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マウント外来 第3話〜第8話 各話構成+最終話・クライマックス脚本

第3話「学歴の値段」

 高柳誠——詩織の夫である。四十三歳、広告会社の企画部係長。国立大卒の経歴が彼の鎧であり、檻だ。

 社運のかかったコンペで、誠は中途入社の河田と組まされる。高卒、現場叩き上げ、実績は社内随一。会議のたびに二人は刺し合う。「理論的に言えば」と学歴をちらつかせる誠。「現場を知らない人はそう言う」と経験で殴り返す河田。チームは空中分解寸前。家に帰れば、稼ぎでも家庭の采配でも妻に主導権がある。誠の居場所は、学歴の上にしかない。

 見かねた詩織に勧められ、誠は渋々クリニックに来る。腕を組み、視線は壁。真帆の問い——「学歴がなかったら、自分には価値がないと思いますか?」——に、誠は即答する。「思いません。……先生、その質問、マニュアル通りすぎませんか」。誠は続ける。俺が悩んでいるのは内面の問題ではない、構造の問題だ。学歴を出すのも経験を出すのも、そうしないと会社で生き残れないからだ。構造を変えずに内面を変えても無意味だ——。真帆は「構造の中で、苦しみ方を選ぶことはできるかもしれない」と返す。誠は鼻で笑う。「綺麗な言葉ですね。でも俺は、苦しみたくないんですよ。選択肢が『どう苦しむか』しかない時点で、もう負けてる」。真帆は、反論できない。「苦しみ方を選ぶ」は、真帆が自分に言い聞かせ続けてきた言葉だった。その言葉が、初めて、切り返されて戻ってきた。誠は「来てよかったとは言えそうにないです」と席を立つ。シリーズで初めて、カウンセリングが届かない。

 再プレゼンに向けて、誠と河田は最低限の業務連絡だけで準備を進める。二人とも実力は出す。しかしそれは連携にならない。クライアントの表情は最後まで曇ったまま——結果、パートナーシップは打ち切られる。誠は係長から主任へ降格。河田は営業二課へ異動。三島部長は頭を下げる。「お前らを組ませたのが間違いだった。すまなかった」。河田はその場面を最後に、画面から退場する。彼の内面は、描かれない。この回は、誰も救われない。

 夜。詩織からメッセージが届く。「結菜が今日のピアノ、聴いてほしいって。早く帰ってきてね」。誠は返信を打ちかけて、やめる。「今日は遅くなる」とだけ送り、一人で居酒屋に入る。隣の席から聞こえてくる。「うちの息子、今年から〇〇大学」「おお、すごいじゃん」——自分が河田にぶつけ続けてきたものと、同じ構造の会話。誠は焼酎をあおる。

 深夜、酔って帰宅。起きて待っていた詩織に、降格のことを言おうとして、言えない。「……ありがとう。先に寝てて」。一人残されたリビングのテーブルに、結菜の楽譜。よく見れば、一箇所、セロハンテープで貼り直された跡がある。誠は楽譜を手に取り、しばらく見つめてから、戻す。今夜、結菜のピアノは聴けなかった。明日も、たぶん聴けない。——第2話で救われた母娘の家に、救われていない父が帰ってくる。その残酷な接続で、第3話は閉じる。

第4話「彼氏が〇〇なんだけど」

 藤川瑠美、高校二年生。母は香奈——第2話のママ友三人組の、あの聞き役の女性である。

 瑠美のグループでは「彼氏」が通貨だ。莉子は社会人の彼、ひなたは大学生の彼。デートの行き先、もらったプレゼント、記念日。話題に入れない瑠美は、半年前、一つの嘘をついた。「ユウキ」——他校に通う架空の彼氏。マッチングアプリの拾い画と、つじつま合わせのデート捏造で、嘘は今日も延命されている。「今度ユウキの写真もっと見せてよ」「三人でダブルデートしようよ」。包囲網は狭まり、嘘の維持コストは利息のように膨らんでいく。唯一、幼なじみの友梨だけが、何も聞かずに隣にいる。

 限界の夜、瑠美はバズっている「マウント外来」を知り、親に内緒で一人、クリニックに来る。真帆は本来は保護者の同意が要ることを告げた上で、「今日は、お話を聞くだけ」と向き合う。瑠美の望みは意外なものだ。「嘘をついたことを謝りたいんじゃないんです。……ただ、終わらせたい。バレずに」。真帆は説教をしない。告白という正解を押し付けもしない。嘘を畳むための出口——「別れたことにする」——を、瑠美が自分で見つけるまで、付き合う。

 教室。瑠美は告げる。「あのさ。……ユウキとは、別れた」。心配していた反応は、拍子抜けに終わる。「え、マジ? もったいな」「高校生の恋愛なんてそんなもんだよね」。それだけだ。誰も瑠美の嘘を疑っていなかったし、誰も瑠美にそれほど興味がなかった。安堵した次の瞬間、莉子とひなたは新しい彼氏マウントの応酬を始め、瑠美の存在は会話から薄れていく。彼氏の話題から「降りた」瑠美は、もうこの会話の主役にはなれない。友梨が机の下でそっと手を握る。二人は目だけで会話する。——それでも瑠美の中に、ほんの少しだけ、戻りたい気持ちがある。莉子とひなたの世界に。

 その夜、二つの部屋。莉子は彼氏に送ったメッセージに既読がつかず、天井を見つめたあと、数ヶ月前に撮った写真を「今日もありがと♡」と投稿する。「ラブラブ♡」「お似合いすぎ」。フォロワーの反応で、彼氏からの返信より先に、心が満たされていく。莉子は瑠美を笑えない——同じ罠の、別の部屋にいるだけだ。

 そして香奈の家。娘の部屋からすすり泣きが聞こえる。香奈はドアの前まで行き——ノックできない。リビングに戻り、育児アカウントを開く。手作りクッキー(実際は出来合い)、よその子の英検合格。自分の投稿に、瑠美を主役にしたものがほとんどないことに、香奈は気づく。気づいた上で、新しい投稿を打つ。「今日は娘と少しすれ違い。でも子育てって、そういうものですよね」。「わかります〜!」「うちもそう」。共感の通知に、香奈の表情がほんの少しだけ緩む。娘との断絶すら、コンテンツになる。閉じられたドアと、光るスマートフォン。その対比で第4話は終わる。

第5話「幸せのかたち」

 松浦凛、二十八歳。カフェ「TERRA」の店員——第1話であかりの隣にいた、あの人である。

 凛は誰にもマウントを取らない。取られる側だ。常連の主婦の「凛ちゃん、一人で気楽でいいわねえ」。ママ友会の団体客が帰った後のテーブルの噂話。そして親友・奈々子の、悪気のない一言。「子どもがいると、毎日に意味があるんだよね」。凛はぜんぶ、笑って流す。流し続けて、何年にもなる。

 客として店に来たあかり——今は「田所あかり」として小さく発信を続けている——に、凛はぽろりとこぼす。あかりは笑って言う。「いいとこ、知ってますよ」。

 カウンセリングルームで、凛は開口一番に聞く。「私、マウントを取られてる側なんですけど。それでも、ここに来ていいんですか」。真帆は頷く。「取る側だけの外来じゃないです。……笑って流すのも、立派な症状ですから」。凛の処世術——本音を言わずに微笑むこと——は、自分を守ると同時に、自分を消してきた。

 凛は奈々子を家に招き、手料理を振る舞いながら、初めて本音を伝える。「私の生き方は、私が選んだもので、負けたわけでも可哀想なわけでもない。ただ、たまに自信がなくなる。その時に『一人で偉いね』って言われると、余計にしんどくなる。それだけ」。奈々子は涙ぐみ——しかし、こらえる。「ごめん。正直に言っていい? 私、今、すごくモヤモヤしてる。……言ってくれてよかったって、本当はそう言うべきなんだろうけど。今日はまだ、無理。時間、ちょうだい」。奈々子は料理を半分残して帰る。凛は残りをラップで包む。明日の自分の昼にする。本音を言うことは、繋がりの一部を失うことだ。このドラマは、その代償を値引きしない。

 翌日の店。例の常連主婦に、凛は初めて笑って流さずに返す。「気楽だから幸せってわけでもないし、大変だから不幸ってわけでもないですよね」。主婦は一瞬黙り——心配そうな顔になる。「凛ちゃん、大丈夫? 無理しちゃダメよ。一人だと、誰も気づいてあげられないんだから」。届かない。凛の言葉は「一人で頑張りすぎている可哀想な凛ちゃんのサイン」として処理された。コーヒーを淹れる凛の手は、震えていない。でも、もう笑っていない。

 同じ頃、クリニック。凛のカウンセリングを終えた真帆が、一人、スマートフォンで同期のアカウントをスクロールしている。——そこへ悠太がノックして入り、画面を見てしまう。悠太は何も言わない。予約変更の確認だけ済ませ、ドアノブに手をかけ、振り返らないまま「先生、今日はもう帰って、ゆっくり休んでください」と告げて出ていく。振り返らなかったのは、目を合わせないためだ。真帆はそれに気づく。気づいた上で、何もできない。——互いの歪みを見て見ぬふりをする、最初の夜。

 ラスト。真帆が連絡先の画面を表示している。「折原奈央」。長い間、見つめて——画面を閉じ、ポケットに戻す。何を考えていたのか、観客にはまだ、わからない。

第6話「意識の高い暮らし」

 早瀬理沙、三十五歳。オーガニック、無添加、手作り発酵食。「丁寧な暮らし」の発信者であり、実践者であり——強制者である。夫の健太は会社帰り、駐車場の車内でこっそりカップ麺をすする。その空き容器が見つかった夜、早瀬家は静かに決裂した。

 理沙は「夫を治してほしくて」クリニックに来る。だが対話が進むほど、浮かび上がるのは理沙自身の構造だ。彼女の「正しい暮らし」は、母親に「だらしない子」と言われ続けた少女時代への反証であり、正しさは、彼女が世界に対して取り続けている防御姿勢だった。正しさを握りしめた手は、いちばん近くにいる人を殴る。

 その姿に、真帆は十年前の自分を見る。「正しい生き方」を親友に説き続け、彼女を傷つけ、絶縁された自分を。そして真帆は、カウンセラーが越えてはならない線を越える。「……私にも、大切な友人がいました。私はその人に、『正しい』ことばかり言い続けたんです」。自己開示。理沙は初めて、目の前のカウンセラーを同じ弱さを持つ人間として見る。涙を流し、何かが解けたような顔で帰っていく。

 理沙は変わる——ように見える。健太と並んでカップ麺を食べ、「丁寧な暮らしも好きだけど、雑な夜も悪くない」と投稿する。温かい着地。だが数週間後、理沙のアカウントには「肩の力を抜いた私」という新しい看板が掛かり始めている。雑な夜は、いつのまにか週二回の「コンテンツ」になっている。マウンティングは治らない。衣装を替えるだけだ。

 一方、待合室の片隅に、久しぶりに圭介の姿がある。順番を待つ彼のスマートフォンには、作成途中の新しいアカウントのプロフィール画面。「自分探し中のサラリーマン」。圭介はそれを長く見つめ——削除も、投稿もしないまま、画面を閉じる。名前を呼ばれ、いつもの顔で立ち上がる。観客だけが、その画面を見ている。

 夜、一人のカウンセリングルーム。真帆は呆然と座っている。「……私、何をしたんだろう」。理沙を救うための自己開示だったのか。自分の罪悪感を吐き出したかっただけなのか。理沙は救われた——その救済の動機が不純だったとしたら、あれはカウンセリングだったのか。自分でも、わからない。

 わからないまま、真帆の指は動いている。連絡先「折原奈央」。第5話で閉じたはずの画面。メッセージを打つ。「伝えたいことがあります。すぐじゃなくていいので、いつか時間をもらえませんか」。——送信。冷静な決断ではない。転がるように押された送信ボタン。送った直後、真帆の顔から血の気が引く。送信済みの吹き出しを見つめたまま動けない真帆で、第6話は終わる。

第7話「マウント・パンデミック」

 「マウント外来」がバズった。予約は二ヶ月待ち。取材依頼。そして第1話のあのワイドショーが、今度はクリニックそのものを特集する——「マウントは治療できるのか」。コメンテーターたちは相変わらず、議論の体裁でマウントを取り合っている。

 新しいクライアントたちは、これまでと様子が違う。白石瞳は初回のカウンセリングを自撮りの構図で語る。「マウント外来、通い始めました。自分と向き合うって決めたので」——通院そのものが、発信のネタであり、ステータスだ。診察券が、新しいブランド品になっている。永井俊哉は「比較から自由になる生き方」を説くセミナー主宰者で、クリニックには「対談」のつもりで来る。「僕はもう、マウントを卒業したんですよ。誰とも比べない。……先生はまだ、その段階なんですね」。マウントしないことを誇る、最強のマウント。真帆は冷静に永井の矛盾を解体し、論破する。永井は青ざめて帰る。その夜になって、真帆は気づく。あの解体の手際の良さ、あの小さな勝利の感触——「マウントしないマウント」へのマウント。自分は今日、カウンセリングをしたのではない。勝負をして、勝ったのだ。

 マウンティングを治すための場所が、新しいマウンティングの温床になっている。それだけなら、外の問題だ。耐えがたいのは、内側だった。クライアントを救う自分に酔っていたこと。白石や永井を、心のどこかで見下していたこと。カウンセラーという椅子そのものが、誰にも咎められないマウントの特等席だったこと。真帆は夜のクリニックで、悠太にそれを吐露する。「私、この椅子に座ってる限り、絶対に負けないの。クライアントは弱ってて、私は弱ってないことになってるから。……ずるいよね、この仕事」

 その夜、悠太も初めて、自分の話をする。高校時代のいじめ。標的にならないために身につけた「鈍いふり」。自分を下に置けば、誰も攻撃してこない——それが悠太の生存戦略であり、彼のマウンティングだった。「だから、ここの求人を見たとき、思ったんです。ここだ、って。……治したかったのかもしれないです。僕も」。二人は初めて、互いの歪みに言葉で触れる。触れただけで、それ以上は踏み込まない。

 真帆は閉鎖を考え始める。理由は世間の混乱ではない。自分がこの場所を、何に使っていたのかを知ってしまったからだ。

 ラスト。真帆のスマートフォンが鳴る。メッセージ。「読みました。折原奈央」。それだけだ。前向きさも、拒絶も読み取れない、無機質な八文字。真帆は長く画面を見つめ、クリニックの灯りを消す。暗くなった待合室の、手書きのポスターだけがうっすらと見える。「人と比べなくていい。でも、比べちゃう。そんなあなたのための場所です」。——第7話、了。

第8話(最終話)「私の頂上(てっぺん)」

 閉鎖を決めかねたまま、真帆は日々の予約をこなしている。ある朝、悠太が予約リストを読み上げる手を止める。「先生。……折原奈央さん、という方が」。

 十年ぶりの再会は、カウンセリングルームで行われる。クライアントとカウンセラーの椅子に、かつての親友同士が座る。真帆はカウンセラーの仮面を外し、告白する。十年前、奈央に「正しさ」を押し付け続けたこと。カウンセラーになった動機が、贖罪なのか自己満足なのか、自分でもわからないこと。そして——再会した今この瞬間ですら、目の前の奈央と自分を比較してしまっていること。醜さの全部を、言葉にする。

 奈央の返答は、「許す」でも「また友達に戻ろう」でもない。それは以下のラストシーン脚本に記す通りである。真帆は変わっていない。八話分の物語を経て、自覚だけを手に入れて、治っていない。そして数日後の朝、クリニックの日常の中で、真帆の「治らなさ」は最も小さく、最も残酷な形で発露する。

最終話・クライマックス脚本

 ※真帆が奈央への告白を終えた直後から。

  ○ カウンセリングルーム・午後(承前)

  長い沈黙。
  奈央、真帆の顔をじっと見ている。
  何かを言おうとして、やめる。

奈央「……真帆」

真帆「うん」

奈央「私、今日、栃木から出てきたの。
  電車の中で、ずっと考えてた。
  会ったら何を言うかって。
  謝られたら許すのか。泣かれたらどうするのか。
  ちゃんとシミュレーションしてきた」

真帆「……」

奈央「でもね、今、真帆の顔見て、全部わかんなくなった。
  ……真帆、あなた、変わってないね」

  真帆、思わず顔を上げる。

真帆「……え」

奈央「十年前と同じ顔してる。自分を責めてる顔。
  『正しくあろう』としてる顔。
  今度は『正しく自分を責める』のが正解だと
  思ってるんでしょう」

  真帆、言葉を失う。

奈央「ごめん。……これ、言うつもりなかった」

  奈央、立ち上がる。

奈央「また連絡するかも。しないかも。
  今は、それしか言えない」

真帆「……うん」

  奈央、ドアに向かう。
  ドアノブに手をかけて、一瞬止まる。
  振り返らないまま。

奈央「……真帆のクリニック、続けてね。
  私が言う筋合いじゃないけど」

  ドアが開き、閉まる。

  真帆、一人残される。
  しばらく、動かない。
  やがて、メモ帳が膝から床に落ちる。
  両手で顔を覆う。
  声を殺して泣いている——のではない。
  声を出して泣こうとして、出ない。
  泣き方を忘れたような、息の詰まった嗚咽。

  ○ 「こころの外来 つづき」・待合室・朝(数日後)

  朝の光が差し込む待合室。
  悠太がいつものように受付の準備をしている。
  真帆が出勤してくる。
  表情は穏やか。あるいは、穏やかに見える。

真帆「おはよう」

悠太「おはようございます。今日の予約、四件です」

真帆「わかった」

  真帆、受付カウンターの前で、ふと足を止める。
  視線が、悠太のシャツに留まる。
  淡いブルーの、明らかに質の良いシャツ。

  ——ほんの一瞬の間。
  真帆の目の奥で、何かが動く。

真帆「……そのシャツ、新しいの?」

悠太「(顔を上げず)あ、これですか?
  先週買ったやつです」

真帆「……いいブランドだよね」

  悠太、少しだけ顔を上げる。

悠太「え、わかります? そんな高いやつじゃないですよ」

真帆「……うちの給料、上げすぎたかな」

  ——間。

  悠太の手が、止まる。
  ほんの一瞬。

  真帆、自分が発した言葉の温度に、気づく。
  遅れて、気づく。

真帆「……あ」

悠太「(笑って)ひどいなあ、先生。
  ちゃんと働いてる分の給料ですよ」

真帆「……ごめん、今の、そういうつもりじゃなくて」

悠太「わかってますよ」

真帆「本当に。ただ、ちょっと……
  奈央のこと、まだ引きずってて、たぶん。
  私、疲れてるのかも」

  ——言いながら、真帆、自分の言葉に違和感を覚える。
  奈央のせいにしている。
  謝るふりをして、自分を被害者の側に置いている。

悠太「(にこっと笑って)大丈夫ですよ、先生。
  僕、別に気にしてないので。
  こう見えて、鈍いタイプなんで」

  ——鈍いタイプ、ではない。
  悠太が「鈍いふり」をして生きてきたことを、
  真帆はもう、知っている。
  悠太も、知られていることを、知っている。

  真帆、口を開きかける。
  「ごめん、本当は気にしてるよね」——
  言える。言えるのに、言えない。
  言ってしまえば、この職場は、
  今のかたちでは続かないから。

  真帆、結局、何も言わない。
  目線を下げて、カウンセリングルームのほうへ歩き出す。

真帆「……次の方、準備できたら呼んで」

悠太「はい」

  真帆、カウンセリングルームに入る。
  ドアが閉まる。

  悠太、一人になった受付で、
  しばらく、自分のシャツの袖を見ている。
  顔には、何も出ない。

  ——やがて、いつもの笑顔に戻り、
  パソコンに向かう。

  予約リストの最初の名前を、クリックする。

                    暗転。

                    完。


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