ボーダーフリー株式会社設立からちょうど10年経ちました。
本日で、弊社は第十一期目を迎えることとなりました!
会社が10年も続きました。
10年です。
お世話になってきた方々には、本当に感謝しかありません。
▼この記事は、こんな人が書いています
5年前、会社設立からちょうど5年経った時にも、こんな記事を書きました。
その時の記事を読み返してみると、
「私はほぼ全て運と人の善意でうまくやってきている」
とか、
「身を粉にして働く・・・のではなく、価値提供しながら楽しく生きていく」
とか、
今読んでもまあまあ「そうだよな」と思うことを書いていました。
そして当時、会社の業績はついに億の世界へ。
英語の事業、厚労省関連の仕事、マネタイズ、仕組化コンサル。
優秀な人たちにめちゃめちゃ助けてもらいながら、
「起業家として、やっとスタートラインが見えたかもしれない」
などと書いていました。
あれから5年。
果たしてスタートラインには立てたのでしょうか。
せっかくなので、前回の記事の続きを書いてみたいと思います。
起業六年目(2021年~2022年)
5年目の記事を書いた頃の私は、
「これからはビジネスコンサルもやっていこう!」
と思っていました。
実際、企業に呼んでいただいてビジネス研修をしたり、個人向けにマネタイズについて教えたり、資料を作ったり。
2021年末には企業向け研修で神戸に呼んでいただいたり、福岡に出張したりしていました。
なんとなく、「ビジネスを教える人」っぽくなってきた時期です。
そういえばこの頃、漫画も作りました。
会社を始めた頃の私からすると、
「億の売上を経験して、企業にコンサルで呼ばれて、自分の漫画まで作ってる」
なんて聞いたら、
おお・・・!なんか成功者っぽい!
と思ったことでしょう。
ですが実際にやってみると、全然そんな感じはしませんでした。一億円の年商というものも、見てみれば、
「あ、世の中にはこの100倍、1000倍の会社が普通にあるのね」
という入口に過ぎませんでした。
そんなことを考えていた2022年5月。
私の人生に、会社の売上などとは比較にならないぐらい大きな出来事が起きます。
長男が生まれました。
ここから、私のリソース配分が大きく変わっていきます。
ミルク。おむつ。抱っこ。食事。寝かしつけ。夜泣き。そして、背中スイッチの無限ループ。
会社経営よりもリソースを食うぞこれは。
そんな日々が始まりました。
起業七年目(2022年~2023年)
会社の振り返りですが、リソースを考える上では無視できない子育て。この年は父親業をめちゃめちゃやっていた一年だった気がします。
子育てのサイドでは新居も完成。軽井沢で家族と暮らし、友人を家に呼び、旅行に行き、庭をいじり、フットサルをする日々。
そんな中、私は第二子を妊娠していた妻を見ながら、あるプロジェクトを思いつきます。
その名も、
「妻の負担ゼロプロジェクト」
です。
家事育児をできる限り自分が引き受ければ、妻も楽になる。
妻が楽になれば、家庭もハッピーになる。
なんという美しい仮説なのだろう。
そして私は、
買い物、三食の食事(離乳食含む)の献立作りと料理、皿洗い、片付け、掃除、子どもに食べさせる、床掃除、風呂に入れる、保湿クリーム、着替え、保育園送迎、寝かしつけ&一緒に寝る、夜泣き対応・・・
を、し始めることになります。

妻の負担はゼロとは言いませんが、善戦した方ではないでしょうか。
結果、私自身のリソースはと言えば・・・育児29%。家事12%。仕事・手続き13%。

……。
社長、仕事しろ。
という状態になっていました。笑
ちなみにこれだけ家事育児をやった結果、家庭がものすごく円満になったかというと、
なりませんでしたッ・・・!
むしろ一時期、夫婦関係はかなり大変になりました。
この経験からは本当に色々学びました。
家事●●%、育児●●%、家計貢献率●●%・・・。
そういった「量」だけでは、人間関係はどうにもならない。
相手が何を大切にしているのか。自分がどういう人間でありたいのか。どういう家庭を二人で作りたいのか。
そんなものを改めて考える、大きなきっかけになりました。
とはいえ、この間「13%の仕事」でしたが、向き合う間は効率化を鬼ほどとがらせてましたよ・・・!
人生で初めて高校に呼んでいただいて講演をしたり、
メルボルンでセミナーを開催したり。

起業当初、
「自分なんかが人前で何を話すんだ?」
と思っていた人間が、高校生の前で話し、海外でもセミナーをするようになった。
これは本当に嬉しい変化でした。
起業八年目(2023年~2024年)
この頃、また仕事の種類が増え始めました。
・ソーラーパネルBPO事業
・仕組化コンサル
・IPO支援
・企業研修
・海外VIP対応
色々やりました。
2023年末には、ソーラーパネルの会社から急遽仕事をいただき、顧客対応の研修やマニュアルを作り、BPOの仕組みを急ピッチで立ち上げました。

こういう仕事は、私は結構好きです。
まだ仕組みがなく、人も足りない。
まずこれ作って、ここに人入れて、この対応を標準化して、この人に教えて……
よし、とりあえず回った。
という仕事です。
振り返れば、創業当初からずっとこれをやっている気がします。
誰かが困っているものを聞いて、
「なんとかする」
ことには、それなりに強くなっていました。
IPO支援業務は・・・、正直、当時の私には身の丈に合わない感がすごくありました。

ですが、分からないなりにかなり食い下がり、この世界の空気を吸うことができたのは、自分にとっては大きかったように思います。


偉大なるビジネスパーソンが集結し、真剣に議論をする。
でもしっかり遊び心もある。そんな空気でした。
そして2024年。
仕事で日本全国をとんでもない勢いで移動しました。
千葉、静岡、山口、熊本、福岡、京都、大阪、名古屋、神戸、奈良、群馬、山梨。
・・・これを、一年ではなく「10日間」で回るような仕事です。
海外VIPの対応なども含め、振り返ってみると年間で84都市を訪れていました。
一方で、次男も生まれました。
妻が三週間ほど入院している間は長男と二人で生活し、次男が家に来れば、またゼロ歳児との生活がスタート。
家では0歳児と2歳児がいて、月に一度仕事では全国を飛び回る。

なかなか濃い一年です。
それでも旅行をしたり、人を家に呼んだり、フットサルをしたりと、相変わらず、仕事だけをする生活にはなりませんでした。
本当に多くの方に助けられて、豊かに人生を楽しめていたように思います。

この辺は起業一年目に決めた、
「週20時間以上は働かない」
という思想が、10年経っても結構根強く残っている気がします。
起業九年目(2024年~2025年)
この頃、仕事に関する違和感を感じ始めたように思います。
色んなところから声もかけていただけるし、全国を飛び回るのも楽しい。
でも、
「ボーダーフリー株式会社の、会社として積み上げてきた資産とはなんだろう?」
という疑問です。
言い換えれば、会社として仕事を受けているというより、「秀村祐二という人間が、便利なので雇われている」という状態になっていたのです。
別にそれでも良いのですが、2024年末、かなり力を入れていた仕事から離れることになり、そのことを強く実感しました。
さて。じゃあ、自分の会社は一体何を強みとする会社なんだ?
ここで再び出てきたのが、
英語事業
でした。
私が会社を始めて比較的早い時期からずっと続けている事業です。受講者さんの満足度は高く、利益も出ている。しかも自分が授業をやらなくても回る。
それまでの私は、
「まあ、これでいいんじゃない?」
ぐらいに考えていました。
ところが2024年末。
中学・高校時代の親友が海外から日本へ帰ってきました。
昔、一緒に一か月ほど海外を旅した男です。

彼の名誉のために真面目なプロフィールの写真を載せといてやろう
一晩話しているうちに、
「なんか一緒にやろうぜ」
という話になりました。
彼「コンサルみたいなものじゃなくて、実業がいい」
私「じゃあ、英語事業を本気で広げるか」
一晩で決まりました。
そして一か月後、彼は会社を作りました。
行動早すぎません?笑
全面的に弊社の英語事業をバックアップしてくれることになりました。
そこから、私の仕事への向き合い方がかなり変わりました。
「少人数だけど満足してもらえているし、利益も出ているからいいや」
という考え方をやめました。
・どうすればもっと良いサービスになるのか。
・どうすれば誰が担当しても一定以上の成果を出せるのか。
・何が伸びて、何が伸びていないのかを、どうやって可視化するのか。
・どうすれば、仕事で英語を必要としている人が、本当に使えるようになるのか。
旧友と何度も話しながら、本気で作り直しました。
講師を増やし、過去の受講者さんを追跡し、教材を作り、講師研修もやり、コーチングの設計を変え・・・サービスの実態を鑑み、「駐在英語」から「フォーカス実践英語」へ改名。

そしてHR EXPOに参加。

現行のサービスの基礎が完成した期でした。
育児や仕事もありつつ、「子どもがいる世界」も知り、アクティビティも多く取り入れることができた年でもありました。
オーストラリアにも、家族と両親を連れて3週間ほど滞在することができました。


起業十年目(2025年~2026年)
そして10年目。
この年の大きな変化は、二人の子どもが両方とも保育園に通い始めたことでした。
これは革命的・・・!仕事ができる!!
セミナーを開催したり、

ジャケットやバナーなどを作り、

国際学会の運営サポートをしたり、

学会や書店でブースも出しました。


営業担当も入りました。
他にも、色々力を入れて活動しました。
おお。めっちゃ会社っぽい。
創業10年目にして、ようやくそんなことを思いました。笑
しかし、不思議なことが起きます。
こちらが本気で売ろうとすればするほど、以前は自然に来ていた、「英語に興味があるんですが」という問い合わせが減っていく。
……。
なぜだーーーーっ!!
それでも、サービスそのものについては、過去10年で一番良いものができたという感覚があります。
そして2026年。
私は今度は、
「良いものを作る」から「ちゃんと世の中に届ける」
ことにかなり力を使い始めました。
noteの記事も大量に書きました。気づけば100記事。
早稲田大学から声をかけていただき、人生で初めてMBAの学生さんに英語で講演する機会もいただきました。

そして、第11期目に向けて、開始した行動はこちら。
・海外展示会に出る日本企業へ営業
・法人向けのアウトバウンド営業
・入札案件に挑戦
・海外との商談支援アプローチ
・ウクライナと日本をつなぐプロジェクト
思いついたものを片っ端からやっている感も若干ありますが、
会社を始めた頃から私が信念として持っていた、
「人を、今いる場所から次のステージに連れて行く」
というものが、ようやく色んな事業の共通項として見えてきたような気がしています。
英語が話せなかった→海外で仕事をできるようになる
海外に出たい会社→実際に商談できるようになる
自分では見つけられなかった選択肢→提示だけでなく、実際に取り組めるようになる
私がやりたいことは、案外ずっと同じだったのかもしれません。
こうやって10年を振り返ってみると
前回の記事を書いた時、
私は、
「なんだかんだ人に助けられた歴史だ」
と書きました。
これは10年経って振り返ってみても全く変わっていません。
仕事をくれた人、一緒に事業を作ってくれた人、スタッフとして手伝ってくれている人、講師をやってくれている人、相談に乗ってくれた人、友人を紹介してくれた人、全国各地で会ってくれた人、海外へ行けば迎えてくれる人、家まで遊びに来てくれる人、そして家族。
会社を始めた時の私は、自分が10年後に二人の子どもの父親になって、軽井沢の家で料理をして、庭を作って、薪棚を作って、子どもを寝かしつけて、その合間に会社をやっているとは全く想像していませんでした。
考えてみれば、
最初の5年間は、
「会社を作った5年間」
だったのかもしれません。
仕事を作り、売上を作り、チームを作り、仕組みを作った。
その観点から言うと、この5年間は
「自分は一体、何をやって生きていきたいのかを探した5年間」
だった気がします。
子どもが二人生まれ、家族を作った。夫婦関係についてもめちゃめちゃ考えた。
色んな仕事をして、日本中を飛び回った。海外にも何度も行き、昔の友人ともたくさん再会した。
そして最終的には、ずっと昔からやっていた英語の事業に戻ってきました。
そして、10年目の今
今の私は、10年前より圧倒的に自由です。できることも増えました。知っている人も増え、仕事の経験も増えました。
二人の子どもがいて、会社にもキャッシュがある。
自分なりに、それなりに豊かな人生を送れていると思います。
そして、自分の会社の商品についても、これまでで一番自信があります。良い講師、良いプログラム。実績もある。海外事業についても、色々な可能性が見え始めている。
いやー。10年。よくやった。パチパチパチ。これからも楽しみです。
・・・と!
言いたいところですが、ここで皆様に、一つ重要なお知らせがあります。
弊社、ここ3年連続で赤字です。
笑
いや。
笑っている場合ではない。
なんとかせねばっ!!!
というわけで
5年前、「私は人の助けと善意でここまで来た」と書きました。
10年経った今も、やっぱり同じ結論です。
そしてっ!
人の助けを借り続けて10年目までやってきた私は、
今後、さらに皆さんの助けが必要です。
英語で困っている人がいたら紹介してください。
海外に出ようとして困っている会社があったら呼んでください。
なんかよく分からないけど、
「秀村に相談したら面白いことになるんじゃない?」
ぐらいでも構いません。
仕事ください。笑
もちろん私も頑張ります。
私自身が身を粉にして働く・・・かどうかは分かりません。笑
でも、10年前から変わらず、
価値を提供しながら、周りの人たちと楽しく生きていく。
これは今後も本気でやっていこうと思っています。
そして11期目は、さすがに黒字にします。
ボーダーフリー株式会社、無事10周年。
ここまで関わってくださった皆様、本当にありがとうございました。
そして、
11年目からも、どうぞよろしくお願いいたします!!
▼私の今までの歩み。読んでいただけると泣いて喜びます。
