見出し画像

「指名広告はCPAが安い」の罠を、最新研究が補強した

ここ1か月ほど、私はこのnoteで繰り返し同じことを書いてきました。

「広告経由で売れた」と「広告が売った」は違う。

8月15日に「『売れた』と『売った』を区別する」という因果推論の記事を書き、8月17日にはリターゲティング広告について「追いかけた結果買った」と「追いかけたから買った」は違うと書きました。

そして8月22日には、さらに具体的に指名検索広告を取り上げています。

そこで書いたのが、こんな問いでした。

「CPAが安い理由が、広告の説得力なのか。それとも広告を出す前から購入確率の高い人を捕まえているだけなのか」

ブランド名をわざわざ検索している人は、すでにブランドを知っています。その広告がなくても、自然検索から公式サイトへ行って買っていたかもしれません。

だから私は、「指名広告はCPAが安い」という数字だけでは広告効果を判断できない、と書きました。

その約2週間後。

Ehrenberg-Bass Instituteの研究者たちから、まさにこの問いを実際に検索広告を止めて検証した研究が発表されました。

結論から言えば、以前から書いてきた主張をかなり直接的に補強する結果でした。


「広告を止めたらどうなるか」を本当にやった

研究タイトルは「Do brands need search advertising?」。

Ilmira Beknazarova、Justin Cohen、Carl Driesener、Nicole Hartnett、Steven Bellmanによる研究で、Journal of Business Researchへの掲載が確認されています。

この研究の面白いところは、検索広告を見た人と見なかった人の購買率を観察して終わりではないことです。

研究者たちは、実際に検索広告を止めました。

対象はオンラインのみで商品を販売する8つの小規模DTCブランドです。合計9件のフィールド実験を行い、検索広告を停止したときにWebサイトへの訪問や売上がどう変化するかを調べています。

オンライン専業ブランドを対象にしたことにも意味があります。実店舗での購入が混ざりにくいため、広告停止後の売上変化をオンライン上で比較しやすいからです。

そして、結果が興味深い。

ブランド名の検索広告を止めても、調査対象となった8ブランドすべてで売上への統計的に有意な影響は確認されませんでした。

ブランド名とは、たとえば「○○カード」「○○化粧品」のように、ブランドそのものを検索するキーワードです。

広告管理画面では、この指名広告から大量のコンバージョンが計測されていたとしても不思議ではありません。

しかし広告を止めても売上が変わらないのであれば、そのコンバージョンの少なくとも一部は、

「広告があったから買った人」

ではなく、

「どうせ買うつもりだった人が広告をクリックした」

可能性があります。

私が以前の記事で書いていた「指名広告はCPAが安い」の罠そのものです。

一般検索広告では、サイト訪問は減った。でも売上は減らなかった

もう一つ興味深い結果があります。

「○○カード」のような指名検索ではなく、「クレジットカード おすすめ」のような一般的な検索キーワードです。

こちらは3ブランドで検証され、検索広告を止めると3ブランド中2ブランドではWebサイトへのセッションが有意に減少しました。

ここだけを見ると、一般検索広告はきちんと人を連れてきています。

ところが、売上については有意な減少が確認されませんでした。

この違いは実務でかなり重要だと思います。

広告によってサイト訪問を増やせたことと、広告によって売上を増やせたことは同じではありません。

クリック数が増えた。セッションが増えた。コンバージョンが広告に計上された。

デジタル広告では、こうした数字が非常に精密に見えます。

でも最終的に知りたいのは、

「広告を出さなかった場合と比べて、会社の売上や利益がどれだけ増えたのか」

ではないでしょうか。

私がずっと気にしていたのは「選ばれた人」の問題だった

なぜ、広告管理画面の数字と本当の広告効果がずれるのでしょうか。

一つの理由が、広告を見る人がランダムに選ばれていないことです。

たとえば指名検索広告なら、対象になるのはブランド名を検索した人です。

その時点ですでに、

ブランドを知っている。 ブランドを思い出している。 わざわざ検索している。

まったくブランドを知らない人より購入確率が高いのは自然です。

リターゲティング広告も同じです。

商品ページを何度も見た人やカートまで進んだ人へ広告を出せば、購入率は高くなりやすい。でも、それは広告が強力だったからなのか、もともと買いそうな人を選んだからなのかを分けなければなりません。

私は以前の記事で、

「追いかけた結果、その人が買った」と「追いかけたから、その人が買った」は違う

と書きました。

検索広告でも構造は同じです。

「広告をクリックした結果、その人が買った」と「広告があったから、その人が買った」は違います。

広告のあとに起きた成果を広告へ割り当てるのがアトリビューションです。

一方、その広告がなかった世界と比べて追加で何件生まれたのかを見るのが、インクリメンタリティ、つまり増分効果です。

アトリビューションには「どの接点へ成果を配賦するか」という役割があります。しかし、それだけでは因果効果の証明にはなりません。

実は、検索広告では以前から同じ結果が出ていた

今回の研究だけで突然この議論が始まったわけではありません。

代表的なのが、eBayで行われた大規模な検索広告実験です。

Thomas Blake、Chris Nosko、Steven Tadelisが2015年にEconometricaで発表した研究では、検索広告のクリックと購買意向が相関しているため、通常の非実験的な方法では検索広告の効果を大きく見積もる可能性が示されています。

特にブランドキーワード広告では、短期的な増分効果を測定できませんでした。

私は以前の指名広告の記事でも、このeBay研究を紹介しています。

ただし、そのときは「だから指名広告は全部無駄」とは書きませんでした。

Google側の研究など異なる結果もあり、ブランド規模、競合の出稿状況、自然検索順位、顧客構成などによって結果が変わる可能性があるからです。

そして結論として書いたのは、

「自社の場合を測ればいい」

でした。

今回、別の研究チームが8つのDTCブランドで広告停止実験を行い、同じ方向の結果を報告した。

これは「指名広告には絶対に効果がない」と証明したわけではありません。

しかし、少なくとも、

指名広告のCPAやROASが良いからといって、それをそのまま増分効果だと考えてはいけない

という主張は、以前より強くなったと考えています。

だからといって、明日から指名広告を全部止める話ではない

ここで一番やってはいけないのは、

「Ehrenberg-Bassが効かないと言っているらしい。指名広告を全部止めよう」

と別の思考停止に移ることです。

今回の研究対象は8つの小規模DTCブランドです。

大規模ブランドでも同じなのか。実店舗を持つブランドではどうなのか。競合が自社ブランド名へ強く入札している場合はどうなのか。自然検索で公式サイトが上位に出ない場合はどうなのか。

研究結果を、そのまますべての企業へ一般化することはできません。

それに、統計的に有意な効果が確認されなかったことと、効果が厳密にゼロであることも同じではありません。

私なら今回の研究を「指名広告停止の根拠」ではなく、指名広告を実験対象にする根拠として使います。

たとえば一定地域だけ指名広告を止める。期間を区切って停止と再開を比較する。可能ならランダム化されたホールドアウトを設ける。

そのときGoogle広告のコンバージョンだけを見るのではなく、総売上、新規顧客数、利益まで確認します。

広告管理画面上のコンバージョンが大きく減ったのに、会社全体の売上がほとんど変わらなければ、その差はかなり重要な情報です。

広告予算を削れるかもしれませんし、より増分の大きな施策へ振り向けられるかもしれません。

「自分の主張が当たった」より面白いこと

今回の論文を見たとき、率直に言えば少し嬉しくなりました。

わずか2週間ほど前に、

「指名広告はCPAが安い。でも、広告がなくても買っていたのではないか」

と書いたばかりだったからです。

ただ、この記事で言いたいのは「私の予想が当たった」という話ではありません。

むしろ面白いのは、実務で感じていた違和感を、因果推論という考え方で整理し、過去の研究を調べて仮説を持っていたところへ、新しい実験結果が一つ積み重なったことです。

これが私にとってのエビデンスベースドマーケティングの面白さです。

権威のある理論を信じることではありません。

自分の経験だけを信じることでもありません。

実務で疑問を持つ。仮説を立てる。既存研究を調べる。そして新しい証拠が出たら、自分の考えを更新する。

今回は、新しい証拠がこれまで書いてきた考えを補強する方向に出ました。

将来、別の条件では逆の結果が積み上がるかもしれません。そのときは、また考えを更新すればいい。

ただ現時点では、以前より少し強く言えそうです。

「広告経由で売れた」と「広告が売った」は違います。

そして特に指名検索広告のように、すでにブランドへ近づいている人を捕まえる広告ほど、

「この広告を止めたら、本当に会社全体の売上は減るのか」

を一度は確かめてみる価値がありそうです。

プロフィール

マーケティング戦略コンサルタントです。 事業会社とコンサルティング会社の両方で、販売・CRM・データ分析・市場調査・需要予測・価格・広告・Webなど、マーケティングの上流から下流まで経験してきました。 このnoteでは、実務と研究を行き来しながら、仕事・キャリア・発信に使える再現性の高い考え方を紹介しています。

詳しい自己紹介はこちら。

自己紹介|実務とエビデンスから、マーケティングの本質を探しています


この記事がおもしろかったら、スキで教えてください。

おすすめ記事

今回の研究と最も直接つながる記事です。

【5分でわかる】リスティング広告とは?「指名広告はCPAが安い」の罠


同じ「もともと買いそうな人を狙うと広告効果が良く見えやすい」という問題を、リターゲティング広告から整理しています。

【5分でわかる】リターゲティング広告とは?「追いかけたから売れた」は本当か


今回の記事の土台になっている「施策後に売れた」と「施策によって売れた」の違いを、初学者向けに整理した記事です。

マーケターのための統計と因果推論|「売れた」と「売った」を区別する


参考URL

Beknazarova, I., Cohen, J., Driesener, C., Hartnett, N., & Bellman, S.「Do brands need search advertising?」Journal of Business Research https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0148296326005205

Adelaide University|Justin Cohen Researcher Profile https://researchers.adelaide.edu.au/profile/justin.cohen

Blake, T., Nosko, C., & Tadelis, S.「Consumer Heterogeneity and Paid Search Effectiveness: A Large-Scale Field Experiment」Econometrica https://doi.org/10.3982/ECTA12423

National Bureau of Economic Research|Consumer Heterogeneity and Paid Search Effectiveness: A Large Scale Field Experiment https://www.nber.org/papers/w20171

#マーケティング #Web広告 #検索広告 #リスティング広告 #因果推論 #インクリメンタリティ #エビデンスベーストマーケティング

いいなと思ったら応援しよう!

この記事は noteマネー にピックアップされました

noteマネーのバナー