追跡することを挙げています。
ただし、ここには注意があります。
観察できることと、因果関係が分かることは別です。
クーポンを送った人が購入したからといって、そのクーポンのおかげで買ったとは限りません。
何もしなくても買っていた可能性があるからです。
3|CRMがあると「実験」がやりやすくなる
ここが、私がCRMで最も面白いと思っているところです。
顧客IDを持っていれば、対象者をランダムに二つのグループへ分けることができます。
Aグループにはクーポンを送る
Bグループには送らない
その後、両グループの購入率を比較する。
たとえばAでは20%が購入し、Bでは15%が購入したなら、単純化すればクーポンによる増分は5ポイントだった可能性があります。
クーポンを送った人の購入率20%だけを見れば、
「クーポンで20%購入した」
と考えたくなります。
でも、本当に知りたいのは、
クーポンがなければ起きなかった購買は何件なのか
です。
これが増分効果です。
CRMがあることで、施策対象と結果をID単位でつなぎやすくなり、さらにホールドアウトやA/Bテストを設計しやすくなります。
私にとって、これは非常に大きな価値です。
CRMは、マーケティングを「配信する仕事」から「学習する仕事」へ変えやすくする基盤でもあります。
「CRM経由売上」と「CRMによる売上」は違う
CRM運用で私が注意したいのが、この違いです。
メールから100万円売れた
アプリ通知から500件購入された
クーポン利用者が1万人いた
これらは重要な結果ですが、そのすべてが施策によって新しく生まれた成果とは限りません。
もともと購入確率の高い顧客ほど、メールを開いたり、アプリを使ったり、クーポンを利用したりする可能性もあります。
つまり、
CRM施策の後に起きた購買と、CRM施策によって起きた購買は同じではありません。
これはWeb広告のCPAを見るときにも同じです。
管理画面に100件のコンバージョンが表示されていても、その100件すべてが広告によって増えたとは限りません。
だからCRMでも、可能なところでは実験を行い、
施策あり − 施策なし
の差を見る。
CRMによってIDと接点を持つことは、この検証を実施しやすくするという点でも価値があります。
CRMと新規顧客獲得は対立しない
ここまで読むと、
「では既存顧客へのCRMより、新規顧客獲得を優先すればいいのか」
と思うかもしれません。
私はこの二つを対立させる必要はないと思っています。
新規顧客を広く獲得することで、CRMで接触できる人も増えます。
その顧客とIDでつながれば、低コストで再接触でき、購買結果を観察でき、施策を実験できます。
その実験から得た知見を、新規獲得や商品、広告、価格などに戻すこともできます。
つまり、
新規顧客獲得がCRMの入口を増やし、CRMがマーケティングの学習速度を上げる。
という関係です。
実際、私はCoke ONについて考えたときにも、単なるロイヤルティアプリというより、自動販売機という従来は顧客IDを取得しにくかった購買接点をデータ化するマーケティングインフラなのではないか、という仮説を持ちました。これは公開情報から考えた私の仮説ですが、CRMを見るうえでかなり面白い視点だと思っています。
1stパーティデータにも限界はある
一方、CRMを整備すれば顧客のすべてが分かるわけではありません。
CRMに蓄積されるのは、基本的には自社との接点で発生したデータです。
その人が競合商品と比較した瞬間や、店頭で迷った理由、商品を実際に使ったときの感情まですべて分かるわけではありません。
私は別の記事で、1stパーティデータについて「棚と使用した瞬間が見えない」という問題を書きました。会員情報や購買履歴、Web行動を大量に持っていても、「なぜ買ったのか」「使ってどう感じたのか」はデータの外に残ることがあります。
だからCRMデータだけを見て、
「顧客を理解した」
と思うのも危険です。
必要に応じて市場調査や外部データを使いながら、CRMでは自社が観察できる行動を高い解像度で見る。
この役割分担が現実的だと思います。
CRMで育てるのは、顧客ではなく企業のマーケティング精度
CRMはCustomer Relationship Managementです。
もちろん、顧客との関係を良くすることは大切です。
しかし私は、その価値を「顧客をリピーターへ育てること」だけに置きたくありません。
IDと連絡先を持つことで、一度出会った顧客へ低コストで再び届く。
誰に何をして、その後何が起きたのかを観察する。
施策をしたグループとしなかったグループを比較し、増分を学習する。
そして、その結果を次のマーケティングへ戻す。
この循環が作れることこそ、CRMの大きな価値だと思っています。
CRMは顧客を囲い込むための柵ではなく、マーケティングの実験場を作るためのインフラです。
そう考えると、CRMの見え方はかなり変わります。
企業がCRMで本当に育てるべきなのは、顧客ではなく、
自社のマーケティング精度なのかもしれません。
プロフィール
マーケティング戦略コンサルタントです。
事業会社とコンサルティング会社の両方で、販売・CRM・データ分析・市場調査・需要予測・価格・広告・Webなど、マーケティングの上流から下流まで経験してきました。
このnoteでは、実務と研究を行き来しながら、仕事・キャリア・発信に使える再現性の高い考え方を紹介しています。
詳しい自己紹介はこちら。
自己紹介|実務とエビデンスから、マーケティングの本質を探しています
この記事がおもしろかったら、スキで教えてください。
おすすめ記事
メールでブランドを好きになった経験はありますか? ロイヤルユーザーは、育てるのではなく出会うもの
CRMでよく語られる「顧客育成」という考え方を、購買行動研究から考え直した記事です。今回の記事の前提をもう少し深く知りたい方はこちらへ。
Coke ONは、競合へのトロイの木馬かもしれない
Coke ONをロイヤルティ施策ではなく、購買接点をデータ化し、マーケティングの観察・検証コストを下げるインフラとして考察した記事です。
1stパーティデータに「真実の瞬間」は含まれていない【マーケティング データ】
CRMやCDPに大量の顧客データがあっても、消費者の意思決定すべてが見えるわけではありません。CRMデータの限界まで含めて考えたい方におすすめです。
参考URL
Salesforce「What Is CRM (Customer Relationship Management)?」
https://www.salesforce.com/crm/what-is-crm/
Salesforce「What is a CRM System? Everything You Need to Know」
https://www.salesforce.com/crm/what-is-crm/crm-systems/
HubSpot「CRM」
https://www.hubspot.com/products/crm
HubSpot「CRM Examples」
https://blog.hubspot.com/sales/crm-examples
Ehrenberg-Bass Institute for Marketing Science
https://marketingscience.info/
