小説連載 森の子~ある少女と、フウシュウ~ 第16話 ララ
「あなたなんでしょ」
成人の儀を執り行う朝、聞き覚えのある声がナミの方へと放たれた。
ルドとリザは、儀式の準備をするために既に家を出ていた。
ナミの家の玄関に、紅を唇に、黒い墨を目元に付けた少女が立っていた。
化粧の濃いせいで、一瞬誰かわからなかった。「成人」用の白装束をと聞き覚えのある声で、ララだとわかった。
「何のこと?」
「全部知っているのよ。『密告』したのは、あなたなんでしょ」
抑揚のなく、淡々とした口調だ。怒りも悲しみも、声色が覆い隠していた。
「んで、協力者はノギ。違う?」
ああ、と墨色に塗られて広がった眼球を細める。
「協力してもらったんじゃなくて、協力するよう仕向けたのかな。……私、ノギをずーっと見てきたから、わかるわ」
「何しに来たの」
尖った声を出すと、ララは口角を上げた。
「あなたさあ、自分の『夢』を潰して……そんなに他人を潰したかったの?」
咄嗟に頬に手をやる。頬の上の涙腺が、ツンと痛くなって、思わず頬に指を当てていた。
「あなた、『異国』に行きたかったんじゃないの?」
なぜ知っているのか。
「ララの方こそ」
彼女の追及を逃れようと、声を張り上げる。
「『噂』をばら撒いたくせに。よくそんな台詞が吐けるよね。感心しちゃう」
「噂? ばら撒く?」
言われた方は、困惑した様子で首を傾げた。
「次代の巫女に選ばれた……って、吹聴して回ったじゃない」
ララが、はあとため息をつかれる。
「私、そんな小細工していないけど?」
馬鹿にしたように鼻で笑われた。
「嘘」
「本当よ。私、そもそも巫女になる気なかったし」
「どういう意味?」
今度は、こちらが戸惑った。
「意味って言われても」
ララは、綺麗に編みこまれた髪の根元に指先を差し込む。
「私の夢は、ノギとめおとになること。巫女に選ばれたら、結婚できないわ。というか、そっちの前提が間違ってる」
彼女の指が触れた髪飾りが、しゃらんと空気を切った。
「私は、『突然死を宣告されること』を恐れていない。あなたと違って。……結局のところ、そこでしょ?」
その言葉に目の奥が一気に熱くなる。――見抜かれていた。
「確かに私は、我儘な娘よ。嫌われているのも知ってる。でも、知ってた? あなたは私より、もっと嫌われている。……ねえ、それがなぜだかわかる?」
手の平の触れた頬を生温かい液体が伝った。ナミは、唇に触れたしょっぱい味を呑み込んだ。
「あなたが常に村人の望みそうな誰かのふりをしているからよ。無邪気に喜んでいるふり、楽しそうなふり、共感しているふり、理解しているふり、笑っているふり……。全員が気づいているわけじゃないけれど、心のどこかでわかっている。だって、あなたリザおばさんにそっくりだもの」
――あなた、十分に嫌な女よ。
耳の奥でララの声が反響し合っていく。嫌な女、嫌な女、十分に嫌な――あたしは、最初から自分が嫌な女だとわかっていた。あたしと母ちゃんは、血が繋がっていないのに瓜二つだ。
あたしとリザは、「鏡に映った自分たち」だ。口に出さずとも、考えが読み取れた。だから、あの人にあたしの眼球に張りついた何かは取れない――「鏡に映る自分」が、「現実の自分」に触れられないのと同じように。
「さあさあ、泣かないの」
いつの間にかララは、ナミの眼前に移動していた。彼女の白い袖が、ナミの濡れて冷たくなった頬に押し当てられる。
「私にはわかる。あなたの気持ち。逃げ場を作らないと、やってらんないのね?」
ララの腕が、体に巻きついた。
「私はね、生まれてから罰が当たるくらい我儘を言いまくってきた。なりふり構わず、願い事を声に出して言った。お母様から分けていただいた異国のお菓子も飽きるぐらい食べた。お父様とは形式的な家族愛を築いて、満足してきた。私ね、人間は欲望のために生きるべきだと思うの……どうにもならない世界なら、特にね?」
――「強かに生きる方が勝ち」だからよ。
ララの台詞は、ヨウコのそれと本質的には同じだ。
とんとんと背中を手の平で叩かれる。
「周囲に嫌われようがどうだっていいじゃない。偽った自分自身に苦しめられるより、ずっとマシよ。我儘だって軽蔑される方が、マシよ。ノギとか……大切な人が傷つくより、マシでしょう?」
ナミは、泣き続けた。ナミの中にあったはずのこたえが、心から消滅していたから。『夢』を失くしてしまったから。
「あんた、本当に何しに来たのよ……」
「お礼を言いに来ただけ。これで、ノギの花嫁筆頭候補が消えたわけだし。それとさ」
ララの顔から墨の匂いが漂う。
「ナミの本質を見ている人は、けっこうな数いるから。ま、私はノギを傷つけたあなたのことが大嫌いだけど」
「……言われなくても、わかってるよ」
道具屋のじじぃの嘲笑が思い浮かんだ。
少なくとも二人以上、ナミの本性を見抜いている人間がいる。『外』に行けなくとも、ナミはちゃんと見られていた。
そう認めると、ナミの涙線は波の静まるように引き締まった。
認めなくてはならない。セミョルに関係なく、ナミは自分自身の意思で巫女になるのだ。
村のためでない。我が身可愛さが故だ。
結局ナミは、己の人生にかかりきりなそこらへんの村の子供と大して変わりなかった。
硬い感触が頬に当たって、ナミは顔をのけぞらせた。
頬に触れたのは、ララの耳環だった。
ルビイと引き替えにソヨンによって、ララの元に渡ったターコイズの耳環だった。
(つづく)
↓ 前後の話のリンクを貼っておきました。
小説連載 森の子~ある少女と、フウシュウ~ 第15話 計略、実る|鷺沼 新
小説連載 森の子~ある少女と、フウシュウ~ 第17話 記憶とフウシュウ(上)|鷺沼 新
