小説連載 森の子~ある少女と、フウシュウ~ 第15話 計略、実る
「妾は、次代の巫女をナミに決めた」
マーシャが宣言した瞬間、寄合に集まった誰もが息を呑んだ。
戸惑い、混乱、疑念……宴会場内にめでてぇ空気は存在しなかった。
「おおっ、良かったなぁナミ! これで心置きなく年を越せる」
近くに座っていたトールの目が喜びで潤み、その隣で彼の父親は小馬鹿にしたような笑みを浮かべていた。
「ほほう。急転直下だのぉ」
非難めいたその一言が、全てを表していた。
ナミは、目まぐるしく考え続けていた。
ヨウコに出会ってから密やかに暖め続けてきた計画の「最終段階」に来ていた。
ジェリービーンズがきっかけだった。初めて直に味わった『外』の味が、ナミの郷愁を揺さぶった。今は亡き母の顔との暖かな思い出がよみがえった途端、ナミは心の底から、セミョルに負けないぐらいの憎悪が燃え上がった。この甘美な味と引き替えにできる「権利」が村長一家にあることに、憤りを覚えた。一家のおこぼれを味わっている自分自身にも嫌気が差した。『異国』を身近に感じたあの瞬間、自分には『異国』で暮らす「権利」がない現実を突きつけられた。村人の前で愛らしく振舞ってみせる己と〝かなしい〟泣き顔をした実母の記憶に大きな隔たりがあって、ジェリービーンズは、ナミの心の隔たりに気づかせてくれたのだ。
悪意が芽生えたのは、ヨウコにヌシサマに選ばれる予定がないと知った瞬間だった。認知されていないから、ナミのような『異国』への思考逃避もないのだ。彼女は健やかで、幼かった。
だから、あんな風に思ったのだ――そんなの不公平だ、と。
巫女候補の話と獣肉店のおばちゃんから預かった耳環が、ナミに色々な考えに行き着かせた。
もしも、と仮定する。
宝飾を好むソヨンに耳環を贈ったとする。賄賂として渡されたと知った彼女が、「ララとジークが知り合いだった」と言ったら……どうなるだろう。その時点で、ヨウコの存在がヌシサマを尊ぶ村長の耳に入っていたとしたら。「ララがわざと報告しなかった」と捉えたら……神聖な巫女の座に彼女を推薦するだろうか?
「いやあ、無事巫女様になれて良かったなあ、ナミ!」
祝辞を述べたノギの笑みは、いつにもまして虚無に覆われていた。この場で一番、喜びを表しているのに、どことなく苦しそうだった。
当たり前だ。ナミは、ノギを利用した。……『内』の人間になりたい彼の気持ちと、自分に向けられる恋心の両方を利用したのだ。
『内』になろうとするノギと、『内』でも『外』でもなく『一個人』として生きているヨウコを引き合わせる。
ナミがしたことは、たったそれだけ。
彼なら、村という集合体に認められたいがために信頼できる誰かに『密告』するだろう。その誰かは間違いなく、彼にとっての「占い婆」であるリザだ。簡単な図式だった。
「それともう一つ、皆に大事な話がある」
マーシャの瞳が昏く輝いた。
「明日執り行われる、『成人の儀』についてじゃ」
彼女の視線が、ナミたちを通り越して宴会場入り口へと向けられる。
「こちらへ来なされ」
村人たちがいっせいに後ろを振り返った。
木のように真っ直ぐ背を伸ばしたヨウコが、立っていた。
「なんで」
ルドの漏らした唸り声が、重苦しく響いた。
「紹介しよう。ジークとルナの娘で、ヨウコじゃ」
マーシャの皺だらけの手が、ヨウコのしっかりとした肩周りに乗せられる。
「この娘も、儀式に参加する年頃でのう。妾も先日まで、ジークに娘がおるのを知らなんだ」
空気がしんと静まり返っていた。目だけを動かすと、この場にいる幾名かの人間が顔色を白く、あるいは強張らせていた。「ルドの仲間」と思われた。「仲間」以外は、驚愕を顔面に張りつけている。
「初めまして」
巫女に促され、ヨウコが口を開いた。
「十五年前に生まれました。ジークの娘で、ヨウコと言います」
彼女は、いつものように何かを待っている微笑を浮かべている。
「ジークが、我ら村のもんに隠し立てしとったということか?」
村の男が低い声が、宴会場の床を這った。
「昨晩、マーシャ様と村長様がわざわざ我が家に足を運んでくださいました。うちも、村に貢献できる立派な大人になる思いを込めて、儀式に参加します」
ヨウコは笑顔のまま「不束者ですが、よろしくお頼み申します」と頭を下げた。
「こちらの手違いで、妾たちはヨウコの存在を知らなんだが、無事儀式の前に見つけたんじゃ。これで、この件は終いだ」
疑問を口にした男は、渋面を作って黙り込んだ。
ヨウコの表情を盗み見る。ヌシサマに選ばれる可能性が生まれても、彼女は平然としていた。
「皆さま、うちの父親のことですが」
場の空気を緩めるように、ヨウコが再び口を開く。
「呑んだくれの、寂しがりやな父親をこれからも見捨てず、受け入れていただけたなら、この上なく幸いです」
――あたしは、「あなたの幸せ」を壊したのよ。
そう言ってやりたい衝動を懸命に抑え込む。
己の器を試されているようで、悔しい思いが込み上がった。
(つづく)
↓ 前後の話のリンクを貼っておきました。
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