小説連載 森の子~ある少女と、フウシュウ~ 第13話 ヨウコとジーク
「今帰ったよ、パパ」
ヨウコの声が、外まで漏れ聞こえている。
「呑みすぎだよ。泥酔して、外で小便して、うっかりそこで寝ちゃったらどうするの!」
「ヨウコがいるからぁ、へぇきさ」
呂律の回っていない男の声が、聞こえた。
「どこにも行かんでくれよなぁ。……ヨウコが行っちまったら、俺はぁ一人ぼっちで死ぬ。寂しくって死んじまう」
「縁起のないことばっか言って! うちはずっと、パパと一緒だよ」
「だったらぁ、ヨウコの新しいともでちを紹介しろよ……パパが良いともでちか見極めてやりゃぁよ!」
男は思いっきり叫ぶと、急に黙りこんだ。その間、ナミの耳元で風雪がぴゅうっと高く響いて、芯まで冷えきった体を鳴らした。
「ナミ、突っ立てないで入りなよ」
体の冷えが限界に達する頃、ヨウコが一言声を上げた。
あばら家の扉を後ろ手で閉める。
大きさもばらばらな木の板で四方を囲んだ家の至るところに、動物の毛皮が敷いてある。壁の穴からも、床からも、雨漏りしそうな天井からも、獣の生臭く錆びた臭いが漂っていて、息苦しい空間だった。
「お邪魔していいの?」
「父親が寝たから。平気」
ナミは小柄だが、そんな自分でさえ、天井の獣皮に頭を引っかけそうだった。一本の裸木のようにしなやかなヨウコの体は、この小さな世界ではあまりに窮屈だ。
あらゆる隙間を塞いだ室内の中央に、太い蝋燭が立っている。蝋の先端で、炎が煌煌と周囲を照らしていた。蝋燭の傍らで、背骨の浮き上がった痩身の男が横たわっている。無精髭と薄い頭頂部が、彼をみすぼらしく見せているが、よくよく眺めれば、目鼻立ちのくっきりとした色男の面影があった。養母の好きだった男――今の彼女にとって、「ジーク」はどんな存在なのだろうか。
「可哀そうでしょ」
ヨウコが、父親の体の輪郭に触れるように視線を動かす。
「うちの母親を風習で失って以来、ずっとこんな調子。うちをほとんど家から出さないけど……『ヌシサマから大事な娘を守るため』ってわけじゃないし」
床に散らばった獣皮を一枚拾って、ジークの体に掛けた。
「この人は、一人ぼっちで死ぬんじゃなくて、二人ぼっちで死にたいの」
「二人ぼっち?」
そう、とジークを見つめる彼女は、頷く。
「三人目、四人目は必要ない。一人は嫌だけど、孤独じゃなくなるのも嫌なわけ。この人は、愛する妻だけを思っていたい」
「そこに、ヨウコの意思はないのね」
言葉の裏に秘められた現実を告げると、同い年であるはずの少女は、幼い微笑みを浮かべた。
「それで満足?」
幼い娘は、ナミの問いにこたえない。
「『夢』のままでいたいの?」
先ほど突きつけられた台詞を、彼女に突き返す。
「一生、父親と同居して、表に立たず、あなたの母親の花と一緒にいる。それが――『あなたの幸せ』?」
「そうよ。それって、いけないこと?」
「ううん、全然」
被せるようにこたえてから、後悔した。
違うのに。自分は、本当はあんな風に思いながら、会話しているくせに。
生暖かい舌でそっと唇の皮を舐める。
湿った唇の隙間から獣の匂いが侵入して、ナミは発作的に咳をした。
「今度、あたしの友達連れてこよっか?」
返答はなかった。
(つづく)
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