小説連載 森の子~ある少女と、フウシュウ~ 第14話 変化と養母の顔
「ところでな。ノギとおまえ、ここんとこ上手くいってねぇのか?」
「まさか。そんなわけないでしょ」
トールの的外れな探りに、ナミはつい吹き出してしまった。
「だけんどぉ、ノギはずーっとおまえにぞっこんじゃねぇか……ふったのか?」
「ううん。ふってない。まあ、確かに彼、変だよね。理由は知らないけど」
大嘘だ。ナミは全部知っている――ノギと築いてきた強い繋がりも、この二週間で天地がひっくり返るほど変化した関係性も。トールに言われずとも、ナミはノギのささいな変化を見逃さない。
それは、幼馴染だからというより、『内』の人間になろうと奮闘する彼の性質を観察してきたからだった。年月で得た経験則ではない。ナミはこの頃、よりいっそう村人の観察に神経を張り巡らせていた。
ノギが「変わった」と噂になっている。実際、噂になるほど彼は変貌した。まず表情。朗らかな好青年の笑顔に、村娘たちは熱を上げていたが、今は年齢よりやや老けた顔に陰気な笑みを浮かべるようになった。内面が変わったのだとはっきりわかる皮肉を口調に混ぜるようにもなった。二日前、彼は、ララの誘いを一刀両断に拒絶した。
「ホント、いい気なもんだな。そういう上から目線の物言いをみーんな嫌ってるぜ。知ってるか? この×××女」
ララは怒りを通り越して泣き出してしまった。彼女にはわからなかったろうが、「×××女」とは南方の人間特有のスラングだ。『外』の血筋を嫌うノギが、自らの生まれを表すスラングを使う……彼は刻々と変化していた。
「ノギの母ちゃんも心配してて、この頃、よくあたしに様子を聞いてくるよ」
「ソヨンさんが?」
「うん」
それよりさぁ、とナミは意図的に話題を変えた。
「マーシャ様の巫女候補の噂……あれ、どうなっているの」
ああ、とトールが秋から伸ばしてきた顎髭に手を当てる。
「村のほとんどで、ララを有力視する噂が強いな。俺も、ナミの話を広めようとしているんだが。なんかすまんな」
「別に、おじさんが気にすることないよ」
ナミは、瞼を閉じる。
誰もが、ララの悪口を言うのに。不思議と誰もがララを「巫女に」と推薦する。マーシャを思い浮かべる。彼女は、最初から澄んでいない方の瞳で、巫女を務めてきたのだろうか。――マーシャの本質を知っているからこそ、村の連中はララを推すのか。
もっと頑張らなくては。セミョルが……違う、●●●が許せないだろう。
ララは何を望んでいるのだろう。巫女に選ばれる? それとも、ノギとめおとになること?
ノギの望みは、何だろう。
ヨウコに彼を紹介したのは、間違いだっただろうか。
それから「成人の儀」まで、後三日と迫る日の夕方、とうとうそれは起こった。
「ナミ」
家に帰ると、リザが仁王立ちして待ち構えていた。
「どこへ行っていたの」
「いつも通り、村一軒一軒にサンドウィッチを配った」
「……ふうん」
リザの目が、つるりと黒く光を反射した。
「配り終わったら、ノギの家に寄ってしばらくお喋りした」
口内の唾を呑み込もうとして、失敗した。喉の奥まで、からからに乾いていた。
リザの横をすり抜ける時、また声を投げかけられる。
「その後、どこに向かったの?」
思わず足を止めていた。
「ジークの家に行ったのね」
奇妙な感覚だった。人伝に聞く、ごたごたの残る彼を「ジーク」と呼ぶ養母の顔が、別人に思えた。
「でも、会ったのはジークじゃない。そうでしょう?」
「知ってたの」
口走った後、口元に手をやる。
「私は、あなたの母親よ。あなたのことで、知らないことなどありません」
――彼に娘がいたなんて。
そう呟く目元は柔らかく潤んで、慈悲深いいつもの養母なのに。これほど彼女の表情が偽物だと思った瞬間は、今までなかった。
「ヨウコちゃんは、ルナに似ているわ――感情豊かで、それでいてどこか悟った顔つきが」
――皆で隠し事をしていたなんて、酷い。
黒目の縁に丸い涙が光る。涙の粒は、さらりと頬を伝った。
これが、目の前の女の素顔なのだ。
「……オウル義兄様に、『報告』しなければ」
涙を拭うと、ナミの手を優しく包み込む。
「ナミ、あなたの口から義兄様に報告しなさい。事実を正確に伝えるのよ。ジークが娘の存在を隠していました……ってね」
偽善者の顔。
そっと顔を俯かせ、己の手を包むリザの白い手を見つめた。
「義兄様に話せば、村長としてあなたに恩義を感じるはず。ねえ、きっとマーシャ様に巫女のことを口添えしてくださるわ」
ナミは項垂れたまま、養母の手を握り返した。
(つづく)
↓ 前後の話のリンクを貼っておきました。
小説連載 森の子~ある少女とフウシュウ~ 第13話 ヨウコとジーク|鷺沼 新
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