#008 「(検査に)異常なしです。」 ~僕の左脚浮腫は異常です...~
それは数年前、街の辻々に押し寄せたカレンダーの最後の一枚が、冷たい風に捲くられるでもなく、ただ薄汚れた壁にしがみついているような、そんな何処か空虚な師走の夜だった。
我が身を疑うことは、人生の中でも数えるほどしかない。
それは、五十歳を過ぎたある冬の夜、突如として訪れた下肢の異常が、まさかこの先の一生を共に歩む相棒のような存在になるとは、当時の僕は思いもしなかった。風呂場に入るため、日常からの解放が感動に値するというズボンを脱ぎ捨てたとき、そこにぶら下がっていたのは、どう見ても僕のものではない、見知らぬ他人のような肥大した脚だった。あれほど明確な異変を、当の本人が今までまったく感じずに生きてきたこと自体が、今となっては一つの奇跡のように思える。

左脚の付け根、医学的な言い方をすれば鼠径部から膝へ、そしてさらに足首へと向けて、下半身全体がむず痒いような気怠さを伴って膨れ上がっていた。激しい痛みというものは不思議なほど一切なく、その代わりに地面の底から這い上がってくるような、じっとりと重苦しい感覚だけが僕の神経を支配していた。
医療の世界にいくらか明るい妻にその脚を見せると、彼女はまるで手厳しい上長のように、翌日以降のスケジュールや優先順位のすべてを白紙に戻すよう命じた。血栓という二文字が脳裏をかすめる以上、それは単なる不調ではなく、生命そのものの危機に直結しているというのだ。
年の瀬が押し迫っていようがいなかろうが、地域の中核を担うその医療センターの待合室は、行き場を失ったような多くの患者たちで溢れかえっていた。僕は、これから静かな正月を迎えるはずの彼らの背中を眺めながら、心の中でひそかに声を掛けていた。
”こんな時期なのだから、みんな家で温かいお茶でも飲んでゆっくりしていればいいのに”、と。もちろん、そんな独り言が誰の耳に届くわけもなかった。
総合診療科の担当医は、いかにも心強いといった調子で僕に約束の言葉をくれた。
「最後まで私がしっかり寄り添いますから、どうぞ安心してください」

いくつかの検査結果は年内に出たが、残りは年明けへと持ち越された。奇妙なことに、結果の封筒を開けるたびになぜか医師の数が増えていき、毎回決まってこう繰り返されるのだ。
「安心してください。どこにも異常はありませんでした」
それは、検査の結果に対する医学的な見解らしいが、僕はそのたびに、心の中で小さく呟かざるを得なかった。
――いやいや、僕の脚は明らかに異常なんですよ。だって、診察室の先生の数がどんどん増えているじゃないですか。
中核病院の医師から約束されたはずの温かな「寄り添い」は、その数週間後には、いともたやすい手つきで終わりを告げ、その代わりのように手渡されたのは大学病院への紹介状だった。
どれほど精密な機器をどれだけ並べ立ててみても、僕たちが本当に見つめるべきものは、モニターの冷たい数値の向こう側にあるのかもしれない。それは誰にも言い訳のできない痛みの記憶であり、たった一人で背負うべき静かな現実の重みそのものだった。
…
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