#009 モルモットとチャーリー ~僕も同じ予防薬ですか?~
古い古い映写機のフィルムが予期せぬ場面で噛み合うように、人生の途中で出会う謎の数々は、ときとしてあまりにも滑稽で、あっと驚くような場所へと僕たちを連れ出す。
二月が過ぎ、季節が少しだけ前に進んでも、僕の脚は回復する気配を微塵も見せず、日常生活のささやかな動作にも確実な支障をきたし始めていた。膝はもう曲がらない。
大学病院での数度目の通院を終えると、医師から一枚の書面への署名を求められた。それは極めて稀な症例であるため、若い医学徒の立ち会いを許可してほしいという同意書だった。
どうやら僕は、いつの間にかこの巨大なシステムの中を回遊する、手頃なモルモットの1匹に成り果てていたらしい。

果ては、担当医から告げられた。これまでのあらゆる検査データを重ね合わせても、原因の糸口すら掴めない。考えられる可能性は、ひとつ残らず潰しておきたいのだと。
そして彼は、まるで刑事の事情聴取のように、僕に過去の海外渡航歴について問い質し始めた。
「これまでの渡航先、すべて言うんですか?」
「ええ、すべて余さず教えてください」
「韓国、中国、タイ、マレーシア、シンガポール、カンボジア、ベトナム、インドネシア……」
「ちょっと待ってください。まだ他にもあるんですか?」
渡航先は、優に30を超えている。
「では、海外にて奥様以外の方との性交渉はありますか?」
「今、かみさんがいる場で恐縮ですが、海外での性交はありません。これはほんとです。」
妻も立ち会っている診察室の張り詰めた空気の中、医師の口から飛び出したその問いかけには、患者の尊厳や周囲への配慮のかけらすら感じられなかった。まったくもって、やれやれだ。
事実、海外での性交渉はない。海外では・・・
医師の推論によれば、原因は極めて特殊な寄生虫の類かもしれないとのことだった。彼が学生時代に分厚い医学書の一片で目にしたきりの、めったにお目にかからない代物らしい。ただ、耳にしたその可能性とやらの響きは、先日友人宅の愛犬・チャーリーが予防薬を飲んだとされる病気のそれに酷似していた。
やはり、僕は間違いなく動物になってしまったようだ。

桜の蕾がほころび始める頃には、大学病院の白衣の群れも完全に万策尽きていた。僕は相手のプロフェッショナルとしてのプライドを傷つけないよう、できる限り慎重に、そして静かに頭を下げた。
「あの、もしよろしければ……別の病院への紹介状を書いていただけないでしょうか」
暗闇の中で一筋の光となったのは、普段は経済の動向ばかりを追っている新聞の、片隅に載っていた医療に関する小さな記事だった。
その夏の盛り、ようやく僕の脚の正体が突き止められた。それは脈管系の先天的な機能不全によるものだった。生まれ持った体の仕組みの歪みが、なぜか五十歳を過ぎてから突如として表面化したのだという。適切な対処療法が進められ、徐々に症状は落ち着きを見せ始めた。
人生というものは、どこまでいっても思い通りにはならない、ひどくほろ苦いのだ。
…
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